3: Pair’s First United Front(1/3)
しばらく、静寂があった。
リーチにならない距離を保ったまま、お互いがお互いに伺いの目を向ける。
先に沈黙を破ったのは望夢だった。
「なんで?」
「なんで、って」
少年はどこか引きつったような笑みを絶やさない。
「理由なんてどうでもいいだろ? いくつだって思い当たるんだから」
「そうだよな」
自分で数えても両手の指は下らないかもしれない。けれど、そういう意味でなぜと訊いたのではない。
「でもお前、見たところ素人じゃないの? ……何の関係があるの?」
指摘した瞬間、少年のナイフを握る手に白く力が籠もった。
そのまま刺しに来るかと思ったが、冷静にも少年は息を整えて、酷薄な笑みを取り戻す。
「視界が狭いよ、高瀬望夢」
「何を求めてるんだよ。俺が十人の話を一気に聞ける聖人君子なら満足か」
相手の少年の目にふと殺意に似たものが宿った。ちょっと驚く。そういうふうに育てられたのではなくても、せいぜい一二歳や一三歳の少年がこんな顔をできるのかと。
「おれは……」
少年が囁いた。
「おれは、お前みたいに家族を見捨てたりは、しない」
何がどう曲がってそこだけ伝わっているのだろう。
内心首を捻るところではあったが、少年が動く気配を見せたので少しタイミングをずらしてこっちから懐に突っ込んだ。少年が狙いを修正するが、動きが硬い。腕を受け流して横から掴み、反対に回って捻り上げた。相手は苦悶の呻きを上げる。緩んだ指からナイフを抜き取る。弄びながら「ふん」と笑みが漏れた。
「家族、ね。帆村に洗脳されてるんだろうけど、一般人が捨て身になるもんじゃないよ」
「…………ッッッ」
少年の瞳がらんらんと燃えた。自由な手がポケットに動いたので、塀に押し付けてその手も拘束する。
「お前にっ……」
血を吐くような声を少年が絞り出した。
「お前には、絶対、わかんねえよっ……」
このとき、三つのことが順に、ほぼ同時の一瞬のうちに起こった。
第一に、どこからか明確な視線を感じた。いや慣用表現として定着しているが、視線に感触はない。視覚、あるいは聴覚のいずこかに違和感が引っかかったのだが、その正体を捕まえられなかったがゆえの緊張感だった。それは完全に捕捉されていなかった第三者の存在を思わせ意識を引っ張られた望夢の力が緩んだ。だがどこにも異物を捉えられない。
第二に、少年が望夢の手をねじ切って身をひるがえした。片手で取り出した、チューブのような細長い物体のキャップを親指でぱちんと飛ばす。それが何なのかはっきり把握する前に、動揺が先だって思わず防衛行為が出た。つまり、手に持っていたナイフを少年に向けた。
そして第三に、激しく響いてきた足音に混じって、少女の声が「待って!」と叫ぶ―
「待って! 望夢、それ私の後輩だから!」
全員が恐らくその少女の声に過敏に反応した。
まず捕捉されなかった何かしらの第三者の影が、完全に望夢の意識から締め出された。どこに何の違和感を抱いていたのかが分からなくなる。続いて少年が瑠真を見た。逃げると決めていたのか、ナイフに構わず、身をひるがえして望夢を押し退ける。
「あっ」
避けるのが間に合わず、少年の頬を一閃、アウトドア用の飛び出しナイフが引っ掻いた。男子にしては長い髪の一部が切れてひらひらと少年の背後を舞う。少年は動作を止めず、最初に落とした帽子を拾ってそのまま駆けていく。
すぐに追いついてきた少女が後ろから飛び掛かってきて、問答無用で望夢からナイフを奪い取った。
「何してんの?」
「俺が訊きたい」
叱るような口調にぶすっとして言い返したが、瑠真はそのまま少年の後を追おうとする。引き留めようと後ろから手を掴んだが、それより前を行く少年が振り向いて叫ぶのが先だった。
「来ないでください!」
来ないで、と言われて止まる暴れ猫ではない。はずなのだが、その足がぴたりと止まる。
少年はさっきのチューブを腕に押し当てて、ほんのり笑っていた。
「あなたがついてきたら、おれがやったことの意味がなくなる!」
意味が分からなかった。
