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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
無彩色ユニティッドフロント
37/42

4:Joint War of Lost-Side Children(後半)


 望夢と用心棒が翔成の回収を請け負ったので、ついでにその瞬間注意を惹いてもらうよう要請した。その結果が爆音ビビッドライト走行である。できた隙に児子からぬいぐるみを奪い取りたかったのだった。


 それは成功した。これが重要なはずだ。本社ビルで見た児子の妖術について少々話した際、望夢は「たぶん物品を代理に感染させるタイプだから」と推定していた。「媒介がなきゃ身体能力は一般人レベルのはず」


 ところが瑠真は初手からピンチだった。翔成の持ち物を奪還するほうに集中しすぎたために、自分の手元が疎かだったというやつである。


「不用心だよねえ。最近の若者こんなに『自分自身』がぎっしり詰まったメディア持ち歩くんだもの」

「くそぉ……」


 動き回るのに鞄は置いてきていて、ポケットにスマホを入れっぱなしだった。ストラップ式の貰いもののマスコット人形がポケットから飛び出していたから、あっさり外から掴んで抜き取られたのだ。


「まぁ、おれは慣れてて使いやすいから人形でいいけど、名前はじめ個人情報ぎっしりで呪術系の人は喜ぶだろうね、携帯電話。例の隠しチップは抜いてきたの? まあ要らないもんな」


 その言い方からすると、やはり一通りの情報は社員の思念を読んで知っているらしい。ストラップ紐を抜き取って人形を外し、スマホのほうは使わないなら返してくれればいいものをポケットに入れられた。絶対取り返す、と最近の若者こと七崎瑠真は怨念を込めてスマホの入ったポケットを見つめつつ、


「ホムラグループってやつは子供を追い回さずに放っておくって選択肢はないの?」

「よく言うよ、きみだって中学生のくせに。飛び込んできて引っ掻きまわしたら怒られる、これくらい分からないかな」


 軽くあしらわれた。元よりこの抗弁には期待していなかったのであとは力ずくだ。


 望夢か用心棒が翔成を安全な場所に確保して戻ってくるまで、児子に追わせない―ホムラグループの増援も呼ばせない。最適案としては、念動系超常術の二、〈拘束〉―


 予備動作なくペタルをかき集め、児子に向かって〈拘束〉を発動した。不意打ちだ。


 まばたきをした児子の身体を取り巻くように、光の輪が出現して瞬時に縮んだ。大まかに四肢が封じられる。通常なら成功のはずだった。


 が、児子は動揺しなかった。


「リンク。散逸」


 親指で握ったマスコットの頭を撫でるような動作だった。それだけ。


 それが引き金になって、瑠真の頭が真っ白になった。


「あっ……⁉」


 画面を切ったように、意識下にあった超常具現想像図がぱっと消えたのだ。当然、投影されていた現実の像も一瞬でかき消えた。


 解除が可能なのか。望夢も似たようなことをやる。


 歯噛みして今度は自身に〈増強〉をかけた。超常生成物そのものが解除されるなら、物理的に掴みかかればいい。真正面から児子に突っ込む。協会は治安維持活動を担当することもある以上、演習場などに見学に行けば身体的な拘束術も身近だ。上位ペアになればほぼ必須技術として指導される。


 ところが、


「リンク。攪拌」


 相手を掴んだ手がふいに緩んだ。不安で。


 瑠真は正式な警察訓練を受けた上級会員ではない。いくら相手が身体的には一般人レベルと言っても、体格には差があるし、超常術のイメージを打ち消せる妖術師だ。体術的なアプローチできちんと時間を稼げるのか?


