幕間 雨
ある夜、少年は悪魔と契約した。
「それはすなわち、妾に魂を売り渡すに等しいぞ。良いのか?」
金の瞳の悪魔は言った。外では雨が降っていたが、薄暗く窓もないこの部屋には、ざあざあ騒いでいるはずの雨脚は全く届かない。
いい、と短く答えた。問いかけの意味がなかった。元より少年には、このほかに取りうる選択肢が残されていなかったのだから。
悪魔はひどく人間じみた仕草でふうっと息を吐き、憐れむように少年を見下ろした。それから束の間の虚ろな静寂を経て、幾つかの問いを少年にかけた。少年は時おり言葉をとめつつも、その全てに最低限の言葉を返す。
悪魔が再び考える間、上の空で少年は待っていた。次なる声が何であれ、彼にはもうどうだってよかった。
「……良かろう」
そして、悪魔はささやいた。
「契約を成そう。それがお主にも妾にも益となるようじゃ」
少年はくたびれた口の端を上げた。益になんかならない。自分は――今までそれなりに生きてきたつもりだった自分という人間に、一つの別れを告げるのだ。
「汝が名を、我が庇護のもとに置く。代価として、その身とその知を供物に捧げよ」
「当面の身の安全はこの名が保障しよう――じゃが、いずれ時が来れば、妾はお主を最大限に利用するぞ。そこにお主の意思はない」
「今や、お主という存在は我が所有物と相成ったも同じ。――どうじゃ、不満はないか?」
「ないよ」
「あんたがしたいようにすればいい。……利用でも何でも」
ふん、と少女は笑った。
それがあんまり哀しそうだったので、あぁもしかすると悪魔じゃなくて人間なのかもしれないな、と彼はぼんやり思った。




