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花守の魔法使い  作者: 夏目璃子
第1章
8/8

噂の生徒

 花守によって救われたジェイドとその家族は、保護と調査の対象という名目で学園に一月程滞在する事となり、他の被害者達の事を今後どう対応するかという話し合いが学園の代表者と街の代表者との間で近々行われる事となった――――――。


 ***


 花守不在での会議が開かれる事となった事実など本人が知る由も無く、出会ってからというもの日常的にアルヴィスから逃げてばかりいたレンカは、広い校舎内を当てもなく進んだ結果気付いた時にはすっかり迷ってしまい、いつの間にか救護室の前を通り掛かっていた。

 何者かに命を狙われた家族のその後の様子が気になっていたレンカは部屋の中を遠目から覗きこむ。すると目に映り込んだのは偶然にもこちらを振り向いたジェイドだった。

 彼と一瞬目が合いレンカは咄嗟にその場から逃げ出そうと右往左往している間に、同じくこちらに気付いた彼が駆け寄って来た。


「ま、待ってくれ・・・!」


「・・・・・・」


 どうしていいか分からぬままレンカはジェイドに背を向けたまま話をする形となり気まずい空気だけが流れる。そんな中、先に話し掛けたのは彼だった。


「・・・お前さんには、色々と言いたい事があったんだ、そのままでいいから聞いてくれ」


「・・・・・・」


 彼の真剣さにレンカもこれ以上は逃げれないと悟り静かに耳を傾けた。


「その、助かったよ・・・あんたが居なかったら俺達家族は今頃居なかった・・・本当はもっと早くに伝えたかったんだが、何せこの学園は広いからな・・・なかなか会えないもんだな!」


 明るく努めてはいるようだが、ジェイドの微かに啜るような震え声にレンカは部屋の奥に見えた彼の家族へと視線を移すと、ベッドから上体をお越しこちらの様子を見ていた二人から頭を下げられ、何事も無く元気そうにしている二人を見てレンカはようやく心の底から安心出来た気がした。


「お前達を巻き込んだのは紛れも無く私だ。責任は自分にある・・・だから礼を言われる筋合いもない・・・・・・でも、二人が本当に無事で良かった」


 独り言のようにそう呟くと、何故かジェイドを含め二人の会話に聞き耳を立てていた部屋の者達全員が驚いたような顔を向け固まっていた。

 レンカは何故なのかと疑問に思う中、注目の的となっている事に急に恥ずかしさを覚え、話しの途中だがその場から逃げ出そうとしそれに気付いたジェイドはレンカの腕を咄嗟に掴んだ。

 その瞬間レンカは小さく顔を歪めジェイドを睨むように見つめた―――。


「あ、悪い!そんなに痛かったか?」


「いいから離せっ・・・」


「ま、待ってくれっ、頼むから逃げないで聞いてくれ・・・ん?お前さんその傷・・・まだ手当て受けていなかったのか!?今まで何してたんだ、おーい!誰か来てくれないか、今すぐ彼女に手当てをしてやってくれ!」


「別にいいっ、私に構うな!」


「だ、だがな・・・こんなに傷だらけだと・・・・・・」


 レンカは戸惑うジェイドが部屋の中に顔を向けているその隙に掴まれていた手からするりと逃げだすと元来た回廊を走り抜けた。

 レンカが掛けて行く方向へとジェイドが振り返った時にはすでに姿は小さく、暫くの間レンカと接触した者達の間で花守は酷く恥ずかしがり屋なのだと間違った解釈をされ大きな話題となっていた――――――。


 ***


 事が収まりあっと言う間に月日が流れて行く中、街での見回り強化等一通りの調査が一段落したため学園を去る事となったジェイド達一家と、同時にレンカの学園への受け入れが整った事が各関係者達に報された――――――。

