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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
異能協会の問題児
6/42

1: 協会の落ち零れ-4

「病代守」の文字が刻まれたお守りに、瑠真(るま)は思うところがあった。やましろ……? 一方でペアの少年、高瀬望夢(たかせのぞむ)も何かを気にかけていて……



「お世話になりました」


 橙色に照らされた道で、穏やかな挨拶が飛び交う。瑠真もおとなしく握手をし直して、二言三言を口にした。


 少年はどこか上の空だった。依頼人に何か話しかけられて、我に返ったように目を瞬く様子が不自然だ。


 珍しくトラブルが起きず仕事がなかった新野(しんの)の顔つきは晴れやかだ。

「二人とも、お疲れ。帰ろうか」

 指導官用の端末で報告を済ませると、二人を専用車へいざなう。が、少年が車の前まで来て立ち止まった。


「俺、自分で帰ります」

「どうしたの?」


 運転席に乗り込もうとしていた新野が不思議そうな顔で動きをとめる。


「まっすぐ帰るので。交通費出ますよね」

 言いながらすでに別の方向に目が向いている。瑠真は無意識にその視線の先を追いかけたが、具体的な何かを見ているわけではなさそうだった。


 ただ、ぼんやりと来た方向――後にしたばかりの骨董屋のある方を眺めている。


「ダメじゃないけど、初顔合わせだったし、改めて自己紹介とか、反省会とかさ……」

「ダメじゃないんですよね」

 新野の言葉を中途で遮って少年は背を向けてしまった。

「次回でお願いします」

望夢(のぞむ)くん、ちょっと……」


 新野が困った顔で呼びかけるが、彼はそれきり振り返らなかった。持て余した様子で新野がこっちを見る。


 瑠真は歩き去る背中を無言で睨んでいた。


「そういうことで、行こうか、瑠真ちゃん……」

 諦めたらしく車に戻る新野に、瑠真は追随せず呟いた。自分でも思っていたより剣呑な声が出る。

「私も電車で帰る」

「えっ? どうしたの」

「いいでしょ、何でも」


 アスファルトを蹴って駆け出した。新野の呼ぶ声が追ってくる。追ってくる様子がないことだけ確認して、瑠真はやや歩調を緩めた。


 店の前で少年が依頼人を呼び止めている。一人で戻ってきた彼に驚いた顔で依頼人が応じる。会話は聞こえない。瑠真はゆっくりと距離をつめると、隣家の塀の陰に静かに立った。


「あれ、俺に譲ってもらえませんか」


 最初に聞こえたのはその言葉だった。


 依頼人が大袈裟に仰け反るのが見える。車が通って、二人の遣り取りが一時かき消える。顔をしかめて身を乗り出すと、「そうですよね」と少年が答えるのが聞こえた。「わかってます。言ってみただけです」


 断られたのだろうことは察しがついたけれど、少年に落胆の色は特になかった。ただ、そのちらりと見え隠れする横顔は、夕陽の影が落ちて物憂げに映る。


 少年が向きを変えたので瑠真は反射的に塀の陰に引っ込んだ。


 引っ込んでから、自分で自分に問いかける。


(なんで隠れてるんだろう、私)


 もう一度ちらりと覗き込むと、少年は別れを告げて歩き出していた。依頼人は申し訳なさそうに頭を掻くと、ひょこひょこと身体を揺らして店に隣接する住居に戻っていく。


 その姿が完全に屋内に消えるのを見届けてから、瑠真は飛び出した。少年の背中が十何歩ぶんか前を歩いている。声をかけようか迷って、だけど何も言えなかった。そのままの距離を保ってゆっくりと瑠真も歩き出す。


 少年の長い影が後ろに向かって伸びて、なんとなく手を出せば捕まえられそうな気がした。でも、瑠真の手は固く握られたままで、どくどくと脈打つ心臓に当てられていた。






 宿舎の最寄り駅で電車を降りると、すでに天蓋はとっぷり暗かった。


 煌々と街灯が立ち並び、黒いアスファルトに光の輪を繋いでいる。都会にほど近いここでは星は見えず、空の上も通りと同じように閑散としている。


 望夢は細い息を吐いて帰途に着いた。


 疲れる一日だった。そもそも出勤の予定のなかった日にペアの都合でと仕事を増やされ、なんならさぼってもいいかと思ったが拒むほどの内容でもなかった。遅れて出て行ってみればやたらと対抗心の強い新しい相方。噂からはなんとなく、もっと攻撃的で人を寄せ付けないタイプを想像していたが、あれは真逆だ。遠慮なく、自覚もなく、他人の領域に土足で踏み込んでくる。


 それ以外にも気になることがあって相当気疲れしたのだった。ゆっくり休みたい、と思いながら宿舎のある通りに差し掛かった時、ふと背後が気になった。


 振り向くと、びくっと身をこわばらせてその場で立ち止まる少女が一人。


 思わず笑ってしまう。街灯の輪から少し外れて判別しづらいが、考えていた矢先のご本人だ。


「なんでいるの」

「じょ、女子宿舎もこっちだから」

「あぁ、何だ、宿舎住みだったのか。早いな」


 何の気なしに言ったが、何故か相手はぐうっと黙り込んで返事をしなかった。


 別にこちらからは用事もなかったので、気にせず前に向き直る。強いて言えば、ペアも宿舎住まいだったことが意外だった。所属分局から家が遠い会員向けに協会は無償の宿舎を提供しているが、中高生くらいまでは単純に親元を離れない会員が多い。よほど実家が遠いか、それとも何か事情があるか。


