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ニンゲン進化論  作者: 美原シアン
第一章 舞い振る白い羽
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4

 午前八時。狩りのミーティングの時間がやってきた。

 解は準備したリュックを背負い、半年間過ごした部屋に別れを告げ、外の駐車場へと向かった。

 暗殺計画を知ってから当然、眠れるはずも無く、一晩中脱走のシミュレーションをしていたために、脳は冴えわたっていた。


 失敗はできない。

 もし脱走に失敗すれば、団を追放されるだけでなく、あの地獄の収容所に逆戻りだ。

 そこから無事に出れたとしても、解の行き着く先は、脳力を持たない前世代の人間と同様に、製造工場で一生こき使われる事になる。


 それを回避するには、自分は殺された、もしくは不慮の事故で行方不明になったと他人に思わせればいい。

 役所にも、団の脱走という前科は残らないし、後に自分が見つかったとしても、命からがらインベルから逃げ、山で遭難したということにすれば、まだ狩職に携わる道はある、と、解は踏んでいた。


 駐車場に団員達が集まってきた。

 平団員四人、幹部四人、そして最後に団長が到着する。解を含めて、計十名の精鋭部隊だった。


「解クン、その左手どうしたんだい?」


 桜田輝は、解の手の包帯を怪訝そうに見つめて言った。


「は、はい。何か寝ている間に手首を捻ったらしくって……

 念には念を入れて、大げさに巻いてあります」

「そっか。まぁ、たいしたことないんならいいんだ。

 でも無理なら今のうちに断っておきなよ? 今日の狩りはかなり苦戦するだろうし、満を持して挑まないといけないからねぇ」

「は、はい。大丈夫です。頑張ります」


 自分を殺そうとしているのに、よくもまぁ白々しい事を言うものだと、解は心の中で唾を吐きかけた。

 危うく顔に出てしまいそうになり、異変を悟られないようにと、平常心を保ちなおす。


 実際、今日の狩りの相手は、かなり凶暴で厄介だった。

 『鬼』と呼ばれるインベルは、約三メートルほどの巨大な体をしており、頭には一本の角、もしくは二本の角が生えている。

 手に持った棍棒を振り回し、人間など一撃で粉砕されてしまうほどの破壊力を持っていた。一度暴れだしたら、どんな実力のある脳力者とて、決して無事では済まないのだが、この鬼がさらに厄介なのは、つがいで現れては人間を襲ってくるというところにあった。


 そこで立てられた作戦が、夜行性の鬼の寝込みを狙う、奇襲攻撃だった。

 つがいと言っても常に共に行動しているわけではなく、山林の奥にそれぞれ別の巣を作っている。

 もう一方の鬼は、そこから約三百メートルほど離れた場所に別の巣を構え、片割れが危険を感じ取ると、数分もしないうちに加勢しにやって来るのだ。


 まずは解達の小隊が、寝入った鬼を誘き出し、退治する。

 そしてもう一方の鬼が動き出したところを、銀次郎の小隊が背後から奇襲をかけ、巣から出た瞬間を見計らって蜂の巣にし、息の根を止める、というものだった。

 もし解達の小隊が出口でし止め損なった場合は、脳力を持つ団員達が鬼の背後を攻撃できるよう、解が囮とならなければならない。


「いいか、作戦内容をしっかり頭に叩き込んでおけ」


 団員達の前に立った銀次郎は、いつになく厳しい表情で作戦内容を告げた。

 昨晩会議室で聞いた内容と変わらなかったが、解には彼らの裏の目的を全て知っている。 

(仕掛けるとしたら、あそこしかない……)


 自分の脱走計画を思い出しながら、解は口を固く締めた。



 ミーティングが終わり、いよいよ目的地の山奥へと移動となった。

 十人乗りの大型エアロガジェット(エアーホバーカー)に乗り込み、アジトを出発した。


 細い県道を北上していくと、やがて道路を挟むようにして、規則正しく立ち並ぶ針葉樹林が視界に飛び込んできた。

 その針葉樹林帯がしばらく続くと、景色はすぐさま一変する。


 アスファルトは荒れ果て、雑草は生い茂り、既に道らしき道など見当たらない。

 人の手が加えられていないという事は、ここからはインベルが多く生息する危険地帯に入った事を意味していた。

 いつ大型のインベルに襲われてもおかしくない。雑談を交わしていた団員達にも次第に緊張が伝わり、言葉数が次第に減っていき、最後には誰も口を開くことはなくなった。


 藪の中を三十分ほど進むと、やがて球技場ほどの広さがある平地が姿を現す。

 堀江真紀の的確な指示もあり、解達は無事目的地へと到着することが出来た。


 平地の側には小川が流れていて、辺りは穏やかな風が凪いでいた。

 水辺は比較的安全な場所とされているため、インベルが襲ってくる気配も感じられない。エアロガジェットのエンジンを切ると、団員達は次々と荷物を下ろして、山間へと入る準備を始めた。

