鹿角フェフがバレンタインにチョコレートを貰ったと証明する短編2017
2月14日。男子が期待を寄せ、女子が己の想いをチョコレートに込めるその日。
『これが異世界のお約束です!』のメインヒロインである銀髪貧乳エルフのエリサは、一人の読者さんを伴ってとある人物の自宅前へと来ていた。
「ねぇ読者さん……。本当に作者の奴がバレンタインチョコを貰ったの?」
「はい、本当ですよエリサさん! フェフさんからツイッターでDMが届いたのです。間違いありません!」
ふんす! と胸の前で握り拳を作りながらそう息巻くのは、鹿角フェフと呼ばれる作家の読者さんである。
鹿角フェフが書いた物語のヒロインと、その読者さん。
珍しい組み合わせの二人ではあったが、どの様な理由でこの場にいるのであろうか?
「まぁ、いいけど……。それで、なんでエリサちゃん達は作者の家に来ているわけ?」
「そんなの、フェフさんがちゃんと女の子からバレンタインチョコを貰えるナイスガイだという事を証明する為じゃないですか、当然ですよ!」
握った拳を天高く掲げ、そう宣言する読者さん。
鹿角フェフの熱心なファンである読者さんは、『毎年チョコを貰えない可哀想な商業作家』と不名誉なレッテルを張られる鹿角フェフを嘆き、その名誉を挽回する為に立ち上がったのだ。
「ってか、読者さんがチョコあげれば早いんじゃないの?」
「さぁ、行きますよエリサさん! こんにちは、フェフさん! お邪魔します!」
「サラッと流された事は気になるけど、まぁいいや。お邪魔しますー」
読者さんが懐から合い鍵(作成に許可を得ていない)を取り出し、さも知ったる家とばかりに玄関を開ける。
エリサもその行動になんの疑問を抱かずに読者さんの後ろに続くと、明かりの付いていない暗い家へと入っていく。
目の前に続くは何の変哲も無い廊下。鹿角フェフの家は一軒屋の為にいくつかの部屋が存在している。
出迎えは無いが、そのどこかに件の人物がいるのだろうか?
エリサは首を傾げながら廊下のスイッチを入れて明かりを灯す。
「あれー? フェフさんいませんねぇ、デートでしょうか?」
「そんな奇跡的な事が起こるわけないでしょ、どうせどっかでまた死んでるんだわ」
「もうっ! そんな不謹慎なこと言わないでくださいよエリサさん。えっと……それにしても、何処にフェフさんが貰ったチョコがあるんでしょうか? もう食べちゃったのかな??」
読者さんがキョロキョロ辺りを見回しながら鹿角フェフの自室へと向かう。エリサは何故読者さんが作者の自室を当然の如く知っているのか小さな恐怖を感じたが、下手な藪を突いて蛇を出さぬ為に無言を貫く。
やがて目的地へと到着する。
鹿角フェフの部屋は汚い。おおよそ掃除はしていないのだろう。辺りは雑多な物にあふれ、本だの段ボールだのビニール袋だの、様々なゴミがひしめきあっている。
だがその一点。テーブルの上だけは綺麗に掃除され、なにやら見慣れぬ箱が置かれていた。
「ねぇ、あれじゃないの?」
エリサが面倒くさそうに指さすその先には……。
なんとチョコレートがあったのだ!!!!!!!!
「ああっ! あんなこれ見よがしにチョコが置かれて! 凄い、凄いですフェフさん! やっぱり女の子からチョコ貰えたんですね!」
だばーっと読者さんがチョコレートに近づき、勝手に中身を開け始める。
「へー、意外ねぇ。作者にチョコをあげるだなんて、修行か罰でも受けているのかしら?」
エリサも感心しながら読者さんに遅れてチョコを覗き込む。
中々にお高そうだ。というかかなり気合いが入っている。恐らく高かったのだろう。
とは言え、少々違和感もあった。はて、普通女の子がこんなに仰々しいチョコを送るだろうか?
