なりたいあなた(『ある日のこと』シリーズⅡ)
『ある日のこと』シリーズ第二弾!今回のテーマは「しっかり(強がり)」です!
朝、6時半。眠りから覚めて制服に着替える。リビングについて食卓に向かったところで、誰かが待っていてくれるわけではない。ポーチを持って、玄関で靴を履く母と、スーツケースを持って扉を開ける父。朝起きて、最初の会話は「いってきます。」「いってらっしゃい。」で、それだけ。あの様子だと、また一週間くらい帰ってこないんだろうな。
そんなことを言いながら、冷蔵庫を開けて、昨日の残ったおかずと、炊いておいた白ご飯を茶碗に盛った。私の今日の朝ご飯も独り。
見るわけでもないのに、とりあえず付いているテレビの音が、家中に響く。それ以外の音は何もない。楽しそうにガヤガヤと笑うワイドショーを横目に、私は顔を洗い、歯を磨き、髪をとかす。測っているわけでもないのに正確な生活。窮屈、というわけでもないけど、何も変わらないこの時間はいつも憂鬱だ。でも、大丈夫。
「麻子、おはよう!」
「ごめん、里奈。すぐに行くね!」
雲間に見える太陽のような彼女が、毎朝そこから解放してくれるから。
◇◆◇◆◇
「でさ、アイツ全然サーブ外さないから、相手の人泣きそうになってて!」
「まぁ、私は素人だから詳しくは分からないけど、やっぱり凄そうよね。」
相変わらず明るい彼女は、朝の憂鬱を打ち消すかのように、心を晴れやかにしてくれる。
しかし、これだけお互いのことを話しているのに、なんで告白しないんだろう。……両方とも鈍感なのかも。そんなことはお構いなしに、楽しそうに話す彼女もなんだか愛おしい。
「あっ、そういえばね。この前、漫画読んでたら『恋の力は凄い』みたいなことが書いてあったの。あんな王子様みたいなシチュエーションってないのかな。あぁ~誰かに守られたい。」
「ないわよ、あそこまでは。」
「やっぱり来るとしたら馬とかに乗ってくるのかしらね。」
「馬乗ってる人がいたら、それだけで目立つわよ。」
「相変わらず冷めてるわね、アンタ。」
ロマンチックなことを言うのね、この子は。まぁ全然見えてないだけで、目の前に王子様がもういるっていう所は、ある意味「マンガっぽい」のかもしれないけれど。
「それで、麻子最近どうなの?」
「なにが?」
「恋愛とかさ。」
「興味ないわね~。」
「そうなんだ~。」
そう。私は別に独りでも良い。そうやって生きてきたから。辛いことがあっても、独りで乗り越えて来られたから。
結局、その後も里奈との世間話は続いて、あっという間に学校に着いた。ちょうど部活が終わったテニス部も戻ってきた。キョロキョロしている里奈をおいて、私は教室に向かう。あれだけメロメロなのに、どうして槙野くんも気づかないのかしら。
階段を上って、教室に向かう。一番奥の教室だから、面倒くさい。動く歩道でも付けてくれれば少しは楽なのに。
「おっす、倉本。」
「あら、安川くん。おはよう。」
教室に入るや否や、声を掛けてきたのは安川恭輔。入り口に最も近い席に座る彼は、こうして毎朝声を掛けてくれる。おそらく、「その隣の席が私だから」というのが大きな理由の一つなのだろうけれど。
「元気ないな。」
「そうかしら?いつも通りだけど。」
「なにかあった?」
「何もないわよ。そんなに暗く見える?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。」
毎朝恒例のお節介イベント。こうして、いつも私に「元気がない」とかいう。これでも私なりの平常値は保っているんだけど、彼にはそう見えるのかも知れない。
「そういえば、今日の学級委員会議の資料は調ったの?」
「あぁ、大体は出来てるよ。倉本は?」
「愚問ね。」
「あはは、そうだったね。じゃあ、帰りのHRが終わったら行こうか。」
ニコニコ笑う彼につられて、少しだけ笑顔になっている自分がいた。
「そうそう。」
「なにが?」
「そうやって笑ってる倉本、すごく可愛いよ。」
「な、何言ってるのよ!」
突然、普段言われ慣れない言葉を言われて、慌てて反論する私を止めたのは、始業のチャイムだった。安川くんは表情をすっと真面目な顔に変え、ノートと教科書を開いて書いていく。そんな彼が、少しだけ格好良く見えた気がした。
