侵入者
狭間の森と喚ばれる暗く奥の深いその場所は、生と死の狭間にいるような、一度入れば二度と出る事は出来ず、花の一部となってしまうと伝わる、誰も近付かない場所として有名だった。
「花さえ手に入れば俺達の魔力は花守や他のどんな奴等より強くなれる!」
「だけど、この森に本当にあるとは限らないだろ?石碑は本当でも花は架空のモノかもしれないし」
「だからあるんだって!光る花びらを見ただろ?何怖じ気づいてるんだよ、怖いならお前は誰か来ないか入口を見張っとけ!」
「待てよっ、俺も行くって!」
そう言って二人の生徒は森に足を踏み入れた。
***
日が沈み、学校中にぽつりぽつりと明かりが灯される頃、理事長室へと続く長い廊下を慌ただしく走る教師の姿があった。
廊下の突き当たりには美しい装飾が施された白い大きな扉が構えており、教師が息を切らしながら扉をノックすると、中から若い男性の声がした。
「どうぞ!」
「失礼します!アルヴィス理事長、大変です!進入禁止の地下に何者かが入り込みました」
「・・・・・・あぁ、そのようだね」
「ご、ご存知で!?」
教師がそう聞き返すと、理事長は腰掛けていた椅子の背にもたれ笑みを浮かべながら答えた。
「実は僕だったりしてね・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
惚けたつもりの彼は相手の無反応さに苦笑を浮かべ溜め息を吐く。
「・・・・・入ったのは本当さ、だから安心するといい」
「貴方という方は、一体何をなさって・・・・・」
教師が言いかけた言葉を彼は遮りこう言った。
「私が昨日の夜、地下に居たときは侵入者は居なかったと思うけど、悪巧みをしている者が生徒の中にいるのはどうやら確かなようだ・・・・・・」
急に真剣な面持ちになり、一変する部屋の雰囲気に緊張が走ったその時だった。
何処からともなくドンという、地を突き上げるような地響きが起こった───────。
***
森に侵入した二人は、奥深い場所へとたどり着いていた。
「確か書にはこの辺りに花があるって・・・・・・」
月の明かりが照らす暗い森の中をさ迷い歩きながら、息を切らして進んで行く。
「・・・・おい!あの光何だ?」
一人がそう言って左奥の方角を指差した。
「あ、あの光だ!やっぱりあったんだよっ!やった!」
光を目にした生徒は急に何かに囚われたように駆け出し、光輝く花の前へと近付く。
「これが、クリスタルフルール・・・・・・」
二人は一歩ずつ進み一輪の花を摘み取った。
すると突然、光を放っていたはずの花が地響きとともに全て枯れはじめた。
「おっぉお・・・おいっ・・・!?やばくないかこれっ・・・・・・」
「こんな・・・・・・こんな事どの書物の何処にも書かれてなかっただろ!?」
「と、とにかく逃げよう!」
一気に恐怖と不安が押し寄せ二人は枯れた花を投げ捨てると無我夢中で元来た森の中を走り出し、ようやく抜け出せた時には夜明け前だった。
「はぁ、はぁ・・・・・・な、何とか脱け出せたけど・・・さっきの揺れは何だよ?どうするんだ花のこと」
地響きもおさまり、内心ほっとしながら二人は学校の側に設けられた学寮へと急いで戻る。
「分かんねぇよ!こ・・・・この事は絶対に・・・誰にも言うなよ」
「でも、もし見つかったら俺達ただじゃすまないぞ!枯らしたのが花守や学校に知れたら・・・・・・・」
「バカっ!学校はともかく、花守はあくまで物語や歴史書に出てくる魔法使いだ!」
「でも・・・・・・」
「現に俺達が森に侵入しても何も無かったんだ、たとえ枯れても魔法の花だぜ?きっとまた直ぐに戻るって!」
「・・・・・うん、そうかもな」
二人は自分に言い聞かせるように話し、悪びれもせず何も無かったように自室へと戻った・・・・・・この先に起こる最悪の終演がある事も知らずに───────。
***
昨夜の地響きで、国中は大騒ぎだった──────。
そして魔法学校でも、至る処で異変が起こっていた。
「理事長!この国全体の魔力が弱まってます、我々もこのままでは・・・・・・街の方にも影響しかねません」
「そうだね・・・・でも分からないんだ」
「分からないとは?」
「花守がどうして現れなかったのか」
「まさか、本当に存在しているとお考えですか?」
「居るんだよ・・・・・花守はあの森に居るんだ」
アルヴィスは窓越しに森の方を見つめ思い詰めた表情を浮かべた。
