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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
異能協会の問題児
4/42

1: 協会の落ち零れ-2

 午後二時頃、依頼の骨董屋に辿り着く。


「はじめまして。今日はどうも」

 人の好さそうなたるんだ体形の男がにこにこと手を差し出してくる。悪い印象は受けなかったので瑠真は言われていた通り愛想笑いとともにクリームパンみたいな手を握り返した。


「おじさんの店?」タメ口は譲る気はない。女子中学生の特権だ。


「いえね。父の店ですよ。先月他界しましてねえ」

 あぁ、と新野が同情の声を上げる。造詣のない家族が残されけったいな品物の処理に困る展開は依頼人の家庭の定石だった。


 立ち話で手はずを確認。指導官の現場での立場は本人によって、あるいは受け持つペアによっても違うが、新野の場合は依頼人とまったりお茶でも飲んでいることが多い。基本は放任、収拾がつかなくなったら引き継ぐポジショニング。というわけで、汗水垂らして働くのが子供たちである。この件の文句は就業初期に済ませているので割愛する。


 例によって新野は住居部分の客間に通され、瑠真だけが依頼人に連れられて店の中へと入っていった。道路に面した古い木の窓枠から陽の光が射し込み、棚の並んだ床に凸凹の日向を落としている。カビくささがつんと鼻をつくが、業種からイメージしていたよりも明るい雰囲気がある。


 しかしそびえ立つ棚にはお面やら皿やら、いかにもな小物がところせましと並んでいて、


「これ全部調べていいの?」

 香水瓶らしき何かを適当に手に取って尋ねると、先行する依頼人が頷いた。

「どうぞ、触っても動かしても。貴重なものはここじゃないので。素人の父の判断ですけどね」


「ってことは?」

 元の棚に戻して振り向くと、依頼人が店の奥のドアを開けていた。

 廊下の奥には住居部分につらなる閉じた扉があるが、その手前に下へと続く階段がある。


「地下室があってね。そっちは丁寧にお願いしますね」


×××


「だるい……」


 作業開始十分、早速愚痴が漏れた。誰も答えないのは分かってるけど。


 店舗の床に落ちる光がじわじわと場所を変えていく。丁度都合の悪いことに、この手の仕事は瑠真が最も苦手とする種類だった。棚から不気味に見下ろす西洋人形は今にも喋り出しそうだが、所詮はモノ、沈黙を貫いている。八つ当たり気味に瀟洒な青いエプロンを巻いた腹にパンチしてから取り上げ、専用車のダッシュボードから拝借してきた支給品をかざした。ハンドサイズの異化探知器だ。目を閉じ、集中して、手の中から古ぼけたドレスへ異化力(ペタル)を送り込む。


 こんなものは超常術でもなんでもない。目を開け、探知器を見た瑠真は放り投げるように人形を置くと、取り替え式の検査紙を引き千切った。こんな遠回りをしなくても、才能一発で異化を感知する超常師たちはいる。本職の異能鑑定士とはそういう業種だ。残念ながら、瑠真にはその才能がなかった。訓練次第で多少はカバーができるが、瑠真はどちらかといえばじっとしている感知系より自分の身体を動かす超常のほうに憧れてきた。時代が時代なら異能犯罪組織とやらにもちょっと憧れてしまう程度には。


(最悪のタイミングだなあ……)

 ペアがいなければ、と思った矢先だが、あっという間に有能なペアが欲しくなっている。協会のカリキュラムは手広い万能型、一人ですべてを網羅できる超常師など稀にもいない。だからこそ依頼対応はペア制なのであり、瑠真の苦手分野を知っていながらこの依頼を受けてきた新野に遅れて恨めしさが募ってきた。早く来い遅刻のペア。高瀬ナントカ。知った名前だと思ったがもう忘れた。


 開始から三〇分、早くも飽きがきた。入り口に足を引きずっていって、ほこりっぽい店内の全景を眺めた。といっても立ち並ぶ高い棚で視界のほとんどが封じられている。気分転換の試しのつもりで、その場で両手を差し出した。


 球を描くようなイメージで虚空に力を集中させると、うすぼんやりとした橙の光が目の前に丸く浮びあがった。自分で見やすいように色をつけただけで、粗削りなペタルの塊には変わりない。八式カリキュラムではいちばん初歩の技術。


 集中と言うには気の抜けた感覚で、ペタルの光を膨らませていく。軽くビーチバレーボールくらいのサイズになったところで、瑠真は逆に押さえ込むように手のひらを押し付けた。