「そんなこと言って。見て下さい、ちゃんと気持ちがこもったチョコですよ。あっメッセージカードもあります!」
二人は凄く気まずい雰囲気を感じ取った!
「ね、ねぇ読者さん? これ本当に女の子が書いたのかしら?」
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「エリサちゃん思うの。女の子、こんな事書かないって」
「ら、らぶらぶちゅっちゅの事でしょうか!?」
「その他含めて全部よ! ってか誰がらぶらぶちゅっちゅとか書くのよ! 明らかにおっさん臭がするわ! ってか臭いすぎて隠そうという気持ちすら見られない!」
「ま、まってくださいエリサさん! フェフさんは確かに女の子からチョコを貰っているのです! これは何かの間違いなんですよ、というかもしかしたら中身はおっさんな女の子かもしれません!!」
「そんな女の子いるわけないでしょ! 精神年齢が昭和おっさんな女の子って何よ! 大体ね――」
「「あっ!!」」
チョコを掲げて必死で鹿角フェフを擁護する読者さん。その時であった。チョコの箱からなにやら紙片がチラリと舞った。
はてなんであろうかとそれを凝視する二人。そこにあったのはなんと!
「こ、これは…………レシート!!」
購入証明となるレシートであった!!!!!!!!!
「そんな! まさか、フェフさん自分で買ったチョコレートだったんですか!?」
「そうに違いないわ! あからさまにレシートだもの! 自分で買って、自分でメッセージカードを書いたんだわ!」
「と、言うことは……らぶらぶちゅっちゅはフェフさん本人が!?」
「そういえば、アイツこの前から『ぼくちん最近ボールペン字を習い始めたんだ』とか気持ち悪い言葉で言ってたわ。ファンレターのお返しの手紙を丁寧に書くためだと思っていたけど……」
「まさか! メッセージカードにらぶらぶちゅっちゅって書くためだけにボールペン字を練習した!?」
「全ては伏線だったのよ! 作者はこの為だけに、ボールペン字を練習していたのよ!」
「努力の方向が間違っていますよフェフさん!!」
恐ろしいことに、鹿角フェフはこの為だけにボールペン字を練習していたのだ。
こんな所で伏線を回収する等とはエリサも思っていない。というかむしろその技術を本編で生かしてくれと思うばかりだ。
とは言え、気持ち悪さを凝縮したようなその所行に二人とも冷や汗が止まらない。
「ほ、ほんとどうしようもない奴ね。何考えて生きているのかしら……」
「それは流石に言い過ぎだと思いますよエリサさん。フェフさんだっていろいろ考えていると思うんです」
「いろいろ考えているって何よ。具体的に言ってご覧なさいよ、エリサちゃんが聞いてあげるわ。――あれ? レシートの下に何かあるわね。これは何かしら?」
「これはっ!!」
「……? 知っているの読者さん?」
「これは…………領収書です!!」
「領収書ですって!?」
パーティーは終わらない。まだまだネタは尽きないのだ。
鹿角フェフは、バレンタインの為だけに二段三段の問題行動を起こしていた。
「ま、まさか! フェフさん、貴方このチョコレートを経費で落とすつもりなんですか!」
「経費って、お仕事の税金処理関係でよく聞くあの経費のこと!? ちょっと待って、何考えてるのアイツ! 仕事なわけないじゃない! ってか微妙に高いわねこのチョコ!」
「い、いろいろ考えています! いろいろ考えていますよフェフさんは! エア女の子から貰ったと称するチョコレートを買ったお金を経費計上! なるほど見事なお仕事術です!! ちなみに中々美味しいですよ、お一つどうぞエリサさん」
「あっ、ありがと♪ もぐもぐ……わぁ! なにこれ、すっごい美味しいわ! ――って、感心してる場合じゃ無いわよ! ってか今気づいたんだけど、領収書ってお店の人に書いて貰うんでしょ? まさかとは思うけど……」