分からないから、それは脅迫として機能したのだろう。少女がそこで立ち止まっている間に、少年は再び身を翻す。路地の向こうに消える背中をなすすべなく見送って、少女がダン、と地面を踏みしめた。
「くそ。どういう状況?」
「まだ油断は、」
第三者がいたはずだ。暮れなずむ空のほうに視線を投げたが、探知の努力は空回った。何一つ掴めない。少なくとも現実事象からの乖離のたぐいのエネルギーは感じ取れなかった。望夢の知らない解釈なら仕方がないが。
瑠真が焦れて手を振りほどいた。
「とにかく、このままほっとくのは……って、えっ」
自分の指を見て驚いた後、こっちを見て瞬きする。望夢もつられて瞬きしたあと、自分の手のひらに視線を落とした。
「あ」
少年からナイフを奪った際かどの段階か、完全に受け流していたつもりだったが多少刃で引っ掻いていたらしい。親指の付け根あたりが切れて、早まった心拍に押されて結構な量の血が出ていた。
「ごめん、汚した──」
瑠真の手に視線を転じようとしたところで、少女が大きく息を吸って吐いた。意図して落ち着く動作。
その妙に慌てたような態度でふっと思い出したが、ナイフを奪ったときじゃなくて、どちらかと言うと瑠真に取り上げられたときに切ったかもしれない。思ったらそんな気がしてきた。
瑠真は若干気まずそうに、
「情報を共有しよう。なるべく早く……あとそれ、治療」
大した怪我じゃないけど、と述べようとした意見は封殺された。
×××
「一から整理すると」
と望夢は言った。
「あいつの名前は日沖翔成、お前の後輩。数週間前に助けて以降、基本的に向こうから接触してきた」
「なんか、言い方……いいけど」
「で、今日になって体調不良?」
「体調は前からだった」
床に正座で仏頂面で答える。望夢の宿舎の部屋だった。前にもモノがない部屋だと感想を抱いたが、協会を当座の居場所ではなくとりあえずの所属先と決めた今でもほとんど変化がないらしい。急ぎの状況で最も近い拠点を選んだまで、文句を言える立場にはないが、座布団すらないのは居心地の問題を超えている。
本人はこれで生活して特に疑問を抱いていないらしい。きつめにガーゼを巻いた指でペンを持って話を進める。
「日沖の家に行ったけど、本人がいなかったから探しに来た?」
「アンタの返信が途切れたのも。通話かけても出ないから、もしかして、って思った」
「よく当たったなその勘で……」
悪口を言われている気がするが拘泥している場合ではない。
「で、アンタのほうは?」
抑えた口調で問いかけると、少年はまず机の上に置いていた拾得品を改めて真ん中に出した。落っこちていたチューブの蓋のようなものだ。
「これ、なんだと思う?」
「キャップ……じゃないの? 最後に何か持ってたよね、あの子……?」
「注射だよ」
望夢があっさり答えを言った。
「アドレナリン自己注射って見たことある? たぶんよく似てる、というかそう偽装してる」
「アドレナリン……?」
「アナフィラキシーショックに応急処置するための携行注射。使い切りで、素人でもハウツーを守れば安全に使えるようにセットされてる」
話には聞いたことがあった。アナフィラキシーショック……ということは対アレルギーか。周りに重篤なアレルギー患者がいないので実物は知らないが、ニュースなどを見ていると目に飛び込んでくるのと同じものだろう。
翔成の家は医薬の会社だという。そこからの連想にも近い。
「でも、偽装ってことは中身が違うんだよね?」
そう、と望夢は頷いた。
「あれ、強制開花剤だ」
一瞬耳馴染みがなくて、言葉が脳を素通りしていった。
その後でどきんと心臓が跳ねる。「強制開花?」協会で使う異能史の教科書でだけ見るキーワードだった。協会による開放と科学の導入の前、一部の非合法組織が人為開花を試みて種々の実験を行ったという……現代にありうる言葉だと思っていなかったのだ。
「それ、翔成くんが使ってたってこと?」
「俺も打たれた」
自嘲気味に望夢が肩をすくめる。
「たぶん一瞬でもすぐに効果を出すことに特化したバイタライザーだ、多用すれば体調不良にもなる」
「アンタ、大丈夫だったの……?」