「きみほんとうに掛かりやすいね。協会式はみんなそんなもんだけど」


 児子がこぼして逆に瑠真の手首を掴んだ。くるりとその場で向き直らされて、見事に真逆の拘束体勢が出来上がる。


 それでやっと分かった。突然理解したのだ。さっきの不安も外部的にアジテートされていた。


「思念操作って……っ」

「今さら気づいた? 腕っぷしには貢献しないけど、色々と相性がいいのです。きみたち、協会では、意識と想像で超常を起こすって教育されるでしょう」


 人の意識化を阻害したり乗っ取ったりしている、というわけだ。姑息だ。まずその感想が頭に瞬く。


 腹立ちに任せ、即興の光弾を可能な限り最大速度で自分と児子の足元に打ち込んだ。ガンッとアスファルトに硬いボールをぶつけたような音が跳ねた。児子が思わず瑠真の手を離して場所をあけた。


 距離を取って対峙する。ノータイムで具現できる、光弾を叩きつけるのがいちばんシンプルに介入の余地がないだろう。けれどそれで何をする、気を失わせるとか? 必要以上の怪我をさせたらさすがに協会に責任追及される、瑠真だってやりたくはない。必要なのは足止め、打倒じゃない。適切に意識を奪う力加減の訓練だとか、繰り返すがそんな専門的な演習を瑠真は受けさせてもらえていないのだ。


 怪我をさせてはいけないというなら、児子だって条件は同じはずだったが、少なくとも向こうのほうが慣れていた。


「こいつ、特にきみに似ていて良かったなあ。リンクが強いよ、普通はこっちで用意した媒介に無理やり繋げるんだけどね」


 鼻歌を歌うような調子で手のひらの人形を揺らす。いよいよそれすら連関してきたのか、瑠真の視界がぐらぐら不安定に揺れた。いけない、と思い直す。どうしたらいい?


 妖術については何を知っている? 翔成をどう奪い取るか話していたとき、望夢は最初から、物理的に連れ去る意義がある、と提案していた。「無条件に相手に関連の深い物品を介してアクセスするんだったら、それは呪術だ、遠隔的に呪い殺せだってする。けど帆村式はあくまで思念の世界なんだ。『関連が深い』って思ってるから、そのモノに対する働きかけに自分が反応してしまうだけ。基本的に受け取る側が働きかけを観測できる範囲を外れたら、及ぼせる影響は曖昧になる」


 つまり瑠真が相手の動きを追ってしまうから悪い。目を閉じるけれど、いつまでもこうしているわけにもいかないし、音は封じられない。


「きみはとりあえず、一件落着するまでここでじっとしててくれよ」


 逆に、視認せずに音だけで想像してしまうことも危険なのでは……児子がナップザックから何かを取り出す音がした。硬いもののぶつかる音だ……刃物? 檻? 不穏な想像ばかりしてしまう。具体的に考えてはいけない。


 たまらず細く目を開けた。


 児子操也が小さな外ポケットから取り出していたものは、瑠真の視力が正しければ、たぶん針だった。裁縫用よりだいぶ長い。たぶん……標本とかに使う……


「やばっ……」


 連想してしまった。露骨すぎる。露骨に示すことでこっちの思念を誘起することが目的なんだろうけど……分かっているのに!


 あれを使わせたら文字通り張り付けにされるのだ。先に阻止せねばならない。強めの〈基礎念動〉を発動し、児子の手元から吹き飛ばそうとしたが、軽やかに逃れられた。


「的外れ。と」


 ストラップ紐を指に引っ掛けてくるりと回す。振り回されたみたいに瑠真の視界がぐるりとたわんで、〈念動〉の狙いがそっぽに逸れた。キィン、と耳鳴りがしてペタルが霧散した。


 やっぱりなんとしてでも、先にコントローラーになっているあの人形を取り返さないと何もできない。だけど、取り返すにも同じコントローラーで邪魔をされて……


 ……取り返す?


「待って……」


 取り返さずに連関だけを消せないか。


 児子は傍らを振り向くと、側樹の幹に向かって人形を押し付けた。背中側から圧迫されるような感覚が感染る。まだ考えているうちに、こちらに構わない青年はかなり気軽な動作で人形の腹部に針を通した。


 瑠真の身体の真ん中を、冷たいものがすっと貫く嫌な感触が走った。


 遅れて熱が爆発した。実際に刺されたわけではないのに、まるで腹を分厚い針が貫通したかのような錯覚が走って胃液が込み上げる。足から力が抜けかけたが、ちょうど熱源の胃当たりを起点に固定されているような感覚があって座り込むこともできなかった。