 登校当日、ウィリアムとコンラッドは朝から居心地の悪い思いをしていた。

 レンカの機嫌が(すこぶ)る悪いからだ。


「おい・・・コンラッド、お前何とかしろよ」


「嫌だよ、ウィルこそ話し掛けなよ・・・」


 早朝だからなのか、元から低血圧なのか話掛けても何の反応も無く、オーラといい表情といい行きたくないという感情が目に見えている。

 困り果てた二人は小声で話し合い、怯えつつもとりあえず自分達の身支度を済ませ後で迎えに来るからと言い残しその場から逃げるように部屋を後にした。

 二人を見送る事もせず、一人となったレンカは自分の目の前に置かれた学園指定の制服を見るなりげんなりとした表情を浮かべそのままソファへと倒れ込んだ。

 此処に来て結局分かったのは、この学園が書物に記らせている場所と酷似している事と、何かを隠すために学園中に強力な結界が張られている事だけでそれ以上の事は何も分かっていない。

 自分が学園中調べ廻っている事をアルヴィスは全て把握しているようで、その証拠にナギとかいう教師と他数名にずっと見張られている始末だ。

 そんな状況にもすっかり慣れてしまい、寧ろレンカは堂々と行動していた。

 調べた中で、レンカはやはり学園を取り巻く強力な結界の事が一番の気がかりとなっていた。

 花以外の力の根源でもあるのかと調べてみたものの、森から受ける邪気のせいなのか何も分からず苛立っている原因の一つともなっている。

 森から近いこの学園で・・・一番影響を受けているであろうこの場所で、何故アルヴィス一人だけが強力な力を使い続けていられるのかと思い悩んでいるばかりだ。

 ふと顔を上げれば目の前には制服があり、一気に現実に引き戻され何度目かの溜め息を吐いた――――――。


 ***


 一方コンラッド達の教室では新しく編入してくる人物の話しでどこもかしこも持ち切りとなっていた。

 何故かと言えば生徒の正体が()()だという事実をすでに皆知っているからだ。

 こんな事態になっているのはコンラッド達を含めこの学園の理事長であるアルヴィスが彼女の存在を公にしたからである。

 今でも理事長の嬉しそうな顔が忘れられないでいる二人は不安要素しかないと怯えていた。

 有頂天となっている理事長とは逆に、レンカに渡してほしいと新調されたばかりの制服等を彼から二人は託されてしまい、この事を本人に説明したところ、こっそりとアルヴィスが仕立て屋に注文したであろう明らかに彼女が着なさそうなフリル多めの可愛らしい服を見るなり力任せに引き裂こうとしたため、服はすぐに回収されアルヴィスの元に返却となった――――――。

 校舎中に予鈴の鐘が鳴り響く頃、ウィリアムとコンラッドはレンカを迎えに再び自室へと戻っていた。


「レンカ!迎えに来たんだけど準備出来た?」


「・・・・・・」


「へ、返事が無いな・・・?」


「レンカ・・・?入るよ――――――?」


 声を掛けてみるも返事は無く、どこかへ逃げてしまったのかと恐る恐る扉を開けばレンカはその場に居たが案の定制服は着ておらずどうすべきかと二人は悩んだ末、これ以上レンカの機嫌を損ねると授業にも出てくれそうにないため時間も無くそのまま教室へ向かう事となった。

 教室前の廊下ではアルヴィスが今か今かとレンカの制服姿に期待を膨らませ待機していたが、姿を現した彼女の姿を見るなりそのまま固まりそして酷く落ち込んだ。


「せ、制服・・・制服は・・・?」


「・・・・・・」


 レンカは落ち込むアルヴィスをこの場に居ない者とし、横を通り過ぎると何の躊躇いも無く二人と共に教室へと足を踏み入れた。

 新顔のレンカにその場が一気に静まり返り、注目を浴びる中レンカは気にする事無く空いていた一番奥の窓側の席を見つけるなり挨拶も無しに席へと着いた。

 何とも言えない空気の中、続けて教室に入って来たのは先程まで酷く落ち込んでいたはずのアルヴィスだった。

 噂の花守から一斉に彼へと視線は向けられ、教壇に立った彼は理事長としてではなく、風格ある立ち居振る舞いを自然にこなす一人の教師となって現れ、中にはそんなアルヴィスを見て何故か頬を赤らめながら黄色い声援を送る者達が生徒の中に多く見えた。