結局、私も真面目に受けて、6限をこなす。まぁ、一応学級委員だし、これくらいはやっておかないと示しが付かないし。隣で、同じく学級委員の安川がびっちりとノートを作成していたというも大きい。負けたくないから、彼には。
帰りのHRが担任の登場と共に始まり、連絡事項だけを伝えていく。なにを急いでいたのか、終わるやいなや猛ダッシュで教室を出て行った。廊下は走るな…って、教員がやぶっちゃったら、話にならないじゃない。
「さて、行こうか。」
「そうね。みんな待ってるだろうし。」
二人で、資料を持って生徒会室へ向かう。こうして仕事をしている時間が一番幸せ。誰かに迷惑を掛けることもないし、自分が一番、自分らしくいられる気がするから。
生徒会室に着くと、各学年各クラスの学級委員と生徒会メンバーが並ぶ。今回の議長はうちのクラス。議長回は毎回緊張するけど、今までもそれとなくこなしてきた。
だが今回は、いつにも増して激しい議論が続いていた。もはや、持ってきていた資料は役に立たないほど、私の予定していたシナリオから外れていた。
……とりあえず、もう多数決で承認に持って行くしかない。
「では、時間もありませんので多数決を取ります。宜しいですね。」
ぽつぽつと聞こえてくる返事を武器に、そちらの方で調整を図る。横で「そうだな」と納得した表情の安川くんを確認して、挙手を数え始めた。こういう時、彼の表情は凄く落ち着く。過半数はかろうじてA案ね。
「……では、過半数を満たしましたので、A案を可決いたします。」
疎らな拍手を背に黒板のA案に丸をつける。なんとか終わった。気がつくと、あと5分で6時になろうとしていた。そろそろ完全下校の時間だし、ちょっとだけ急いで帰る支度をした。
「議長、お疲れ様。」
「ありがとう。」
他の委員達が次々と声を掛けてくれる。やっと終わったことを実感して、それと同時に少し達成感。彼もニコニコと応対する。そんな中、明らかに歓迎ムードではない、少し大柄な委員たちがやってきた。たしか、一つ上の学年の委員だったはず。
「おい、議長。」
「お疲れ様でした、先輩方。」
さっきの議決に反対していた委員達だ。相当不服だったのか、イライラしていた。
「俺たちの意見が全然通らないってのは、おかしいんじゃないか?」
「最終的に多数決を取ったわけですから、公平性に問題はないと思いますが。」
とりあえず、冷静に返す。こういう時は、落ち着いて行かないと。
「先輩の意見を全面的に無視するってのは、さすがに失礼だろ。」
「あまり、論理的な意見ではありませんね。審議も時間を取って行いましたし、決議の時もきちんと同意を得たはずですが。」
何言ってるの、この先輩達。そこまでして自分たちの意見を通したかったのかしら。
「お前、後輩のくせに調子に乗るなよ!」
「年齢ですか?それだけだったらこの会議いらないですよね?」
「なんだと?」
ものすごい形相でこちらに迫ってくる先輩達。少しずつ後ずさりしながら私は逃げる方向を考え始めた。私は間違ってない。その自信はある。でも、今にも殴られそうな、そんな雰囲気だったから。
「先輩。」
そんな中、教室に響いたのは他でもない安川くんの声だった。いつもの笑顔でゆっくりと近づいてくる。どうしてこんな時に笑ってられるのかしら?
「なんだ、安川。お前だって議長だっただろ?!なんとか言えよ。」
机を叩いて我を忘れる先輩達に対して、安川くんは表情一つ変えずに言った。
「先輩方。私達の進行で至らない点があったことはお詫び致します。先輩方の案はとても筋が通っておりましたし、私達を含め、とても良い案だったと思います。」
「それなら、俺たちの意見を通すべきだって言ってんだけど?」
「しかしこれだけ議論が白熱したのは、後輩の出してきた案もそうだったから、ということなのではないでしょうか。」
「ま、まぁそうなんだけど。」
「今後の進行を踏まえて、心苦しい形でしたが今回は多数決の結果彼らの案になってしまいました。しかし、先輩方の案の良いところを取り入れることで、より良いものになっていくと思うのです。」
「そ、そうだな。」
「これからが勝負です。どうぞよろしくお願いします。」
深々と頭を下げる安川くん。気がつくと、先輩たちは冷静さを取り戻していた。
……あれ? もしかして私を助けてくれたの?
