表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花守の魔法使い  作者: 夏目璃子
第1章
4/8

地下室

 長い渡り廊下を過ぎると、校舎と同様に白を基調とした真新しい建物が映り込んできた。

 花の彫刻が施された木目調の扉をくぐると、寮の中はまるで教会のような空間が広がっていた。

 生活しやすいよう、用途に合わせて様々なものが完備されている。

 寮内の中心部となる大広間には、神秘的な輝きを見せるステンドグラスがあり、青と白のコントラストがどことなく花を連想させる。


「さぁ、今日から此所が君の暮らす学生寮ホームだよ」

「暮らすなんて一言も言ってない」

「そんな事言わずに、彼等と仲良く過ごしてほしいな」

「嫌だ・・・・」

「さっきは約束してくれたのに、レンカの意地っ張り」


 部屋へと辿り着く間、アルヴィスとレンカの間では、とげのある会話の攻防戦が続いていた。

 生徒はそれを、ただ呆然と見ている事しか出来ない。

 寮は五階建ての構造で、アルヴィスが案内した先は四階の部屋だった。

 普段は来賓客用の部屋として使用されているようで、生徒達に設けられている部屋より広く、間取りも違うようだ。


「ここが・・・俺達の新しい部屋ですか!?」

「そうだよ。レンカの事、よろしく頼むね」

「は、はい!」


 密約を交わした時に使った小さな紙をちらりと見せながらアルヴィスはそう言うと、生徒二人をその場に残し、部屋の中にもう一室あるレンカ専用の自室へと案内する。


「・・・・あの二人は監視役ってわけ?」


 アルヴィスが部屋の扉を閉めたのを確認するなり、開口一番にレンカは訊ねた。


「・・・・もし、そうだとしたら?」


 質問を質問で返され、レンカは小さく舌打ちする。


「そんな無意味な事がよく出来る・・・・」


 大体、助けるなんて一言も言った覚えはない。


「無意味なんて事はないさ」


 話をうやむやにする彼の言動に不信感を抱き、一体どういう事なのかと小首を傾げた。

 そんな彼女を見て、アルヴィスは満足気に微笑む。


「今はまだ、解らなくていいよ」


 彼の笑顔の裏に、隠れた真意をレンカが知るのは先の事である─────。


「安心するといい。二人はカモフラージュになってもらうだけだから」

「・・・・・・隠す?何から?」

「それは内緒」


 いったい何から隠すというのか、理解出来ないまま話は進む。


「とにかく今は、此処に居てくれるだけでいいから。ゆっくりするといい。」 


 そう言ってアルヴィスは生徒の待つ部屋へと向かい、待っていた生徒二人と暫く話をすると、どこか上機嫌で部屋を出ていった。

 急に取り残された三人の間に会話はなく、刻々と時間は過ぎていく。

 互いに話したい気持ちはあるが、どう切り出せばいいのか分からず終いで、重い空気が流れる。


「おい、お前・・・・・」

「はっ、はいぃ!」


 痺れを切らしようやく口を開いたのはレンカの方だった。

 レンカの呼び掛けに声を裏返らせ怯える生徒に、居心地の悪さを覚えつつも話を進める。


「お前達の名は?」

「え、えっと・・・ウィリアムですっ」

「コンラットです」


 答えるなり、レンカはウィリアムを睨み付け、胸元目掛けていきなり人差し指を突き付けた。


「お前が隠し持っているモノを今すぐだせ」

「!?」


 ウィリアムが地下で見つけ、ずっと隠し持っていた花びらをレンカは初めから気付いていたようで、言い当てられたウィリアムは思わず服の胸ポケットを手で隠した 。


「やっ・・・!?えっと・・・・これは」

「魔法が使えなくなってもいいのなら持っていればいい」

「えっ、嘘!?」

「枯れた以上、花の力は弱まっていくばかりだ。近場にある魔力を片っ端から奪っていく・・・・咲き続けるためにな」


 レンカの言葉に、急に恐怖を感じたウィリアムは慌ててポケットから花びらを取り出しレンカに手渡した。


「・・・・いったい何処で見つけた?」


 受け取った花びらを見つめながらレンカがそう聞き出すと、何故か二人は顔を見合わせ黙り混む。


「早く教えろ・・・・隠し持っていた事をバラされたくなければ」

「言います!!教えるから誰にも言わないで下さい!」


 二人してそう言うと、レンカは頷いて見せた。