 おのおのが勝手な話をし賑わっていた中、生徒のうちの一人が本当にレンカが花守なのかと唐突に質問を投げ掛けられ、レンカの肩が小さく跳ねる。


「すまないが、花守関係なく私達教師の口から生徒の個人情報を教える事はないかな」


 そんなレンカの胸中を察してか否か、代わりにアルヴィスが問い掛けに応じていく。


「つまりそれは・・・守秘義務という事ですか?」


「簡単に言えばそういう事だね・・・君達と同じ優秀な魔法使い見習いである事に違いはないから仲良くするように」


 花守の事で教室の中がざわめく中、レンカはずっと窓から森の方を見つめていた。

 彼女にとって一番の気がかりはやはり森や花の事であり、学園での生活などではない事は重々承知だがそうせざるを得ない今、少しでも彼女がこの場所で過ごしやすいようにとレンカの周りの席を信頼出来る者達をと思い、右隣りにはウィリアム、前席にはコンラッドという同室で過ごしている二人が座っていた。


「教室でも近くで嬉しいよ、よろしくレンカ」


「よろしく、分からない事があれば俺達かさっき理事長に質問してたいけすかないナルシストな委員長様にでも聞いてくれ!」


「・・・・・・」


 すぐにアルヴィスの根回しだと理解したが、一国を揺るがす花守という存在であり、街の者を襲った犯人として疑われている以上野放しにする筈も無く、レンカは何が守秘義務だと不適な笑みを浮かべた。

 その様子を不安気に見守る二人は目配せでアルヴィスに助けを求めるも、期待はずれな爽やかな笑みを返されただけとなった。

 すっかり蚊帳の外にされていた担任の教師は、業とらしい咳払いをしアルヴィスの気を引くと掛けている眼鏡を徐に直しながら横に立ち並んだ。


「盛り上がっている中申し訳ありませんアルヴィス理事長、そろそろ授業をしなければなりませんので・・・」


「ああ、時間を割いてしまって悪かったね」


「いいえ、それよりも見ていて思ったのですが彼女の学力を知るためにも独断ではありますがここはちょっとした試験をするというのはいかがです?」


 レンカを横目に見つめどこか小馬鹿にしたような態度で名案だと言わんばかりに提案され、アルヴィスはどこか少し苛立ちを覚えたが表情に出す事はせずここは穏便に済まそうと否定はしなかった。

 教師の思惑を知りつつもアルヴィスが賛成した事により他の生徒達からは抗議の嵐だったが次第にレンカの実力にもやはり興味がある事は皆隠し切れない様子だ。


「では、私も後ろで見学して行こう」


「えっ・・・!?」


 一体何を考えているのか一言そう言ってアルヴィスは教師に有無を言わさないうちに教室の後へと上機嫌で向かった。

 少しやりずらいといった状況の中、てっきり用紙に書かれた問題を解くのかと思えば、いきなりレンカを教団前に呼び出し板書に記されたあきらかに難易度の高い問題を解くよう指示してきた。

 意外にも素直に教団前へとやって来たレンカに驚きつつ、担任の教師に対して他の生徒達からは口々に「あくどい」「大人気ない」等と散々に言われたが負けじと大きく鼻息を鳴らし、にやりと笑みを浮かべながら教師は言い放った。