 考えているからだ。考えるな。歯を食いしばって共感を振り払う。


「だってそもそも、私のものじゃない」


 口に出して意識化した。そうだ。協会式に重なるっていうんだったら……否定だって、協会式でできる。


 想像できることは、実現する。


「何が?」


 児子が眉を寄せた。監視するような目だ。瑠真の足の感覚が少しだけよみがえった。最初の衝撃から脱したのかもしれない。喋る力もある。


「私が共感するほうがおかしい。だってそれはそもそも、古くなるまで翔成くんが使ってて、その前はたぶんお父さんのだ」

「君のものだよ。君に贈られたんだから」


 児子の目がやや苛立った。ここで即座にフォローが入るということはやっぱり関係があるのだ、と思う。児子が一度設定した物品との紐づけは動かせないというわけじゃない。


「あんなの、贈られたって言わないわよ。すり替えて押し付けたんじゃん」

「少なくとも、きみがしばらく持っていたことには変わりない」


 痛みの感覚が和らいできた。麻痺しているだけかもしれないが。代わりに思考は明瞭になっていく。これも多量のアドレナリンか何かのせいかもしれないとして。


「そうね」


 体勢が動かせないせいで苦労したが、そろりそろりと片手をポケットに近づけていた。


「その間ずっと、自分が持ってるのはこっちだと思ってたんだけど!」


 強引にその手を突っ込んで中身を引っ張り出した。最初に児子から奪い取っていた、翔成のマスコットのほうだ。あえて児子の目を惹くように声を張り上げて目の前に掲げた。


 自分が自分の言ったことを信じることができたのか、それとも、児子操也のほうの思念が新しい人形に吸い寄せられたのか。


 ばちんっ、と身体の拘束が外れた。目に見えない感覚が変わった。木の幹の人形をモノとして見ることができるようになる―さっきまで自覚もしていなかったけれど、あのひねくれたネコを自分自身のように感じていたのだ。


 痛みの本体が消えて、残滓だけが糸を引いていた。リンクが切れているなら──


「くぅっ……念動系、〈燃焼〉!」


 息を付かず、集中力をかき集めて児子の手元の人形を指さした。声に出したのは、ほとんど練習中のことをやるからだ。


 人形が発火した。児子が想定外と振り向いて舌打ちをした。木の幹に縫い付けられたままの布の塊がめらめらと黒ずんで角を失う。さっきまででこれをやったら、瑠真自身がやけどの痛みでもだえ苦しんでいたところだ。ほんとうは一瞬で炭か灰にして、どうやっても二度と瑠真が思い入れられない謎の物体を生成したかった。だが、小さな火では思ったより燃焼には時間がかかって、児子が地面に叩き落として靴底で踏みつけると炭化は中途半端で終わった。


 児子は一つ大きな息を吐くと、ゆっくりと表情を平静に戻していった。


「けっこう度胸あるよね、火とか使うの。きみ、わりと堅気ではない?」

「……八式カリキュラムには入ってるんだから、上級者なら使える奴は使えるわよ……」


 翔成と最初に会ったときの脅迫に使ったのが初めての実践使用だったけれど、外で対象物を燃焼させたのは初めてだった。そもそも業務時間外なので外とか危険度以前にすべてが規則違反だ。


 肩で息をしていると、児子は溜息をついてワンショルダーリュックに手を突っ込んだ。


「協会はつくづく怖いな。ソシオパス養成機関なんじゃないの。……でも、新しくリンクを作ろうと思えば作れるんだよね、さっきも言ったけど」


 いくつかの人形がリュックの口から見え隠れした。瑠真は唇を噛んだ。


「自分の持ち物じゃないわよ。思い入れがなくても?」

「俺の共感性妖術だけど、有名な呪術分類を借りて言えば感染式と類感式がある。一つは持ち物や痕跡を介して接触のあった人にアクセスする方式。もう一つは『似た形や性質のもの』を用意して繋げる方式」


 グレたネコなら後者の意味でも君に合ってたね、と児子は笑う。


 たぶんこれに耳を傾けて、少しでも納得してしまったら余計に思念が強化されるんだ。そう気づいたときにはほとんど遅かった。あぁ、と何かに気が付いた児子が鞄から手を離した。逆の手で青いウィンドブレーカーのポケットに手を入れる。


