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ニンゲン進化論  作者: 美原シアン
第一章 舞い振る白い羽
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9

 すっかり日も西へ沈み、あちらこちらで虫たちが産声を上げ始めた頃。

 軍服の女性こと、江田ノエルは、複雑な面持ちで廊下を歩いていた。心中は、今日湖で捕縛した中杉解と呼ぶ青年のことでいっぱいだった。


 彼のブレイン脳力といわれるもので、全員が事なきを得たが、政府のまわしものだという疑いも捨てきれない。それはもっともだ。

 彼が本当に殺されることを恐れ、討伐団体から逃げたのだとしても、あまりにもタイミングが良すぎたのだ。


 すぐさま政府に追われ、そして偶然にも彼の提案で、ピンチを切り抜けた。それがノエルの目には、まるで最初からシナリオが決まっていたかのように映っていた。

 あれから政府に追尾されていないか、何度も確認をした。発信機を付けられていないか、ガジェット周りを隈なく調べた。


この秘密の砦へと帰還してきた後も、全ての入口を封鎖し、カモフラージュ用に量子ステルス物質の布をかけて、下の物に見張りを指示している。

 監視モニターももちろん起動中で、アームシステム(腕時計の形をした小型モバイル機)から発せられる光ディスプレイから、いつでも様子が見れるようにしている。アームシステムは全ての幹部らが装着しているため、いつどこで、何があったかを、簡単な操作ですぐに表示させることが出来る。

 そんな得体の知れない人物だ。ノエルは当然、地下牢へ入れると思っていた。だが違った。


 疾風は、客室で寝かすようにと指示を出したのだ。

 医務室ならまだ、分からないでもない。彼も衰弱し昏睡状態であり、左手首には刃物で斬りつけられたような傷もあった。わずかだが治療も必要になるだろう。

 だが、いきなり客室だ。ふかふかなベッドに完璧な空調設備が成された、マンションの一室のような客室だ。しかも世話係として、一人の若い使用人まで置くという。


 疾風だけは、別の何かを彼に見出しているのだろう。しかし、疾風の脳内での判断から確定までが、あまりにも早すぎるためか、ノエルには到底納得できるものではなかった。


 いつも疾風から指示された事は、黙ってそれを遂行してきた。何一つ失敗することなく、だ。疾風の言うことは組織をより良い方向へと向かわせる。そう信じて疑わなかった。

 いや、今回の指示も、疾風自身を疑っているわけではない。ただ、何故このような扱いをするのか。敵かもしれない相手に有利な環境を与えてしまうのか。一歩間違えれば、組織の存続自体が危ぶまれる事になるのだ。


 仮に彼がシロだとしても、彼は美羽の『羽』を見てしまった。口封じのために牢屋へ監禁するか、殺すかの処置をとらないといけないのだ。

 これだけは、疾風の口からはっきりと真意を聞くべきだ。そう思ったノエルは、軍靴の音を響かせながら、疾風のいる書斎へと向かっていった。

 


 三階の書斎前。木造りの大きな扉をノックする。


「どうぞー」


 すぐに返事がきた。ドアノブを捻り、中へと入った。


「ノエルです。失礼します」

「おーノエル。今日はご苦労様! 大活躍だったね~!」

「お褒めのお言葉、ありがたく頂戴いたします」


 ノエルは腰を四十五度まげて、礼儀正しく辞儀をした。


「そんなにきっちりしなくていいのに。もうキミは軍人じゃないんだからさ!」

「……すでに身体に染み付いてますので」

「あんまり堅苦しいのは止してくれよ~」


 疾風は「ははっ」と笑いながら、ずれかけたスクエア眼鏡をかけなおした。

 書斎机の上には、大量の本と書類が山積みになって置かれていた。

 月刊誌の科学本『サイエンティスト』、脳力解析本『エターナルブレイン』、そして古代歴史書『アトラス』などなど。どれもノエルからすれば、タイトルを聞くだけで眉をひそめてしまうような、難しい本ばかりだ。


「で。ちゃんとカイ君を客室へお連れしたかな?」

「はい……現在、二〇一号室にて、寝かせております」

「そうかー。カレ、早く目を覚ますと良いねぇ。聞きたいことが山ほどあるよ!」


 疾風は嬉しそうに、手にとっていた古代歴史書のページをめくった。その瞳はきらきらと輝きに満ちている。


「疾風様。中杉解の処遇のなのですが……」

「ん? 何だい?」

「何故、彼を地下牢へ入れないのでしょうか? 危機を脱する手引きをしたとはいえ、政府のスパイだという可能性も大いに考えられます。そして彼は美羽様の『羽』も目撃しています。なのに客人として招くとは……一体、どういうおつもりでしょう?」