 両手大にきゅっと圧縮されたペタルが体内のイルミナントに反発を伝えてくる。イメージはバネ。


 その手をぱっと放すと、まさしくバネが跳ねたみたいに光が弾けた。


「よしっ――」


 八式の超常術は基本的にイメージの技術だ。身一つで、余計な杖やら薬やらを用いず、いかに身近なものに引き寄せて力を励起できるかにほとんどすべての実現が掛かっている。そういう点が、時に身の丈に合わない負担を強いていた開放前の異能力との違い、だとかなんとかで、瑠真はそういう知識にはあんまり興味がないがいずれにせよ協会式は性に合っている。


 光が拡散しながら床や天井に跳ね返った。だいぶ大雑把ながら、部屋の全域に希釈されたペタルが概ね行きわたっている。手間の短縮になったかは微妙だが、純粋にそこそこ見応えのある気晴らしだった。満足。


 と、思ったとき、部屋の片隅でけたたましい音が鳴り響いた。


 目覚まし時計のベルのような音だ。ひび割れた音響が耳に障る。つい正体を確かめる前に耳を塞いだ。部屋が心持ち暗くなっている。バタンと音がしたのはゆるやかに回っていた換気扇の蓋か何かだろうか。ふわりと冷気が足元に流れてきた。


「ふうん?」


 気が抜けていたがここはオカルト関連の骨董屋だ。こうでなければらしくない。


 ポケットからイヤホンを取り出して耳に入れた。特に何ということもない私物のスマホ用のイヤホンだ。騒音が多少マシになった。足を踏み出す。どこか粘つく気がする冷気を蹴散らすつもりで。


 部屋はさっきより暗くなっていた。棚に手を当ててなぞるように先へ進む。イヤホン越しに聞こえる騒音に顔をしかめながら、その発信源に向かう。

「あった」


 古ぼけた金属製の目覚まし時計だった。なるほど仕掛けた時間でもないのに鳴り響いたら不気味に思って骨董屋に売り払うかもしれない。手を伸ばして取り上げた。背面に爪がある。オンオフの切り替えらしい。


 これを切って、要注意物品として依頼人に届ければいいだろう、程度に軽く考えた。


「、わっ⁉」


 ふいに足元が掬われた。裏返った声が出た。


 尻餅をついて後ろの棚に背中をぶつけた拍子に、銀色の皿やらポットやらが頭上から降り注いでがんがんと音を立てた。肩を縮めて目を疑う。足首に半透明の煙のようなものがまとわりついている。人間の手の形に見えないこともない。


(やばっ……別件?)

 馴染みのカリキュラムから類推すると光術を基礎にした固化、プログラム化と自動制御あたりの技術。店に置かれた骨董品ということは仕込みのペタルが切れれば自然と消えるだろうが、それまでじっとしているのも性に合わない。


 何より、徐々に一つながりの雑音のように聞こえつつある耳を聾するベルと、みるみる暗くなる視界が不快だった。


(まとめて吹っ飛ばすか?)

 モノが主体となった超常術はモノの破壊によってペタルが霧散する法則がある。手を握りしめながらよからぬことを思案したとき、かっと眩いライトが点いた。


 思わず目を瞑って、少ししてまた開けた。白飛びした視界に誰かの脚が映る。靴のつま先が床の時計を軽く蹴り、無反応を確認して手が伸びる。あっさりとスイッチを切られて騒音が止むや部屋の暗さが一段軽くなった。抵抗のごとく伸びあがり、闖入者の手足をとらえようとした煙を一瞥して、そいつは手近な棚に手を伸ばした。取ったのは銀色のナイフだ。


 ぴゃっと子供の悲鳴みたいな音を上げて煙が裂けた。続いて瑠真の足元に同じナイフが投げ込まれ、慌てたように半透明の手が不定形に戻る。歯の丸まったナイフは床に刺さることもなくこんこんと跳ねた。


 ヘビが逃げるのに似たしゅるしゅるした動きで煙が床を遠のいていく。先に瑠真が落とした皿やポットを大回りに避けていくことにその時気づいた。


「協会のペタル式以前に、銀は魔除けになるって言われてた。純銀ならもっとマシだけど」


 煙の行く先を目で追った後、淡々と言いながら少年が床のナイフを拾い上げた。そう、少年だった。


「子供だましが相手でも意外と効くんだな」

 ナイフを裏返して眺め、わりと雑な手つきで棚に戻す。床に落ちたままだった目覚まし時計と食器類も順に適当な場所に突っ込まれた。瑠真はその段になって相手をまともに見る。


「アンタ……」

 茶褐色の髪をした少年だった。あまり表情のない顔で瑠真を見下ろす。


 電車で見たときとほとんど変わらない印象だった。


「『落ち零れ』」

「なんだよ。『暴れ猫』」


 開口一番の応酬だった。


 瑠真は勢いよく立ち上がった。反射的に睨んだのも前と同じだった。決して知り合いではない。言葉を交わしたのは週末の電車内が最初だ。あれを会話に含んでいいのかは置いておき。少年の使っていなかったほうの手には非常用の懐中電灯が握られている。部屋が明るくなったのですでにスイッチは切られていた。私物ではないだろう。店舗の入り口に設置されていたものだ。