 それを見て安心したのか、緊張が解けた二人はソファーに力なく座りこむ。

 レンカもソファーに腰を下ろすと花びらをじっと見つめ観察する。

 二人は意を決し姿勢を正すと、一呼吸しおずおずと口を開いた。


「その花びらを見つけたのは、この学園にある立ち入り禁止の地下なんだ」

「でも、森に侵入したうえに、地下にも入った事がもしバレたら俺達・・・・・・」


 二人して青ざめた顔をし、これからの事を考えただけでその先は何も言葉に出来ないようだった。

 その様子を見てレンカはなんとなく悟った。


「・・・・一つ交換条件だ」

「え?」

「お前達の愚行ぐこうを公にしない代わりに、その場所を案内しろ」

「でっでも、君に教えた事がバレたり君も見つかったらヤバいんじゃ・・・・!?」

「・・・・・・退学・・・追放」


 ぼそりと答えたレンカの言葉に怖じ気づき、互いに顔を見合わせ考えた結果、どちらにせよ追い詰められる運命なのだと二人は断りきれず案内する事となった。


  ***


 三人が話し合いをしていたその頃、アルヴィスはまだ渡り廊下の途中で立ち止まり、森のある方角をぼんやりと眺めていた。

 通り抜けていく風をうけながら、自分だけのはずのその場所で独り言のようにアルヴィスは話しだした。


「それとなくでいいから、彼女の見張りを頼む」


 アルヴィスがそう言うと、姿の見えないナギの声が何処からか返って来た。


「例の場所に入ろうとした場合は?」

「彼女に任せよう、逐一俺に報告するように。とにかく手出しはしなくていいから、よろしく頼むね」


 そう言うとアルヴィスは、再び来た道を歩き始めた─────。


  ***


 一方レンカ達は、さっそく地下へと侵入すべく計画を企てていた。


「ところで、お前達が探していた経緯いきさつはいったい何なんだ?」

「そっ、それは・・・・ただの好奇心からで、俺達ずっと花の事も花守の存在も信じてたから・・・」

「ウィルの言ってる事は本当なんだ。まさか本当に花が見つかるなんて全く思ってもなくて」


 何となくだが他にも何かを隠しているようにレンカは感じた。それよりも、幾つかの疑問が浮かび上がってくる。


『好奇心から探していた事はおそらく本当だろう。そんなことより、何故花びらが地下にあるかだ・・・・いや、クリスタルフルールを見たことのない二人が何故分かった?』


 疑い始めたらきりがないが、受け取った花びらを手に、偽物が存在している事を知っていたレンカはもう一度花びらを確認する。

 何度確認してみてもやはり本物で、これは偶然なんかではないと感じた。

 レンカは居ても立っても居られなくなり表情を強張らせる。


「・・・・おかしい・・・まさか───」

「え?」

「おかしいって何が?」


 すっかり自分の世界に入り込んでいたレンカを見て二人が心配そうに話し掛ける。


「いや、何でもない・・・・決めた、地下への浸入は今夜にする」

「え?今夜って!?」

「皆が寝静まった深夜だ。それまでは好きにすればいい」


 レンカはそう言うと、二人を置いて自室の方へと消えていった。

 その場に取り残され、彼女にまたしても謝りそびれた二人は、消えていったレンカの自室の扉を見つめたまま落ち込んでいた。


  ***


 静まり返った理事長室で、アルヴィスは片手に古びた手紙を持ち、物思いにふけっていた。

 今頃になってレンカの事や、これから先起こるであろう出来事に、不安と恐怖心が一気に押し寄せてくる。


『彼女は今、生徒・・?としてここにいてくれている・・・・』


 初めて彼女と会った時、本気でどうなろうと構わない。自分は花守ではないとまで言っていた。

 正直、レンカが本当に花守なのかアルヴィス自信不安になっている事は否めない。

 もし、曖昧なこの関係が無くなれば彼女は本当に自分達の前から姿を消してしまうのだろうか・・・・。

 不安ばかりが募り、目の前にある仕事に全く手がつかない始末だ。

 そんな中、アルヴィスの耳にナギの声が降ってきた。


『彼女が動き出しました。深夜、地下に入られるようです』

「えっ!?・・・今夜?」

『はい』

『ずいぶんと早いな・・・・でも───』


 そう告げられると、先程まで苦悩していた彼の様子は一変し、妖艶な笑みを浮かべる。

 

