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ニンゲン進化論  作者: 美原シアン
第一章 舞い振る白い羽
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8

「おかしいと思わなかったのか? 追ってくるやつらはこれだけ発砲して、数発は確実にもらっているというのに、装甲にへこみすらつけず全て弾き飛んでいる事に。実弾で無傷なんて、どんな強力な装甲でもありえない。考えられるのは一つ。やつらが撃って来ているのは――ただのゴム弾だからだ」

「まさかー? それはないでしょ! ガジェット内部からリアゲートの装甲の表面なんて見えるはずがないんだしさ!」


 青年はありえない、と、両手を挙げて大げさなリアクションをとって見せた。

 解は言葉を続ける。


「……あんなのは音でわかるもんだ。そして、それさえ分かってしまえは、政府の狙いもはっきりとしてくる。この辺りの地理は、俺が昨日、地図で必死に逃亡ルートを探していたから良く覚えているが、若干切り開かれた一本道が、しばらく続いているはずだ。そこを過ぎると国道に出るが、十中八九、その先で政府が罠を張っている。うしろのガジェットのやつらは、そのポイントまで俺達を誘導するために、威嚇射撃を繰り返しているんだ」

「全然意味がわからない。どうしてそう言い切れるんだい? 本当ならボク達の居場所なんて知られるはずがなかったんだし、事前に罠なんて張れっこないのにさ!」

「そう言われても、これ以上詳しい説明はできない。俺の脳力を信用してもらうしかない。それに――もうあまり時間がない。追っ手を撃退できるポイントを逃してしまう」


 白いもやのルートは、少しずつ濁りを強めていた。

 おそらくこのルートは、途中までは安全を保てるのだろうが、あるポイントで何らかのアクションを起こさないと逃げ切れないのだろうと感じていた。

 それは、そのポイントとやらに、解は心当たりがあったからだ。


「まぁ……チャンスをあげたのはボクだしね。どうもよくわからないけど、キミの指示に従うよ」


 腑に落ちない表情を浮かべて青年は言った。


「感謝する。それでだが、この中で、一番射撃が得意な者はいるか? そいつに頼みたい」

「射撃? ああ、それならノエルしかいないね」


 車内全員の視線が、軍服の女性に集まった。

 今時、精度の悪い火薬銃を愛用し、他から信頼も寄せられているということは、彼女は相当な実力者であることが伺える。


「ちっ、得体の知れぬ輩に命令されるのは癪に障るが、疾風様のご決断とならば、仕方ないか……で、わたしは何をすればよいのだ?」


 軍服の女性はガンホルダーに手を伸ばし、巨大なリボルバーを取り出した。


「ここから少し進むと、岩盤むき出しの急斜面があるはずだ。天井のサンルーフから身を乗り出して、その岩盤目掛けて撃って欲しい」

「岩盤? 直接狙わないのか?」

「ああ。ガジェット周りの装甲は硬いからな。兆弾を利用して、ガジェットの一番脆い部分、エアロ下を狙う」


 解の『調べ』によると、この一帯の鉱石はかなりの強度をもっていた。

 弾丸を斜めに当てさえすれば、兆弾の行方も、おおよそ狙った場所へ当てることが出来る。

 ただ問題は、身体に重力や風の抵抗を受けた、非常に不安定な状態から射撃をしなければならないということだった。

 低反発重力システムは、密閉された空間でしか作動しないからだ。


「なるほど! ホバー部分に当ててスピンを狙うんだね! でもそうなると、低反発重力システムが解除されることになっちゃうけど、ノエル、いけそう?」

「はい、特に問題ありません」


 軍服の女性は、表情一つ変えずに言い切った。


「さっすが! 期待してるよ。で、キミ。一体どのタイミングでやるつもりなんだい?」

「ガジェットが斜面を飛んで、着地する瞬間だ。今の速度と追っ手との車間距離を考えると、丁度そのタイミングで、追っ手のガジェットが斜面に差し掛かるはずだ。エアロ下に空間が出来たときが狙い目だ。合図は俺が出す」