「ごめんな、倉本。先輩なのにカッとなっちまった。」
「えっ、あっ……いえ。別に気にしてませんから。」
そうよね…。やり方はどうであれ、先輩達もまた、学校を良くするために準備してきた案だからこそ、これだけ熱くなれたわけだから。そう思うと、頭ごなしに否定していた私の対応はものすごく失礼だったんだな…と、少し反省。
じゃあ、と手を振りながら去っていく先輩達の背中を見送った。残されたのは、私と安川くんの二人だけ。
(怒ってないかな……)
恐る恐る振り返った時に見えたのは、いつもと変わらない安川くんの笑顔だった。
「じゃあ、教室に戻って帰る準備しよっか!」
「えっ?! あっ…そ、そうね。」
そういって、教室を出て行く彼の背中が、いつも以上に大きい気がした。
結局、私独りじゃ何も出来なかったんだ。隣に彼がいつも何気なく、気に掛けてくれていたからこそ、こうして頑張れている。こうして仕事が効率よくこなせているのも、彼のおかげ。どんなに独りで解決できないことも、彼とこうして解決出来てきた。
……私は、独りじゃなかったんだ。
教室に戻り、鞄に資料や教科書を詰める。隣で同じ作業をする彼につい見とれてしまう。こうして考えると、彼の存在が如何に大きいかが分かってきた。なんで、気づかなかったんだろう。私は彼が必要だったんだ。
どうしたら、感謝の気持ちを伝えられるだろう。
……どうしたら、彼に認めてもらえるだろう。
「なぁ、倉本。」
「な、なに!」
「冷静さを欠いた人間に正論は、『火に油を注ぐ』ようなものだ。」
「わ、分かってる。」
真面目な表情をして、こちらの方をみる安川くん。
「でもさ。」
「な、なによ。」
やっぱり、怒ってたのかな……。
彼の手は勢いよく私の頭の上に移動し、そのまま優しく私の頭を撫でてくれた。
「……よく頑張ったな。」
「えっ……。」
心の底から体が温かくなっていったのが、自分でも分かった。
その一言が……その一言だけが、私は欲しかったんだ。
「なんのこと?私はいつも通り」
「強がるな。大丈夫だから。」
……あれ?私、泣いてる?
「頑張ってくれて、ありがとう。」
そういうと、泣いている私をぎゅっと抱きしめてくれた。落ち着くまで、ずっと。
…優しく、でも強く。
◇◆◇◆◇
「ねぇ、安川くん。」
「ん?」
「……私、あなたのことが好きになっちゃったかも知れない。」
私の口から、自然にあふれてきた言葉だった。自分でも分かっている。それが彼に対する「告白」だということも。もしかしたら、それによって彼と今のままじゃいられなくなるかもしれないことも。だけど、後悔は無かった。私がそうしたかったから。
「そっか。」
ゆっくりと私を抱きしめていた腕が外れていく。
「やっと、こっち向いてくれたんだね。」
そういうと、静かに自分の唇を、私のそれに合わせた。
……それは、私にとって初めての、そして一番幸せなキスだった。
「いままで、ありがとう。これからもよろしくね。」
「そうそう。笑ってる倉本が一番だよ。」
「恥ずかしいから、それは言わないで。」
「俺、正直だからさ。」
<Epilogue>
朝、6時半。眠りから覚めて制服に着替える。リビングについて食卓に向かったところで、誰かが待っていてくれるわけではない。前の晩に自分で用意していたおかずと、炊いておいた白ご飯を茶碗に盛った。私の今日の朝ご飯も独り。
いつも通り付いているテレビの音が、家中に響く。それ以外の音は何もない。楽しそうにガヤガヤと笑うワイドショーを横目に、私は顔を洗い、歯を磨き、髪をとかす。なにも変わることのない日常を今日も過ごす。そして、いつもの時間に彼女がやってくる。
「麻子、おはよう!」
「すぐに行くね!」
今日の通学も、いつも通りだ。
「麻子、今日元気そうじゃない♪」
「そうかしら?」
「活き活きしてるっていうか、なんて言うか。」
「そう見えるなら良いことね。」
「まぁね。」
いつも通りのはずなのに、今日の私はいつもと違うらしい。それを感じてか、彼女もまた活き活きしていた。朝、こうして楽しい気分でいられるのも彼女のおかげ。
「ねぇ、里奈。」
「ん?」
「ありがとう。」
「えっ?アタシに?」
「言いたくなったの。」
「そっか。じゃあ、どういたしまして。」
「相変わらず、里奈らしいわね。」
「なにが?」
「なんでもない。」
「気になるじゃない、教えなさいよ!」
ねぇ、里奈…。
少しは、アナタみたいになれたかな?
次回のテーマは「クーデレ」です!お楽しみに!