「君が本当に偉大な花守だと言うのならばこれぐらい出来て当然なはずだ、皆もそう思わないか?」


「・・・・・・」


 眼鏡のガラスを光らせ教師がそう言うが、レンカは全く興味が無いと言った様子で黙って問題を解き始める。

 暫くの間、皆固唾を呑んでレンカを見守っていると、教師の表情が次第に曇りだし焦りを感じたのか更に問題を出題するも、レンカは意図も簡単に答えてしまった。


「お見事・・・」


 一瞬静まり返った中、教室の後ろから共に様子を窺っていたアルヴィスが一言そう呟くと、それをきっかけに室内は活気立った。


「すごい!本物だ!本物の花守だっ」


「やっぱあの噂はホントだったんだな!」


 生徒達が興奮している中、教師はすっかりおとなしくなり冷や汗を掻いていた。

 動揺し立ち尽くしている教師をその場に残し自分の席へと戻ろうとした時、レンカは教室の後ろに居たアルヴィスがすれ違いざま話掛けて来た。


「付き合ってくれてありがとう。もしかして僕達教師以上の知識を持ってる感じかな?」


「・・・一通りの知識はある」


 応える義理はあるのかと一瞬戸惑ったが小さくそう返し席へと戻った。

 レンカの言葉に満足し再び教壇へと立ったアルヴィスは、何を話すのかと思えばまたしても意外な内容だった。


「試験はこれくらいにしておこう、先生も納得出来たはずだから・・・それから、暫くの間安全確認の為に僕も授業を行うつもりだから皆宜しく!」


 アルヴィスは終始嬉しそうにしながらそう宣言すると、傍らで呆然としていた教師を連れて教室を後にした。

 その後は何事もなくレンカは教室内での時間を過ごした。

 一連の出来事はレンカの印象を良き方向へともたらしたのか一日中ヒーロー扱いのようだった。

 生徒達と打ち解ける事が出来たのかは定かではないが、レンカは同室の二人と共に寮へと戻り先程までの出来事を話していた。

 ウィリアム曰く、日頃から担任は生徒を小馬鹿にしており腹が立っていたらしい。


「いつかあの担任の鼻をへし折ってやろうと思ってたんだ、今日はすっきりしたぜ!ありがとなレンカ」


「レンカがあんな難問を解けるなんて先生は本当に思っていなかったんだろうね、皆君の事救世主だって言ってたよ」


 レンカは教室での事を想い返し、そういえばウィリアムがレンカの手を取りそんな事を述べていたなと思い出していた。


「別に解けと言われたから解いただけだ。ああいった人間はどこにでも居る者だな・・・」


「そうだね、僕も経験した事があるからレンカの気持ちがよく分かるよ」


 どこか懐かしむ様な憐れむような微妙な表情を浮かべレンカは小さく応えた――――――。


 ***


 同じく教室から戻ったアルヴィスは未だにレンカの制服の事で落ち込んでいた。


「レンカの制服姿が見れると思ったのに・・・俺がマリアに極秘で作ってもらって一緒に送った可愛い洋服も・・・」


 見れなかった事を実は朝からずっと行動を共にしていたナギに嘆いている。

 机の上に置かれているのは今朝回収された服とまた破られないためにと回収された他の服たちが山なりに積み重ねられていた。


「服を回収したところで貴方には使い道が無いと思われます・・・彼女が今後着てくれる望みも低いかと」


「・・・・・・」


 ナギの無駄遣いだと言わんばかりな発言にアルヴィスはますます落ち込んだ―――――かと思えば目の前にある大量の女性服とナギを交互に照らし合わせ何を血迷ったのか突拍子のない事を言い始めた。