協会の基準に照らせばとっくに〝開花〟している望夢に、さらに開花剤を打つというのがよくわからない。
「暴走させたかったんだと思う……めちゃくちゃ気持ち悪かったから、あれたぶん、お前みたいなエネルギー有り余ってるやつが食らうと普通に破裂する」
具体的意味は分からなかったが、その響きの不穏さだけは伝わった。黙り込む瑠真に望夢は首を振った。
「俺の場合、春姫と繋がってたことが功を奏したのかもしれない。二人分だと常にどちらかといえば不足状態にある。半分が二倍になったって一に戻るだけだから」
向こうで春姫がどうなってたんだか知らないけど、と言い足されて不憫なイメージが湧いたが振り払った。望夢が大丈夫だったんだから春姫なら大丈夫だろう。ちなみに知る由もなかったが、春姫がココアをひっくり返して慌てていたのはこの時である。
「話を戻そう。日沖がバイタライザーなんてものを持ってた理由だ」
望夢はメモにペンを滑らせながら、
「ホムラグループの末端だって言ったか?」
「間違いないよ、学校で聞いた」
「だとしたらやっぱり帆村の実験……、うーん」
何やら難しい顔をしている。
「単純すぎる気がしない?」
「単純って?」
「ホムラグループ……あいつらのせいだとして、何がしたくて日沖一人に俺を狙わせてるんだ」
「サンプル集めでよくわからないことをする、んじゃないの……」
春姫から聞いていた話を持ち出した。望夢は頷くが難しい顔は解かない。
「本社はそうだけど、それは裏側に限った話だ。子会社の一般人のガキまで巻き込むのは普通じゃないし、普通じゃないことをやるにはリスクばっかり大きくてリターンが少なすぎる。それもなんで俺、政治問題のド真ん中なのに……」
「政治問題って」なんとなくひそひそ声になった。
「アンタの実家のこと?」
「実家も、協会も……普通だったら俺を大っぴらに狙うことは両方に喧嘩を売るってことになるから、勢力単位でやるメリットないと思うんだけど。……ああくそ」
ふいに少年が悪態を吐いた。何か不快な事実に気が付いてしまった顔だ。
「協会は春姫だからともかく、実家の方は止めないとまずいかもな」
止める……? 瑠真は眉をひそめる。こういう話になると聞き役に徹するしかないのが歯がゆくはあるが、知ったかぶっても仕方ない。
「なんで? さっきのことが伝わるってこと?」
「十中八九伝わるよ。俺たぶん監視されてるもん、結構派手にやっちゃったから、直接見られてなかったとしても後から辿ったらバレる」
「辿る……」
「発散っていうのは協会の用語にもあるだろ、あれ残留紋の型で『俺に何かあったかどうか』『どの勢力の解釈異能が使われたか』くらいは読めるってこと。うちはもともと裏側の警察だから、そういうの十八番だし」
いちおう縁を切ったとはいえ、望夢が実家を背負っていることにはまだ変わりはないのだろう。言われたことの意味を少し考えた後、ひやりと背中が冷えた。
「それが……翔成くんに行きつく可能性はある?」
「可能性はあるっていうか、たぶんそうなる」
望夢はきっぱりと言った。
「直接残ってるのは俺のを除けばバイタライザーで増幅された型だろうけど、俺の感じた限り、協会式をベースにしながら、典型的な協会式とはちょっと違った。そのあたりに帆村の癖が出てたら帆村に糾弾が行くだろうし、帆村の側はわざわざ自分たちで責任取る義理はない。下層メンバーが勝手にやったことだって言うにきまってる」
聞いていて、話を全部理解できたとか、背景を十分に理解できているとは全く思わないが、嫌な想像がむくむくと膨らんできた。否定してほしいところだけど、望夢はそうしないだろう。
「だとすると……ホムラグループとアンタの実家、両方が翔成くんを探すことになるんじゃないの……」
ペアの少年は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何日保つかな」
思わず膝に置いた手を握りしめていた。
本当に今、話題の俎上に上がっているのはあの後輩なのだろうか? 話がきな臭くなるのと同時に、学校で交わしていた会話が遠ざかっていくような気がする。
海に落ちても助けに来るか?
