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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
異能協会の問題児
20/42

5:協会のロストチルドレン-2

協会戦、フェーズ高瀬望夢単独行動。//ちょっと長いですがクライマックスです。


 手も触れない重い樫扉が、内側から弾けた。


「は、」


 望夢の視界に、弾丸のように飛び出してきた少女の体躯が映る。


 瞬間、急ブレーキをかけて思わず距離を取っていた。今までは背後から追われるように走っていたのに。今度は目の前の壁にぶつかったように。


 彼女が無機質な廊下に降り立った瞬間、二つに結んだ髪がその肩の上でふわりと持ち上がる。


「アンタを連れ戻す」


 七崎瑠真は言った。不穏なくらい落ち着いた、澄みとおった声。


 彼女がここにいるという事実が、遅れて実感に沁み通ってきた。


「何のためだ」


 望夢はじりじりする焦燥を感じながら言う。


「お前の友達のことか? なら聞けよ。俺はその美葉乃とかいうヤツは直接知らない。だけどな、その姉貴を、目の前で見殺しにした。雨が降ってて、視界が悪かった。あいつはスパイの癖に俺に情を湧かせて囮を買って出た。騒動に乗じて俺を逃がすために! 分かるか?」


 何故こんなことを喋っているのか、自分でも理解しきっていなかった。だが、今までため込んできたものを全て吐きだすように、いつの間にか語りつくしていた。


「姉の事件が発端だったんだとしたら、妹のほうだって俺が殺したも同じだ! だったら放っておけばいい。こんな抗争の中にいたら、放っておいたって俺は死ぬ。それでいいだろ? お前に責任があるんじゃないんだから!」


 ギリッと響いた音が、少女の噛み締めた奥歯から響いたと、気づいたときには遅かった。


 何らかの動きをとる前に、勢いに押し倒されていた。かろうじて頭を打たない程度に守った望夢が息を吹き返す前に、少女の両の五本指が彼の襟を掴み取る。


 とっさに腹を括った瞬間、握りしめた拳が飛んできた。喧嘩慣れもしていない、威力の弱い、ともすれば相手が怪我しそうな女の子の手。けれど、揺さぶるような衝撃があって、その後には確かにじいんとした痛みが残った。


「関係ないって言うな!」


 耳を打った第一声は、脈絡も何もない、そんな言葉だった。


「放っとけって言うな。ねえ、それはそんなに気持ちがいい? そうやって一人で背負いこんだつもりで、人を見下して悦に浸るのはさ!」


 茫然と見上げる望夢の襟首をぎりぎりと締め上げながら、七崎瑠真は呪うような言葉を吐き出す。その目線は乱れた髪に隠されて影が落ちている。


「何が異能史よ。何が流派よ。これは何? この滅茶苦茶は。これもアンタの責任?」


 その台詞が、彼女がすべての事情を聞いたことを物語っていた。


 望夢の喉に自分でも捕捉しきれない苦みがこみ上げる。今さらだが、本当に今さらだが、あの金瞳の少女が、七崎瑠真を巻き込むことを良しとしたのだ。彼女がいていい場所じゃないのに。彼女みたいな、友達一人のために憤り、だれかれ構わず突っ込んでいく人間が。


 それじゃあの時と同じことになる。


「ふざけないでよ!」


 激しい怨嗟の声が、望夢の鼓膜を叩いた。


「ちゃんと見て、考えてよ、目の前のことを。みんな迷惑してるの、私が迷惑だって言ってるの! アンタが血筋だとか何だとか、くだらない理由で勝手に動いて、その結果がこれよ。アンタがみんなを巻き込んだの! アンタだけの問題でなんか済んでない!」


 ふと、望夢はその言葉にとらえきれない、思い違いをしていたような違和感を覚えた。しかしそれを捕まえる前に、反駁への焦りが胸を塗りつぶしてしまう。


「分かってる、そんなこと。だから自分なりに片を付けようと思って」

「それで赦されようってわけ?」

「違う」

「違わない!」


 言いかけた望夢の息が詰まった。少女の手は限界を超えた力にぶるぶると震えている。


「うざいのよ、悲劇の主人公みたいな顔して。何もできてないじゃん。そのくせ、私には関係ないって顔して、何も教えてくれなくて、誰も。私は、ずっと何も知らなくて、美葉乃のときも、アンタのことも……」


