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花守の魔法使い  作者: 夏目璃子
第1章
6/8

偽物

 |学園へ戻ると、逃げるように寮へ帰ろうとするレンカの手を取りアルヴィスは強引に部屋まで送ると言い張ってきた。

 (はた)から見れば、不機嫌な妹を連れている世話好きな兄のような光景に見える。

 共に言い争いをしながら長い回廊を歩いていると、背後の方から彼を呼ぶ声が響き何事かと二人して後ろを振りむけば、苦し気な表情を浮かべ切羽詰まった様子の小太りの男性教師が駆けつけて来た。


「り、理事長・・・大変です!」

「どうしたの、そんなに慌てて?」

「こ、ここでは話せないので早く一緒に来てください!」


 小太りの教師は軽く額の汗を拭いながら、レンカの事が気になるようで何度か見ては反らしを繰り返し、アルヴィスの腕を引っ張り連れて行こうと(うなが)す。

 焦りを見せる教師とは逆に、アルヴィスはレンカの手を握ったままその場を離れようとせず彼を困らせていた。


「先にレンカを部屋まで送って行くから、君一人で戻っておいてくれないかな?」

「何言ってるんですかっ!?急を要すると申したでしょう!」

「だって・・・・」


 子供が駄々をこねるような言い訳をするアルヴィスに教師もお手上げの様子で、早くこの状況から解放されたいレンカは、痺れを切らし握られていた手を勢いよく振り払うと背中を一蹴りし声を張り上げた。


「学園の代表が我儘(わがまま)言うなよ!部屋くらい一人で戻れるからさっさとどこへでも行けっ」

「レ、レンカ・・・・?」


 レンカの迫力に突き動かされた教師は、驚いた様子のアルヴィスの腕を逃がさぬよう掴み扇動(せんどう)する。

 冷たくあしらわれたレンカに、アルヴィスは名残惜しそうな眼差しを向けながら教師に連れられ何処かへ行ってしまった。

 一人となったレンカは二人とは反対方向に向かい、長い渡り廊下を進むと学生寮へと足早に戻った。

 部屋の扉を開け中に入ると、居間にはウィリアムとコンラットがソファーに腰掛け話をしていた。

 そこへ急に入ってきたため、今朝と同様驚いた顔を向けられ居心地の悪さを感じるが、レンカはいい加減慣れろと言わんばかりに二人の元へ近づくと、勢いよくソファーに腰掛けた。

 暫くの間、互いに警戒しどう切り出していいか分からず無言が続く中、様子を窺っていた二人はビクつきながらも恐る恐るレンカに話掛ける事にした。


「ま、また地下に行ってたの?」

「いや・・・」

「じゃあ、理事長と何処か行ってたとか?」


 あまりにも的を得た問い掛けに不審に思い、レンカはじろりとウィリアムを睨んだ。


「・・・見てたのか?」

「えっと――――朝、教室から理事長が嬉しそうに寮の方に向かうのが見えて」


 冷や汗を浮かべビクつきながら応えるウィリアムの話に、レンカは情景を思い浮かべ呆れた顔を見せる。


『花守も色々と苦労してるんだな・・・・』


 レンカの遠い目を見て二人は瞬時に何かを悟った。


「本当に理事長は君の事が好きみたいだね」

「そうそう、あんなに浮かれてる理事長見たの初めてだよな」


 口を揃えて同じような事を言ってくるため、二人から見たアルヴィスというあの理事長(おとこ)はさぞかし立派な人物なようだ。

 レンカはとてもではないが彼の今までの行動を見てもそうは思えなかった。


「あの男の行動は私にも読めない、何なんだあいつは・・・」

「何だって聞かれても、この学園の理事長で、強い魔法使いの一人としか言えないな」

「授業にもよく講師として居る事もあるし、噂で王族とも親交があるって聞いた事があるな・・・冷静に考えてみたら本当に何者なんだろう理事長って・・・・」


 二人からの情報でますます分からなくなり、本人が居なくとも考えるだけで嫌な気分になってしまったレンカに、二人は同情の笑みを浮かべていた。


「あの男が・・・何か隠し事をしているのは確かだ・・・・だから今日も地下へ行く」


 レンカはそう言って準備をしようと徐に席を立ち、自室に向かおうとするとコンラットが慌てて呼び止めた。


「あ、あのっ・・・!もし地下室に行くなら、僕達もまた着いて行っていいかな?」


 コンラットの質問にレンカは向き直り、真剣な眼差しを向けてくる二人に応えた。


「前に・・・お前達と地下に居た時、一瞬だが嫌な気配を感じた・・・正体が分からない以上、お前達を巻き込む事は出来ない。原因が分かるまで今はおとなしくしておけ」


 二人は自分達が憧れていた花守に心配されている事と、共に居たあの日、力の優れた教師でさえも知り得なかった事まで気付いていたのかと感激し、益々(ますます)花守の偉大さを知る事となった。


「あの!レンカさん」

「別に呼び捨てでいい。歳も同じくらいだろ?」

「え!?でも――――確かに・・・・そ、そうだね」

「それで、何だ?」

「えっと・・・もっと早くに言うべきだったけど、本当にごめんなさい!」

「ごめん!」


 二人が突然頭を下げ謝罪してきたことにレンカは驚いた。


「俺達が森にさえ入らなければ、こんな事にはならなかったのに・・・」


 前に地下でも謝罪されたがその時はレンカが何も応えなかったため、二人はまだ赦されていないと勘違いしているらしい。

 赦すも何も、二人は何者かに誘導され巻き込まれた被害者だ。

 それでも、以前から花への執着を持ち、あの日二人が地下へ入らなければまた違ったシナリオがあったかもしれないと思ったのも事実で、きっと覚悟の末の謝罪なのだろうと強く目を閉じ震えている姿を見てレンカは少し複雑な気持ちになった。