「なんか、いろいろと凄いこと言うね。キミ」


 青年は目を丸くする。確かに他人から聞けば、解の言っていることは何の根拠もないただの虚言だ。

 それに命を預けろと言うのだから、頭の中は不安で支配されているのだろう。

 皆の表情は一層険しさを増しているように見て取れた。――青年以外は。


 青年だけは、またあの不気味な薄ら笑いを浮かべていた。

 だがこの感じは、先ほどの殺気とは全く質が違うものだ。それはまるで、ようやく手にした宝物を、笑いを押し殺しながら眺めている少年のようだった。


 人の顔色を伺いながら生きてきた解は、表情や言動から、相手の感情を読み取ることに長けていた。

 しかしこの青年に限っては、何を考えているのかさっぱり分からない。

 むしろこの状況下で余裕こいて笑ってられるほうが、本来おかしいのだ。


 自分に圧倒的な力が備わっているが故の余裕なのかと、解は身を震わせながら、青年から視線を逸らした。


 木々の間を縫うようにして走っていたガジェットは、草を刈り取られたような平らな一本道を進んでいた。

 窓の外に映った景色が、残像を残しながら、右から左へと流れてゆく。

 道を挟むようにして、両脇に杉の木が立ち並んでいるところから、おそらくここは、インベルが現れる前に作られた林道なのだろう。


 解はパーテーションで区切られた透明ガラス越しに、前の様子を伺った。

 地面の雑草は徐々に数を減らしていき、やがて茶色の岩盤がちらほらと目に付き始めている。

 そろそろ作戦を開始しないといけない。


「数十秒後に低反発重力システムを停止してくれ。合図は俺が出す。それまで全員は、どこか身体を固定できるようにしてくれ」


 強い口調で解は周囲に伝えた。

 車内に椅子などというものはない。そのため、壁際や床下から天井にかけて伸びた、身体固定用パイプが後席の四隅に設置されていた。


 各々が身体とパイプを安全帯で縛り、重力に耐えれるように対策を採っていく中、軍服の女性だけは、サンリーフの両サイドに取り付けられたアシストグリップを左手で握り、右腰側から伸びる極細のワイヤーを反対側のアシストグリップに掛け、天井に張り付つくようにして待機していた。


「みんなー、ちゃんと固定したかい?」

「ああ、大丈夫だ」

「はい、こちらも大丈夫です……」


 車内のあちこちから声が上がる。

 全員の準備が整い終わった頃、解は自分だけ何も出来ないでいることに気が付いた。背中の後ろに手を回され、手首を手錠でがっちり固定されているため、身動きをとろうにもとれない。

 このままだと車体が着地した瞬間、宙に浮いた身体を、激しく床に叩きつけてしまう。


 解のうろたえている姿を見かねたのか、青年はにこやかに近寄ってきた。

 新たな手錠を手首と足首に掛け、それぞれを鉄の柱へと繋いだ。


「これでキミも大丈夫! さあ、ちゃんと仕事をしておくれよ」

「あ、ああ……」


 一難去り、解は心を落ち着かせると、再び外の様子を伺う。地面には濃い茶色の絨毯が広がっており、遠目に急斜面が映ってきていた。


「今だ。反重力システムを切ってくれ!」

「オーケー!」


 合図してから一秒と経たずに、強烈な振動が車内全体を揺さぶった。

 解は床に這い蹲りながら、必死に歯を食いしばる。そしてガジェットは、いよいよ急斜面へと差し掛かった。


「飛ぶぞ! 柱にしがみ付け!」


 解が叫ぶと同時に、筋肉と内臓が解離しそうな浮遊感を覚えた。ガジェットは高々と宙を舞っていた。


「キャアアアアッ!」


 翼の少女が悲鳴を上げた。

 それはまるで命綱の切れたバンジージャンプ。先の見えないダイブに皆、必死に柱へとしがみ付き、ただひたすらに自身の無事を祈っている。


 ガジェットが落下運動をはじめ、重力が解の肺を押しつぶしてゆく。息が出来ない。だが、ここが一番の勝負どころだった。追っ手のガジェットが迫ってくる。今だ!