「前者の媒介がもう一つあるんだった。俺としては慣れてはいないけど、世間的にはこっちのほうがよっぽど使いやすいのかな?」


 瑠真のピンク色のスマートホンだった。なかば忘れていた瑠真は瞬時に失態を犯した顔になった。さすがに、あれを『自分に関係がある』と捉えないのはそうとう難しい……


 児子は勝手にスマホの音声認識を立ちあげて、口元に寄せて囁いた。


「『持ち主を眠らせてくれ』」


 反射的に耳を塞いでいた。軽やかな了解の音声が鳴ったのを、聞きたくなかったのだ。


 不吉な体の重さが鎌首をもたげた。媒介を意識から振り払うことに瑠真は失敗したらしい。


 瞼が急激に重くなった。睨みつけるつもりで顔を上げて意志をかき集めたが、焦点をしっかりと結ぶ前に四肢の力が抜けた。なんとか踏みとどまる。


「お疲れ、小さな探偵さん」


 児子自身も子守唄を歌うかのようだった。


「きみのこの案件にまつわる思念も消しておくよ」


 ふざけるな、と心の中で言い返した。舐めた口調だ。ここでタイムアップか、と痛いほど悔しく思った。望夢たちを信頼するしかない……この時間の間に任を済ませていてくれ。


 青年の肩からリュックサックが滑り落ちた。


「あれ」

「お」


 がしゃんがしゃんっと乱雑な音を立てて、リュックサックに入っていた小箱や文具のたぐいが飛び散った。続いてリュックの中に詰められていたファンシーなぬいぐるみの一群がぽんぽん地面を跳ねて四方へ散らばっていく。


 瑠真の足元にも一つが転がってきた。ありふれたティディベア。


「こっちじゃないか。携帯が媒介?」


 至近で聞き慣れた声が言った。誰かに背中に手を当てられて、ぱっと作り物の眠気の塊が吹き飛んだ。視界の靄が晴れる。


 状況認識能力が追いつく。分隊が戻ってきたのだ。


「待たせたな」


 ペアの少年が瑠真の背中から手を離した。何かと感知解析解除だけは信頼していい。


「もうちょっと余裕あったわよ」


 憎まれ口を叩いて振り返った。助かったと言うのはやや恥ずかしかった。望夢が分かってますよとでも言いたげににやりと笑う。


 そこでペアの背後に所在なげにもう一人立っている影があることに気が付いた。


「翔成くん?」

「あ、はい、お疲れ様です……」

「いや待って、翔成くん遠くに連れて行くって話じゃなかったっけ?」


 ぽかんとしたが、想定が狂っていたのは児子も同じらしかった。


 児子の背後から忍び寄ってリュックを切り裂いたのは、望夢の用心棒の黒髪の女性だった。片手に柄に対して身の細い小ぶりなナイフ。瑠真だって彼女がどういう存在なのかまだ説明を貰っていないが、児子はどうやらこの場で異色の危険の気配を機敏に察したらしかった。


 手堅く全員から距離をとって額に手を当てる。


「本職連れてきたの? 篝さんとこの音使いの子じゃなかった?」

「今はそのガキの雇用下だよ。色々と変則的だけどね」


 用心棒がくっくっと笑いながら訂正した。見た目は年下だがまったく引けを取る様子を見せない。音使い……ということは身動きに音がしないのは何か彼女が意図的にやっているのだろう。協会の八式カリキュラムでも音響系は多少ある。