「・・・・別にお前達のせいじゃない。話はそれだけか?」

「え?えっと・・・うん・・・・?」


 拍子抜けしている二人に、レンカは淡々と告げるとそのまま自室へと消えて行った。

 その場に取り残され、思ってもみなかった言葉に二人の頭は疑問だらけだった。


「・・・・どういう事?」


 レンカの消えた扉をいつまでも見つめ共に首を傾げる。

 自分達のせいではないと言われ急に罪の意識が軽くなった二人は、真犯人が居る新事実を知りこの事について夜通し話は続けられた―――――――。


 ***


 同じく教員室でも、早朝近くまで会議が行われていた。

 急に連行されたアルヴィスは一体何事かと懸念しつつ、小太りの教師と共に部屋へ入ると何故か学園の教師達が勢ぞろいし、重苦しい空気に包まれていた。

 この状況に驚きつつも呑気な声でアルヴィスが問う。


「皆揃ってどうしたの?」

「・・・・・・」

「全く状況が掴めないんだけど・・・?」

「・・・・・・」


 何故連れて来られたのかいくら問い質しても何故か皆話したがらず、気まずそうな表情を浮かべている。

 状況が把握出来ず困り果てたアルヴィスは、部屋の隅に居たナギを見つけると熱い視線を送った。

 そんな彼に気づいたナギは少し嫌そうな表情を見せたが、代表して話し始める。


「先程入った情報ですが―――――数日程前から、街で魔力を持った者が何者かに襲われているといった報告が入りました」

「・・・それで、襲った犯人は?」

「現在も逃亡中です。犯人らしき人物は逃亡する際に・・・自らを()()だと名乗ったそうです」

「え・・・?」


 ナギの言葉にアルヴィスは少しばかり動揺していた。


「それで・・・街の者が襲われた事は確かに悲報だけど、どうして皆がそんなに暗い顔をしているのか分からないんだけど?」


 問い掛けにも、他の教師達は応じようとしない。その証拠に誰もがアルヴィスと目を合わせようとせずただ沈黙が続いていた。


「それとも、僕には言えない様な事がまだあるのかな?」


 アルヴィスが質問を変え問うと、皆びくりと肩を震わせた。

 けして脅しているつもりは無いのだが皆何かを恐れているようだった。

 そんな中ようやく口を開いたのは、先程自分を呼びに来た小太りの男性教師で、粛々とした様子で席を立ち訴えてきた。


「その・・・つまり・・・・我々は理事長が花守だと言っているレンカどのではないかと」


 アルヴィスはその先の言葉を言いにくそうにしている教師を見て全てを察した―――――。


「・・・そんな馬鹿な、彼女は先程まで僕と居たんだ。君も見ただろう?」

「そ、それは・・・・」


 おどおどと狼狽(うろた)えている教師はそれ以上何も言い返す事が出来ず椅子に力なく座り込んでしまった。

 アルヴィスは教師から分かりきっていた応えを耳にし薄っすらと(うれ)いにも似た苦笑を浮かべていた。

 解っていても、それでも彼女の事を否定されるのはやはりつらいものがあると肩を落とし、アルヴィスは教師達を見渡しこれが現状なのだと落胆した。


「皆、彼女の事を疑っているようだね。全く違うと断言出来るけど・・・」

「で、ですがっ・・・」

「彼女は今、学寮内でいわば監禁状態だ。見張りもつけて今回みたいな間違いが起きないようにと結界だって張ってる・・・いわば彼女の事を疎外(そがい)するようなひどい行いをしてる。本当は自由を奪うような事をしたくないけど・・・・」


 ここまで言って同じ事が言えるのかと、悔しくて口走りそうになるのをアルヴィスはぐっと堪えた。


「・・・か、彼女ならば抜け出すぐらいわけないでしょう・・・・何せ物語に登場する偉大な()()なのですから」


 アルヴィスの想いとは裏腹に、それでも心無い返事が誰かの口から返された。

 今にも胸ぐらを掴み一言言ってやりたい歯痒い気持ちをぐっと拳を握り耐える。

 そんな彼の様子をナギは固唾を呑んで部屋の隅で見守っていた。


「では、こうしよう・・・・彼女が犯人でないと証明された暁には、我々を守る存在と認め学園の生徒として正式に受け入れると」

「・・・・・!?」


 アルヴィスが真剣な眼差しでそう宣言すると、皆ざわめき立ち焦り顔を見せていた。

 戸惑っている教師達に向かってアルヴィスは満面の笑みで再度こう告げた。


「君達が彼女を疑った事、絶対後悔させてあげるよ」


 誰もがアルヴィスの笑顔を見て皆彼の逆鱗に触れたと察し勢いよく何度も頷いて見せる。

 目が笑っていない彼の笑顔は有無を言わさぬ破壊力で、見る者を瞬時に凍りつかせたと暫く教師達の間で語り継がれた―――――――。


 捨て台詞のような言葉を残し、ナギを連れて早々にその場を後にしたアルヴィスは、いつもの爽やかな笑みを浮かべたかと思えば足早に進んでいた足をぴたりと止め、いきなりレンガ造りの固い壁に強く拳を打ち付けた。

 広く静かな回廊で鈍い音とともにアルヴィスから(うめ)きにも似た声が響く。


「ナァギィぃ・・・悔しいよぉ――――――俺はどうしたらいい?」


 壁にもたれ掛け嘆くアルヴィスに、学園の代表が一教師としての立場の自分にその質問はおかしいと思いつつ、ナギは仕方ないといった口ぶりで応える。


「むきになってどうする気ですか?」

「だって・・・皆物語を信じてるのに・・・・信じていながら現実に存在したら拒絶って・・・・こんなのってないよ!ナギ。しかもこの現状に彼女は気付いてる・・・それでも何も言わずに花守としているんだ。あの娘は優しすぎる」