「う、てっ……!」


 肺に残っていた全ての二酸化炭素を吐き出す。

 と同時に、がちゃりとサンルーフが開いたかと思うと、鼓膜が張り裂けそうなほどの爆発音が辺り一面に鳴り響き渡った。

 そして、気が付くとサンルーフの扉はすでに閉じられており、それを目視した青年が低反発重力システムのスイッチを入れた。起動までのタイムラグは多少あったものの、身体にはびこっていた重力の鉛は次第に剥がれ落ちていく。

 やがて何事も無かったかのように、ガジェットは元の林道ルートへと着地したのだった。


(追っ手は……どうなった?)


 解は床に這い蹲ったまま首だけを振り向き、外の様子を伺った。

 そこには、くるくるとスピンしながら、力の抜けたフリスビーのように宙をたゆたうガジェットの姿があった。

 軍服の女性が放った弾丸が見事命中したようだ。左のエアロ下からは裂けた様な跡が見えた。

 左右のバランスがかろうじてとれていたことから、おそらく安全装置が働いているのだろう。

 追っ手のガジェットは大きく脇道にそれていき、徐々に高度を落としながら、森の木陰へと消えていった。


「ひゅーっ! さっすがノエル! オートエイムの名はダテじゃないねぇ」


 涼しげな顔で口笛を鳴らす青年。

 軍服の女性もまた、平然たる素振りで腰に巻いていたワイヤーを外し、天井から降りてきた。


 解は自分でも残忍だと思えるほど、無茶苦茶な要求を突きつけたつもりだ。

 それを顔色一つ変えず、さも当たり前のように遂行したのだ。そして発砲後の青年の動きも、恐ろしく滑らかだった。

 着弾など見ていない。外すことなどありえない、と。彼と軍服の女性の間には、誰も引き裂くことの出来ない、強い絆と信頼で結ばれているようだ。


 現在、日本には多数の反政府組織が存在する。

 ほぼ独裁政治となって舵をにぎる政府のやり方を良しとしない人たちが、至る所で破壊活動を行い、自己主張を繰り返している。だが、一枚岩で成り立っている組織はほんの一握りで、統率の取れていない軟弱な基盤の組織は、政府の手によって早々に消えてゆく。

