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異能協会×ワールドプレット  作者: 来栖 稚
異能協会の問題児
14/42

3:不可視領域の落日-2

望夢(のぞむ)は一人で協会の外と接触を持ち、動き始める。瑠真(るま)は指導官から、一本の電話を受け取る――ペアが退会する。

 電話を切って突っ走っていた。新野も本部から来たメール一通以外何の情報も持っていないようで頼りにならない。かといってお役所仕事の本部に掛け合ったって駄目だろう。確かめる先は一つしかない。


 一〇分ほどで三度目の宿舎に辿り着いた。連続で二〇五をプッシュして鳴らすが、返事がない。二分ほどもイライラと足踏みしながら番号盤を睨んでいると、住人らしい男子がこっちをちらちら見ながら出てきた。自動ドアが内側から開く。丁度いい。


 迷わず飛び込むと、すれ違った男子がぎょっとした顔で片手を挙げた。しかし制止がかかることはなく、一段飛ばしで階段を駆け上がる。


 目的の部屋を探し当てて扉を叩いたが、やはり返事はなかった。痺れを切らしてドアの下部を蹴りつけると、隣の部屋のドアがうるさいと言いたげに開いた。顔を出してきた高校生くらいの住人が、男子宿舎にあるまじき瑠真の姿を見て口を開けたまま固まる。


 瑠真は開き直ってその住人に問うた。


「ねぇ、ここいつから留守?」


 退会届を出してからまだ帰っていないのか。


「えっ、ちょっと分かんねぇけど、そんな意識してないし」


 住人はひるんだ顔をした後で、


「でも多分さっき出ていった音がした。入れ違い?」

「さっき?」

「一〇分くらい前」


 瑠真は扉を殴らんばかりだった。となると本部に書類を出したのとは別の用事で出かけたことになる。しばらく帰らないかもしれない。


 そのとき、のっしのっしと威圧感のある足音がしたかと思うと、体育会系の見た目をした中年の警備員が階段から現れた。


「おい君か、今入ってきた女子っていうのは。ここ女子禁制だよ。誰の知り合い?」

「俺じゃないっす!」


 隣人は素早く扉を閉めて立てこもってしまった。人間は薄情だ。


「私が勝手に入っただけです。留守みたいだし」


 肩を竦めて二〇五の扉を軽く蹴ると、近づいてきた警備員が眉間に皺を寄せた。「高瀬くんの知り合いかい?」

「ペアです。元だけど。たぶん」

「はぁ、そりゃ丁度良かった。のかどうか知らないけど」


 よくわからないことを言うので眉をひそめると、中年警備員は懐から書類を取り出した。


「こっちも困っててさ。管理人が留守だから代わりに受け取ったんだけど、いくらなんでも突然すぎるし」

「待って、何のこと?」


 話についていけず制止をかけると、相手はきょとんとした。


「このことで来たんじゃないの?」

「は?」


 警備員の手元で書類が開かれていた。瑠真のほうからはひっくり返った題字は、どう見ても「退居届」の三文字で印字されていた。


 退居に退会?


 ふと思いついて扉に向き直った。触れていなかったドアノブを回すと、あっさり扉が開いた。警備員が「あっ、ちょっと」と咎める声を上げるが、それ以上止める様子はない。


 瑠真は室内の半端な違和感に立ちすくんだ。


 部屋の中が変に片付いている。しかし、完全に退居を決めた者のそれかと言われれば、また違う。家財道具の類は残っているのだ。なのに、がらんどうに見える。


 低い棚と座卓とベッドで家具はほぼ全部。棚の中やベッドの下に収納はあったが、並べられているものより空洞が目立った。一つ穴キッチンに使われた痕跡はない。床にラグや座布団すらない。


 全体的に、生活感がなかった。こんなところに、男子中学生が住んでいたとは思えないくらい。


「勝手に入らないほうがいいんじゃないの、今ちょっと出かけただけかもしれないし……」


 あまり信じていない口振りで警備員が言うが、瑠真は部屋の中に踏み込んでいた。一組だけ置き去られたスニーカーの横に自分の靴を脱ぎ、真っ直ぐと座卓の前に歩み寄る。


 その上にあるものを、視界の真ん中に捉えていた。中央にぽつんと乗った銀色の鍵束。


「あっ、それ……」


 結局自分も踏み込んできた中年警備員が目を丸くした。


 これがないと正面扉は開けられないはずだ。まさかこんな堂々と、置き忘れたわけではないだろう。


 帰らないつもりだ。


 ポケットの中で拳を握る。生暖かくなった金属がじっとりと手のひらに感じられた。


 ヒーロー、呼べないわよ。


 俺はいいよ。




 職員室に通されていた。古い革張りのソファに沈んで、向かいに新野。


「ダメだね、電源切ってるのかな……」


 神妙な顔でスマホを耳に当てていた新野が溜息交じりに通話を切った。瑠真は膝に乗せた鞄の上に肘をつき、その手で額を覆ったままじっと動かない。


「ねぇ瑠真ちゃん、何か予告はあった……?」


 尋ねられたが反応しない。思い出そうとしているものと解釈した新野が、全身で息を吐きながら背凭れに寄りかかる。


 警備員から連絡が行って管理人が舞い戻ってくるのと、瑠真の行動を心配して新野が宿舎に来たのがほぼ同時だった。だんまりを決め込む瑠真に遠慮がちな視線を投げながら、新野がいくつかのことを管理人に質問していた。