 少女の声が震えていた。そのちっぽけな体に収まっていたとは思えない、苛烈な怒りと、痛いほどの自責が綯い交ぜになった目が、ようやく望夢の視線と合う。


「ほっとけって言うな。私、どうしたらいいのよ……」


 こらえきれない涙がその瞳から頬に流れ落ちた。


 ようやく、望夢は理解した。思い違いの正体を。


 彼女は救いたかったのだ。山代美葉乃を、彼女が守れなかった友だちを。望夢は確かにその元凶と言えたかもしれないが、それ以上に、山代美葉乃の焼き直しなのだ。彼女に何も告げずに協会を去ったペア。


 どうして、また同じことになるのか。少女の濡れた瞳はそう言っていた。


 軽々しく声をかけることはできなかった。望夢は息を止めて、少女の顔を凝視していた。彼女は望夢の襟首から片手を放して乱暴に目もとを拭った。その手をいつまでも顔から離さないまま、肩が震える。


 上体を起こし、床に突いた手をおずおずと上げた。


「瑠真、」


 何か言えそうなことを探しながら、望夢は口を開く。だが、それを言う時間はなかった。


 廊下の左側一面に張られた窓の向こうで何かの影がちらついた。


 夜の室内の照り返しに紛れて、望夢は一瞬それに反応できなかった。はっと気が付いて、少女の身体を奥に押し退けたとき、窓ガラスが外側からたわんだ。


 顔をかばうのが一瞬遅かったら、破片で目が潰れていたかもしれない。


(くそ――)


 追手だ。後ろが塞がれているから、ショートカットしてきやがった。


「何だこれは。お遊戯会か?」


 床に落ちた破片の合間に真っ直ぐ降り立ち、鼻に皺を寄せてそう言ったのは確か周東と呼ばれていた若い男だった。ここまで来れば神名がいることを見越していたのだろう。訝るような目線が望夢の背後の瑠真に注がれる。


 その視線に明らかな害意を感じ取って望夢は寒気をおぼえた。


「待て、協会の会員には」

「もういいよ、お前」




 相手は平坦な声で望夢を遮った。


「面倒だから、もうお前も要らない」


 反応に窮して固まった瞬間、背後で瑠真が跳ね起きた。望夢の思考が追い付かなかった。


 止める間もなく、少女が振りかざした手を基点にペタルが渦を巻く。勢いよく噴き出した無数の花茎を見て驚いた。それは七崎瑠真の超常術ではない。


 顧みた少女の手には、銀色の十字架が握られていた。


 刺し貫くように多方向から迫った茎に、しかし相手は動じなかった。空中で絡めとるように茎の動きが止まった。一瞬ののち、茎が中途から輪切りにされたようにバラバラになる。照明の灯りに一瞬、無数に宙を蠢く銀色の線が照り返った。


 即座に瑠真が次の手を繰り出した。地面を順次貫くように、紅い小さな花をつけた植物が足元から迫る。……これを操っているのは、誰だ? どっちだ?


 それも無造作に斬り飛ばされると、彼女は歯噛みして駆け出した。直接突っ込むつもりだ。望夢が遅れて止めようとしたとき、彼女の手の中の十字架からぶわっと細い若葉色の蔓が芽吹いた。瑠真が何かした様子ではなく、勝手に十字架が作動したといった形で。予想外という顔で手元に目を落とす瑠真の身をくるくると縛り上げて、それは壁際に彼女を縫いとめてしまう。


 獣のように喚いて暴れる彼女を物珍しそうに見た後、周東は続けて望夢を一瞥した。


 望夢は彼女を庇うように立ち上がっていた。


 異能を使うための(イルミナント)は、今全て封じられている。瑠真の裏にいるらしいあの少女が、望夢に味方する気があるのかも分からない。背後で暴れる瑠真の気配越しに、じっと観察するような視線を錯覚する。


 異能に頼れなくても、干渉操作くらいは使える。そのはずだ。逆に言えば、それしかできることがない――相手の秘術にどう干渉していいか、それすら分からないが。


 抵抗してどうする……? 瑠真を守る? 協会に与すると、決めたわけでもないのに?


