ビター・バレンタイン
私は、中学時代から幼馴染の男の子の事が好きになっていた。
部活の先輩から怒られた際に「おまえはがんばってるよ」と励まされたことがきっかけだった。
その幼馴染は俗に言うイケメンで、その上とても大人びて見えた。だからつりあう人間になりたかった私は部活も勉強も頑張り、おしゃれにも気を使った。
だけど、少し気がかりなことがあった。幼馴染はよくクラスメイトの男の子たちとつるんでいた。1人は同じ中学の子で小柄で温厚な人。もう1人はちょっと不良っぽいけど成績は優秀な人。この2人とばかりつるんでいるように見えて、なんか面白くなかった。
それでも、友達に応援されてデートに誘ったり、お弁当を作ったりしてアプローチして……。幼馴染も誘いに応じてくれたり、お弁当をおいしそうに食べてくれたり、と少しは脈があるかな、と想っていた。
そんな日を積み重ね、バレンタインに告白しようとチョコレートを作った。
バレンタイン当日。
私は思いきって幼馴染に電話をかけた。ちょっと話したい事があるから、と。でも、相手は既に出かけていた。
「今、どこ? ちょっとだけ時間くれる?」
「……今は、無理。大事な用事だから」
「……そう。それじゃあ、いつならいい?」
私の問いかけに、幼馴染はしばらく黙ったままだった。だけど、聞き覚えのある2人の男子の声に私は思わず「誰?」と言ってしまう。
「ちょっと、今日は無理」
「今日じゃないと駄目なの。少しでいいから時間欲しいんだけど……」
そこまで言った時、幼馴染は「わかった。今、学校近くの公園に居る」とまるで困ったような声でそう言った。
公園に行くと、クラスメイトの2人がいた。私は幼馴染に「2人きりで話したい」と言う。けれども、そう言った途端、温厚な子の表情が曇り、不良っぽい人もまた警戒しているように見えた。
「ちょっと、行ってくる」
幼馴染はうなづいて、私と一緒に来てくれた。だけど、私が鞄から包装したチョコレートを出すと「だろうな」と呟いた。
「だろうなって……。予測したから、観念したみたいな言い方ね」
何故だろう、それだけで願いが叶わない予感がした。
「まぁな。それに、俺の本音を言っておきたかった。俺は、――の事が好きなんだ。だから、バレンタインにデートに誘ったけど、――がいてさ」
告白する前に、言われた言葉に、私は「え?」と首をかしげた。
「相手、男の子じゃない」
「だから何なんだよ。好きで悪いのか?」
そういわれて、私は物凄く居心地が悪くなった。
「おまえの気持ちは、うすうす解っていた。だけど、俺は――の優しいトコに惹かれててさ。確かにおまえもとっつきやすいし、気兼ねなく話せる。けど……なんていうか、ときめかないんだよな」
「……なによ、それ」
私はどういう顔をすればいいのかわからなかった。チョコレートを鞄に仕舞い、幼馴染を見上げる。振り向いて欲しくて、釣り合いが取れる人になりたくて頑張っていたのに、バカみたいじゃない。
「気持ちは、嬉しいよ。でも、その、近すぎたっていうか……。妹みたいな感じでさ……」
その一言一言が私の胸をえぐっていく。私の気持ちは筒抜けで、恥ずかしい。それに、私の気持ちは迷惑だったのかもしれない。なんだろう、この徒労感。そして、恋愛対象に見られていなかった現実が、喉を圧迫する。
ねぇ、私じゃだめなの?
その言葉だけは惨めになるから言うまいと、必死に堪える。泣くのも嫌だ。しばらくの間何も言えず俯いていると、幼馴染はぽん、と私の頭を撫でた。
「ごめん」
「やさしくなんか、しないでよ」
手を払いのけて、睨みつける。そして、笑った。
「帰るね。邪魔してごめん。……もう、お弁当も作らないし遊びにも誘わないから。その方が、貴方も楽でしょ? 無理してつきあわせちゃってて悪かったよ」
早口になりつつもそう言って幼馴染の横を通り抜ける。そして、「バイバイ」と言って公園を出た。早く、立ち去りたかった。とにかく、1人になりたかった。なんか、酷くむしゃくしゃしていた。
作ったチョコレートの包装を1人、家で解いた。私しかいない家の中で、作ったチョコレートを口にする。ほんのり苦いトリュフは、中々の出来だと思っていたのに、酷く不味く感じた。
「バカみたい……」
頬を伝わる物は無視しよう。感情が止められないから、そのままにしたい。でも、誰にも見せられない。見せたくない。明日から学校だけど、どんな顔して幼馴染達に会えばいいだろう? 応援してくれた友達たちに何といえばいいだろう? 色んなことが頭を巡り、体は冷たくなっていく。
本当にバカみたいだ。1人で踊っていたみたいで。結局、私は、見てもらえていなかったんだ、と思うと、むなしくて、かなしくて、仕方が無かった。
いつも学校に行くとき、誘っていたけれども、それも終わりだ。
明日からは、1人で行こう。
その隣に、もう幼馴染が並ぶ事は無い。たとえ向こうが声をかけても。
翌日。
私は学校で1人気まずい気持ちになっていた。幼馴染は相変わらず好きだと言っていた相手と、そのライバルと一緒に過ごしている。友達は私の様子から察し、声をかけてはくれたが私は応援してくれたことへの礼と、ただふられた事だけを告げることしか出来なかった。私は一人チョコレートを口にする。けれども、口の中は苦いまま。きっと、これからも、チョコレートを口にする度にあの苦さを思い出すだろう。
(終)
読んでくださり、ありがとうございました。