「そうだな・・・望みは低いから見納めにナギが着てくれない?細身だから似合うと思うよ!」


「・・・・・・他の方に差しあげてはいかがですか?」


 言い返す事も、怒る事もせず淡々とナギが応えるもアルヴィスはナギの主張をスルーしまた何かを(ひらめ)いたようで身を乗り出し高らかに訴えた。


「他の・・・・・・そうだっ!ナギ、どうして早く言ってくれなかったんだ!すぐにあの子を呼んで来てくれ」


「あの子・・・とは?」


 アルヴィスの思惑にナギはまだよく分かっていない様子で、その問いにアルヴィスは片目を閉じる仕草で嬉しそうに応えた。


「有能でこの学園自慢の()()()()の事さ」


 そう言っただけでナギは誰の事を示すのか一瞬で理解したようでどこか申し訳なさげに応えた。


「分かりました・・・ですが、彼女を巻き込んでしまわれるのですか?」


 ナギの不安気な問い掛けにアルヴィスもどこか難しい表情を浮かべていた。


「苦渋の選択だよナギ・・・いずれ会うことになるんだ、早いか遅いかの違いさ。この学園・・・いや、俺の側に居る限りね――――――」


「そうですね・・・ではすぐに此方へお連れします」


「ああ、宜しく頼むよナギ」


 軽く会釈しナギが部屋を去った後、アルヴィスは一人この手があったかと怪しく微笑んでいた―――――。


 ***


 翌日となり、相変わらずコンラッドとウィリアムはレンカの説得に苦労していた。


「レ、レンカ?早く準備しないと」


「遅刻するから」


「勝手に行けばいい・・・」


 レンカは授業を受ける需要が無いと全く行く気が無く、ソファに腰掛けたまま地下室から持ってきた本をあさっている。

 困り果てている二人はこのままでは遅刻してしまうと焦っていた矢先、突然部屋の扉が勢いよく開いた。


「・・・!?」


 何事かと三人が扉を見つめると、何故か男二人は目を見開きまさかの相手にひどく驚いていた。

 扉の先に立っていたのは、金糸の混ざった輝く美しいブロンド髪を腰の辺りまで伸ばし両端から髪をすくい後ろの方で深い青のリボンで結ってある。一見清楚な印象を受ける学園指定の制服を着た女子生徒が一人立っていた。