 児子は自ら腕っぷしはないと言っていた通り文化系なのだろう、対峙は諦めた様子を見せて両手を上げた。こっちを振り向く。


「きみたちさ、よっぽど勢力戦やりたいの?」


 その問いかけは瑠真と望夢に向かってだった。瑠真も口を開きかけたが、先に望夢が後ろから声を張り上げた。


「そういうお前は?」

「俺?」


 児子操也は顔立ちを歪める。


「ホムラグループ内の政治だよ。勢力戦の真逆、平和維持活動。対立の引き金を引きかけた翔成くんにペナルティを与えて、他が突っ込んでくる前に丸く収めようっていうね」

「それはおかしい」


 これは瑠真が真っ先に食ってかかった。純粋にご都合だと思ったのだ。


「日沖翔成がホムラグループの自由になるモノだって考えてるの?」

「モノ呼ばわりはきみの悪意的解釈。関係者ではあるよ。だろう? 一家ともどもうちが養ってる。それに本人も、ホムラグループの一員のつもりで牙を剥いたはずだ」


 きつい目つきのまま振り向いたら背後の翔成に目を逸らされた。ムカつく。ムカつくので、何か言い返したい。


「たとえば、今コイツを協会に勧誘したら、自分で所属を選ぶこともできるでしょ」


 振り向いたまま、一語一語を区切るように言った。翔成が意表を突かれたように目をしばたいた。


「勧誘するんですか?」

「もしもの話っ。所属なんかどこだっていいって話なの。同じ中学生じゃん。ホムラグループのメンバーとして責任を負う必要が私には分からない」


 瑠真は半人前だ。いちおう金銭の発生する仕事をしているから、協会の正式な人員として書類やバッジで縛り付けられている。それでも、腐れ縁の新野は君には立場なんかないと言う、生身だって言う。春姫だって似たような態度だ、自分は関わらないから友達のために動けばいいと今回だって手を離してくれたのだ。


 今回、痛いほど痛感した。前みたいに春姫の命令で動いているんじゃなくて、自分自身のエゴで飛び出したって、結局瑠真が立っている場所は大人の羽根の下なのだ。個人的な好みの話をするのなら、それがずっと気に入らなくて足掻いているんだけれど……でも、それは瑠真が気に入っていないだけだ。


 翔成はどうなんだ。父親に手伝いを任されただけで、会社に所属してすらいない翔成がなぜグループの意志とやらの代理にされないといけない?


「ちなみにウチも権利的には管轄できる」


 望夢がしれっと口を挟んできた。


「確かに本人の自覚はホムラグループに寄ってるかもしれないけど。児子……でいいっけ、お前。『一般人』の管轄は結構デリケートだよ。公的な依頼窓口に通報すれば協会の顧客になる。ウチの警察が担当したっていい、日沖はバイタライザーなんか使って解釈異能に片足突っ込んだんだから」


 ちっ、と児子が舌打ちをする気配があった。


「きみたち秘匿派警察様の『管轄協定』の話? 分かってるよ。きみたちがそういうことを言う権利はもうないって個人的に思ってるけどね。俺は管轄を知っているからこそ、先にこの件に関してホムラグループの姿勢を示そうって言ってるんじゃないか。誰もが首を突っ込みうる。きみは手を引けって言うけれど、実際は表裏の警察が動くだろ。俺たちが翔成くんの行動を放置したままだったら、何をしていた、ホムラグループの扶養家族だぞって咎めに来るだろう?」

「来ないよ」


 これは再び瑠真だった。児子がけげんな顔をするので強く言い切る。


「止めたから」

「語弊があるな。協会は知らぬ存ぜぬを貫き通す姿勢を事前に確認してきた」


 ペアに訂正された。実際にその確認を担当していたのは望夢である。


「秘匿派警察は足踏み中。まさか一般人の中学生相手にお茶を濁して、天下の警察が満足しないだろ? 釘刺しておいた。後ろの勢力図を見極めて、それから動け。ちゃんと領分の、解釈勢力狩りをやろうぜってな」


 児子はまじまじと望夢を見つめていた。未だ、目の前の中学生たちが動いているのが、協会か高瀬家かどちらかの差し金だと思っていたのかもしれない。


 なかば独り言のような調子で青年は呟く。


「きみたちは一体どこの代表なんだ?」

「「どこの代表でもない」」


 横から反感に引っ張られて瑠真まで口を挟んだから、声が重なった。瑠真が無理やり続きをもぎ取った。


「どこだっていいでしょ。大人じゃないんだから!」


 それは児子に対する応答である以上に、瑠真の、十三歳の子供としての七崎瑠真の一種の声明文だった。


 一切の責任を取らなくていいなんて言いたいわけじゃない。だけど、負わなくていいものまでさも背負い込んだような顔をして勝手に苦しんで、自分はそういう運命だからと諦めた振りをする必要なんてない。ないって思いたい。だって純粋に、それを見ていると私はムカつくんだから!