「報告ありがとうナギ、俺はまた彼女に救われたよ。そのまま見張りを続けてくれ」


 意味深な応えに当然ナギからの返事はなく、また報告するとだけ告げるとそれきり途絶えてしまった。 

 相変わらず素っ気ないナギの事は気にもせず、アルヴィスの心は晴々としていた。


『あぁ、さっきまで悩んでいた自分が恥ずかしい・・・・・・』


  悪い方にばかり考え込み、自分こそ彼女の事を花守として信じていないと気付かされる。


『馬鹿な事を考えるのは止めて今は彼女の事を信じよう。一人の傍観者として・・・・』

 

 今はそれだけでいいと、そう思う事で自然と不安は無くなり、冷静さを取り戻すとアルヴィスは持ったままになっていた手紙を机の引き出しにそっと仕舞った────。

 

  ***


 深夜になり皆が寝静まった頃、校舎内には3つの人影があった。


「本当に案内してるよ俺達・・・・見つかったら終わりだな」


 暗がりの廊下を慎重に進みながら、小声で嘆くウィリアムを先頭に、花びらがあった地下を目指す。


「見つかった時の事何も考えてなかった、どうしよう・・・・」

「・・・・地図さえ書いてくれれば一人で行けると言ったはずだ」


 二人の会話を聞いていたレンカは、不服そうに訴えたが何故か一人での行動は反対され今に至る。

 聞こえない程度に小さくため息を吐くと、急に何かを感じ後ろを振り返る。


「レンカ・・・・?どうしたの?」

「・・・・・いや、何でもない」


 二人は気付いていないのか、レンカただ一人、先程から自分達の後をつけている気配に気付き警戒する。

 暫く相手の動きを探っていたが何も仕掛けて来ないため、怪しさを感じながらも進んで行くと、1ヶ所だけ異様な冷気が漂う地下への入り口が見えて来た。


「ここまででいい。この先は一人で大丈夫だ、お前達は早く部屋に戻れ」

「えっ・・・・!?」

「ま、待ってレンカ!」


 一方的に告げ、二人を置いて地下へと入ろうとするレンカを二人は慌てて引き止める。

 まだ何かあるのかと、顔をしかめるレンカについ圧倒されそうになるのをグッと堪える。


「やっぱり俺達も着いていっちゃダメかな・・・・その、君の事が心配だし・・・・・」


 心細げに訴えるウィリアムに、レンカは考えたが、すぐに頭を横に振る。


「駄目だ。これは遊びなんかじゃない、だが一つだけ良いことを教えてやる」

「良いこと?」


 レンカはアルヴィスから受け取った小さな紙を取り出すと手のひらに開いて見せる。


「その紙、俺達が持ってるのと同じ」

「そう。でもこれはただの紙切れ、二人が持っているものも・・・・」

「どういう事?」


 二人が首をかしげると、レンカは小さな紙に描かれている魔方陣を指差した。


「この魔方陣はただの落書きだから」

「えっ、じゃあどうやって理事長と・・・・?」

「ある程度の強い魔力が無ければ不可能だ。お前達が持っている方を出せ」


 コンラットは上着の内ポケットから紙を取り出し同じように手のひらに乗せて見せると、レンカは自分の方の紙に手をかざし目を伏せ集中する。

 二人も何をするのかと除き混むようにして見つめていると淡い光を放ち、レンカは描かれていた魔方陣に自らの魔力を込めた。


「お前達のと交換」

「えっ・・・は、はいっ!どうぞ。あの、今何をしたの?」

「一時的にだが、その陣を使って瞬間移動出来る魔力を込めただけ」


 アルヴィスとかいうやつが使っていた魔法と似たようなものだと言いながら紙を差し出す。


「それじゃ・・・・」

「紙に触れた状態で、頭の中に行きたい場所を思い浮かべれば行き着くはず」