 一連の流れを見て解は思った。

 この組織は強固な一枚岩だ、と。


 追っ手を巻いたガジェットはひたすらと前へと進む。

 やがて、アスファルトで舗装された二車線道路へと合流した。各都市間へ物資を運ぶために使用する、インベル除けの装置が備わった数少ない国道だ。

 エアロガジェットが普及したとはいえ、今でも多くの四輪駆動車が使用されている。

 標高はかなり高い位置にあり、崖の中腹を無理やり削って作ったような、険しい道路だった。

 対向車がくる気配もない。ガジェットは小刻みに蛇行を繰り返しながら、道を下っていく。


 解の視界は一瞬、暗闇に奪われた。そしてまた微かな光を取り戻す。

 張り詰めた緊張が追っ手を巻いたことによりほぐれてしまったのだ。その心の隙間に、身体に蓄積された疲労感が一気に押し寄せて来た。

 それだけではなく、意図的に『もや』を見た反動も大きくのしかかっていた。


 脳力者が、自分の限界を超えた脳力を使うとどうなるのか。

 それは、例外なく視界が狭まっていく。熱を持ちすぎた脳が、度重なる力の演算に追いつかなくなるためだ。

 さらに脳力を使いすぎると、その熱を冷まそうとするため、昏睡という形で強制的に脳の機能を停止する事になる。今の解の状況もまた、それと全く同じものだった。


 激しい疲労とまどろみの中で、解はこの『もや』を見ることが、自分に備わっていた脳力だということを自覚した。

 自分は無脳などではなかった。

 発動条件があまりにも特殊なため、今まで気づかなかっただけだ。これほど嬉しいことはない。


 しかし、いくら追っ手を巻いたとはいえ、今解が置かれている立場は変わらない。

 このまま進むと、待ち伏せしている政府たちにあえなく捕まってしまう。そして、自分は青年らの手によって殺されてしまう事になる。


 解は再び神経を集中し始めた。

 おそらく次の脳力発動が最後になるだろう。何としてでも生き延びる。

 その強い気持ちが、脳の限界を超えようとしていた。そうして導き出された白いもやの道は、三つ曲がったカーブの上、つまり崖の上に伸びていたのだった。


「この先の左カーブで、ガジェットを止めてくれ……」

「おっ? 逃亡作戦第二弾の開始だね。オーケー」


 先ほどの一件があったためか、青年は何の躊躇いもなく、ガジェットを止めるように運転席の男へ合図を送った。

 周りのメンバーは訝しげな表情を崩していないが、これが当たり前の反応なのだ。


 なぜならそこは、ガードレールの下は谷底、反対車線は高さ数メートルの崖が聳え立っているだけの、ただの壁なのだから。


「貴様、まさかこの崖を飛び越えろと言うのではなかろうな?」

「そうだ……政府の包囲網から抜け出すには、この崖を越えるしか方法はない……崖の高さはこの場所が一番低い……ガジェットの『噴射バースト』機能を使えば、この高さならギリギリ超えれるはずだ」

「馬鹿を言え! 噴射バーストがどれほどのエネルギーを消費すると思っている! 超えれたとしても、残りの燃料が持たん!」


 軍服の女性がぎろりと解を睨みつける。 

 噴射バースト機能とは、ガジェットが事故などで谷底へ落ちてしまったとき、または機械的な故障などで浮力が失われたとき等に使用される、緊急脱出機能の一つだ。

 エネルギーを一斉噴射し、空高く車体を飛ばすことで、谷底から安全な場所へガジェットを移動させる事が出来る。

 が、その反面、膨大なエネルギーを消費することになってしまう。おそらく一度使用すれば、エネルギータンクは全て空になるだろう。


「まぁまぁ、ノエル、少し落ち着いて。で? キミは一体何をエネルギーにするつもりだい?」


 意図を察したのか、青年は尋ねてきた。


「俺のリュックに、汎用型圧縮ガスが二缶、あるはずだ……それを、二つとも使用してくれ……」

「ほほー、なるほど! サブタンクエネルギーに圧縮ガスを使うんだね。確かにこれを噴射バーストに使えば全然問題ないね。しかも二つ……ふたつ?」

「ああ……取付口は二つ……あるだろ?」


 青年は少し神妙な顔つきなったが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「…………あ、ああ、そうだね! うん、その通り! よし、早速取り付けよう!」


 リュックからガス缶を取り出した青年は、パーテーションの受渡口から運転席の男に渡す。

 ハンドル下のレバーを引っ張ると、中央の肘掛部分がぱかっと開き、サブタンクの取付口が現れた。そこへ汎用型圧縮ガスをセットすると、しゅうしゅうと音を立ててエアロ部分が振動を開始した。


「サブタンク切替良し。十秒後に噴射バーストモード起動」


 角刈りの男が言う。滅多に使わない機能だけに、やや緊張の色が見られる。


「あっ、低反発重力システムは起動したままだから、みんなは心配しなくていいよ。だけど、前の二人はしっかり体固定してね」

「了解です」



 最後の力を振り絞った解は、ぐったりとうなだれた。

 視界の九十パーセントは暗闇に遮られ、目を開けているのか、閉じているのかも認識できないでいた。

 せめて噴射バーストの成功でも確認しなければと、襲いかかる強烈な眠気を精神力でねじ伏せる。

 微かに聞こえるのは角刈りの男のカウントダウンと、青年のはしゃぐ声だった。


 ガジェットがエアロ部分の先端を擦ったみたいだが、どうやら無事に崖の上へと飛べたらしい。

 残り十パーセントの視界の先は、延々と続く、光り輝くホワイトロードが映し出された。


(生き延びた……生き延びたんだ……)


 薄れ行く記憶の中で、解は何度も呟いた。

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