「お前はどうしたいの」
望夢がペンにキャップを嵌めながら尋ねた。
「どうって」
問い返すと少年の透き通った瞳が真正面からこっちを見据えた。フローリングの部屋の天井に下がった白色灯が両目に映り込んでいた。
「日沖は何が狙いなんだかよく分からない。おまけにお前が近づいたら意味がないだのと脅迫を残していった。……無視したっていいと思う。あとは大人が政治でなんとかする、お前がわざわざ関わる理由はない」
またこのフレーズだ。とっさにそう思った。大人がやること、瑠真がやらなくていいこと。瑠真には関係のないこと。
今まではこの手のすべての言葉に反発して歩んできた。けれど、即答できない。答えられない条件が積み重なっている。つい昨日己に問うた、相手が美葉乃でも勝手を言えるのかという自問、そこに相手による差があるのは何が原因なのかという懐疑。今日の午前中に何も思わずに口にした、旅に出る人にその意志があるなら止めようとは思わない、という自己矛盾した言葉。同じことを今度は高瀬望夢に訊かれている。協会を蹴って出て行って、瑠真が連れ戻した最初の少年に。
相手を見つめていると、
「なんだ」
望夢がぼそりと言った。
「お前はこう言ったら即決で来るものだと思ってた」
「……アンタは、首突っ込む気なの?」
「だって自分の身が狙われて、それがお前の知り合いだって言うんだったら逆にどうやって無視するの? 何も見ませんでしたって顔してるほうが落ち着かなくない?」
ものすごくシンプルな答えだったが、今現在混乱している瑠真にはその感覚がうまく再現できなかった。難しい顔をして、斜め下の虚空を見る。
「……ほっとくわけには、いかないよね」
「お前の後輩のことは知らないよ」
望夢は薄情だった。
「だけど、俺は少なくともお前に首突っ込んで貰って嬉しかった」
俯いたまま考えて、ぎゅっと唇を引き結んだ。あのとき自分はなんて言った? 関係ないって言うな、って言ったのだ。それに怒って生きてきたのだ。
肚を決めて手を差し出した。まだ迷いはあったが、動きながら考えるしかなかった。
「何したらいいか教えて」
「俺もまだお前に訊くこといっぱいある」
にやりと笑った望夢が自分の手を出して、二人ほぼ同時にぱんっと打ち合わせた。それで少し、自分自身に実感が持てたような気がした。
たぶん初めての共同戦線だった。仕事のために上から決められたペアではあるけれど、仕事の間には絶対にありえないような形で、協会の外で。
トラブルメイカー・ペア、共同戦線……目標は日沖翔成の目的解明、内容に応じて解決または横槍、あるいは保護。
定められたリミットは、とりあえずの集合目標に翔成の予測される体力を見越して三〇時間となった。
×××
→UNITED FRONT: 開幕(30h left) 夜
周東励一は立場上高瀬式秘術の門下生の一人ということになっている。
二か月前の対協会戦に参加したあと、分解していく勢力を静観して残り続けていた。実際所属先とか権威的にどうのとか伝統だのには興味がなくて、解釈異能集団のたぐいはどれもこれも似たり寄ったりの地雷だとまで思っている。なんとなく考え方がまだマシそうな集団を選び続けていたらこういうことになった。警察業務にも勢力規模にも思い入れがない、むしろ散り散りになった現在の高瀬式は血族とかバカみたいなこだわりが消えて現代的だと思う。
一般家庭で普通に育って、たまたま能力開花したが協会に意地でも入りたくなかった。事情はそれだけ、名前を背負ってどうのとかはさっぱりピンとこなかった。
なので、名前を振りかざしてドヤ顔で命令してくるガキとかは死ぬほど嫌いである。
「二日間だ。それだけ保たせればなんとかする」
「お前自分の立場分かって言ってんの?」
夜はバーに代わる繁華街裏のカフェだった。大学で使う参考書を広げて当番の暇を潰していた周東は鳶色髪の少年に向かって突っ込みを入れた。隠れ家機能のためそもそも営業宣伝をしておらず、今日などは常連が来る時間を過ぎたので交代制の見張りだけ置いて全員解散している。こういう不意の来客があったときに情報を共有するだけで。
「そもそも今って秘術師連として機能してるの」
高瀬望夢は完全に舐め腐った口ぶりだった。