「では・・・・・・」
「とりあえず森に侵入した生徒を探そう」
そう言って彼は教師と共に部屋を後にした──────。
***
魔法学校で学ぶ全校生徒達は、早朝から突然の召集に不安を抱いていた。
それは、森に侵入した生徒二人も同じで顔色が悪い。
何故か生徒達の間で二人が森に入ったという噂がいつの間にか広まっていたのだ。
そのせいか二人の事が教師達の耳に入るのもそう時間は掛からなかった。
別室へと呼び出された生徒の前に、教師数名とアルヴィスの姿があった。
教師が幾つか生徒に問い質した結果、二人は森に侵入した事を素直に認めた。
「さて、どうしたものか・・・・・・この学園の理事長だとしても、花が枯れてしまった以上、私にはどうする事も出来ない」
業とらしくアルヴィスは肩を竦めそう言うと、話を聞いていた生徒の顔がさらに青ざめた。
その様子を見かねて、アルヴィスは教師に合図を送ると席を立ち生徒の方へ近付く。
「一つだけ・・・一つだけ方法がある」
アルヴィスは生徒の肩に手を置き真剣な表情で答える。
「ひっ・・・・・一つだけ・・・・・・?」
「君達が花の存在を知っているなら、当然花守の存在も知っているはずだ」
「でっでも、花守はあくまで歴史書とかに出てくる魔法使いじゃ・・・・?」
「そ、そうですよ!俺達が森に入った時も、実際誰も居ませんでした」
生徒がそう言うと、アルヴィスはにっこりと笑みを浮かべ、有無を言わさぬ雰囲気で生徒二人に言い放った。
「君達が花を荒らしたんだ、ならばもう一度森に入りその歴史書に描かれた恐れる魔法使いに謝罪をするべきだと思うよ?」
生徒に触れていた手に思わず力が入り生徒は小さく声をあげた。
「心配せずとも僕達教師も行くから安心するといい」
「は・・・・・はい」
この時その場に居た者全員が、歴史上の魔法使いより彼の方がよっぽど恐ろしいと思ったのは秘密である──────。
***
集会が開かれた後、学校は休講となり各自寮にて待機となった。
そして狭間の森の入口にはアルヴィスを含めた教師数名と生徒二人で、花守が住んでいるという屋敷へと向かうため暗く細い獣道を進む。
『やけに静かすぎる・・・・・・』
アルヴィスを先頭に中へ入ると、動物達はおろか、辺りには何も居なかった。
あまりにも静かすぎるため不気味さに耐えきれず教師の一人が話しかける。
「理事長、本当に花守は存在するのですか?」
「実を言うと、私も現在の花守には会った事がないんだ」
アルヴィスがそう言うと教師達の不安はさらに募る。
「え?では・・・・」
「きっと大丈夫さ、先代の花守には一度だけ会った事があるんだ・・・・幼い頃に・・・・・・」
アルヴィスは、怖がる教師達を落ち着かせようと試みたが教師達の顔色は青ざめる一方だった。
暫く進み少し開けた場所まで来ると、アルヴィスはふと足を止めた。
先程までとは全く違う邪悪な気が、奥へ進めば進むほど強くなっていく。
そしてまた重苦しい嫌な気がどっと増した。
森に入るまでは何も感じていなかったはずが、足を踏み入れた瞬間不安が募った。
『・・・・・・やはり様子がおかしい・・・・このままではこちらに影響しかねない・・・・・・花守は本当に──────?』
アルヴィスの頭の中を、最悪の事態が過った時だった。
治まっていたはずの地響きがまた起こりはじめ、彼等を襲う。
「り、理事長っこのままでは危険です!一度森を出るべきです」
教師の一人がそう訴えるがアルヴィスはその場を離れようとはしなかった。
「戻った処で事態は何も変わらない、君達はここで生徒を頼む」
そう言うとアルヴィスは教師と生徒の周りに強い結界を張った。
「理事長っ!?結界を解いて下さい!貴方を一人で向かわす訳にはまいりません!」
慌てた口調で教師達がアルヴィスを止めようとするが、虚しくも強力な結界を壊す事は出来ない。
「とにかく、私が戻るまでそこで待機!」
アルヴィスは早口で捲し立てると、一瞬にしてその場から移動する。
その間も事態は悪化するばかりで、アルヴィスは内心焦りを感じていた。
この状況を打破するには花守の存在が必要不可欠なのだが、事が起きた時点で花守は現れなかった。
アルヴィスは花守が住んでいるという屋敷の前に降り立つと、古びた扉をノックし呼び掛ける。
だが扉の向こうは静まり返っており、人の気配は全くしない。
『居ない・・・・・・本当にもう存在ないのか?』