「どういうつもり、かぁ」


 疾風は読んでいた本をパタリと閉じて、ノエルへと視線を向き直した。そしてはっきりと告げた。


「結論から言うとね。カイ君を――ボクらの組織、『フェザーエッジ』に引き込む」

「えっ? ほ、本気ですか!?」

「もちろん、マジ本気のマジよ」

「疾風様! それはあまりにも危険すぎます!」


 ノエルは声を荒らげて言った。気づけば書斎机に身を乗り出していた。山積みになっていた本が雪崩のように床へと落ちていった。


「ちょっとノエル!? 興奮しすぎ」

「これは組織の存続に関わる重大な問題です。明確な回答を要求します!」


 いつになく感情的になったノエルをみて、疾風は少し面食らったようだ。

 しかしすぐいつもの笑顔に戻ると、疾風は落ちた本を拾いながら言った。


「ノエルの言いたい事はもちろん、分かっているんだ。他のみんなにも全く同じ事を言われたからね。でも、みんなはカイ君を政府のスパイかもと疑っているようだけど、ボクはもう、それはないと確信したよ」

「なぜです? どうしてそう言い切れますか?」

「それは今日、カイ君が見せた『脳力と思わしき力』に関係があるんだ」

「?」


 確かに、ピンチを救った中杉解の力は、今まで見てきたどの脳力にも当てはまらない。

 だが、それがスパイではないという確たる証拠にはならない。


「難しい顔をしているねぇ……じゃあ、順を追って説明しようか。まず最初に、カイ君の脳力に疑問をもったのは、追っ手から発砲を受けているときだった。カレは、ボク達が実弾と思っていた弾丸を、ゴム弾だと言い切った。そして、『装甲にへこみすらつけず全て弾き飛んでいる』って、言ってたのを覚えてる?」

「はい、そう言っておりました」

「でも、よくよく考えてみるとそれって、絶対に不可能な事だよね? いくらエアロガジェットの窓が広かろうと、カレが這いつくばっていたあの位置からは装甲の様子なんて絶対に見えない。というか、窓から覗き込まないとまず無理。

 まぁでも、その時は、カレがゴム弾だと確信したからこそ飛び出したハッタリなのかなぁと思ってさほど気にはしてなかったんだけど……次にまた、あの岩盤で兆弾を狙うときに、あれ? ってなったんだ」


 反重力システムを停止してからの、空中落下射撃。中杉解は無茶な難題を押し付けてきたが、ノエルには全く問題にもならなかった、あの時だ。


「……確か、団体から逃げるため、周辺の地理を調べた、と」

「そう。でもそれっておかしいよね? それまでずーっと目隠しされてて、どこを通っているのかボク達でも分からなかったのにさ、岩盤むき出しの急斜面がある、とか、一帯の鉱石はかなりの強度を持っている、とか、恐ろしく具体的な事を言ってるんだよね。実際、全部あたってたし」

「……政府から何かしらの信号を受信していた可能性は?」

「それも考えたんだ。最近はコンタクトタイプのディスプレイもあるっていうしね。でも、そんな疑問も、噴射バーストを行った時点で全部吹っ飛んだんだ。在り得ないんだよ!」


 疾風は興奮を抑えきれず、ばっと両手を広げて立ち上がった。回収しかけていた本が再び床へと落ちていった。


「カイ君は! サブタンクの取付口は二つあるって言ったんだ! これはおかしい。どう考えてもおかしい! だってさ! エアロガジェットのサブタンクは、どの車種も一つしか備わってないんだ。ボクたちの使っているエアロガジェットは、つい三日前にサブタンクの取付口を二つに改造を施したばかりなんだから! それをカイ君が知っているのは、ありえない事なんだよ!」

「そ、それは……内部の情報が、せ、政府に漏れていたって可能性も……」

「もし内部にスパイがいて情報が漏れたとしても、だよ? そんなサブタンクの取付口の数なんてしょうもない事、いちいち教えておく? どうでもいいよね?」

「た、確かに……そうですね……」

「つまり、カイ君だけには見えていたんだ。『脳力と思わしき力』でね」

「っ……」


 ノエルは言葉を詰まらせた。疾風の言うことは実に的を得ていたからだ。

 思えば、中杉解の突拍子もない発言に振り回されていた。こいつの言うことは虚言だ、聞く耳持もたぬと思い銃口を向けつつも、その引き金を引くことが出来なかった。

 それは、心の中にもしかしたら……と、疑心暗鬼になっていたからかもしれない。そしてあまり深く考える時間もなく、中杉解の提案で危機を乗り越えることができた。

 全てがうまく行き過ぎて、政府のまわし者ではないか、という事だけに執着してしまっていた。


 冷静に考えてみると、中杉解の言動はおかしいと分かる。疾風の説明で、政府と関わりがないのだという事も理解できる。だが、易々と認めたくなかった。

 前代未聞の脳力を駆使する人間だ。

 自分や他の皆には気づかれない方法で、政府と連絡を取り合っているのかもしれない。


「んー、まだ腑に落ちない顔をしてるねぇ。まぁいいさ! ノエルはカイ君を信じられなくても。カレを見るフィルターは種類が多いほうが、いざトラブルになったときに迅速に対処できるしね。でもボクは一切疑わないけどね」