 そのとき、背後の気配が一瞬静まった。


 その意味を悟る前に、望夢の横をすり抜けて、真っ白な光源が膨れ上がった。爆発のように目を焼いたそれが協会式の光弾だと気づいたとき、それは怒りを持って敵へと叩きつけられていた。


 それが初めて相手の動揺を誘った。唸る光の弾が網状に張られていた銀糸の目を突き破り、自らも瓦解しながら、破片となって周東に降り注ぐ。


 相手は腕をあげて頭を庇うような仕草を取った後、その腕を振った。望夢の――正確にはその肩口を掠めて背後の瑠真のほうに、目に見えないエネルギーの塊のようなものが押し寄せた。少女がとっさに防護の膜を張る身動きを見せる。


 しかしそこで、せめぎ合いがあった。ほんの一秒以下、花の異能が彼女を守るか、八式の単純な超常術が現れるか。


 その攻防が、両方を殺して間に合わなくさせた。跳ね返ったペタルの塊が彼女を襲った。望夢は思わずまともに振り向いた。


 しかし、駆け寄るのは思いとどまる。敵の存在を思い出したからだけではない。


 瑠真を守るように、その服の内側からぽうっと光を放つものがあった。朱色のお守りの形。仄かな赤みがかった光に照らされた彼女の顔は、眠っているように見える。


「神名の人形かと思えば。自分でも戦うんだな」


 相手が興味なさげに呟いた。向き直ると、冷たい視線は続いて望夢に向いていた。知らず、足の裏に根が生えたように体が硬直する。


 よそ見をしている場合ではなかった。これは自分自身の好悪で人を殺せる者の目だ。


 予測はしていた。当然だとも思う。けれど、今ここで自分が諦めたら、どうなる?


 こんな自分を救いたいと思ってくれた、七崎瑠真は?


「そいつは、」


 口を開いていた。


 自分の身を護る交渉などではない。そんな小手先の誤魔化しは、もう使いつくした。


 ただ、相手の言葉を否定せずにはいられなかったのだ。


「自分のためにしか、戦わない」


 神名の、協会の人形なんかじゃない。


 口にした瞬間、望夢自身の硬直も溶ける気がした。


「俺もそうだ。どっちの側かなんてどうでもいい。本当は自分のことしか考えてなかったんだ。だけど、俺はいつも目の前から目を背けて、責任を取るなんて言いながら、本当は状況のせいにしてた。一年前も、今も」


 相手は黙って聞いている。それが望夢の末期の言葉への配慮などだとは微塵も思わない。


 彼は警戒しているのだ。何故なら、この盤面にいるのは望夢と周東だけではないから。


 望夢もそれが分かって、それを意識しながら、言う。


「だからさ……今度は周りのせいになんかしたくないんだ。自分が頼らなかっただけなのに、助けてくれなかったなんて言いたくない」


 声を張り上げた。この場面を見ているはずの人物に向けて。


「なあ。俺を助けてくれるのか」


 それが情けない言葉だと、思ったら負けだ。


「応ともよ」


 張りつめた空気を溶かすように、少女の柔らかい声が廊下に沁み通った。


 対峙した二人の目が同時に廊下の先に向いた。瑠真の手で開け放されたままだった樫扉の前に、黒髪の少女が佇んでいた。見た目なら望夢よりも幼いくらいなのに、不思議と優美な立ち姿。


 目にした瞬間、危うく泣くかと思った。


 十秒前まで、敵に回すかもしれないと思っていたのに。


 周東が少女を見据えて、重々しく口を開いた。


「それで、何だ? お涙頂戴の発表会は結構だが、お前に何ができる、神名(かんな)? お前は今、そのガキからの供給を絶たれてる」

「それで弱体化したとでも思うか?」


 少女はゆるりと首を傾げる。


「のう、秘術師よ。お主の味方は加勢に来んのか? そやつの殺害を許可したのは誰じゃ? まさか独断ではあるまいな?」


 周東の目が細くなった。少女の言葉に露骨に苛立っていた。


 少女の数歩背後には、綾織杏佳が控えめに立っていた。少女の命あらば即座に動ける体勢で、様子を窺っている。


「ひっきょうお主らはその程度の集団ということじゃ。意志の統率も取れず、内輪揉めを起こしてそれを他人(ひと)に転嫁する始末。巻き込まれる方はたまったものではないな?」