「すごいっ!ありがとうレンカ!」

「いいからそれを使って早く部屋に戻れ」


 レンカは一方的に話を終えると、二人を置いて暗い地下へと消えていった。


「あっ・・・・!」


 コンラットがさらに口を開こうとした時には既に姿は見えなかった。


「また謝れなかったな・・・・」


 ぽつりとウィリアムが応えながら、静まり返った暗い廊下に暫く二人は佇んでいた────。



 3人の後を学生寮からずっと尾行していたのは、アルヴィスの命令でレンカを監視しているナギだった。

 彼女が1人で地下へと入った事をさっそくアルヴィスに伝える。

 溜まっていた仕事が一段落し、仮眠をとるべくソファーで身体を休めていたアルヴィスは、体を起こし耳を澄ませる。


『先刻通り、彼女が地下へ侵入しました』

「レンカだけ?他の二人は?」

『理事長と同じ瞬間移動の出来る魔法を彼女が施し、部屋に戻るよう二人に言っていました』

「えっ、瞬間移動の魔法って・・・・」

『森で使われた魔法と同じかと・・・・』


 ナギからの一言に、アルヴィスはまたも彼女に驚かされた。


「あの魔法は特別で、例え花守でも知らないはずなんだけど・・・・」


 森の中で数回使った魔法を、彼女は見ただけで既に自分のモノにしてしまったらしい。

 アルヴィスは、彼女の呑み込みの早さに思わず関心していた。

 そして同時に恐ろしいとも想った────。


  ***


 ウィリアムとコンラットをその場に残し、立ち入り禁止の地下へと侵入したレンカは、慎重に奥へと進んでいく。

 人が寄り付かないせいか、埃っぽさやカビ臭さが立ち籠めている。

 道なりに沿って部屋が連なっているが、レンカは目もくれずに一番奥の突き当たりにある扉の前まで来ると、そっと開いた。

 そこは、最初にウィリアム達が立ち寄ったという、閲覧禁止の書庫だった。

 レンカは中へ入ると、陳列する何冊もの本を見渡すように確認していく。

 古いものから真新しいものまであり、本の背表紙を灯りでともしながら探しているのは、この学園の見取り図と、此処へ来る前にコンラッド達から聞いたとある石碑について記されたものだ。

 花守・・と呼ばれてきた先代は、歴史上クリスタルフルールを危機から幾度となく守り抜いている。

 でもそれはあくまで先代のお陰であり、レンカにとって初めて直面する危機である。

 そう思うと、悔しさで溜まらなくなり灯りを握る手に力が入る。

 森に居ながら、どうして気付けなかったのか・・・それだけが気掛かりとなっている。

 もう1つは、何故アルヴィスが先代の事を知っているのか探る必要があった。

 レンカは不安になる気持ちを落ち着かせようとかぶりを振ると、再び書物を探る。

 何冊か気になったものを手に取ると、そのうちの一冊に目が止まり思わず足を止めた────。


  ***


 一方、地下の入口前に取り残された生徒二人は、レンカから受け取った紙を未だに見つめ自問自答を繰り返していた。

 部屋に戻れと言われたが、正直気になってそれどころではない。

 かと言ってこれ以上騒ぎを起こすと本当に退学になりかねないためおとなしく部屋に戻る事にし、レンカから受け取った白い紙に触れた。

 互いに頷き、二人は頭の中に行きたい場所を思い浮かべた────。

 レンカはこの学園の見取り図を頭に叩き込む。

 そして先程から気になっていた本を手に開こうとした時だった。


「────!!」


 レンカの足下に、突然魔方陣が現れ、目の前に現れたのは部屋に戻ったはずのウィリアムとコンラットだった。

 

