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花守の魔法使い  作者: 夏目璃子
第1章
3/8

教師と生徒

 危機迫る中、学園へとようやく戻った昼下がり。花守を連れてアルヴィス達が行き着いた場所は、理事長室に続く両隣にあるうちの一室で、普段は談話室として使われている場所だった。


「つ・・・疲れた・・・・・・」

「皆無事戻れて良かった、良かった!」


 床に手を付きぐったりとする者達の中にただ一人、他人事のように話すのはこの部屋の主であるアルヴィスだ。

 そんな彼に冷やかな視線が送られている事は言うまでもなく、それを気にする素振りもない。むしろわざとらしい咳払いをし話をすり替える強引さだ。


「疲れているところすまないが、今この場にいる者達で話し合いをしよう・・・・これから彼女が生徒・・として過ごせるように」

「!!・・・・」


 アルヴィスの口から耳を疑うような発言を聞き、未だに脇に抱えられたままの花守へと一斉に視線が向けられる。

 注目の的となった彼女自信も、放心状態だ。

 そんな事も気付かず、呑気のんきに話し掛けるアルヴィスを見て周囲の目はあわれみへと変わる。


「あれっ、聞いてる?・・・・レンカ・・・?」

「・・・・・・」

「おーい」


 アルヴィスがレンカの目の前で身ぶり手振り呼び掛けているのをよそに、他の者達は書物でしか存在しなかった花守を、理事長が当たり前のように抱えているという混沌こんとんとした場の空気に何も言えずにいた。