「・・・・・・」

「こうなったら絶対に犯人を見つけだそうナギ!」


 まだ何も言っていないのに、勝手に犯人捜しを手伝う事になっているナギはやる気に満ちたアルヴィスを見て深い溜息を吐くと一言「・・・・はい」とだけ答え、理事長室のある方へ再び歩き始めた。


 ***


 深夜を過ぎ、外がぼんやりと明るくなり始めた頃。一人地下へ赴いていたレンカは、相変わらずのナギの尾行にも構うことなく閲覧禁止の図書室へ忍び込み書物をあさっていた。

 監視を続けてどれくらい時が経っただろうか、分からなくなるほど図書室に入り浸り懸命に調べ物をしているレンカを見て、ナギはアルヴィスと同様本来守るべき者達を彼女が傷付けるとは思えないと感じ始めていた。

 それを見越してか否か、ひょっこりと背後から現れたのは監視しろと命じたアルヴィス張本人だった。


「やっぱりレンカの事、ナギも疑ってる?」

「・・・・正直まだ分かりません。ただ、自ら花守を語り一方的な事をするようにも見えません」


 冷静かつ、突然の登場に驚きもしないナギは、どちらかというと呆れた様子で淡々と述べた。

 ナギの意見にアルヴィスは納得したのか何も言わずにレンカの方へ視線を戻し深く頷く。

 そのまま二人で彼女を観察していると、何か考え事をしていたかと思えばアルヴィスが不意に口を開いた。


「うん。だよね・・・・花守は己の力を花の為だけに使い、間違っても自分より弱い者達を傷付けたりはしない―――――絶対にね」


 言い切ったアルヴィスを横目に、ナギはレンカの監視を続ける。


「一昨日・・・彼方が彼女を連れ出した何処かで、何気ない会話から花守の事が犯人に知られてしまったのかもしれませんね」

「それも一理あるけど、おそらく違う・・・」


 アルヴィスはどこか確信がある様子だった。

 事件の話を最初に聞いた時、ナギも疑っていなかった訳ではない―――――。

 ただ確証が無いため口にする事はせず、アルヴィスからの支持を待つのみだと黙っていた。


「・・・・彼方と彼女が感じたという気配の事ですか?」


 彼自身が此処へ来たという事は、事実を明らかにするためだと気づきナギはそれとなく問い掛けると、アルヴィスは静かに頷いて見せる。


「彼女を狙う(やから)は多いから、命に代えても全力で守る覚悟はしてるんだけどね」

「それは・・・・」


 ナギは言いかけた言葉をすぐに呑み込んだ。

 命を狙われやすいのはアルヴィス自身もそうだと思ったが、それを守るのは自分の役目だと、彼自身もそれを(わきま)えているからこそ互いに何も言わないでいる。


「とにかく、今回の件は本人に聞くのが一番だ。彼女なら自分がどう行動するべきか分かってるはずだから」


 そう言って隠れるのをやめ、アルヴィスはレンカの方へと向かった――――――。

 学園に関する書物を調べていたレンカは、アルヴィスの存在にも気付いていた・・・否、気付かされた。

 暗い図書室に小さな火が灯された蝋燭(ろうそく)を片手に、自分の方へ近付いて来るアルヴィスをちらりと見てレンカは持っていた本を棚に戻すと思いっきり嫌そうな顔で睨んだ。