「や、やぁ・・・・レンカ」


 二人も、降り立った場所がレンカの目の前で驚き、ばつが悪そうに苦い笑みを浮かべた。


「・・・・・・」


 何故だと言わんばかりの舌打ちをし、二人を鋭い眼光で睨み付けるレンカに慌てて頭を下げた。


「ごっ、ごめん!」

「部屋に戻ろうとしたんだけど、君の事がどうしても気になって」


 思考はどうしても花守の事でいっぱいになり、おとなしく部屋に戻るという選択は最初から頭に無かった。


「俺達は理事長と約束した事を守ろう」

「うん」


 アルヴィスに、レンカの事を任された使命感から、彼女が居なくなった後、暫くその場で話し合って決めたらしい。

 レンカは呆れ、思わずため息を吐く。

 来てしまった以上、今さら戻れとは言えなかった。

 花が枯れ、魔力が弱まっているため、生徒である二人に力を使わせる事は得策ではないと思い、仕方なく二人を連れて地下を探索する事にした。

 再び書庫の中を探っていると、ウィリアムがレンカの持っていた本に気付き話し掛けてきた。


「やっぱり本に記されてる事は本当なのレンカ?」


 ウィリアムにそう訊かれたが、レンカは本の内容を知らないため首を傾げた。


「えっ!知らないでその本持ってたの?てっきりレンカなら知ってると思ってたけど違うんだな」


 ウィリアムにそう言われ、レンカは本を見つめ少し興味が湧いたので部屋に持ち帰る事にした。

 3人で花に関する書を探しているうちに、レンカはウィリアムが見つけた花びらの事が気になった。


「そう言えば、あの花びらは地下の何処に落ちていたんだ?」


 在り処を聞くと、どうも二人の様子がおかしい。

 レンカが不思議がっていると、コンラッドがぽつりと話し始めた。


「その・・・・実は記憶がないんだ。ウィリアムには」

「どういう意味・・・・?」

「見つけた日、地下の何処で花びらを手にしたのか全く覚えてないんだ」


 二人が嘘を言っているようには見えず、ウィリアム自身も困惑している様子だった。


「後、森に入ってからも記憶が曖昧で・・・・」

「でも、花を枯らした事に代わりはないし・・・取り返しのつかない事をしたと思ってる・・・・謝って済む事じゃないのも、でもっ・・・本当にごめん!」

「ずっと謝りたいと思ってた・・・いけない事だってのも分かってたのに俺達・・・・ごめんなさい」


 深々と頭を下げる二人を目の前にしても、レンカは何も応えなかった。


「・・・・・・」

『やっぱ許されるわけないよな────』


 二人を許すか許さないか以前に、ずっと疑念を抱いていた事がたった今、レンカの中で確信となった。

 考え事をしているともつゆ知らず、レンカのだんまりを、やはり怒っているのだと勝手に勘違いしている二人は、土下座をする覚悟でいたがレンカの様子がおかしい事にようやく気付き首を傾げる。

 真犯人がいる事を知ったレンカは、静かに目を伏せ神経を研ぎ澄ますと、地下に残る微かな気配を辿っていく。

 するとその瞬間、ただならぬ気配を感じ顔を上げるが、それはすぐに消えてしまった。


「・・・────っ!?」


 一体何だったのかと辺りを見渡すが、ウィリアム達以外に、感じ取れる気配は、ずっと後をつけている教師のものだけだ。

 それに、気配に気付いたのはどうやら自分だけらしい。

 二人はもちろん、教師も気付いていないようだった。


「レンカ・・・き、急にどうしたの?」

「一転をずっと見つめて、まっ、まさか噂の幽霊がいるとか・・・・・・!?」

「いや・・・・幽霊とかの類いじゃない」


 怯える二人に気を使い言った事だったが、余計に恐怖心を煽ってしまったようで、二人はヒィっと変な声を漏らした。

 教師に見張られている事さえ気付いていない二人を、これ以上巻き込む訳にはいかないと、レンカは二人の側に近寄ると有無を聞かず一瞬にして書庫から移動した。


  ***


 ソファーで体を休めていたアルヴィスも、同じく気配に気付き目を覚ました。

 だが、森から近いせいで花から生じる力にかき消されてしまいすぐに分からなくなってしまった。

 すぐさまアルヴィスは地下にいるナギに問い掛ける。


「ナギ、君達以外に地下に誰か居た?一瞬だったが何か気配を感じたんだ」

『俺に怪しい気配は感じ取れませんでした。彼女は何かに気付いた様子でしたが・・・・。俺の事にも気付いている様子でしたし、すでに生徒を連れて部屋に戻ったと思われます』

