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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
異能協会の問題児
19/42

5:協会のロストチルドレン-1

協会戦。

 その命令を受けたとき、舌打ちせんばかりだった者はどれだけいただろうか。


 SEEP本局ビルを遠巻きに望む街の一角で、彼らは機を窺っていた。先行させた斥候役が連絡してくれば動くことになる。高瀬式秘術の流れを汲む戦闘員の五人。連絡にあった少年は別動隊とともに動きを待っているはずだ。


 当主様のお守りはいつまでも骨が折れるな。たまらずそう言ったのは誰だったか。


 周東の携帯電話の画面が明るくなった。


『神名は変わらず最上階にいます』


 斥候から入った通信だ。察知されるおそれのある秘術は使わなくていい限り使わない。ただし位置の離れたこちらで秘術的細工をして、その声を全員の聴覚に転送している。


『静かです。大規模な術の準備も見られない。逆に不気味ですね』

「何か企んでると?」

「多少の小細工があろうが、正面からぶっ潰せばいい」


 笑いがいくつか上がった。


 しかしその場に、呑気な声が割り込んだ。


『誰をぶっ潰すのか、妾にも教授を請いたいのう』


 夜の空気がぴりっと冷えた。


 一団の傍ら、屋上の手すりの上あたりに、ひらひらと舞うものがあった。闇に紛れるような漆黒の蝶が、金色の鱗粉を撒きながら上下している。


「神名」


 ひとりでに仲間のどこかから呟きが漏れた。


 気づかれていたか、と周東は目を細める。意外というほどのことではない。発散を誤魔化すための常套手段はあったが、彼女がその流通元を叩いたという話もまた知れ渡っていた。


「何のつもりで連絡してきた?」

『はて、そなたらが門の叩き方も知らんからじゃろう? 仕方なし、主人が直々のお出迎えと言うわけじゃ』


 周東は手を振るった。


 夜闇を一閃、鋭い筋が通り過ぎた。一瞬後、蝶の身体が真っ二つになる。


 くすくすと笑う少女の声がぱたりと止んだ。左右ばらばらになった漆黒の羽が、金色の粒子に溶けながら空中を落ちていく。


『気が急くのぉ。歓迎はこれからじゃというに』


 もはや蝶の形を成していない、黒と金の塊がそう呟いた。最後の粒子が消えていく。


 その言葉の意味を図りかけたとき、街の向こうでまばゆい光が上がった。


「斥候隊か?」


 一同がざわめいた。だが、彼らが発した光ではないはずだ。人目を惹くような大光量など、秘術の世界では邪道に近い。


 逆に、それは「分かりやすい異能」を標榜する超常術においては最もスタンダードで――


「散れ!」


 仲間の叫びが鼓膜を叩いた。


 振り返ると同時、彼らの周囲に光の輪が出現した。巻き上げるように縮む輪が協会式の拘束術であることを看破して、いくつかの秘術が発動する。光の輪は紙のように千切れ飛んでふっと姿を消した。


 正面に目を転じると、路地から駆け出してきたらしい複数の人影が彼らと相対している。


 超常使用許可バッジ。そんなものがなくても当たり前に異能で生きている身からすればオモチャみたいなものだ。協会で指導や事務を受け持っている連中とおぼしき大人たちの中で、厳しい顔をした女が声を張り上げた。


「通報を受けました! 許可を得ていない超常使用は罰則の対象です!」


 通報、と周東は笑う。それは本当に通報か? 組織のいちばん上から来たものならば、それは命令とでも呼ぶべきだ。


 そもそも、


「超常じゃねえよ」


 聞かせる気はほとんどなかった。ただ自己満足のために呟いた。


「秘術だ」


 恐らくそれは味方にすら届かない小さな独り言だった。


 協会の連中が反応を見せる前に、反撃の秘気が膨れ上がった。


×××


 望夢を含む一団の元へもまた、協会の戦力が現れていた。


 周りをぐるりと囲まれていた。数名の大人に混じる、高校生くらいの子供も二人。どこかで見た顔だと思えば、いつぞや目にした成績上位ペア――瞬時に喉が干上がるが、向こうは望夢の顔を知らないはずだ。そう思いたい。