 そんな彼女にもすっかり慣れた様子の彼は気にする事無く陽気に笑顔を向け話し掛けてくる。


「やあ、レンカ」

「お前も見張りか・・・?理事長の仕事はよっぽど暇なんだな」

「あっ、やっぱりこのオーラまでは隠せないか、美しく生まれたばかりに昔からどこに隠れててもバレてしまうんだよね」


 アルヴィスは片手で髪を軽く掻き上げ、芝居じみた言い訳を言って気を引こうとして来たが、レンカにはすでに思惑がバレていたようで完全にスルーされ、会話が成り立たない。

 レンカは尚もアルヴィスを居ない者とし、棚に並んでいる本をあれこれと手に離れて行こうとする。


「・・・・・・」

「――――いつから気付いてたの?」


 無視され続け虚しくなったのか、寂しそうな視線を向けてくるアルヴィスに、レンカはちらりと視線をよこすとようやく口を開いた。


「こそこそと嗅ぎまわらずに堂々と来ればいいだろ・・・・ナギとかいうあの男にも伝えておけ」

『やっぱりナギの事も気付いてたか・・・』

「うん。きっとそう言うと思って来たんだ」

「・・・・・?」


 アルヴィスの話にレンカはぴたりと手を止めこちらを振り向く。

 そんなレンカにアルヴィスは優しく笑い掛ける。

 照らされている明かりのせいか、妖艶さが増す彼の表情を見てレンカは只ならぬ空気を感じ取った。


「少し、君に意見を聞こうと思って・・・いいかな?」

「・・・・・・」


 声音を変え蝋燭を持つ手で近くにある机を示すと、レンカは素直に従った。

 隣にアルヴィスも腰掛けると、質問を待っているレンカをじっと見つめる。

 何かを探るようなアルヴィスの視線に、居心地の悪さを感じたレンカは顔を背けると恥ずかし気に訴えた。


「じろじろ見るな気持ち悪い!」

「ごめん、ごめん。レンカが可愛いからつい見とれてしまったよ」


 アルヴィスの言葉にレンカは顔を引きつらせ、腰を浮かせその場から逃げようとするレンカをアルヴィスは楽し気になだめながら席に戻るよう促した。


「用が無いなら戻る」

「ああ――待って待って、悪ふざけが過ぎたね。ごめんレンカ、そう怒らずに聞いてくれるかい」

「・・・・・・」

「俺とレンカが感じた気配の事なんだ・・・」

「え?」


 アルヴィスが急に真剣な話しをし始め、レンカは思わず聞き返す。

 思ってもみなかった話題に驚いているレンカを見つめながら、アルヴィスは話しを進めた。


「まだ、同じ者とは断定出来ないんだけどね」

「どういう事だ?」

「一昨日の・・・いや、街に君と行く以前から街の住人が何者かに襲われるといった事件が起きてる・・・・それも魔力を持つ者ばかりね」


 何処かアルヴィスは不機嫌そうに話し、レンカも何か違和感を感じたようだった。


「つまり・・・疑っているのか・・・・」


 静かに問うと、アルヴィスは悔しそうに眉根を寄せ拳を握りしめる。

 かと思えばレンカの手を取り、溜め込んでいた思いの丈を一気に吐き出した。


「そうなんだよっ、みんな酷くない!?君の事何も知らないで、犯人が君の事を語ってるってだけで勝手に決めつけて!」

「・・・お前もだろ」


 熱弁するアルヴィスに対し、あまりにも反応の薄いレンカにもどかしさを覚える。

 アルヴィスは顔を近づけさらに訴えようとしたが、否定したのはレンカ自身だった。


「俺はっ・・・」

「仕方ない事だろ――――――」

「でもそれはっ・・・・」

「互いに何も知らないのは事実だ。それにまだ、私はやったとも、やっていないとも言っていない。だから決めつけているのはお前もだ」

「それでも・・・花守は君なんだ・・・・それは最初から変わらないし、誰かが変える事も許されない」


 否定する事も、肯定する事も許されない自分の立場を酷く恨み、事実を再び突き付けられたレンカはただ黙り込んでいた。

 これ以上聞きたくないと顔を俯かせ、唇を強く噛む仕草にアルヴィスの心は苦しくなっていくばかりだ。


「襲った犯人が花守だと名乗った―――――そういう輩は昔から大勢いる・・・・私からすればお前も同じだ、私を()()だと言っておきながら確証が無いから常にこうして監視している・・・違うか?」


 暫くして口を開いたレンカの言葉に、アルヴィスは少し驚いた顔を見せたがすぐに言い返した。


「俺は、他の皆とは違うと断言出来るよ。そうか・・・レンカは違うんだね・・・今はそれでも構わないよ。でも・・・それでもいつか信じて欲しい、俺は絶対に君を裏切ったりしないって事」


 握っている手に力を込め、憂いを帯びた笑顔でそう宣言してくるアルヴィスに、レンカは心を揺さぶられた。


「・・・・勝手に言ってろ」


 少しだけ頬を赤らめたのを隠すようにぐるりと背中を向け、恥ずかし気にぼそりと返事を返したレンカを見てアルヴィスは優しく微笑んだ。


「とにかく、花守を語り悪事をはたらく輩がいる事を他の誰よりも先に俺から伝えておきたかったんだ」

「別にどうも思わない・・・これまでに何度もこういう事はあった。でも、今回は違う――――――」

「うん。ケガ人が出てるし、花と関係があるのなら見過ごす事は出来ない。だからレンカの為にも俺は今から犯人捜しをしようと思う」


 そう言ってアルヴィスはレンカの手を再び両手で握り上下に何度も振りながらにっこりと笑顔を向けた――――。

 その意味を瞬時に理解したレンカはすかさず手を引き抜き後ずさる。


「断る・・・・」


 レンカはきっぱりと言い放ったが、アルヴィスは全く聞く耳を持たず嫌がるレンカの腰に手を宛がうと、小さく悲鳴とも言える声を上げた彼女を強引に外へと連れ出した。


「よし、まずは一昨日行った店の周辺で情報収集だ―――――」

「・・・・・・」


 外へ出ると、日はすっかり昇っていた。

 アルヴィスはまたしてもレンカと外出できたことを場違いにも喜んだ。

 そんな彼とは逆に、レンカの機嫌は(すこぶ)る悪い。

 街に着き、立ち寄った店の店員やその付近の住民にアルヴィスは色々と聞き周っていた。  

 街では噂通りどこも花守の話しで持ち切りなため、見知らぬレンカが傍に居ると誤解を招きかねないと判断し、騒ぎを起こさぬようレンカは少し離れた場所から様子を(うかが)うだけだった。

 同じ事の聞き返しで、正直手詰まりだと思っていたレンカは、遠くをぼんやりと眺めながらアルヴィスを待っていると、近くの屋敷から一昨日会った仕立て屋のマリアが姿を現した。

 唐突に現れたマリアもこちらに気付き、レンカと目が合うなり互いに嫌そうな表情を向けたが何故かこちらに近づいて来た。


「誰かと思えばやっぱり、ここに居るって事はあんたが噂の花守なのかしら・・・・?」


 意味ありげな言い回しをするマリアに、レンカは自分の事を言っているのか偽物の花守の事なのか分からず素直に応えた。


「それはどっちの事を言っている?」

「どっちって・・・ああ、人を襲ったっていう話ね。それじゃあやっぱり、あんたが・・・・」


 マリアは一人ぼそぼそと話し自己解決すると、じろじろとレンカを観察しやがて口角をあげ不敵な笑みを浮かべた。


「やっぱり全然吊り合わないわね・・・・」


 上から目線で尚も意味深な発言をするマリアに、ただ首を傾げる事しか出来ないレンカはそれでも苛立ちを覚えた。


「どういう意味だ?」

「ふふっ・・・お子様ね」


 素直に聞き返せばマリアに馬鹿にされ、意味が分からずこれ以上は何も言い返せない。

 早く何処かへ行ってほしいとレンカが願っていると、マリアはしきりに辺りを見回している。


「まだ何かあるのか?」

「お子様に用は無いけど・・・あんたがここに居るって事はアルも一緒なんでしょ?ちょっと話したい事があるのよ」

「あいつなら――――」


 不審に思い声を掛けてみれば、いちいち突っかかってくるような言い方にレンカは不機嫌になりつつ、指でアルヴィスの居る方を示した。

 指示したその先にマリアも顔を向けると、アルヴィスは丁度話を終え戻ろうとしていた処だった。


「アル―――――!」

「ん?あれは・・・・マリア?」


 遠目に名前を呼ばれた方を見つめると、こちらに向かって手を振っている人物が見え、アルヴィスはすぐにそれがマリアだと気付いた。

 驚いた様子で駆け寄って来るアルヴィスに、マリアは良く出来た偽物の胸元辺りで小さく手招きすると、近づいて来たアルヴィスの腕に透かさずしがみ付き、あからさまな態度の変わりようを見せる。