「ねえ」


 少女が強い口調で声を発した。


美葉乃(みわの)って女の子、知ってる?」


 望夢は進めかけていた歩をとめた。


「みわ……?」


 怪訝な顔で振り向くと、少女が身じろぎした。


「なんでもない」


 誤魔化すような声。なんでもないわけないだろ、と思ったが、彼女はそのまま踵を返して駆け出してしまう。


 望夢はしばらく、夜道の街灯に照らされたまま、


「何なんだ……」


 呟いた。遠ざかっていく足音はほどなくして聞こえなくなった。







「イレギュラーです」


 雑居ビルの屋上で、一人の若い男が電話に語りかける。黒髪に眼鏡の平凡な風貌。電話の向こうで、壮年の男の声が『何と言いました?』と険しくなる。


「注目すべき接触がありました。多分神名(かんな)のところの飼い猫です」

『接触とは?』

「さあ、知り合いみたいですけど。山代、の名前が出ましたね」


 相手が一瞬沈黙した。


『山代が何ですか?』

「申し訳ないですが、詳しいことは。だけど関係者って線は大いにありますね」


 彼はフェンスに凭れ掛かった。古い金属線がきれぎれの軋みをあげる。


『それがノイズになるか、ということですね』

「探りを入れますか?」

『それが順当でしょう。個人の特定は?』


 男は街並みを見晴るかした。もっとも日は暮れて、景色は不明瞭だったが。


「宿舎の部屋番が分かりそうです。そこから調べられますか?」


 その視線の先で、とある一室の電気が点いた。


×××


 夜を裂くように、うるさいタイヤの音とヘッドライトが行きかう。


 都心の繁華街を足早に進む少女の周りで、押し退けられた人々が顔をしかめ、時に悪態をつく。少女は構わず、前だけを見て人波をかき分けていた。


 後ろで束ねた黒髪にリボンを結わえ、その上からぶかぶかの野球帽を頭に載せている。正面から来た人とすれ違いざま、少女は目線を隠すように帽子を下げた。


 再び顔をあげたとき、猫のような金色の瞳がきらりと光る。


 その目は先を行く人影を追っていた。力の抜けた足取りで人混みをすり抜けていく背の高い若者で、短くした髪を立てている。その若者がふらりと細い路地に姿を消すと、数秒遅れて少女も群集を抜けて飛び込んだ。

 先を行く後ろ姿が路地の奥を曲がるのを目にすると、少女は慎重な足取りになって歩を進めた。


 曲がり角に着いたとき、少女はそこで足をとめた。咳払いすると、鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌に歩いていた若者が立ち止まる。


「おいおい」

 驚いた顔が振り向く。軽薄な動作。

「迷子かいお嬢ちゃん。この先には何にもないぜ」

 粗暴な口調には、気遣いより見下しが多分に含まれていた。少女が無言で見つめ返す。


「だんまりか」

 彼はふらふらと彼女の方向へ歩み寄っていき、路地の壁に肘をつくようにして凭れ掛かる。

「お嬢ちゃんくらいの娘は、こっち」


 親指で繁華街の方を指したとき、少女の口が小さく動いたのが見えた。


 若者の長身が路地の壁に叩きつけられた。


「――⁉」


 出かかっていた声が喉元で詰まる。


 その全身に黒い蔦のようなものが巻き付いていた。地面から生えた蔓が彼の首をぎりぎりと締め上げている。


 少女が帽子を外して、指先でくるりと回した。その相貌、正確にはその瞳の色を目にした若者の顔色が変わる。


「まさか、神名(かんな)、かっ……?」


 叫んだはずの声は掠れる。黒い蔦が静かに生長し些細な動きの一つ一つも奪っていく。


「手荒で済まぬ」


 少女の声が鳴った。


「人を呼ばれとうのうてな」


 古めかしい言葉使いと、涼やかな音色だった。


 若者の顔は幽霊でも見たように固まっている。より正確に言えば、目の前でコートの懐に白く小さな手を突っ込む彼女の、存在を信じられない顔。


 その手が二枚の写真を引っ張り出してきた。

「これが何か分かるか?」


 若者は眉根を寄せて写真を睨んだ。写っているのは交通事故の光景だ。角に乗り出したトラックに、自転車が巻き込まれているのがわかる。


「この運転手がお主の顔を指定した。花卉(かき)と偽って、特殊な荷物を運ぶよう依頼されたそうな」

「知らないね?」


 空っとぼけてみせた彼の全身に、蔓の力が加わり骨が悲鳴をあげる。


「もし俺が関わっているとして、お前に何の関係が?」


 苦しげな顔で若者が吐くと、少女はにんまり笑った。


(わらわ)も被害を被ってなぁ?」

「巻き込まれた自転車が知り合いだなんて言うなよ?」

「まさかまさか。事態の収拾にかけつけた超常師の方じゃ」


 若者は眉をひそめる。

 少女の手元で二枚目の写真が開示される。いまどきの高校生といった雰囲気の少女がバストアップで写されている。


「動転した運転手に突き飛ばされて怪我をした。運転手はのちに、仕事の心的負担で平静を失っていたと供述しておる」

「待てよ、何だその桶屋が儲かるみたいな話は」

 彼は危機感も忘れた表情で口をぱっくり開けた。


「何でもよい」


 少女の表情は妖艶ですらあった。暗がりに動いた白い手が写真をまた仕舞う。


「妾はおのれのいとし子を傷つけられて立腹じゃ。たとい一面識もない子であろうとな。……さて、逆恨みの理由も整ったところで、質問させてもらうかの?」

1:協会の落ち零れ Fin.

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