 何故だか分からながどことなくレンカは彼女を見てアルヴィスの顔が浮かび顔を引きつらせる。


「エレ・・・生徒会長!?」


 ウィリアム達から生徒会長と呼ばれる謎の女子生徒はとびきりの笑顔をこちらに向けながら部屋の中へと入ってきた。


「皆さんおはようございます。お二人共遅刻してしまいますから先に教室へ向かって下さい」


「で、でもレンカが、それに会長だって」


「とにかく、遅刻は許されませんから彼女の事は私に任せて行って下さい、邪魔になりますから」


 手短に二人に伝えたかと思えば、ソファに腰掛け様子を窺っていたレンカの手を取るなり有無を言わさぬ早業で自室へと引き込んでしまった。

 何も言う事が出来なかった二人はただ呆然と女子二人を見送る事しか出来ず混乱していた。


「今・・・邪魔って言われたよな、会長に・・・レンカ大丈夫?」


「そ、そうだね・・・とにかく会長の言う通り教室行こうか・・・」


 自分達に出来る事は無いと悟り二人は何事も無かったかのようにそそくさと部屋を後にした――――――。

 静かになったのを確認し、謎の女子生徒は部屋の隅で警戒しているレンカを見るなり柔らかい笑みを浮かべ近づいて来た。


「突然押し入ってしまってごめんなさいレンカさん。訳は後ほどお話ししますからとにかく今は急ぎましょう」


 優しく諭すように伝えながら警戒しているレンカに臆する事無く鏡台の前に座らせると鏡越しに話し始めた。


「私はエレナと申します。この学園の生徒会長を務めている者で、理事長・・・いえ、アルヴィス()()()に言われて貴女の事を迎えに来たのです」


「お兄様・・・?」


「はい、レンカさんもご存じの理事長の事ですよ」


 さらっと問題発言をしながら、レンカの黒く艶のある髪を櫛で梳きはじめ話を進めていくエレナにレンカも戸惑いを隠せないでいた。

 アルヴィスのいう()()()とはこの学園の生徒会長であり、自慢の妹の事だった。

 そうとは知らず、されるがままのレンカは着せ替え人形状態で同じ女性相手な為下手に動く事が出来ず苛立っていた。


「離せっ、私に触るな」


「そうはいきません、急がないと遅刻してしまいますから」


「行かないと言ってる」


「さあ、早く制服に着替えて行きましょうレンカさん」


 強引に事を進める彼女からレンカはほんの僅かな隙をついて席から立つと、エレナから距離を取ろうと数歩後ずさった。


「く、来るな・・・」


「生徒会長として厳命が下っているので絶対制服に着替えてもらいますよ・・・それに来るなと言われると余計に来たくなるのが世の常ですから」


 対照的にエレナはじわじわとレンカを追い詰めるよう迫り、アルヴィスそっくりな怪しい笑みを浮かべたかと思えばいきなりレンカ目掛けて飛び掛かって来た。


「ウフフ・・・アルヴィス兄様の言う通り、本当に可愛いらしいですねレンカさん」


「は・・・離せ!」


 突拍子もない一言をつぶやきながらレンカに抱き着いたままベッドに倒れ込むとレンカの上に跨る形となり徐にレンカの服を脱がし始めた。


「さあ、早く着替えて一緒に登校しましょうね」


「やっ、やめろ――――――」


 終始笑顔で容赦なく服をぬがそうとするエレナと、襲われるレンカという構図が出来上がり、二人以外誰も居ない朝の寮に叫び声が轟いた。

 レンカとエレナが部屋で暴れ廻っている間、教室に向かったはずのウィリアムとコンラッドは未だに寮と校舎を繋ぐ渡り廊下で置いてきた二人を気に掛けていた。

 やはり助けに入るべきかとずっと悩み続けているうちに寮からレンカの叫び声が聞こえてきたのだ。

 慌てて引き換えした時には時すでに遅く、そっと部屋の扉を開いてみれば長い髪を乱しレンカの上に覆いかぶさるエレナが襲っているという光景を目の当たりにし卒倒しかけた。


「レンカ、ごめん・・・」


「遅かったか・・・」


 二人が心配していたのは生徒会長のエレナの方ではなく、レンカの方だった。

 生徒会長であるエレナはアルヴィス理事長の妹であり、実はエレナとコンラット達とは幼馴染という関係にあった。

 それ故彼女の性格をよく知っている二人は彼女の行動パターンも幼い頃から把握しておりレンカが襲われると思っていた矢先の出来事だった。


「さあ出来ましたよレンカさん。急いで教室へ向かいましょう・・・あら?二人共まだここに居たの?」


「エレナお前・・・」


 涼しい顔で生徒会長が馬乗りになっているその下で、抜け殻となっているレンカを見て二人は肩を落とした。

 レンカの悲鳴は寮内をも超え外にまで聞こえていたらしく、朝にも関わらず暫くの間学寮に現れる亡霊の叫び声として学園内全体で広まっていった。

 一連の騒動があったにも関わらず、アルヴィスは満面の笑みを浮かべながら書類整理をしていた。

 朝方ナギからの報告でレンカが制服を着たという情報を聞き授業中にも関わらずアルヴィスはレンカの居る教室を訪れていたのだ。

 この目で確認し大満足のアルヴィスはさらにレンカに嫌われてしまったという事実は全く頭に無く一人次の策を練っていた。

 そんな彼を傍で見ていたナギは嬉しくも悲し気に見ていたという。

 アルヴィス以外にも思いのほかレンカの制服姿は評判が良く、彼女を見て頬を染める男子生徒が増加しているらしい。

 本人の意思はともかく、何事も無く学校生活を過ごせているようで一安心したウィリアム達は授業を終えレンカと共に寮へと向かっていた途中だった。

 寮の入り口に見覚えのある影を見つけ、目を凝らしてみればエレナの姿がそこにはあった――――――。

 レンカは彼女を見つけるなり嫌そうに二人の後ろへ隠れてしまい、その様子を見ていたエレナは苦笑いを浮かべながらこちらへと駆け寄って来るとレンカに向けて深々と頭を下げて来た。


「レンカさん、今朝は本当にごめんなさい」


「・・・・・・。」


 また何かされるものだとばかり思っていたレンカは、彼女の口からまともな謝罪文が返ってきた事に驚き隠れていた二人の間から顔を覗かせた。


「言い訳に聞こえるかもしれないけれど、今朝は本当に人として行き過ぎた行動をしてしまったと反省しています。でも、生徒会長として・・・ううん、妹としてお兄様の力になりたくて・・・つい暴走してしまったの。でも貴女に不快な思いをさせてしまったのは事実だから、本当にごめんなさい」


 本当についやってしまった事なのかと疑うも、今朝は動転した事もありまともに彼女の方を見ていなかったのもあってか、丁寧な謝罪の言葉を聞く限り、アルヴィスを兄に持つ彼女はいたって生真面目で、優しい印象をレンカは受けた。

 生徒会長として、妹として兄の力になりたいという彼女の訴えは理事長が彼だという点以外では好評価であり、彼女の見方もそれなりに変わってくる。

 レンカは彼女が普通の考えの持ち主だと少し分かり、自分の方も訳をちゃんと聞かなかったと謝罪した。


「あんなお兄様だけど、根は真面目でとっても優しい人なの・・・なかなか理解されないけど。どうか見捨てないであげて下さい、レンカさん」


 何故自分にだけなのかと思うも、度が過ぎるほどの兄思いなのか、アルヴィスと同じく整った顔で懇願されると言い返す事が出来ず押し黙ってしまう。

 レンカがやっと言葉にしたのはどっちつかずな返事だった。


「別に嫌っても無ければ好きでもないからお願いされても困る。私はお前の兄と仲良くしたいわけではないからな・・・それと何度も言うが、あの男が勝手に花守だと言っているだけだ」