 いくつかの足音が鳴り響いた。階段の方から、屋上の方から、次々に姿を現した人影が廊下の向こうで立ち止まる。


 その集団を一瞥し、自分の側がいないことを確認して、周東ははっきりと聞こえる舌打ちをした。


「秘術師連中に伝えろ。それ以外の勢力にも、伝わるのであればな」


 少女は微笑んで声を張り上げた。


「いつまでも変わろうとせんお主らに、我らが協会が恐れるものは何もない」


 一陣の風が殺意の象徴のように少女を襲った。


 少女の目の前に瞬時に硬い蔓が組み上がって彼女を守った。しかしその頬にひと筋、紙の端で切ったような細い血の筋が走った。


 ガラスの破片が散らばった廊下に、男の影はもうなかった。びょうびょうと風が吹き込んで、夜の冷たい外気を運んでくるだけ。


 しばし重たい、成り行きを確かめるような落ち着いた静寂があった。


「杏佳」


 少女が改めて口を開いた。


「撤退を確認してこい。ここまで乱れてなお退かぬとなれば、分からせてやれ」

「承知しました」


 杏佳が軽く頭を下げて少女の隣を抜ける。割れた窓ガラスを覗きこみ、外を見下ろした後ふわりと飛び降りる。


「お主らもな」


 廊下の向こうに向けて少女は呼びかけた。そこにいた大人たちがちらちらと顔を見合わせて指示に従う。その複雑げな顔に、彼らとて彼女の存在を知っていたわけではないことが見て取れた。


 この一夜で、協会の側もずいぶんな冒険に出ていたのだ。ともすれば組織が破綻しかねないほどに。


 それは何故だ?


「お前……」


 廊下に気を失った瑠真のほか、自分と金瞳の少女しか人影がなくなると、望夢はごくりと唾を呑んで訊いた。


「どこまで仕組んでた……?」

「さてな」


 金色の瞳が望夢を捉えて笑った。親しげな笑み。


「利用してすまなんだ。一度お主を受け入れた時点で、いずれはお主の家と刃を交える必要はあったでな。妾にできるのは、その機と展開を調整することだけじゃった」


 だけ、で済む話ではない。そのためにどれだけの手回しが必要だったのか。


「最初から、正面衝突するつもりだったのか……?」

「ちと大仰じゃのう。仕掛けられたら返り討ちにするための準備をしていたにすぎん」


 レベルが上がってないかそれ、と望夢の頭がくらくらした。複数に分かれた派閥の一つとはいえ、高瀬式秘術は元々異能界の最大勢力の一つ。先手を取られた上で返り討つことは、口にするほど簡単ではない。