 そんな中、終止符を打ったのは、アルヴィスの側で事の成り行きを見守っていた若い教師だった。


「理事長、本気で言っておられますか?」

「私はいつでも本気だよ、ナギ。彼女をこの学園に迎え入れる」

「花守だと貴方が勝手に言うだけで、素性の知れない彼女を生徒に・・・・?納得出来ません」


 ナギと呼ばれる教師の訴えに他の教師達も同意見のようで、レンカをいぶかしげな表情で見ている。

 疑われる事は正直最初から分かっていたが、現時点で彼女の事を証明するすべは何もない。

 アルヴィスはそっと彼女をその場に下ろすと、口を開いた。


「・・・・とりあえず皆、座ろうか」


 アルヴィスの呼び掛けに、教師達は渋々ソファーに腰掛ける。

 その様子を、レンカは睨むようにその場から見つめていた。 

 殺伐さつばつとした雰囲気をかもし出すそんな彼女のために、アルヴィスはもう一度説得を試みる。


「確かに、君達教師の言い分はよく解る・・・・・・学園や、生徒達の事を思っての事だという事もね」

「でしたらどうか考え直して下さい!本当に花守だと言うなら彼女はっ・・・・・・」


 教師の訴えは、最後まで発言されることは無く、うやむやなまま途切れた。

 本人を前にして躊躇ためらってしまったようで、代わりにアルヴィスが教師に問い掛ける。


「危険すぎる?君達は少なからず今そう思ってるね」

「そ、それは・・・・・・」

「いや、思うなとは言わない。だからといって、彼女をここから追い出す事も得策ではないよ」


 アルヴィスはそう言いながらレンカの方を見つめ憂い染みた笑みを向けると、すぐに目線を戻し教師の心情を探っていく。


「さて、困ったな・・・・・そんなに彼女の事が皆恐いのか」


 皆の表情は明らかに挙動不審で、無理もないのかと想いつつ、アルヴィスは煽るような発言をすると、ナギによって即座に答えが返された。


「確かに、恐くないと言えば嘘になるかもしれません。ただ、彼女の意見も聞かずに事を進めるのはどうかと思いますが」


 相変わらず冷静沈着な男ナギは、アルヴィスの言葉に流される事なく、的確に物事をとらえ応えを導き出す。

 アルヴィスはそんな彼だからこそ昔から側に居てもらってはいるが、今回ばかりは面白くないといった顔で仕方なさ気に答えた。


「・・・・・・分かった。ナギ、君に免じて取り敢えずこの話は保留にしよう。だが、この学園には何らかの形で彼女には居てもらうから他の先生方もそのつもりで」


 アルヴィスはそう言うと席を立ち、レンカの方へと近付いていく。 

 その途中、すっかり蚊帳かやの外となっていた生徒二人にも手招きすると、アルヴィスはコートの内ポケットから小さな紙を取り出し近寄って来た生徒に手渡した。


「理事長、この紙は─────?」


 一人の生徒が訊ねると、アルヴィスは何も言わず軽く指を鳴らした。

 すると、白紙だった紙が淡い光りを放ち、生徒二人の耳だけにアルヴィスの声が突然響いた。


「えぇっ!!!」

「こっ、これって!?」


 驚きを隠せない生徒に、アルヴィスは顔の前で指を立てる仕草を見せると、興奮冷めやらぬ二人は首を縦に何度も頷いて見せた。

 遠目から怪訝けげんそうに伺っている他の者達は、ただ男三人が見つめあっているだけという場面を見せられている。

 無言の会話が続き、ほどなくして生徒とアルヴィスは友情でも芽生えたのか、がしりと手を取り合った。


「任せて下さい!」

「よしっ、とりあえず一同解散!」


 どこかたのし気に、アルヴィスが手を叩きながらそう言うと、教師と生徒はそそくさと部屋を出ていった。

 静けさが立ち込める部屋には、アルヴィスとレンカだけとなった。


「・・・・・怒ってる?」

「見て分からないのか?怒りを通り越して呆れてるんだ」


 速答するレンカは、窓際近くに置かれた椅子に腰を下ろしながらアルヴィスを見つめる。


「すまないレンカ・・・・皆悪気はないんだけど」


 ばつが悪そうに話すアルヴィスを見て、レンカは顔を反らし応えた。


「別に気にしてない・・・・実在している事を知っているのは、ほんの一部の者だけだ」

「例えば俺とかね。はいっこれ!」


 アルヴィスはそう言って、レンカにも白い紙を手渡す。


「・・・・どこまでも自信家だな・・・・」

「それは誉め言葉だ。あっ!今話した事は俺とレンカだけの秘密」

「・・・・一方的に話してたの間違いだろう?」


 レンカはあからさまに嫌そうな顔をしながらアルヴィスから紙を受け取った───────。


           ***


 一方、アルヴィスから紙を受け取り、教師達と共に理事長室から追い出された生徒は、扉の前で待機していた。

 部屋に残っているアルヴィスと、今しがた無言で密約を交わし、それを果たすためである。

 扉の向こうから微かに聞こえてくるアルヴィスとレンカの会話が気になりそっと聞き耳を立てる。

 その様は、はたから見れば壁にへばりついている蜥蜴とかげのようだ。


「おい、何言ってるか分かるか?」

「いや、分からない・・・・やっぱり聴こえるわけないよ、理事長室の扉だよ・・・」


 一人はそう言って扉から離れ、大きな溜め息を吐いた。

 学園の代表として君臨する者の部屋から、そう易々《やすやす》と情報が漏れるほどもろくはないと理解しているが、それでも聞き耳を立てるのは、好奇心から来るもので行動せずにはいられなかった。


「・・・・本当に僕達、取り返しのつかない事したんだ・・・・・退学になったらどうしよう、スゴく怒ってたね彼女。スゴく睨んでた・・・・」

「お前は悪くないっ・・・・退学になるなら俺だけだ」

「いや、 僕も一緒に居たんだから同罪だよ」


 親友だからこそ、互いを庇い気まずい空気が流れる。


「・・・・後で、彼女にちゃんと謝ろう」

「そ、そうだな。謝ってすむ話しじゃないけど・・・・でもっ、お前と一緒なら例え退学になっても構わない!」

「ぼ・・・僕もっ、お前と一緒なら!」


 けじめとして謝罪する事を決め、互いの信頼度を確かめあった二人は感極まって勢いよく抱き締めあった。

 その瞬間、理事長室の扉が重い音を絶てながら開いた──────。


           ***


 理事長室で、レンカとも密約を交わすアルヴィスは、紙を受け取ったレンカの手を取り椅子から立たせると、強引に引っ張っり扉の方へ向かう。


「よし、それじゃあ行こう」

「ちょっ・・・はっ、離せ・・・・・!?」


 彼の手から逃れようとするが、他人との関わりが皆無だったレンカは、思ったより男性の力が強い事を知り、逃げられない。

 それよりいったいどこへ連れて行くのかと、身体は反射的に拒み不安が募っていく。

 そんな彼女に気付いたアルヴィスは、安心させようと笑顔でこう応えた。

 