 アルヴィスはどうしてマリアが居るのかと不思議に思いつつレンカに収穫無しだった事を告げた。


「やっぱりレンカの言う通り、元々怪しい者ばかりの集会場だから分からないって」

「でしょうね」


 レンカに代わって返事を返したのはマリアだった。


「何か知ってる口ぶりだね?」

「怪しい魔法使いの事でしょう?詳しい事は私もよく知らないけどね。てっきりアルは知ってると思ってたから、あの時は話さなかったのよ・・・事件の事調べてたんでしょ?私でよかったら話してあげるわよ?私も話しておきたい事があるから」


 アルヴィスは有力な情報が聞けると判断しマリアから話を聞こうと頷き応えた。


「頼りになるよマリア、学園の理事長として見過ごす事は出来ないからね」


 レンカに言った私情と欲にまみれた理由とは全く異なっている事に、一体どちらが本音かとレンカは冷たい視線を送った。

 マリアは話しをするなら自分の店でしようと提案し、アルヴィスの腕を引っ張り連れて行く。 

 二人の後を着いて行こうとレンカも一歩踏み出した時だった―――――。

 背後にあった建物の隙間からいきなり腕が伸び、羽交い絞めにされる。

 二人に向かって腕を伸ばすが叶わず、声を出そうとした処を何者かの大きな手に口元を塞がれ、そのまま引き込まれてしまった。

 逃げようと、(わず)かに動く手を相手の腕に回し力を込め覆われた手から外すと、口から一気に息を吐き出し新鮮な空気を吸い込んだ。

 その際、慌てた様子で背後から謝罪の言葉が返ってくる。

 自分を襲ってきた相手の顔を拝もうとレンカは振り向くと、そこに居たのは一昨日店で騒ぎを起こした男達のうちの一人だった。


「お前・・・いきなり何の真似だっ・・・・」


 睨みを利かせレンカは男を問い詰めると、形振り構っていられず、話し掛ける前に先に手が出てしまい悪気は無かったと謝罪してきた。

 レンカは何故こんな事をしたのか聞こうとしたが、すぐに男の顔色が悪い事に気付き、見えない何かに怯えているようだった。


「おい、どうした?」

「・・・・・・」 


 レンカは遠のいていくマリアと話しに夢中でこちらに気付く様子のないアルヴィスに小さく舌打ちすると男の様子を窺いつつ呼び戻そうとした。

 その行動が男には逃げようとしているように見えたのか、勘違いしレンカの腕を強く掴むと声を張り上げた。


「逃げないでくれ!お願いだっ、頼む!助けてくれ・・・・!」

「ちょっ――――――!」


 頼み込んでくる男の大きな声が響いた事によって、レンカが背後に居ない事に気付いたアルヴィスは慌てて声のした方へ駆け付ける。


「あんた、すごい魔法使いなんだろう!?だったら助けてくれ!」

「いきなり何の事だ!?」


 男がレンカに必死な形相で訴えるのと、アルヴィスがその場に居合わせるのはほぼ同時で、屈強な男にレンカが腕を掴まれている光景を目の当たりにする。


「レンカ―――――――!?」


 アルヴィスは透かさず男からレンカを引き離すと背後に庇い、瞬時に男の胸ぐらを掴み詰め寄った。


「彼女に何のようだ・・・内容によっては街の者であろうと容赦はしない」


 今までに聞いた事のないアルヴィスの低い声にレンカは呆気にとられ、その場の空気が一瞬にして凍りつく。

 緊迫する状況にレンカは咄嗟に何も言えず男は慌てふためいていた。


「・・・レンカ、平気かい?何か酷い事とかされなかった?」


 男を壁に押し付けたまま見向きもせず訊ねてきたアルヴィスにレンカは応える。


「その男を解放してやれ、別に何もされてない」

「え?でもこんな狭い所で・・・」

「お前こそ何考えてるんだ。いいから放せ、その男は私に用がある」


 レンカがそう言うと男は何度も頷き誤解だとアルヴィスに訴えた。

 警戒しつつ男を開放すると、切羽詰まった様子でレンカの肩を掴み、再度助けを求めて来た。

 一瞬魔法使いかと聞かれた時、花守だという事がバレたのかと思いレンカは警戒していたが、取りあえず男の話を聞く事にした。


「助けて欲しいと言われただけじゃ分からないっ、訳を話せ」


 男はようやく聞いてもらえると、レンカの言葉に少し落ち着きを取り戻し何度も感謝の言葉を述べた。

 よく見れば男の顔や身体の至る処には、傷や痣が目立っている。

 一昨日の乱闘騒ぎで出来たものだろうと判断し、特に気には留めていなかったが何か違う理由があるらしい。


「その・・・この前は酒に酔っていたとはいえすまん!」

「それを言うためだけに呼んだのか?」

「違うんだっ・・・実はお前さんに、救って欲しい人が居るんだ・・・」


 レンカは男の話を聞いて何かに気付いた様子だった。

 同じく隣で男の話を聞いていたアルヴィスもレンカの表情が変わった事に同じ事を思っていた。

 そんなアルヴィスにレンカは指さしながら応えた。


「・・・・それなら私より、ここに居る男に言った方がいい」

「え?」