「……すみません。しかし、疾風様のおっしゃる事は理解できました」

「うん。ならいいよ。だけど、カイ君を組織に引き込むのは決定事項だからね」

「はい」


 疾風は、中杉解の脳力と思わしき力を求めてるようだ。敵に捕まらずに死線を潜り抜ける、フェザーエッジにとっては渇望するほどの、大きな力だ。

 だが、ここでノエルはある引っかかりを感じた。

 彼の脳力が曖昧すぎるのだ。

 彼の口から聞いた脳力の詳細は『逃亡ルート』が白いもやとなって導いてくれる、というもの。肉眼で見ないと駄目なようだが、問題はそれではない。

 何故、サブタンクの取付口が見えたのか、だ。

 白いもや。地形。ゴム弾。装甲の凹み。政府の包囲網……

 そこではっと気づく。

 まさか彼は――いや、在り得ない!


「疾風様……も、もしかして中杉解は……」

「おっ!? どうやら気づいたようだね。カレの本来の脳力に。そして、ボクがカイ君を組織に引き込む最大の理由……」




「カイ君には――脳力と思わしき力が『二つ』ある!」




 ノエルの体が震えあがった。

 一つの体に、未知なる脳力が二つも宿っているなど、とても信じられない。信じる事が出来ない。

 本来は全く別の脳力なのにも関わらず、それを偽りながら脳力を使った可能性も考える。が、ならどんな脳力かと思考を巡らせれば巡らせるほど、訳がわからなくなる。

 そもそも、疾風の脅しを受けて白々しく嘘がつける状況ではなかった。となると、やはり脳力が二つ備わっている、というほうがしっくり来るのだ。


 中杉解の言った、逃亡ルートが白いもやとなってみえる脳力は、本物だろう。

 そしておそらくもう一つは、あらゆる物体を見通す脳力――


「まさか、透視……ですか?」

「ピンポーン! 正解!」


 生唾を飲み込む。

 脳力とはすなわち、リミッターを解除した演算子装置のようなものだ。人間が進化の過程で置き忘れてきた力を百パーセント、引き出すことができる。

 だがそれは、最初から脳の片隅に記憶されていたものを呼び戻すだけであり、自分が持っていない脳力は使えない。


 なので、脳力は三つのタイプに分類されている。ブーストタイプは身体強化を。ブレインタイプは五感、知識の強化を。エレメントタイプは、自然の力を自由自在に操ることが出来る、人間の突然変異種である。しかし、何故、自然の力を操作できるのか、その謎は未だ解明されていない。


 透視の脳力は一見、ブレインタイプと取れるのだが、違う。エレメントタイプでもない。

 そもそも、透視が出来る生物など、地球上存在しない。

 まさに神の所業。

 故に、透視は脳力というカテゴリに、当てはめられないのだ。


「分かったかい? そんな化け物じみたカレを、みすみす野に放っとく訳ないでしょ?」


 跳ねるような声でそう言うと、疾風は椅子腰をかけて、ぐるぐると回りだした。感極まったときに彼がよくやる癖だ。

「し、しかし、もしそうなら尚更、逃がさないように牢屋に入れるべきでは……」

「何言ってるんだよー。いくらカレが力を持ってると言っても、敵でもないのに無理やり牢屋に入れたり、傷つけたりしちゃダメダメ! いつも言っているけど、ボク達は『反政府組織であって反政府組織ではない』んだから」

「……はい。出過ぎた事を言ってしまい申し訳ありません」


 ノエルは慌てて頭を下げる。


「それにカイ君、逃げないと思うよ?」

「?」


 それは何か確信めいた、含みのある言葉だった。ノエルはそれ以上何も言えずに口をつぐんだ。


 中杉解の力が本当に透視ならば、仲間に引き込むに越したことはない。

 強固な包囲網を避け、時には脅し、相手の秘密を暴く。最強の交渉カードを手に入れることになる。

 それでも、ノエルの中には一抹の不安が残っていた。そう思い込ませるのが、中杉解の手段なのかもしれない、と。

 彼の脳力がはっきりと分かるまでは、目を離さずに監視を続けようと、ノエルは思った。


「でも、なんかカイ君自身も、脳力のことをよく分かってないみたいだったねぇ。目が覚めたらいろいろと聞いてみようっと……よし、話はここまで!」


 疾風は書斎机の端に置いてあった恐竜の時計を見やった。時刻は二十時を回ろうとしていた。

 立て掛けてあった深緑色のジャケットを羽織ると、かけていた眼鏡をコトンと机に置いた。


「時間だ。ちょっと出かけてくるよ。それまで留守番、よろしくね!」

「え? こんな時間からですか? 一体どちらへ……」


 ノエルの前を通り過ぎ、ドアノブに手をかける。そしてくるりと振り返り、疾風は意気揚々と答えた。



「異端者を迎えにいくのさ」



一章おわりです。

ここから更新ペースが落ちます。

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