 瑠真は硬い口を開いた。


「八月、って言ったよね」

「……入居時期だよね?」


 新野がためらいがちに訊き返す。それが肯定になった。管理人が記録を確かめてくれたのだ――二〇五の空き部屋が埋まったのは去年の八月だったという。


 八月。呪いの数字。彼女が消えたのも八月だった。


 遠い町にある彼女の部屋も、今でもそのまま残してあるのだろうか。


「瑠真ちゃん」


 気づかわしげな口振りで、新野が名前を呼ぶ。瑠真は唇を引き結んで小さく首を振った。心配されるほど動揺しているつもりはない。


 代わりに胸の底で煮えたぎっていたのは、昏い怒りの情念で。


「……覚悟してろ……」


 俯いたまま呟いた声が震えた。絶対見つけ出す。見つけてぶん殴ってやる。


×××


 見慣れた小部屋に飛び込んだとき、普段より平静を失っているのを自覚していた。杏佳は息を切らせて少女に向かい合った。


「会長。どうして驚かないのですか?」

「おや」


 少女はまったりとマグカップに口をつけていた。過ごしやすいとは言い難い、うす暗く空気のこもった部屋の中で、手足を投げ出してくつろいでいる。


 その手元に、昨日杏佳が預けたばかりの退会届が畳まれている。そしてまた、今しがた入ったばかりの知らせも、伝えたばかりだった。


 なのに何だ、その平常ぶりは?


 杏佳は堰を切ったように質問を重ねた。


「会長は事前に、彼の周辺に手を回していました。わざわざ協力者とやらに架空の依頼をセッティングさせてまで。それは今回のことを見越していたのですか? 私に様子を探れと仰せつけたのも不自然でした。頻繁に外出していたのもまさかその関係ですか。それに……彼も、あなたを知っています。何故ですか?」


 肺の空気を全部吐き出す気持ちだった。ここまで唯唯諾諾と従ってきた自分が嘘のようだった。並べてみれば、驚くほど彼女の命令には理不尽が多い。


「そうよのう」


 可憐な少女は、カップの端を咥えたまま不明瞭に言った。


「潮時じゃ。幾つかは話してもよかろう」


 金色の瞳がすいと持ち上がる。杏佳の瞳をとらえてぱちぱちと瞬く。


 その底知れない輝きに魅せられるように、杏佳は言葉を待った。


 彼女は初めに、こう言った。


「あやつは、協会の敵じゃ」

「敵……?」


 そのとき、高いノック音が鳴った。表の会長室だ。ペタル式で護りの術をかけた会長室入り口扉は、人が触れると奥のこの部屋まで伝わるようになっている。


 少女がほう、と呟いた。いつの間にか、その手の中にマリーゴールドの花が握られている。杏佳は知っている――その花言葉は「予言」。異能で形作られた橙の花から、花粉が舞い上がるように金色の光が立ち昇っている。


「出てやれ、杏佳」


 促されるままに急いで小部屋を出て、扉に向かった。再びのノック。待ち切れないとでも言いたげに、だいぶ感情的な強い殴打音が扉を震わせる。


「はい、ただいま」


 内側から扉を引いて、杏佳は動きを止めた。


 そこに立っていたのは、髪の毛を二つに結んで強気な眼をした、とある会員だった。杏佳は数日前に命じられた仕事で、彼女の顔を見知っていた。


「聞きたい事があるんだけど」


 相手はきっぱりと言った。大人に敬語を使わない言いぐさが、誰かに似ていて頭がくらくらした。


×××


 夜の時間が始まっていた。


 適当なネットカフェで協会のサイトに繋いだ。ログインする気はなかったがお知らせを繰ると、最新の欄に宿舎の利用についての注意書きが載せられていた。


 まさか直接に自分の名前はない。ただ、各種書類の提出時期にこのタイミングで触れるのはあからさまな言及だ。やはり時間をかけて進めるべきだっただろうか。――いや、のんびり進めるなんて自分が耐えられなかった。


 望夢は浅く息を吐いた。こんなところで道草を食っていないで、先に進まなければいけないのは分かっている。まだ第一段階に来ただけだ。


『第一段階として、貴方には協会をやめてもらいます。それも自分の意志で』

『というと?』

『正規の手続きを踏んでください。自らそうしたのだと分かる形でね』

『お前たちに指示されてるんだから同じじゃないのか?』

『その証拠がどこにあるのです? 形が大事なのです。貴方が自分の意志で動いているという形が』

『その形が協会に受け取られなかったらどうする』

『あり得ません。あれは自称公正明大な公的機関ですから、形式はしっかりしています。それとも自分の意志が不安ですか?』


 男はコーヒーカップの縁をなぞりながら笑ったのだ。


『本当はずっと離れたかったのでしょう、あんな場所』


 ……あぁ、そうだ。ずっと離れたかった。あんな場所。


 望夢は口を歪めて笑う。サイトに表示されたロゴマークを睨む。


 茶番で誤魔化して、正義面をした大人たち。いいように乗せられて、特別になったつもりでいる子供たち。全部が痒くて、馬鹿らしかった。


 これで手を切れるなら切ってしまおう。元より自分がいるべき場所ではなかったのだから。


 あるべきものを、あるべき場所に。誰も苦しまずにそれが叶うのなら、それが最善だ。


 頭の中にちらりと、苛立ったような少女の顔がちらついた。


 首を振って、その幻影を振り払った。塗りつぶすように雨音が鳴り出し、鼓膜の内側を雑音で埋める。


 耳鳴りが今は、心地よかった。



3:不可視領域の落日 Fin.

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