 児子操也が天を仰いで、はぁっと息を吐いた。


 次の動作でスマホを投げ返してきた。瑠真は予期していなかったのでちょっと慌てたあと、ぎりぎりで手を出してアスファルトにぶつかる前に掴み取った。


「この話、一回上に相談するよ」


 さっきまでの苛立った語調が消えて、呆れてはいるがのんびりとした喋り方に戻っていた。


「当の被害者の高瀬くんが『咎めるな』って言っちゃうと、俺が何をやってるのか分からなくなっちゃうよ。もちろん継続調査はするけどね」

「こっちでいがみ合ってる場合じゃない。ヒイラギ会とかいうのはお前たちだって気になるだろ?」


 それでたぶん了解があった。


 児子は肩の力を抜いて屈みこむと、足元に落ちていたウサギの大きなぬいぐるみだけを片手で拾い上げて背を向ける。


「だけどきみたち自身が、どういうふうに評価されるかは別問題だからな」


 捨て台詞というより、お節介で念を押すような一言を置いて。


 ホムラグループの青年は、まるで夜道を日常的な散歩に来たような足取りで歩き出す。


「いちおうしばらく尾けるよ。ちゃんと帰るかわかんないから」


 用心棒が勝手に宣言して、青年の背後を音もなく走っていった。瑠真は大きく息を吸って吐いて、気持ちを落ち着けた。


 当座の山は越えた。まだ一つ目だけれど。


「本題はこれから」


 区切りをつけるように呟いて、振り返る。ずっと黙って顛末を見ていた後輩が、迷うような目をこちらに向けた。


「日沖翔成。アンタ、どうするの?」

「どうする、って。命令はしないんですね」


 翔成はひねた感じに笑った。態度は穏やかではあったが、まだ言葉尻からしこりが消えていない。


「おれは何にもできないってことが自分でわかったし、おれが結局何にも動かせなかったことを、今あなたたちが目の前で証明したんじゃないですか。子供だから」

「そういうことを言ってたんじゃない」


 つい声音が厳しくなる。


「アンタは何がしたかったのよ」


 分かっていた、後輩が答えないことは。目も合わない。もう一度深呼吸をして、話しかける内容を探した。建設的な話がしたい。


「今までのことはいいわ。今、ヒイラギ会とかいうのアンタの敵なの、味方なの? 今から何もなかったことにして家に帰って休みたいの、それともまだ何かやりたいの」

「……考えてなかったですよ、あとのことなんて」


 翔成が反感を込めて言い返した。それでやっと視線が上がった。見慣れた黒目勝ちな瞳が瑠真の表情をとらえる。


「でも……一個目のほうの質問は、はっきりしてます。敵です。おれはあいつらが嫌いだ」


 翔成の瞳に一瞬炎が宿った。


 それを見て、さっと望夢に視線を流した。そういうことなら話は早い。


 ペアの少年は頷いた。


「俺たちがやりたいこととだいたい一緒だ。情報共有させてほしい、そのヒイラギ会とかいうの。お前がたぶんいちばん詳しい」


 その口調には事務以上の親愛のようなものがあった。瑠真は顔をしかめる。分かりにくいわりにすぐ人に気を許すヤツ。


 ペアはちょっと口元を揶揄的にほころばせて、翔成に向かって付け足す。


「俺たちがよっぽど嫌いなんじゃなきゃ、だけど」


 瑠真は後輩に視線を転じた。実際後輩が自分たちをどういうふうに捉えていたのか、瑠真は今一つぴんとこなかった。翔成は笑っていた。自嘲に似ているけれど、一概に内向的とも言えない、何か眩しさのようなものを込めた表情で。


 一瞬、後輩の内面に触れたような、でもやっぱり分からないし分かりたくもないような、複雑な思いが指先をすり抜けた。


「嫌いだったとしたら」


 後輩は何か吹っ切れたような口調で言った。


「おれがいちばん嫌いなのはそういう自分自身ですよ」


 全く何が言いたいのか分からなかった。


 ムカつくことに望夢は了解しているらしく、したり顔で頷いた。



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