「部屋に戻った・・・・・どうやら気のせいではないようだね。助かったよ、ナギも今日は休んでくれ」


 気配に気付いた者が自分とレンカだけだと知ったアルヴィスは、暗く不気味な夜空をいつまでも仰ぎ見ていた────。


  ***


 地下から戻ると二人をその場に放り、そそくさとレンカは自室に籠ってしまった。

 そんな素っ気ない態度のレンカにも、二人はときめいていた。

 圧倒的な魔力は勿論だが、やはり花守なのだと思い知らされた日となった。


「・・・・・・やっぱスゴいなっ!」

「何が?」

「レンカの事だよっ、本当に花守なんだ、奇跡だ!」

「でも、俺達嫌われてるよやっぱり・・・・」

「まあ、確かにそうだけど・・・・レンカ、何も話してくれなかったな」


 急に虚しさが押し寄せて来たが、今同じ場所に会いたかった花守がいるのだと思うと、今夜は眠れそうにない。

 結局、興奮冷めやらぬ二人はレンカの話で盛り上がり、明け方近くまで続いた────。


  ***


 ウィリアム達が隣で歓談しているのを余所に、レンカは自室のベッド脇に腰掛け近くにあった蝋燭に火を灯すと、持ち帰った本の表紙を照らす。

 暫くの間見つめていたその本は作者不明のモノで、レンカはそっとページをめくった。

 つづられていた内容は、ウィリアムから聞いていた花守を主人公に語られたお伽噺だった。

 レンカは本を読む手を止め何を思ったのか、高い天井を見上げた。

 灯りに照らされたレンカの横顔は影を作り、どこか儚く、哀しげな表情をしていた─────。


  ***


 早朝、生徒達がまだ眠っている中、アルヴィスは教師全員を理事長室に呼び出し、これからの事を話し合っていた。


「生徒を中心に、花の影響を受けぬよう我々教師で考慮し、授業を再開する。ただし、魔力を使うのは禁止だ」

「きゅ、急に禁止と言われても困ります。花守がいれば魔力を使っても大丈夫なのでは?」


 一人の教師がそう訊ねると、アルヴィスは難しい表情を浮かべた。


「こればかりは私にも分からない。すまないが魔力が安定するまでは皆我慢してほしい」


 そう訴えると皆不安げな顔で目を泳がせざわめきだつ。

 そんな中、無精髭を生やし、えらく身なりの整った中年の男性教師が落ち着いた趣で口を開いた。


「・・・・・・分かりました。貴方がそう言うのならば従いましょう。魔力は極力使わないように心がける・・・国を救うためだ、生徒にも危害が及んでは困りますからな」


 一教師としてそう言うと、他の教師達も口々に賛同の言葉を述べ、互いに確認し合う。


「皆ありがとう・・・・私も花守と共に尽力する。必ずあの美しい花を守ってみせるよ」


 自分に言い聞かせるようにそう宣言すると、ナギに残るよう告げ解散となった。

 アルヴィスとナギだけとなった部屋で、アルヴィスは脱いでいた上着を羽織りながら話始める。


「ナギ、君は今日から暫くレンカの監視に専念してもらうから」

「また監視ですか・・・・・・」

「そう言わないでくれ。あまり良い行いではないけど、君にしか頼めないと思ってる。よろしく頼むね」


 アルヴィスがそう言うと、ナギは静かに頷いて見せた。


「助かるよ。持つべきものはナギだね」

「それはいいのですが、本当に彼女を生徒になさるおつもりですか?」

「うん。そのつもりだよ」

「本当に?」

「本当に」


 延々と終わりの見えない会話をしていると、アルヴィスは扉の向こうにふと人の気配を感じ扉の方を見つめる。


「どうやらお客が来たようだね」


 アルヴィスに代わってナギが扉を開けると、そこにはレンカが立っていた────。

 教師達の間で話し合いが行われていた頃、書庫から持ち帰った本を開いたまま、いつの間にか眠ってしまっていたレンカは、昨夜の嫌な気配を思い出し目を覚ました。

 自室から出てみれば、何故かウィリアムとコンラットがソファーで眠っている。

 レンカは二人の横を通り過ぎると、起こさぬようにそっと部屋を抜け出した。

 昨夜感じた気配の事を探るため、レンカはアルヴィスの元へ向かったのだ。


「やぁレンカ、早いね」

「・・・・・・」


 ナギに下がるように軽く目配せすると、ナギは軽く会釈をし出て行く。

 その際にレンカと入れ違いざま、互いに目を反らさず無言のまま過ぎ去った。