「連絡所がまだ残っている以上誰かいるんだろうと思って来てみたけど、拠点ごとにもう別々のコミュニティになってたりするのかな。たぶん派閥名乗れるほどの統一性もないよな? 仲良しグループみたいな感じ?」
「お前……殺すぞ」
「安心感があるな、ストレートな罵倒」
しばらくほんとうに血祭りになりそうな空気で店内が固まっていた。周東が溜息を吐いて緊張を解くと、鼻歌でも歌いそうな顔をしていた少年も若干わざとらしさをを収めた。それでも殺したいことには変わりないが。
「実際お前で良かったと思う、そこまで所属層全員把握してないけど、体面にこだわるメンバーに見つかったら交渉する前に縛り上げられてる」
高瀬望夢はちょっと眉根を寄せて冷静な意見を述べた。
「そういうのより状況安定のために動いてくれる人手が欲しい。たぶん一人二人じゃなくて、ある程度抑え役になる規模はあったほうがいい。頼めるか?」
「やだね」
周東は一刀両断した。考えるまでもない。このガキは自分のどのあたりが自己中なのか指摘されても自覚できないタイプらしい。
「状況安定って、それは昔懐かし警察任務だろ。何百人が一丸となって使命感に燃えていた頃ならともかく、お前の言う仲良しグループにやらせる意味がわからない。協会に頼めよ。平和大好きだろ、あの狐婆あ?」
「春姫は動かせない」
耳馴染みのない名前を使われた気がするが、文脈で誰の愛称かはわかる。最近のペットは飼い主のことを名前で呼ぶのだろう。
「あいつは小指を動かすだけで意思がどうの志向がどうのって取り沙汰される最高象徴だ。不確定なことを任せて、万一他勢力と対立したらまずい。戦争になる」
「今さらだな」
実に今さらである。去年の八月から戦争勃発を煽り続けていた女狐だ。
「お前たちが組織体じゃないから頼めるんだ。今の高瀬式を追撃しようと思う勢力はいないだろ?」
眼鏡越しに少年を睨んだ。さんざっぱら生意気な発言をし倒しているが、誤魔化すのをやめた表情は不安げで、媚びるようにすら見える。その自信のほどで、よく夜のこちら側に乗り込もうと思ったものだ。
「お前の頼みを聞く義理はない」
腹立ちを隠す気もなく周東は言った。
「そもそも誰一人命令権は持っちゃいないんだ。理由なく上に立てた時代に引きずられてるんじゃねえ。全員が自分の動機に沿ってしか行動しないと思え」
少年の面持ちがあからさまに萎んでいった。小型犬なら耳がしゅんと垂れるのが目に見えただろう。
これでしょげるくらいなら最初から博打を打たないでほしい。いや、これすらも演技か? どっちだっていいがそれならそれで絆されると思われるほうがよっぽど侮辱である。
察しの悪いお坊ちゃまにいらいらしつつ、周東は最後の、最大限に譲歩したヒントを放り投げる。これで正解に辿り着けなきゃ叩き出して二度と来られないように凹ませてやる。
「強いて言うなら、警察権威を失ったせいで堂々と暴れられなくなって、やる気を持て余してるバカどもは多いよな」
我ながら超親切だった。無論自分を含めてそのバカだからである。
得心したように少年の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ」
言葉を練る前に発言しようとするので余計な確認を挟んだら追い出すぞという意を込めて再度睨みつける。伝わったのか最初から分かっていたのか、少年は肚を決めるように唇を舐めて、不敵な笑みを浮かべた。入ってきたときと同じ、あるいはそれ以上に生意気で最高に腹の立つ笑顔だった。
「高瀬式とか秘匿派警察とかどうでもいい。帆村の出番を掻っ攫いたい奴ら、全員集めろ」
それでこそ恨みの象徴記号、傲慢な権威のお坊ちゃんだ。
まぁ、合格点の中でも優をやっていいか。周東はバタンと本を閉じると、席を立って電話を取り出した。
店の外に出ると、スマホを握りしめて身を固くしていたペアが不安げに訊いた。
「わ、私も挨拶してきたほうがいい?」
「お前のほうが問答無用でシメられるぞ、たぶん」
望夢が指摘すると、瑠真はほっと息を吐いた。この少女はほんとうにまずい状況になったら即刻通報の要員でここに置いていたのである。「まぁそうだよね」珍しく理解力が高い。と思ったが、「私もぜってーリベンジすると思ってるもん」
それは身の程知らなさすぎだ。俺に言えた義理じゃないけど。