「え、私かい・・・?」

「私は魔力を使えないからな」


 アルヴィスに言われた外では力を使わないという事を、レンカは律儀に守り続け正体を悟られないよう努めている。

 その事を含めかなり根に持っているらしく、横目にアルヴィスを睨みながらレンカは無言の圧を掛けてきた。

 彼女の気持ちに応えようとアルヴィスは笑顔を向けたが、どこかぎこちなく引き攣っている。


「そ・・・そうだね、まずは学園の理事長である私から話を聞かせてもらおう。丁度聞きたい事もあるから話してくれるかい?」

「学校の理事長さんだったのか・・・あんたにも、店での事はホントにすまなかったな」

「非礼の詫びならもういいよ、彼女にさっき誤ってただろう・・・それで、何があったのかな?」


 アルヴィスがそういうと、男は(かぶり)を振って気を奮い立たせながら若干前のめり気味に話そうとした時だった。

 さりげなく事の成り行きを見守っていたマリアが話しに割って入ってきた。


「お話のところ悪いけど、大事な話ならこんな場所じゃなくて私の店に来なさいよ。そこの筋肉男とお子様もね」


 マリアは大男の事をそう呼び片目を瞑って大人な()を演じる。

 レンカには相変わらずだが、心底嫌っている訳ではないようで、レンカも毛嫌いしてはいるが黙っていう事を聞いている。

 急遽場所を替え、大男を交えてマリアの店で話をする事になった4人は、マリアの一言から始まった。


「それで、話ってなんなの?あんたよく見たら傷だらけじゃない、一昨日パブで乱闘騒ぎがあったって聞いたけどあんたがその犯人だったの?」

「まあ・・・・店での騒ぎは確かに俺達だが、悪気は無かったんだ――――あの時はその・・・・」


 急に口ごもる男にアルヴィスは言い方を変え訊き直す。


「助けて欲しいって言ってたけど、君のその怪我と何か関係してる?」

「・・・・・・」


 男は今でも何処か落ち着きが無く、何も言わずにただ頷くだけだった。


『最初から怪我の原因が、店での事じゃないと気付いてレンカは判断を俺に委ねたのか――――――』


 男の様子を隣の席でただじっと観察しているレンカを横目にアルヴィスは関心しながらも話を続ける。


「君の名前をまだ聞いていなかったね」

「ジェイドだ。俺はこの辺りの海域で漁師をしてる。でも今は休んでるんだ・・・いい歳の男がおかしいと思うだろうが外を出歩くのが急に恐くなってな・・・・」


 震える声でそう応えながら、頭を抱え込むジェイドは目に涙を溜めていた。

 落ち込む彼をマリアがそっと肩に手を置き慰める。

 外に居た時も男は常に何かに怯えていた―――――彼自身、何に怯えているのかもよく解っていない様子で、レンカ達は下手に花守の事を切り出せずにいた。


「それで、私達に行き着いた経緯(いきさつ)は?どうやって魔法使いだって知ったのかな?」

「ここ最近なんだが、お前さん達は花守とかいう魔法使いの噂は知ってるか?」


 突然そう聞かれ内心ドキリとするアルヴィスとレンカは慎重に話しを聞きだす。


「うん。実は私達もその事で街に来ていたんだ」

「ほ、本当か!?」


 アルヴィスが応えると、ジェイドは急に声を張り上げ勢いよく立ち上がりアルヴィス達に向かって深々と頭を下げてきた。


「頼む!うちの嫁さんと息子を助けてくれ!」

「えっと・・・助けてくれと言われただけじゃ分からない。落ち着いて訳を聞かせてくれないか?君と家族に一体何があったんだい?」


 鼻を(すす)りながらジェイドは落ち着きを取り戻すと席に座り直し順を追って話し始めた。


「どうやってお前さん達の事を知ったかだったな・・・一昨日パブであんた達の事を見てすぐに魔法使いだって分かったよ、お前さん達強いんだな。実は俺の嫁さんと息子も魔法使いなんだ」

「なるほど、それじゃあ家族を助けてくれと言ったのは・・・・」


 魔法使いの命を狙う噂の人物が、現実に彼等の前に現れ信憑性が増していく。

 一気に緊張が走ったその場の雰囲気に、思わずレンカは拳を固く握りしめた。


「その花守とかいう魔法使いの噂が広まる前の事だ、俺の家に何者かが侵入したんだ。俺が仕事で家を空けてる時だった・・・そいつが噂のやつなのかは分からないが、急に家に押し入って中に居た息子と、それを庇おうとした嫁さんがやられちまった・・・・」


 アルヴィスは、犯人が魔力を持つ者ばかりを襲っていると言っていた。

 あまりにも酷似している人物像と、力を持っていたばかりに命の危機に(さら)されている事実に一同は口を(つぐ)む。

 静まり返る店の中、共に話を聞いていたマリアは疑問に思い男に訊ねた。


「変ね、まるで見てたような口ぶりだけど?」

「息子がそう言ったんだ。代わりに庇った嫁さんのおかげで息子は命からがら逃げだして俺の元まで駆けつけてきた・・・・事の成り行きを聞いて急いで家に戻ったさ・・・それでも間に合わなかったんだ。息子が大丈夫だったのもその時までだ・・・・・・」