「噂通り、」

 一切超常術を使わないのね。終いまで言う必要はなかった。少年が目を細めたからだ。


「お互いさま」


 噂通りなのはこちらも同じだ。認めよう、必要以上に喧嘩腰になっている。


 廊下の方から二人ぶんの足音が響いてきた。奥の住居部分と店舗を繋ぐドアから大人二人がひょっこりと顔を出す。遅い。圧倒的に遅い。


「何か音がしたけど、大丈……あれ」

 少年に目を留めて動きを止めたのは新野だ。というか子供二人が向かい合っているのを見て露骨にやばいという顔をした。顔を合わせさせる前に自分が仲介するつもりでもあったのだろうか。いずれにせよ今さらだ。


 瑠真は床を蹴って勢いよく振り返った。


「ついに処遇に困って、問題児ペアってわけ?」


 高瀬(たかせ)望夢(のぞむ)。名前に覚えがあったのも当然だった。別に研修期が重なったとかいう理由ではない。


 いわく、瑠真と同レベルに成績の悪い初級会員。

 いわく、超常を使う気がない超常師。


 噂ならいくらでも聞いたことがあった。超常師認定を受けられたのが不思議なくらい、何もしない。ペアが仕事に当たっていても、よほどのことがなければ傍観が基本姿勢。悪ければ依頼そのものから抜け出すこともある。彼が超常術を使う場面を見たことがある者は多くない。しかし風の噂にはこう言われている―まともに使えないから使わないのだ、と。

 だから「落ち零れ」。ヘイトを溜めてたらい回しにしたペアたちから発祥した、ある意味瑠真と同種の蔑称。


「瑠真ちゃん」

 新野が観念した顔で近づいてきた。

 瑠真が睨みを聞かせると、お手上げとばかりにその場に立ち止まってしまう。


「これは仕事。僕は君たちのためにできることはするけど、それは何でもわがままが通るって意味じゃない。僕は担当ペアには仲良くして欲しい。少なくとも仕事の間はさ」

 依頼主がびっくりした顔で目の前の風景を交互に見ている。瑠真は新野の口調が気に食わない。仕事、と言いながら、まるきり子供扱いだ。


「別に構わないわ。私は」

 構わないという口調とは程遠く、唇を釣り上げる。新野がまごまごと望夢に目を向けた。仮にも腐れ縁の瑠真と違って、この少年の扱いは新野だって分からないはずなのだ。


 少年は肩を竦めた。それから呼吸を整えるような小さな息を吐いて軽く頭を下げる。

「遅れてすみません。よろしくお願いします」


 殊勝というか、常識的に礼儀のある口調だった。新野が目をぱちくりした。子供たちの口さがない噂と同一のものかは別にして、新野もまた少年に対して余計な心配でも抱いていたのかもしれない。遅刻してくる云々の話のときに来ないかもとか言ってたのも。


 気に入らない瑠真は傲然と身を翻す。残った隅の棚に移ると、新野が溜息をつくのが聞こえた。よろしく、と小声で言ったのは少年に対してか。少年は簡単な相槌で応じて、踵を返すと瑠真のほうに近づいてきた。


「ここはもういい」

 瑠真は胡乱な目つきで振り返った。

「何が?」


 少年は瑠真が手に持っている支給の検査器を指先で示した。それは要らない、ということらしい。

「この部屋で反応するのはあれくらいだから。たぶん他に部屋があるだろ?」


 瑠真はぽかんとして少年を見返した。今やってきたばかりでこの態度。

「奥に、地下……」

「じゃあそっち。行こう」

 思わず気を張るのを忘れて素直に答えたら、少年はあっさり部屋の奥に向けて歩き出した。扉の元で気がかりそうに様子をうかがう新野と依頼人が顔を見合わせる。


 もしかして、と思うものはあったが、遅れて来て当然のように指図されるのは腹が立った。


「あのね、私は丁寧に――」

 勢い込んで言いかけたが、少年は一時的に足をとめただけだった。


「別に分担するならそれでもいいよ。お前はこっちを続けたらいい」

 さらりと上から目線の言葉に鼻白んで瑠真が黙ると、


「まぁ、何も出ないと思うけど」


 止めに一言を放り投げて、先に部屋を出て行ってしまった。

 瑠真は数秒固まっていたが、破裂したみたいに身体が動いた。


「ムカつく!」


 吐き捨ててチェック中だった骨董品を投げ戻した。ばたばたと階段に駆け寄り際、何か言おうとした新野を押しのける。「いいから、来なくていいから、引っ込んでお茶でも飲んでて」言い置いて階段を駆け下り始める。

 最下段で少年がこっちを見上げて、ちょっと呆れた顔をして地下室の扉を開けた。

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