現在の花守には会ったことがないが、存在を知る彼にとってこれは予想外の出来事だ。
アルヴィスは悔やんでいる場合ではないと気持ちを切り替え、やはり花守に何かあったのではと屋敷の周りをくまなく探していた時だった。
突如森の奥からアルヴィス目掛け炎が迫って来た。
アルヴィスは驚きつつもとっさに防御魔法で炎を交わす。
「っ・・・・・・!?」
炎が飛んできた方へ振り向きじっと目を凝らすと、そこに居たのはフードを目深に被った人物と、その後ろには狼のような豹のような獣が目を光らせこちらをじっと見据える二つの影があった。
今にも襲い掛かりそうな獣を優しく宥める人影は、アルヴィスを品定めするかのように睨み付けてくる。
アルヴィスは相手の放つ強い魔力を感じ取り怯みそうになるのを堪え話し掛けようとした時だった。
「君は・・・・・・」
暗がりの中、また相手がアルヴィス目掛けて攻撃を仕掛けて来る。
アルヴィスは器用に攻撃を交わしながら徐々に間を詰めていくが、相手の攻撃が止む事は無く力に圧される。
「・・・・貴方が花守の・・・・・・」
「・・・・・・花を荒らしたのはお前か?」
彼の質問を無視し、感情の無い酷く冷たい綺麗な声でそう聞いてきたのは、アルヴィスの探していた花守のようで内心ほっとする。
「花の事で、貴方と話がしたい!」
アルヴィスがそう言うが、花守はかなり怒っており尚も攻撃を止めようとはしなかった。
「頼むから攻撃を止めて話を聞いてくれないか」
「・・・・・・此処から去れ!」
アルヴィスは、攻撃を止めようとしない花守にこれでは埓が明かないと自身も攻撃を返した。
すると、互いの力と力がぶつかり合いその場に風が生まれる。
土煙が舞い花守が顔を伏せたのを、アルヴィスは見逃さず一気に間を詰め相手の目の前に立つと、腕を掴み動きを封じそのまま地面へと押し倒した。
「っ・・・・・!!」
背中を地に打ち付けられた花守は衝撃で息が出来ず、声にならない鈍い声を上げる。
それでも花守は逃れようと暴れ、強く押さえ付けようとしたアルヴィスの手がピタリと止まった。
「え・・・・・・?」
その隙に花守は、急に動きを止めたアルヴィスのみぞおちに蹴りを入れ彼の腕からするりと逃れる。
一方アルヴィスは蹴られた腹部に手を宛がい、痛みより相手の正体に口をわななかせ驚いていた。
「き、君・・・・・・女性・・・・!?」
『まさか花守が女性だなんて聞いてない・・・・・!』
てっきり男だとばかり勝手に判断していた彼はただ後継者が存在しているとしか聞かされておらず、動揺を隠せず空いた口を手で覆う。
露になった花守の顔を見つめると彼女もアルヴィスを睨み返す。
「手荒な真似をしてすまない・・・・えっと、頭とか平気かい?打ってない?」
「・・・・・・此処から去れ!お前に出来る事は何もない・・・・・・」
「それは出来ない、貴女が力を貸すと言うまでは・・・・・」
「・・・・・・?」
彼女は怪訝そうな表情を見せ首を傾げる。
アルヴィスはそんな彼女の前へゆっくりと近付きその場に方膝をついた。
「!?・・・・・・」
「謝罪して済む事ではないのは重々承知の上・・・どうか、花守である貴女にお力添え願いたい」
見るからに年下だという事が判明し、紳士的なアルヴィスはいまだに戸惑っていた。
「花を荒らした者を出せ、二度と手出し出来ないようにしてやる」
「それは出来ない・・・・うちの大事な生徒だから」
「生徒・・・・・・?」
ぽつりと呟いた彼女はアルヴィスの服に着いている紋章を見て怪しく笑みを浮かべた。
「学園の者か・・・・花を荒らしておいてよくもふざけた事が言える・・・・・・花が枯れる事がどういう意味か解っているのか!」
声を荒げ彼女がそう言うと、アルヴィス目掛けてまた攻撃を放った。
だがアルヴィスはそれを避けなかった。
彼の頬を掠めた魔法は背後にあった樹木に当たり激しい音をたてながら倒れる─────。
花守が攻撃を仕掛けても、アルヴィスが動じることはなかった。
頬を伝う赤い血を気にする様子もなく、ただじっと彼女を見据える。
「・・・・・・・・」
暫く攻防が続いた最中、アルヴィスから殺気は感じられず、彼女もそんな彼を見て手を止めた。
「・・・・・・・・」
静寂が戻った森の中は、相変わらず鳥や獣達の姿は無く、邪悪な気だけが濃くなっていく森に焦りが増すばかり。
そんな中、最初に口火を切ったのはアルヴィスだった。
「君の名前を、教えてくれないか?」