 だからこそ、協会がそれを下したという事実に付加価値がつくのかもしれないが。


 敵の多いSEEPだが、少なくとも相場を知っている裏勢力からは、しばらく手出しされることはないだろう。


 そのために瑠真を、自分を利用したなんて、今さら怒る気にもなれなかった。スケールが違いすぎるし、……それに、今はそんな気分じゃない。


「さて、お主は協会を危険にさらし、妾との契約も破ってしまった訳じゃが」


 あっさりと話題を触れにくい内容に転換して、彼女が言い出した。


「どうする? この際妾の手中を逃れ、自由の身として生きてみるか?」


 望夢は相手の、低いところにある金色の瞳を見返した。底知れず、きらきらとして、愉快げに測るような印象的な瞳。


「いや」


 その言葉は、思ったよりするりと望夢の喉から抜けた。


「お前の異能源(イルミナント)でいるよ」


 相手が虚を突かれたような顔をした。望夢がほのかに笑ったからかもしれない。


「隠したって分かるぞ。お前、誰かから力を供給してもらわないと異能が使えないんだろ。……まぁ、今の俺が言えた身分じゃないかもしれないけどさ」


 少女は色々な感情の入り混じった目で望夢を見つめていた。まだ隠していたつもりでいたのかもしれない。望夢だって今日の瑠真を見なければ確信には至らなかった。


 瑠真が最後に身を守ろうとしたとき、二つの異能は同時には現れなかった。もしこの金瞳の少女が単に十字架を通して遠隔的に戦っているだけだったら、両方が実現してもおかしくない。あれはたぶん、瑠真のペタルを彼女が間借りして使っていたからだった。二つを同時に具現させる力を捻りだせなかったのだ。望夢自身がずっと当事者だったから知っている。


 彼女はしばしの沈黙を挟んで、ほうっと重い息を吐いた。


「だからどうした。お主がいなければ他に誰も頼れないとでも?」

「いや、現に、こいつが肩代わりしてたみたいだけど」


 壁際で眠る瑠真に再び目を落とした。柔らかく床に落ちた手のひらに、相変わらず銀色の十字架が載っている。


「こいつが今後もずっと供給してくれるわけじゃないだろ。何でも自分でやりたがりなんだ、いつペタル切れ起こすか分からないままじゃ戦えないって、怒り出すに決まってる。俺はそれでも良かったけどさ。どうせ自分で戦う性分じゃなかったから」


 そこで短く息を接いで、


「俺の前は綾織杏佳か、表の会長か? そいつらや他の職員にしたって同じだ。お前の顔を知っているのは、自分でも有能な超常師である必要があるお偉方ばっかりだ。自分のために恒常的に力を犠牲にしてくださいなんて、安易に頼める相手じゃない」

「妾が異能を使わなければ済む話じゃろうて」

「本気か? お前、今日みたいに何回でも狙われるんだろ。身を護る方法は? それに」


 もう一度、改めて幼い少女の姿を眺めて、


「異能ならずっと使ってるだろ。歳をとらないために」


 少女は黙って望夢を見返していた。


 彼女が去年の夏から、望夢の力を借り続けていたとき、望夢は常にわずかな異能力を吸い取られる感触を抱いていた。どこかで彼女が戦っているときは言うに及ばず、二四時間、眠っているときもずっと。最初はそうやって、望夢を制御しやすくするためだと思っていた。しかしそれなら、やりようは他にいくらでもある。


 彼女は二四時間、自分の力では賄えない異能を使っている。もしかして、彼女が自力で戦えないのは、そのせいかもしれなかった。自分のペタルは全て不老の維持に回され、なお足りない分を他人に頼っているのかもしれない。


「……だとしたら、何だと言うのじゃ」


 拗ねたように彼女は呟いた。


「妾に肩入れする義理はお主にはもうなかろう。契約を破ったのはお主じゃ」


 甘いんだよな、と望夢は微笑んでしまった。彼女は見え見えの意地を張っている、たぶん望夢を自由にするために。


 不老の異能というのが、どれほどの力を要するものなのか望夢は知らない。しかし、時間の流れに反する以上、ただごとではないはずだ。八式分類に不老や若返りの超常は載っていない。


「俺の好きなようにするよ」


 肩を竦め、口元を笑わせたまま、告げる。


「俺は身の安全が欲しい。正直、今の状態で一人で生きていける自信なんてない。どこか名前の売れた大物の庇護を受けないと、外出一歩で殺されるだろうな」


 彼女は穴のあくほど望夢を見つめていた。それから、ようやっとその唇が素直に綻ぶ。


「ふ。……では、再契約とするかの」


 漏れた笑い声は、見た目相応に、我慢しきれなかった心の動きを表していた。


「それと、そうそう、肩代わりなどとうぬぼれるでないぞ。そやつはお主などより、よっぽど素質があるわ。ペタルの質で言えばな。……技術はまだまだじゃが」


 付け足された内容に目を瞬いて、望夢は自分のペアを見下ろした。


 健やかに寝息を立てる少女の顔を見て、ちょっと笑いがこみ上げた。


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