 彼はその時の光景を思い出したのか堪えきれず涙が溢れだす。

 レンカは受け入れきれない事実に目を伏せ体を縮こまらせていた。

 こんな事態を生み出したのは、他の誰でもなく自分だと攻め酷く(こころ)を締め付ける。 


「・・・・・・」

「・・・それで、二人は今・・・・?」


 アルヴィスが静かに問うと、男は首を横に振り応えた。


「俺には何も分からない・・・二人とも人形みたいに動かなくなって体中に変な痣が出たり、日に日に弱くなってる。医者にも見せたが手の施しようが無いって言われて・・・・もう、どうしていいか分からないんだ―――――お願いだ、助けてくれ!もうあんたらしかいないんだっ・・・・」

「・・・・・・」


 切実な彼の願いにアルヴィスとレンカは一概に頷く事が出来ずにいた。

 いくら魔法使いとはいえ万能ではないし、医者でもない。

 彼等と境遇する者達は他にも居るため一人を助ければそれで終わりという訳にもいかないだろう。

 それに―――事の根源を正さない限り、また襲って来ないとは限らない。


「パブで・・・あの時レンカを連れて行こうとしたのは・・・・」

「この事を相談したくてな・・・。誰も本気にはしちゃいなかったがうちの仕事仲間にも相談してたんだ。それで二人が店に来たとき、他にも魔法使いだって気付いたやつがいて、酔った勢いで迷惑掛けちまった」