「お前に名のる必要は無い・・・他の奴等を連れて早くここから去れ・・・・・・」
全てバレているらしく、彼女は覇気のない声で冷たくそう告げると、アルヴィスに背を向けその場を去ろうとする。
頑として話を聞き入れない彼女に、アルヴィスは歯痒い気持ちをぐっと堪え説得を続ける。
「花守という存在は、民を守り、花を守り抜いてきた偉大な魔法使いなのだと幼いながらに聞いていたんだ・・・・・・だから私も、異変に気付けなかった・・・・いや、花守の君に頼りきっていたんだ。」
「花が枯れた今、国がどうなろうと構わない・・・・・偉大な魔法使い・・・・?何処に居るのか教えてほしいのはこっちだ」
伏せがちな表情は前髪であまり見えないが、そう訴えた彼女の声は震えていた。
「・・・・・・それが君の答え?」
「・・・・そうだと言えばどうする」
彼女がそう答えると、アルヴィスは口角を上げにっこりと笑みを向けた。
「どうするって・・・・こうするんだ──────」
「え・・・・・・?」
彼女が戸惑った顔を見せたのと、アルヴィスが目の前から消えたのはほぼ同時だった。
一瞬何が起きたのか彼女は理解出来ず、消えたアルヴィスに驚きたたらを踏んだその時、背後から伸びてきたのは彼の手で、彼女の身体を包むように羽交い締めに抱き締めた。
「なっ─────!?」
「君がっ・・・・花守の君が、自分自身を否定してはならない」
アルヴィスが彼女の耳元でそう答えると、腕から逃れようとした彼女の動きがピタリと止まった。
「私は、花守なんかじゃないっ・・・・・・どうしろっていうの、もう救えるモノなんか何も無い!だから花も枯れた。あの時だって────。どうしてお前が、先代の事を知ってる・・・・」
今にも消えてしまいそうなか細い声で彼女は訴え、堪えていた涙を流す。
その姿を見て、これが本来の彼女なのだとアルヴィスは気付き、慰めるように抱き締める腕に力をこめた。
「君の名前を・・・教えてくれないか?」
「・・・・言ってどうする」
アルヴィスが顔を覗き込むと、彼女は顔を背け恥ずかしげに俯く。
そんな彼女をアルヴィスはいじらしいと思い、自然と笑みが浮かぶ。
「教えてくれたら話すよ」
「・・・・・・・レンカ」
渋った顔を見せながら答えた彼女の名を聞いて、アルヴィスは閉じ込めていた腕からレンカを解放した─────かと思えば、今度は荷物の様に軽々と彼女を脇に抱き抱える。
「よし、行こう!」
「はっ、離せ!何処へ連れて行くつもりだ・・・・・・!!」
「何処って、それは・・・・・・」
レンカが訴えるのも虚しく、気付いた時には住居にしていた屋敷は遥か遠くに見えていた──────。
***
アルヴィスが張った結界の中で、彼の帰りを待つ教師と生徒達は、邪悪な気に当てられ体力も限界に近付きつつあった。
そのせいか場の空気は凍り付いたように静まり返り、緊張と恐怖心だけが混在している。
そんな沈黙に耐えきれなくなった生徒がぼやき始めた。
「なぁ・・・ど、どっかで理事長死んでるんじゃ・・・・?」
「バカ!不吉な事言うなよ、仮に倒れていたとしたら結界は消えてるだろ」
二人が言い合いを始め、教師達も動揺を隠せない。
「生徒の言う通り、何かあったんじゃ・・・・?」
「我々教師がそんな弱気でどうするんです。大丈夫ですよ、この結界は特別で、例えこの場に居なくとも魔力は持続するようになっているんです。理事長 曰く、学園の中で自分だけが成せる技だとか・・・・」
そう答えたのは若い男の教師で、他の皆とは違って落ち着いた様子だ。
「そ、そうだったな・・・君は確か、理事長の─────」
教師がそう訊ねた時、張られていた結界が突然ピシッという音を立て亀裂が入り、美しい光となって消えていく。
「・・・・・・っ!?」
そこに居た者達全員が、光の集中する一点を凝視しながら驚いていた。
「やぁ、遅くなってすまない」
華麗に服の裾を翻し地に降り立ちながら、その場にいた者達に気の抜ける言葉を投げ掛けて来たのは、待ちわびていたアルヴィスだった。
「り、理事長ご無事でしたか!ところでその脇に抱えている・・・・・・」
「うん。悪いけど、この場所で悠長に会話してる時間は無いから、詳しい事は後で話すよ」
アルヴィスの言葉を瞬時に理解した若い教師は静かに駆け寄ると横に並んだ。
そんな彼を横目に、アルヴィスは小さく息を調えると弱まりつつある魔力を使い森を抜け出した──────。