幕間 経過報告(父親について)
「ただいま」
恐る恐るそう口にして、上がり框をまたぐとき相当怖いと思っていた。
「父さん、いる……?」
ホムラグループ経由で警察から電話してもらって、自分で戻ってきたという名目で帰宅する最初の夜だった。電話口で早くも泣き出して怒った母親が、帰ったら父親とも話せと何度も念を押した。父親がいる、翔成は肚を括った。何も知らない父親、こういう愚かな行動をとった第一の発端であるけれど、彼自身は絶対にこんな翔成を受け入れはしないであろう父親。彼は優しげな口調に包んで、言わないところで頑固に正義感の強い人だった。頑固さだけは翔成が如実に受け継いでしまったのかもしれない。
明け方のリビングは陽の光で澄んだ空気に満ちていて、その真ん中に日沖成実がうつらうつらするときの姿勢で腕を組んで座っていた。まだ寝間着でもいいくらいの時間なのに、休日出かけるときに着るようなすっきりとしたシャツ姿で息子を待っていて。
開口一番の言葉を翔成は処刑台に首を掛けられたような気持ちで待った。
果たして父親はこちらを振り仰いで、しょぼくれた目で口を開いた。彼も泣いたのかもしれない、と息子は少しだけ思った。
おかえりの言葉はこうだった。
「お前はほんとうに馬鹿だな」
今まで翔成がいかにいい子であるか褒めていたのと、全く同じ口調で。あたかもこれまでもずっとそういう風に繰り返していたような言い方で。
そのとき泣き虫一家の一人息子日沖翔成は、思わずその場でほろりと涙を零したのである。家に帰って、だってこんなにも明かりが暖かかったのだ。おそらく幸せだったから。こんなにも幸せで胸が詰まって泣くことの何が悪い?