 会員なんて連れてきていいのか? 超常以外の異能の存在は、一般人には固く伏せられているはずだ。こと協会においては、協会自身の権威を疑わせないために。


「まっ――待て、怪我をさせるな!」


 望夢は渇いた口を開け、反撃の目つきに転じた秘術士たちに叫んだ。溢れた殺気は緩まることがなかったが、起こった事象には手心が感じられた。


 包囲網の一角で小規模な爆発が起こった。協会の側が発動しかけた拘束系の術が暴発したのだ。まさか自分が失敗するとは思っていなかったらしい当事者の少女が、小さな悲鳴を上げて超常を取り消す。


 乱れた包囲を飛び越えるように高瀬式の秘術士たちが動いた。無言の目くばせがあり、数名がその場で協会戦力に対峙する。一人が望夢の腕を掴んだ。この隙に移動するということらしい。


 強引な高速移動で視界がくらくらした。


「くそ……」


 近隣の建物の屋上まで一っ跳びだった。眼下を見回して悪態が漏れる。あちこちで超常術の光が上がり、小規模な小競り合いが随所で勃発しているのが見て取れる。


 望夢の要望は白髪のリーダーを通じて全員に伝えられている。神名以外の人間には極力手を出さないこと。だがこうなってしまえば、その効果を単純に信用することはできない。いくら望夢が違約と叫んだところで、これでは状況を把握しようがないからだ。秘術士連中の流儀を信じるしかなかった。もとより一般人に手を出すのは暗黙のルールにそむくとされる。


 むしろ不可解なのは、協会の側が何を考えているのかということだ。


 今までにも、協会が認める超常術以外の異能を用いた事件は無数にあった。それを協会は全て、その独特のやり口で改竄するか、塗りつぶしてきている。まるで協会を通さない異能など存在しないとでも、世間を洗脳するように。


 今、この規模でそれが可能だろうか? 彼らはどういう名目で動いているのだろう?


「下がってください」


 連れの男が望夢を押しやった。望夢は顔をあげた。


 先ほどの少年少女が屋上に姿を現していた。


「何も怪我しにくることはない」

「こちらに戦闘の意志はありません」


 威嚇に臆するどころか、自分たちの立場を疑いすらしていない目で、少女が言った。


「私たちが受けた依頼は、その子の保護だけです」


 その子、と言って望夢をちらりと見た。瞬間的に謎の拒否感が湧き上がった。


 まるでそれに呼応でもしたかのように、両者の異能がぶつかった。


 目を奪われたようにその光景を見つめながら、望夢は考えていた。脚が震えているのを自覚する。


 協会側の行動指針は、自分の保護――? 吐き気がしそうだ。望夢は保護対象ではない。一体彼らが内情を把握しているのか、保護してどうするのかは不明。言うなれば望夢は神名を裏切り、彼女を攻撃する口実を作った身であり、単純に身を預けるほど協会を信用することはできない。少なくとも、ここにいるのと同じくらい、動きを制限されるのは間違いないだろう。


 だから――一人で動くなら、今しかない。


 そっと後ろに下がって、目の前の戦闘を見つめた。馬鹿正直だが多彩な攻撃を慣れたコンビネーションで叩きつけてくる少年と少女に、高瀬式の秘術師は干渉操作や無効化で応じつつ撃退の機を窺っている。