「彼等が君の事を待ってる──────」

「は・・・・?」


 彼等・・とはいったい誰なのかますます謎が深まる中、アルヴィスが部屋の扉を開けるなり突然歩みを止め、手を引かれたままその後ろを歩いていたレンカは彼の背中に勢いよく顔をぶつけた。


「急に止まるなバカ!」


 レンカはぶつけた鼻を押さえながらアルヴィスを罵倒するが、彼からの反応が無い。

 何事かと思い彼の背後から廊下の方へと顔を覗きこませると、そこから見えた光景に思わずレンカも目を見張った。

 扉の前で、森に侵入した二人の男子生徒が、恋人同士のように抱き締めあっていた。


「えっと・・・・仲がいいんだね君達。安心するといい、私もレンカも内緒にするから」

「えっ!?あの・・・・ちが・・・─────」


 抱き合ったまま固まる生徒は、青ざめた顔で体を震わせていた。

 その震えは恐怖心等ではなく、混乱からくるものだった。

 焦りを隠せず必死にアルヴィスの誤解を解こうと言い訳するが、全く言葉にならない始末だ。

 レンカは当然、二人がそんな関係では無い事にすぐに気付き、哀れに思えたので助け船を出してやろうかと一瞬思ったが、森に浸入した罰としてきゅうえるのに良い機会だと、面白いので見届ける事にした。


「世の中には色んな恋の形があるからね、僕は君達を応援するよ!」


 爽やかな笑顔で親指を立てながらそう言ったアルヴィスに、もはや弁解の余地は無いと生徒は悟った。

 さすがに可哀想になってきたと感じたレンカは、明らかに面白がって生徒をからかっているアルヴィスを遠い眼差しで見つめている。


「おいっ・・・・待ってるっていうのはそこのバカップルの事か?」

「はは・・・・。バカ・・・・・・バカップルだって、はははっ・・・・」


 渇いた笑いをこぼしながらぶつぶつと言ってへたり込む生徒に、ある意味とどめを刺したレンカはびれる事もせず涼しげな顔であえてそう訊ねると、アルヴィスはくるりと振り返り笑顔で応えた。


「そうだった、紹介するよ!これから君のルームメイトになるバカップル・・・・」

「断る・・・・」


 さらりと速答したレンカに、アルヴィスも引き下がろうとはしない。


「残念だけどこれは決定事項だから、バカップルだけど仲良くしてもらってね」

「此処に居るつもりはっ・・・─────」


 レンカは言いかけた言葉を呑み込んだ。

 アルヴィスと密約を交わした事を思い出したからだ。

 顔を反らし黙り込んでしまったレンカを見て、アルヴィスは妖艶ようえんな笑みを浮かべる。


「とりあえず、皆行こう────」


 強引にだが、交渉してしまった事にレンカは嫌悪感をいだきつつ、彼の後ろをついて行く。


 理事長室を出て暫く回廊を進むと、校舎と学生寮を繋ぐ長い渡り廊下が見えた。


「レンカ、この学園は君にとって居心地が悪いかもしれないけど、気に入ってもらえると嬉しいな」


 アルヴィスは背を向けたままそう言って、ずっと握ったままだった手に少しだけ力を込めた。


「っ!?・・・・・こんな所さっさと出てってやる・・・・」

「残念、それは許可出来ないな」


 言葉とは裏腹にレンカの頬は赤く染まっていた。

 今まで他人と話す事も、触れ合う事も無かったため、どう反応していいか分からなかった。

 二人の様子は、会話する声以外後ろを歩く生徒からは見えていないようで、花守として恐れられていたレンカの印象は少しだけ変わりつつあるようだった。 

 渡り廊下を支える太い柱と柱の間からは、事の重大さ等関係なく、それぞれの想いが混在する四人の姿を、陽の光が照らしていた─────。

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