「違うのですか?」


「花守は何処にも居ない・・・空想上の人物に過ぎない・・・授業でそう習ったはずだ」


「もちろんよく存じていますよ・・・レンカさんが本当に花守である事も、お兄様がずっとその存在を探していた事も幼い頃から見ていましたから――――――」


 本当に知っているのだろうか。何故探していたのかは謎だが、今さら正体を隠しても彼女には筒抜けであり、レンカも隠す気はさらさら無かった。

 またしても蚊帳の外になっていた男二人はようやく隙いる間が空いたと口を開いた。


「おいエレナ、あまり外で花守の話しをするな」


「そうだね、どこでレンカを狙っているやつが聞いてるか分からないから、話なら僕達の部屋でしよう。会長も聞きたい事があるんだろう?」


「それは名案ですけど、私これから生徒会の仕事があるので夕食の後(うかが)ってもいいでしょうか?」


 幼馴染である三人はとても仲が良く、レンカにとってその光景は不思議な感覚を生んだ。

 だがその感覚を言葉にするには難しく、分からない。それが腹立たしいのかモヤモヤとしている心にレンカは遣る瀬無い気持ちを押し殺し見ていた。

 そうとは知らず、考え込んでいる間に何故か今夜花守と花について話しあう事になっており三人がレンカの承諾を得ようと物言いたげな視線を向けてきた。


「勝手にしろ、私は知らない」


 仏頂面でそう言うと寮の扉を潜り抜け一人自室へと向かってしまった。

 その場に残された三人は、そんなレンカの後ろ姿にどこか寂しさを覚えた――――――。


***


 アルヴィスはやっと理事長としての仕事を終え、傍で同じく業務をこなしていたナギにレンカが何をしていたかを訊ねた。

 レンカの監視役を任命されたナギは真面目に観察をし現在に至る。


「ナギ、レンカはこの場所に本当に馴染めるだろうか?」


「今はエレナお嬢様が親身に気に掛けて下さっている様で、先程確認しに行きましたが、親しく何やら談笑しておられました」


 本当の事を言うと、アルヴィスの事で妹が代わりに謝罪していた現場を目の当たりにしたと言うのが正解だが、これを言ってしまうとまた何か騒ぎが起こると察知しナギは黙っておく事にした。

 ナギからの情報にアルヴィスはうら若い女子同士の会話を想像しレンカが笑う顔を思い浮かべた。

 そしてふと、彼女が此処へ来て一度も笑った顔を見ていないと気付いた――――――。

 初めての場所で休まる時間もなく、立て続けに事が起き彼女を追いこんでいる今回の事件はとても笑う事など出来ないだろうとアルヴィスは思い詰めていた。

 だが、ナギからの報せを聞いて安心した。少しでも心休まる時間があるのなら例えそれが自分の役目でなくとも彼女にとって良い事ならばアルヴィスはそれだけで嬉しかった。


「夕食後にまたお嬢様を含め四人で語り合う予定のようです」


「そうか・・・彼女に頼んで正解だったね、持つべきものは妹だ」


「そうかもしれませんね・・・」


都合のいい解釈だと言われればそれまでだが、頼れる強い味方がまた一人出来た事に違いはないとアルヴィスは思い、その事に関してはナギも賛同してくれたため頼もしく思えた。


「ああ、俺も会話に参加したいな」


「それは・・・お嬢様にも彼女にも嫌われてしまうのでおよしになられたほうが良いかと・・・」


「やっぱり・・・?こういう時ほど生徒に戻りたいと思った事はないよ」


先程まで良い事を言っていたアルヴィスの口から教師らしからぬ嘆きを聞かされ自分の主は一体何を考えているのかとこの頃思い始めたナギは遠い目をしていた――――――。


「理事長、早く仕事をして下さい・・・」


 理事長室の一角で教師二人は仕事をこなしながら互いに長い長い息を吐いた―――――――――。


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