蛇に睨まれた猿
俺は、雪男が剣を振り下ろそうとしている姿を見ながら、落ちていく。頭の中には走馬燈が駆け巡っていた。
卵から孵化したあの日から、歩いて、喋って、脱皮して……。
「って! 蛇になってからの記憶だけかーい!!」
大声で自分に最期のツッコミした。
「うげっ」
そのまま一刀両断されるのかと思ったが、背中に感じる冷たさと柔らかさから思うに、俺はそのまま地面に落ちたようだ。なんで雪男が俺にトドメをささなかったのか、まだまだ遊ぶ気なのかはわからないが、俺にとっては好都合だ。
(うおおおおぉぉぉ!!! 逃げろぉぉぉ! 俺!!!)
全身全霊で俺は地を這った。他の追随を許さないかはどうかとして、俺の蛇生の中でもトップスピードだろう。
(うおおおぉぉぉぉ……お?)
俺は命からがらに逃げてるのだが、先ほどまで俺を全力で殺しにきていたはずの雪男達の足音、鳴き声すらもしない。ここまで追い詰めたのだ。簡単に逃がしてくれるはずもない。
俺はそんなことを考えずにさっさと逃げ出せばいいのだが、やはり好奇心には勝てず、俺は止まって後ろを振り向いてしまった。
「う、うおおぉぉ……」
そこには、周りの木々よりも遥かに大きな頭。俺よりもずっと長い舌をチロチロと出している大蛇がいた。
木の上から俺を監視していた雪男は、その大蛇と木に挟まれているようで、ミシミシと音を立てている。俺を殺そうとしていた雪男達も、俺のようにその大蛇を見て固まっている。
(な、なるほど、蛇に睨まれた蛙ってこういうことね……)
俺を含めて誰も動こうとはしていない。少しでも動けば、あの巨大な身体の中に収められてしまうとわかるからだ。だが、俺にそんなことは関係ない。だってあの蛇は、
「マ、ママー!!」
「ッシャアアァァァァァァ!!!!」
「ヒ、ヒッホッホー!!」
俺の声に応えてくれるかのように、ママが動き出す。木に挟まっている雪男はバキバキと音を出しながら口から血を吐き、俺を囲んでいた雪男は散り散りに逃げ出した。
ママは近くにいる雪男をさらりと丸のみし、逃げ出す雪男に絡みつき、絞め殺す。
「ホアア!!」
石斧を持った雪男がママに向かって走り出した。
「ママ!危ない!」
「ホッホー!!」
雪男は、全体重を乗っけたと思われる渾身の一撃をママの横っ腹に叩き込んだ。
「シャー……?」
「ホアァ……」
ママはノーダメージだ。傷一つついていない。
ママは頭を大きく横に振り、石斧を持った雪男を頭と横っ腹で圧殺した。それを見た他の雪男はどうやら諦めたようで、逃げるのをやめた。
さすがモンスターというべきか、我らが母というべきか、敵が諦めたからといって止まるママではなかった。残りの雪男達を全員丸のみし、ママはようやく止まった。
「無事かしら?」
「ママァァ!!! ありがとうぉぉぉ!!」
ママが来ていなければ、絶対に俺は殺されていた。ママに生を頂いたばかりか、助けてもらった。マジでありがてぇ。
「うふふ、よしよし」
ママはいつものように俺の頭を口の先で撫でてくれた。
「大雪猿はまだあなたには早いわ。さぁ、今日の獲物をとって帰りましょう。あら?」
ママは俺を頭の上に乗っけ、帰ろうとした時、頭に穴が空いた雪男の死体を発見した。俺が最初に殺した一体だ。
「あぁ、それはあいつらが来る前に相手してたやつだよ。一対一だったからなんとか勝てたんだ」
「これをあなたが?首を絞められるわけないし、あなたの牙じゃまだ……」
「うん。だから最初に動きを封じて、あいつの槍で目を突いたんだ」
「槍で……すごいわ!! さすが愛しの我が子! それなら、これは今日の獲物ね?」
「うん!」
俺が元気に答えると、ママはその雪男の死体を身体に乗っけてくれた。
「これもあなたのものよ」
ママは一緒に槍を俺に渡した。
「あなたは頭がいいから、これも上手く扱えるはずよ」
「うん! ありがとう!」
「それじゃ、みんなが待っているわ。帰りましょう」
「うん!」
ママは雪男達を倒したようなスピードではなく、頭の上の俺が落ちないよう気を付けてくれ、ゆっくりずるずると動き出した。
「おかえりー!」
「おかえり!」
「兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!」
兄弟達は既に自分の獲物を狩り終わっていたようで、俺が最後だったようだ。
「お兄ちゃん!今日は遅いから心配したんだよ!」
「言っただろ!兄ちゃんが死ぬわけないって!」
「死なない!」
「負けない!」
兄弟達は、いつもより帰りの遅い俺を心配してくれていたようで、続々と集まってくれる。
「心配かけたな。今日はちょっと手こずっちゃって……」
俺は、いつも前世の知識を使って狩りを早く終わらせていた。自分を使って釣りをしたり、自分の身体を使ったパチンコで鳥を落としたりだ。だから兄弟達よりも大きい獲物でも、いつも一番に帰ってきていた。
だが今日は違い、思った以上に時間がかかってしまったらしい。雪山だし今までの場所よりも他のモンスターが強いということもあり、兄弟達が心配した。ママも心配になり、俺を探しに来てくれたらしい。本当に助かった。
「で! 今日兄ちゃんは何を狩ってきたの?!」
兄弟達が期待の眼差しで俺を見つめている。
「ふふ、お兄ちゃんの今日の獲物はこれよ」
ママがそう言って背中に乗せていた雪男を転がした。
「うわぁ!すげぇ!」
「大きいわ!」
「すごい!」
「人間?!」
「ふふ、これは人間じゃないわ。大雪猿という人型のモンスターよ」
兄弟達は初めてみる人型のモンスターに興奮しているようだ。
そしてその後、それぞれが獲ってきたものを食べた。今日は末弟たちもねずみのモンスターが狩れたようで、全員しっかり食事を摂った。
それでもやはり俺の獲物が気になるようで、俺はそれをいつものように兄弟達に分けた。
「さぁ、ご飯も食べたしお勉強の時間よ」
「やった!待ってました!」
「お母さん!今日はどんなお話?」
俺達は勉強が嫌いじゃない。みんなママのことが好きだし、ママが知らないことを教えてくれるのが好きだった。
「今日はまた人間のお話よ。人間たちが使う道具、武器のことを教えるわ」
ママはそう言って色々なことを教えてくれる。持ち帰ってきた槍を例にあげながら、剣や弓、魔法の杖やバリスタなどだ。
人間達はポーションや痺れ薬など、色々な道具を使いモンスターを狩っている。それの対処法や、逃げ方、耐性のつけかたなどだ。
そして勉強は終わり、みんな寝るためにとぐろを巻き始めた。いつもよりも長かったこともあり、みんな眠そうだ。そんな俺も眠いのだが……。
「おやすみ……」
「おや……み……」
「兄ちゃん、ママ、おやすみ……」
「お兄ちゃん、おやすみ……」
みんな自分のとぐろに頭を突っ込んで眠り始めた。
「おう、みんなおやすみぃ……」
俺も眠ろうと自分のとぐろに頭を突っ込んだ。真っ暗なとぐろの中で俺はゆっくりと意識を手放さそうとしていたのだが、そこへ声がかかる。
「愛しい我が子……ちょっとお話しない?」
「へ?」
それは俺の頭上から聞こえた。そこには灰色をした大蛇、ママがいる。