私の牙と彼女のディナー
私に牙が生えたのは、初潮を迎えて3年目の生温い夜だった。
尖った月は、居心地が悪いのか姿を隠し、膨れた雲が、それでも星を食べ続けていた夜遅く。
排泄場所がわからない成人男子を横目に、食後の滑った唇が原始的な女性が、デザートか、または先ほど食べたのは前菜で、メインディッシュなのかはわからないが、それらにあたるであろう食事を、目を血走らせながら探していた。
「…こんな時間に何してんの?早く家に帰りな。似合ってないよ」
彼女の目から生気が抜けた。先ほどまで滑っていた唇が渇き始めるのを見守っていた私に気付き、そっと手招いて見せた。
「…家出?…早く帰んな。私みたいになるよ、あはは…」
低い笑い声と垂れた目尻がアンバランスに見えて、そして同時に再び目を血走らせた彼女に、違和感と既視感を覚えて手が汗ばんだ。
相変わらず雲は太り続け、食べかすのような星も消えかけた頃、彼女はその雲によく似た食事にありつけたようだった。
「…早く帰んなー。あんたにはまだ早いよ。味もわかんないうちは大事にしときな」
もう朝が近いのだろうか。
黒い猫が輪郭を取り戻し始めて擦り寄って来た。辺りは知ってる匂いが立ち込めて、その匂いのもとが、夜露を纏った誰かの家の生け垣からだと言うことを、視覚からも確認することが出来るようになっていた。
私は、生え始めた牙とさっき彼女に感じた既視感が、近い将来必ず繋がるような気がして、安堵したと同時に胸がたかなった。
彼女がいつかの私なら、今は時期じゃない。
彼女は知っていた。生え始めたばかりの牙じゃ、うまいもまずいもわからないこと。
どうせ食べるなら、立派に育った牙で思い切り噛み付きたい。その方が肉汁もたっぷり出てうまいだろう。
家に帰る道なりで、霧雨が降ってきた。 空を見上げると、伸びきった曇り空がただ拡がっているだけだった。
彼女もこんな汗を浴びながら、フルコースを堪能したのだろうか。
家に着くなり、近い将来必ず会うだろう彼女を思って、私は自分の部屋で牙を研いた。
また雨が降ったら、月も星も見えない夜に、彼女に会いに行こうか。
牙を研いた事、誉めてくれるだろうか。
おわり