 身を翻して駆け出した。屋上のフェンスもない縁から隣の建物が見える。白亜とコンクリートで固められた、丸いフォルムのビルが。


 本局の屋根でも既に戦闘が行われていた。数名の協会職員と秘術師たち。


 身体が竦むのを覚悟したが、望夢の利き足はダンッと屋上を蹴って、彼我の間にある十メートルちかい断崖に迷いなく身を放り出した。


「俺を保護してくれ!」


 聞こえるのかも分からず喚いた自分の声が一瞬浮遊して止まった空中で妙に響いて聞こえた。向かいのビルで両陣営の人間がぎょっと注意を向けた。


 浮遊は一瞬だった。即座に重力が望夢の全身を引っ張り始めた。元より特殊な身体能力なんかはない。今は秘術も封じられている。誰かが助けてくれなかったら、為すすべなく落ちるだけだ。


 誰が助けるのか、白熱した一瞬の膠着があった。


 ドウッと風の塊のようなものが押し寄せて望夢の周りを包んだ。ひと筋ではない、いくつかの力が相争うような粗削りな風だった。思わずぎゅっと目を閉じていた望夢の身体がふたたびふわりと浮いて、冷たいコンクリートに転がされる。


 接地の瞬間、両側から引っ張られるようなわずかな指向性があった。眩む頭を振って見回せば、同じ屋上際でも景色がさっきと逆転している。無事に協会本局ビルの上に飛び移ることに成功したらしい。


 元いたビルの上で、元いた連れの秘術師が血相を変えていた。その表情の意味を理解する前に、座り込んだ望夢の肩に誰かの手が置かれる。温かい、受け入れるような手のひら。


「よく逃げて来たわね。安心して、」


 望夢は終いまで聞かなかった。振り向きざまに相手の懐に肘を叩き込んだ。


 身体を折ってよろめいた中年女性が、屋上の縁に危うく踏みとどまる。信じられないという顔で見下ろす視線が望夢の顔に注がれる。だが目が合う前に、望夢は身を低くして包囲の中から抜け出していた。


 協会の職員たちの中に見たことのある顔があった。こんなときまで律儀にスーツの青年だ。やはり望夢の行動にショックを受けた顔で目を見張っている。反応する義理はない。いちいち説明する暇などないのだ。


 協会陣営が混乱から抜け出せないうちに、望夢は屋上から階下へ続くドアを体当たりで破った。


「追うぞ」

「はい」


 後ろで冷徹に響いたのはたぶん見越していた秘術師たちのほうの声だ。望夢は振り向く余裕もなく暗い階段に飛び込んだ。


 この先の最上階、廊下の反対側には重厚な樫の扉がある。協会の権力者が表も裏もつかさどる、その最奥がある。彼女はそこから動いていないと聞いていた。ペタルの発散からプロットして見張り続けていた連中がそう言っていた。


 彼女に会って何を言うのかは決めていない。脅迫するのか味方になるのかも分からない。向うから出会い頭に殺されるかもしれない。それでも放っておいて見殺しにして、抱えた疑問について一言も訊かないままになかったことにするのは嫌だった。こんなちっぽけな理由で動いている自分に笑ってしまいそうだった。


 何と訊けばいいのか? 俺のペアのことが気になるんだけどなんて訊くのか? 回答次第では、望夢はその場で彼女に挑まなくてはならないかもしれない。もし彼女が、くだらない勢力争いのために、ありふれた会員を巻き込む意図があったとしたら。