 そんな二人を黙って見ていたアルヴィスは、二人が似た者同士だと感じ思わず笑みがこぼれる。

 そんなアルヴィスに、レンカは不機嫌そうに訴えてきた。


「一体何が面白い・・・?」

「いや、本当に可愛いなと思って」


 けして二人が、とは言わないため、言われ慣れていない言葉にレンカは反応の仕方が分からずひきつった顔を見せた。

 最初に会った時に比べて、少しレンカの表情が豊かになってきた事が微笑ましく、朝からアルヴィスは上機嫌だった。

 敢えて本題には触れずにいると、レンカは無言のままアルヴィスをじっと見つめる。

 そんなレンカに圧し負け、アルヴィス自ら話を切り出した。


「レンカも、昨日何か感じたんだね?」

「・・・・魔力以外の力を感じた・・・気付いたのはお前だけなのか?」

「そのようだね」


 まるで何かを知っている様子のアルヴィスに、レンカはいきなり駆け寄り机に乗り上げると彼の胸ぐらを掴み一気に怒りをぶつけた。


「何を隠してるっ・・・・お前は最初から二人のせいじゃないと気付いていただろ!」

「何の事かな・・・・?」


 それでも笑みを浮かべてアルヴィスはとぼけるため、そんな態度が余計にレンカを苛つかせた。


「気付いていてお前はっ・・・お前は・・・・・・」


 例え気付いていたとしても、アルヴィスがどうこう出来る事ではないのは百も承知しているため、この怒りを何処にぶつければいいのか分からずレンカはつい八つ当たりをしてしまった。 

 それでもアルヴィスは黙ってレンカの話を聞き、胸ぐらを掴むレンカの細い手を取り、真摯に応える。


「ごめんレンカ・・・ずっと謝りたかったんだ・・・・でも、自分の無力さになかなかきりだせずにいたんだ・・・・本当にすまない」


 そう言われてようやくレンカは我に返り、落ち着きを取り戻した。


「花の側にいながら、私は何も出来ない無能なやつだ・・・・花守とはよく言えたものだな」


 レンカのやつれた顔に、アルヴィスの心は締め付けられた。

 それでも一番辛いのはレンカだと自分に言い聞かせ明るく振る舞う。


「言っただろう、自分を否定するのは駄目だって。誰も君を責めたりはしない」

「でもっ・・・・花はもう・・・・」


  肩を震わせ、今にも泣き出しそうな顔を見せるレンカを目の前に、アルヴィスは強がっていただけなのだと気付いた途端、彼女をきつく抱き締めていた。


「────!?」


 アルヴィスは、驚きすぎて抵抗出来ないままのレンカの華奢な肩を抱き優しく諭すように応えた。


「自分を責めるのはもうやめて、これから一緒にどうするか考えよう。そのためのを、俺は持ってる・・・・」


 またしても意味深な発言だが、レンカを真っ直ぐと見つめるアルヴィスの目に反らす事が出来ず、思わずコクりと頷いた。

 そんなレンカに、アルヴィスは不意を憑かれ顔を手で覆い小声で呟いた。


「そんな素直に頷かれるとこの先大変だな・・・・」

「何か言ったか・・・・?」

「レンカには内緒」


 茶目っ気たっぷりにそう言って、首を傾げているレンカの顳顬こめかみにキスを落とした。

 一連の出来事にレンカは目を見開き唖然とする。

 それをいいことに、さらに腕を広げ抱き付こうとして来たアルヴィスを、レンカは鬼の形相で睨み付け、拳を振りかざした。

 拳は見事にアルヴィスの顎に命中し後ろに倒れ込むと、罵詈雑言を浴びせレンカは部屋を出て行ってしまった。

 静まり返った部屋で、アルヴィスは殴られた箇所を押さえながら上半身を起こすと、レンカが出ていった扉を見つめ笑みを浮かべていた。

 すると部屋を去ったはずのナギの声が、理事長室と隣接する談話室の方から聞こえ姿を現した。


「貴方は馬鹿ですか?」


 扉を閉め、こちらへ向かいながらナギは説教をする。

 アルヴィスはそれを軽く聞き流し、話を聴かれていた事を咎める事もなく笑顔で応えた。


「うん。バカだよ・・・・」

「自覚はあったんですね」

「・・・・・・やっとなんだ・・・・もう同じ想いはしたくない────」

「・・・・・そうですね」


 眉をひそめ、苦し紛れの笑みを浮かべるアルヴィスに、ナギはそっと手を差し出した────。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