「そうだったのか。僕達の方も何も聞かずに悪かったね、誤解が解けたのならとりあえず様子だけ見に行こう。後の事はそれから判断する。レンカもそれでいいかな?」


 不意に訊ねられ何処か上の空だったレンカは少し驚いた表情を見せぎこちなく頷いて見せた。

 アルヴィスはレンカの様子を気にしつつ、気持ちを切り替え席を立つとテキパキと事を進めていく。


「それじゃあ、家まで案内頼むよ。ジェイドは先に外で待っててくれ!・・・・マリア、残念だけど君との話はまた今度だ」

「ええ、そうね・・・」

「よし、俺達も行こっ・・・―――――」

「・・・・・・」


 マリアとは一旦店で別れる事にし、ジェイドにもそう告げ振り向きざまレンカに呼びかけると、アルヴィスの目にずっと俯いたまま拳を握りしめている光景が映し出された。


「レンカ―――――――」


 小さく名前を呼び傍に寄ると、彼女の手の甲にそっと自らの手を重ね微笑んだ。

 突然の行動に思わず伏せていた顔を上げると、アルヴィスはレンカの耳元で優しく諭すように「()()()」とだけ応えた。

 状況も掴めていないのに、何故そんな事が言えるのかとレンカは不満そうな視線を向けたが、アルヴィスは尚も笑顔を向けてくる。

 何も語らずただ笑顔を絶やさないアルヴィスに、レンカは少しだけ気持ちが落ち着いた気がしそっと息を吐いた――――――。


 ***


 レンカを狙っての事なのか、全く意図の見えない犯人の行動に悩まされ身動きが出来なくなるのを防ぐためにも、自分達の目で確かめようと二人は彼の家を目指した。

 街の中を走る馬車の中で、レンカは未だに黙り込んだままずっと目を閉じていた。 


「何か善くない事考えてる?」

「・・・別に」


 心配するアルヴィスにゆっくりと目を開け一言そう返すと、レンカは静かに外の景色に視線を移しながら話しを続けた。


「ただ・・・本当に――――――」

「本当に・・・?」

「・・・・いや、何でもない」


 レンカは眉根を寄せ、一度は声に出そうと何度か口を開閉させるだけで、本当に言うべきなのかと躊躇っているようだった。


「無理に話す事はないさ、それに・・・俺もレンカもきっと同じ事を考えていると思うから―――――とにかく今は、焦らず自分達が出来る事をしよう」


 そう言ってまたアルヴィスは微笑み答えた。

 そんな彼の笑顔と言葉が、レンカの心を惨めにさせる反面、嬉しくもあった。

 誰かに気遣ってもらう気持ちも、己の無力さを改めて思い知る事も、独り森の中に居ては知り得無かった事ばかりだ。

 次第にそんな考え方をしている自分がおかしくて、レンカは自嘲めいた笑みを浮かべていた――――――。

 暫くして、男の案内で家へと辿り着いた二人は、家の前に立つなり不穏な気配を感じ取り警戒する。

 中へ入ろうとアルヴィスが一歩踏み出すと、急にレンカが服の裾を掴み制した。


「レンカ・・・どうしたの?」

「二人は今も眠ったままなのか?」


 アルヴィスの問いを無視し、レンカはジェイドに向かって話掛ける。


「あ、ああ・・・一度も目を覚まさない」

「私が先に行く――――――」

「待ってレンカ、それなら俺が・・・」


 アルヴィスが言い掛けたのを遮り、レンカは声を張り上げた。


「何かあった時っ・・・・私じゃ男二人を支えきれない。だからお前に頼む」

「でもっ――――それじゃあレンカが」

「いいからっ・・・お前だって分かっているはずだ――――初めから・・・解っていたはずだ。だから此処に・・・・」


 レンカは最後まで言わず言葉を飲み込むと、一瞬だけ複雑そうな表情をアルヴィスに見せ家の扉をそっと開いた。

 警戒しつつ家の中へ立ち入ると、レンカとアルヴィスは何かに気付きその場に立ち止まると互いに視線を交わした。


「魔力・・・?」

「ではないね―――――――」


 辺りを見回し魔力とは異なるその力にレンカは目を細め意識を集中させる。

 とりあえず危険がない事を確認すると、アルヴィスは家全体を調べると言ってそれぞれ別行動を取る事にし、レンカはジェイドと共に二階へと向かった。

 部屋に近づくにつれ、はっきりと感じる()にレンカは浮かない表情を見せていた。

 階段を昇り切ると廊下の突き当たりにある部屋から更なる強い力を感じ、ジェイドに立ち入らないよう注意すると寝室となっている部屋にそっと足を踏み入れた。

 そこには、とても人間とは思えないほど肌の色は白く、冷たくなった生気のない男の家族がベッドに横たわっていた。

 男の言葉通り人形のような白い素肌にレンカはそっと触れ二人から力の気配を辿ろうと、レンカは手を(かざ)し自らの力を二人に()て集中する。

 暫くの間そうしたまま目を閉じていると、部屋の扉の前で様子を見守っていた男が不意に話し掛けてきた。


「あんたは一体、何者なんだ・・・?学園の理事長さんと一緒に居るって事はやっぱりすごい魔法使いなんだろ?」


 男の質問に、いつの間にか見回りから戻っていたアルヴィスが男の背後から現れ代わりに応えた。


「彼女はね―――――――」


 彼の耳元で小さく答えると、男は目を見開きレンカを凝視した。

 信じられないと言った顔でレンカを見ている彼を見てアルヴィスは内心ほっとする。


「あ、この事は他言無用で頼むよ」

「あっ・・・ああ。分かった、約束する」


 正直明かす気は無かったが、少しでもレンカの味方を増やすことで、守れるものもあると判断しアルヴィスは男に打ち明けた。

 二人のやり取りをよそに、レンカは力を使う事に集中し、原因を探し続ける。

 更にレンカが翳す手に力を込めると、急に母親の身体に異変が起こった。


「まただっ・・・またあの痣みたいなのが浮かび上がってきてる・・・あれは何なんだ?」


 男が言っていたように身体全体を覆うように浅黒い痣のようなものが浮かび次第にはっきりと見えてくる。


『植物の・・・・(つる)?』


 レンカが更に力を込めると、身体じゅうを廻る痣は瘴気(しょうき)を纏いながら光を放ちはじめ、突然レンカの魔力を退けるように痣の一部が針のようなものに変化すると、レンカ目がけて飛んで来た。

 突然の事にレンカは避けきれず手を針が掠め魔力も途切れれてしまった。


「レンカ!?」


 アルヴィスは男の大きな体をすり抜け部屋に入ると慌てた様子で駆け寄って来た。


「君に怪我を負わせるなんて、教師失格だ・・・すまないレンカ・・・・」


 怪我した手を取り悔やむアルヴィスに動揺する事も無くレンカは手を軽く振りほどくと二人の方へ向き直り静かに見つめた。


「これぐらい何ともない・・・邪魔するな」

「ダメだよレンカ・・・それ以上は危険過ぎる。彼だっているんだ、無闇に力を使えば次は掠り傷だけじゃすまなくなる」


 力を使い続けようとするレンカを(いさ)め、アルヴィスは二人の傍から引き離す。

 やり取りを不安気に見守っていたジェイドは、堪えきれず恐る恐る話掛けてきた。


「さ、さっきのは・・・何なんだ・・・・二人は助かるのか?」


 レンカは手の傷を隠すように押さえながら首を横に振り答えた。


「分からない・・・だが、二人の中で何かの植物が根付いてる・・・・」

「二人が人形のようになっているのは、おそらくその植物が生気を栄養として奪っているから・・・そうだね、レンカ?」


 アルヴィスがそう付けたすとレンカは静かに頷いて見せた。


「このままだと二人は確実に死ぬ」

「そ・・・それじゃあっ・・・」

「二人の中にある植物が開花した時、それは命が尽きる事を意味する・・・助けられる保証は出来ない。覚悟はしておけ―――――」

「そんなっ・・・・!?」


 レンカがそう言うと、男は最悪な光景でも思い浮かべたのか身体を震わせがくりと膝から崩れ落ちた。

 アルヴィスは愕然とする男を見てゆっくりと傍に寄ると男の前にしゃがみ込み肩に触れた。

 ジェイドはゆらゆらと視線を彷徨わせアルヴィスの姿を捉えると大粒の涙を流した。


「・・・・魔力はけして万能ではない。それでも目の前で消えそうな命があるのなら、私達は力を惜しまない・・・だからどうか、希望を捨てず信じてほしい」


 アルヴィスは男に向かって優しく言葉を投げ掛けると微笑んで見せた。

 命を脅かされている状況下で、尚も信じ続けろと言うアルヴィスにレンカは戸惑いを隠し切れずにいる。


『力を使う事で、もしかしたら二人に更なる危険が伴うかもしれない・・・いや、力と力がぶつかり合えば必ず・・・・ましてや人の器など(もろ)く簡単に消えてしまう』


 根拠のない言葉や思いを知る度に胸を締め付けられ上手く呼吸が出来ない中、ひたすらどうすれば救えるのか、この苦しみから解放されるのかとそればかりが思考を駆け巡り動けずにいる。

 これでは森で何も出来なかった時と同じだと卑下し、独り立ち尽くしたまま思い悩んでいるレンカの頭を、いつの間にか傍に立っていたアルヴィスの手が不意に撫でてきた。

 何も言わず優しく触れる彼の手は、レンカにとって同情でしかなく思わず後ずさってしまった。

 一体どんな表情をしていたのだろうか、少し驚いた後憂いめいた笑みを浮かべアルヴィスはそれきり何もして来なかった。

 ジェイドの方へ振り返り、人が変わったように的確に指示していくアルヴィスを見てレンカもまた驚いていた。

 この場では何も出来ないと二人を助けるため場所を移す事となり、スラリとした細い身体のどこにそんな力があるのかアルヴィスは同じほどの背丈があるジェイドの息子を軽々と抱きかかえるとそのまま何も言わず部屋を出て行った。

 それに続いて母親を抱えて出て行くジェイドの背を見送り、部屋に取り残されたレンカは手の傷が拡がる事も気にせず強く拳を握りしめていた。


「・・・・・・なんか嫌いだ」


 静かな部屋の中、レンカは小さく吐き捨てた―――――――――。


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