 やっぱり自分はどうしようもない馬鹿だ。そんなこと、去年からとっくに分かっていたけれど。


 雨音が脳裏を塗り潰すように響いて、ここが土砂降りの路地裏であるような錯覚をおぼえた。けれどその幻影に足を止めることはなく、望夢は走った。


×××


 妹がいてね、と彼女は言った。赤みがかった髪を夏の風に揺らした。


「きみと同い年くらいなんだけど。性格は真逆かも。いい子だよ」

「どういう意味だよ」


 むっとして言葉を挟むと、相手はひらひらと手を振って笑った。


「ごめんごめん、大した意味はないよ。だけどきみのこと、ちょっと弟みたいだなって思ってさ」


 それにもやっぱりむっとしたが、言い返すつもりもなかった。少しだけ嬉しかったのだ。夏の朝の陽気のような彼女の光に、彼もまた居心地のよさを感じていたから。


 彼女から妹の話が出たのはそれ一度きりだった。


 彼女たちの名前を、望夢は知らなかったのだ。ずっと。


×××


「あやつは跡継ぎながら、実家の方針に疑問を抱いておったらしい」


 金の瞳をした少女は言った。


「時代が時代じゃからな。しかして『開放』以来、秘匿派の異能使いたちは特に体制を変えずとも困ることはなかった。それはそれで、一つの安定を得ておったのじゃ。もし何もなければ、あやつとて一生その地位に甘んじておったかもしれん」


 瑠真は聞きながら、膝の上で手を握る。


「折よくと呼ぶか悪くと呼ぶか、そこへ去年になって事件があってな。何十年も続いていた安定が、傾いたのじゃ。原因となったのは反超常を掲げる一般人組織。冗談のような話じゃが、それが奴ら秘術師どもを、協会が裏で汚れ仕事を負わせておる、下部組織か何かと勘違いしたのじゃな」


 そんな事件、聞いたことない、と瑠真は言った。公表されておらぬからな、と少女は簡単に答えた。


「一般人どもの過激派が、奴らの本拠に乗り込んだらしくてなあ。素人相手に本気も出せなんだか、予想以上に奴らはひっかき回された。あやつはその混乱に乗じて逃げた」


 膝の上で握った手に、力がこもった。


「ある雨の夜じゃったの。妾も覚えておる。その事件に巻き込まれて命を落とした中に、お主の懸案、山代美葉乃の……姉がおった。どうやら高瀬家に潜り込んで間諜をしておったらしいのう。彼女が裏社会を渡り歩くために持っておった守は、たまたま人の手に手に渡って妾の手に入った」


 ほれ、ここにある、と少女は懐に手を突っ込んで引き出した。いつか見たような緋色の布袋がちらちらと灯りに照らされている。


「あとは知ってのとおりじゃ。あやつは実家から離れるために妾に庇護を請うた。山代家の妹は姉の事件の飛び火を受けて消息をくらました。姉が複雑な立ち位置じゃて、いずれの勢力が手を出したにせよ、その妹が逆恨みされるのは十分に想像のつくことじゃろう……このような言い方ですまぬな。妾は今でも情報を追っておる」


 言い訳のように付け足されたその言葉に、瑠真は心を動かさなかった。今さらだ。何を聞いても安易に頷くまい。


「……それで」


 おもむろに口を開いた。地を這うような重い声が出た。


「私は何をすればいいの」


 少女は底知れない金の瞳でこっちを見た。


「何がしたい?」




 その時、すぐに追手に止められないことに、望夢自身も不審を感じていた。


 何のことはない、逃げる望夢の背後で、彼を守るように、屋上の入り口に立ちふさがった者がいたからだった。秘術師たちが足を止め、しげしげと相手を観察してしまったのは、それが場慣れした猛者には見えなかったからだ。


「兄さん、ありゃ何もお前たちの味方じゃないぜ」


 年嵩の秘術師が相手に語り掛けた。夜闇に混ぜるような気だるげな声だ。


 闘志どころか、逃げ出さずに立っているのも難しい青年はこう答えた。


「知ってるよ。分かってる」


 協会の大人たちも固唾を呑んでやり取りを見ていた。積極的に彼の援護に回るでもない。ただ、静かな固まった雰囲気だけが流れている。


「それでも、あの子が何かやろうとしてるなら、悪いことじゃないと思うんだ。信じたいんだ」


 握りしめた拳が小刻みに震えていた。


 それでも彼は、真っ直ぐに敵対者を見返して吐きだすように言う。


「それが、担当指導官の務めだと思うから」


 相手がようやく諦めたように、すうっと冷たい目になった。彼を排除すべき障害と認めた表情だった。


 それでも、新野裕は退かない。彼が教え導くべき超常師の二人が、その背後にいる。



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