「ええ! フェフさんはチョコを買ったときに売り場の人に領収書を書いて貰っています!!」
「なに人様にご迷惑かけてるの!?」
「しかもチョコレート売り場は基本的に店員は女性。その女性に対して自らの名前を領収書に記入して貰う……。おっと、今入った情報によると自分の名刺を見せながら『この名前で領収書を書いて下さい』ってお願いしたらしいですよ!」
「人生楽しそうねアイツ!!」
付け加えるのであれば、レジに並んでいる大量の人の中で男は自分だけだったことを強く報告しておきたい。中々にスリリングな経験であった。
「しかもまだです。エリサさん。フェフさんのPCを見て下さい」
「え? 何々? えっと……会計ソフトね。早速チョコレートを経費計上したのかしら? こういう所だけはしっかりとしてるのねぇ」
「重要なのはそこではありません。この種目欄です!」
「これは……〈接待・交際費〉ですって!?」
「そうです! フェフさんはあくまで今回の一件を接待・交際費として計上するつもりなのです! しかも摘要欄は『美少女からチョコレートを貰った料』となっています!」
「おかしい! 何もかもがおかしいわ! 誰を接待したり交際したりしたのって疑問もさながら、チョコレートを貰った料という表現が更におかしいわ!」
「フェフさん! 貴方って人は! そこまでチョコレートが欲しかったんですか!!」
「みたいね。読者さん、今からでも遅くないから作者にチョコをあげたらどうかしら? きっと泣いて喜ぶわよ」
「そういえばフェフさんはどうしているのでしょうか?」
「エリサちゃん、貴方の立ち位置がよく分からないわ」
キョロキョロと辺りを見回す読者さん。本来ならばこの辺りで鹿角フェフがやってくるはずなのだが……その様子は一切無い。
おかしいとばかりに読者さんが首を傾げたそのときであった、ガタリと何か鈍い物が倒れる音が別室より聞こえてくる。
「はっ! この音は……もしかして、エリサさん、急ぎましょう! フェフさんの命が危ない!」
「えっ、えっ、わ、分かったわ。まぁ、いつものパターンだと思うけど」
音のする部屋へと突入する二人。
最悪の事態を想定して覚悟を決めていた。そうしてやはり悪い予感は当たるもので……。
なんとそこには、首を吊って死んでいる鹿角フェフがいたのだ!!!!!
「フェフさぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「あー、やっぱり死んでるー」
鹿角フェフは死んでいた。もうあからさまに死んでいるので今更助けても無駄だ。
もっとも、万が一間に合うとしても二人とも鹿角フェフに触るのはちょっとあれかな~という気分なのでどっちにしろ死は免れない。
「どうして、どうしてこんなことに。なんで早まったんですかフェフさん! 諦めずに待っていれば、いつか誰かがフェフさんにチョコレートをくれたかもしれないって言うのに!」
「その期待は望み薄だから、来世にかけた作者の選択は間違ってないと思うけどねー」
「あんな、自分の為にチョコレートまで買って。うう、フェフさん。どうしてフェフさん……私は、私は無力な自分が憎いです!!」
「やっぱり読者さんがあげれば良かったんじゃないの?」
「フェフさん。天国でも元気に過ごして下さいね……」
「貴方、本当に作者の事どう思ってるの!?」
こうして、チョコ貰えない男の悲しいバレンタインは終わった。
バレンタインは素敵なイベントだ。だがその裏では、嘆き、悲しみ、そして死を選ぶ人々もいるという事を忘れてはいけない。
その後エリサと読者さんが勝手に持って帰って食べたチョコレートは甘く、同時に悲しい味がした。
それは鹿角フェフの気持ちを表しているようでもあった。
もうやめよう、チョコレート会社の陰謀に踊らされるのは。
そう……僕らにはもっと大切な事があるはずだから。