幕間 日沖翔成に関する命題
「お前はほんとうに普通のいい子だな」
父親がしばしばしみじみとそう言うことがあって、翔成はそのたびに半分で誇らしく、半分で苦々しく思ってきた。真面目、普通、平々凡々。それは大人に言わせれば長所だけれど、十代の少年にとって歯がゆい事実でもある。
「何をしたって目立たないからね」
「それでもやめないのがお前はえらいんだ。なぁ翔成、一つ秘密を守れるか」
その問いかけは、地元の校区の中学校の、まさに入学式の後で行われた。
桜がもう盛りを過ぎて散るころで、父親の真剣な顔を花模様の木漏れ日が彩っていた。
「どうして?」
一度家に帰った後、母親を残して散歩に誘われたのだった。眉根を寄せて尋ねると、父親は翔成を見て咳ばらいをした。
「父さんは大事な隠し事をしていて、それを翔成に聞いてほしい」
「母さんじゃなくて?」
「母さんはだってほら、あの通り心配性だろ」
それは日沖家の男二人にとってはほとんど共通認識だ。母親はほとんど焦りや狼狽を表に出すことがないけれど、その分一人で不安を抱え込みがちなのを中学生の息子も知っている。
「秘密って、まさか悪いことじゃないよね?」
父親が足を止めた。家からほどない寂れたゲームセンターの軒先で、クレーンゲームの筐体が雨ざらしになっている。
「悪いこと……かもな。お前を一人前と見込んで、ちょっと世界の仕組みの話をしたい」
「で、なんで人形なんか取ってるのさ?」
「まぁ、入学祝いだよ」
「シケてるね」
クレーンがぴかぴか光って景品を吐き出した。笑って受け取ろうとした翔成の右手を押しとどめて、父親は唇に静かに人差し指を当て、意味深なウィンクをした。
「父さんのと交換しようか」
桜の木漏れ日が痛いほどに眩しい午後だった。
その日、日沖翔成は幸福で、誇らしかったのだと今も思い出して言える。