 解もそれに習う。瞬発力を高める電動式エアロブーツを履き、最終確認を行った。


 そして一向は山間の獣道に足を踏み入れた。

 事前に調査団の人たちが来たのだろうか、周りの草木は簡単に踏み倒されており、視界はそれなりに良好だった。大木には鈍器で強烈に打ち付けられたような痕が残っている。

 これは棍棒の傷だ。

 きっとここまでが鬼達の縄張りなのだろうと、解は身を震わせた。


 緩やかな山道を登ってしばらくすると、道は二手に分かれていた。


「では、ここで二手に分かれるぞ。

 お前達の方が少し早く鬼の巣の前に着くはずだ。俺がポイントへ着くまでそこで待機しておけ。着いたらすぐに無線を入れる。それから作戦を開始するんだ、いいな」

「おう、まかせとけ」

「了解です」


 銀次郎と堀江真紀、平団員三人は右側のあぜ道を、解を含む他のメンバーたちは、前方に伸びる山道を歩き始めた。いよいよここからが本番だ。

 解の心音は次第に速くなっていく。


「おいおい、解。初めて大型インベルを殺るっつっても、緊張しすぎじゃね? そんなんで大丈夫かよ」


 後ろを歩く解へと顔を向き、安部辰也が話しかけてきた。


「うんうん、落ち着いて解クン。手はず通りにやれば、何の問題もないからさぁ。危なくなったら僕達もすぐ助けに入るし、ね」

「は、はい。ありがとうございます……」


 解は体調が悪いフリをしながら答えた。


 共に行動するのが安部辰也と桜田輝で、本当に運が良かった。

 もし分析能力に長けている堀江真紀と一緒の小隊だったら、解の脱走計画は脆くも崩れ去っていただろう。

 この二人のブースト脳力ならば、彼らの視界から消えてしまえば、後は大体予想した通りに事を運ぶことができる。

 そう思いながら、解は前を歩く二人の背中を睨んだ。


 数分ほど歩き進むと、土壁を巨大なドリルでくり貫かれたような、ほら穴が視界に飛び込んできた。

 間違いない、これが鬼の巣だった。

 団長の指示通り、団員達は藪の中で待機し、無線の連絡を待つ。だが、一度作戦が始まってしまえば、解にはもう打つ手がなくなってしまう。

 待機している今がチャンスだった。


「す、すいません」

「ん? どうしたんだい?」


 眉をひそめながら、桜田輝が言った。


「合図が来る前に、ちょっと……体調が悪くなってしまって……用を足してきてもいいでしょうか?」

「ちょっとお前マジかよ。こんな時に簡便してくれ!」

「まぁまぁアベタツ、落ち着いて。大声出すなって。それに初めてのものは何でも緊張するもんだしさ。まだ団長がポイントへ着くまで時間あるから、ほら、早くいっておいで」

「あ、ありがとうございます。すぐ戻ってきます!」


 痛まない腹を押さえ、解は脇道の草をかき分けながら、彼らの視界の外へと足を早めた。丁度姿が見えなくなったところで、その足をさらに加速させる。

 地図ではこの辺りに崖があり、下には川が流れているはずだ。

 それはすぐに見つかった。


(よし、あった! 川だ)


 まずは一つ目のポイント、地形を確認する。

 次は身を潜める場所だ。彼らの声が聞き取れる位置にあり、視界には映らない場所……一体どこだ? どこに隠れればいい?


 顕微鏡を覗き込むようにして、崖付近をくまなく調べる。

 徐々に解の全身の毛穴が逆立っていく。そして、五感の神経が全て研ぎ澄まされた、そのときだった。


 視界のある一部分に、白いもやがかかった。正確には、その部分以外、全て黒いもやに覆われているように見えた。これはなんだと、解は一瞬たじろぐ。

 目を擦った後すぐに周りを見渡すが、前回と同様、まるで何もなかったかのように視界は開けている。


 しかし体に残るこの異様な不快感は払拭しきれない。これは、銀次郎や堀江真紀の紅茶を見たときと一緒だった。

 もしかしたらこの不快感は、自分自身が生き延びるための、何かしらのシグナルかもしれない、と解は思い始めた。


 だが、そんな確証もない感覚だけで生死を分ける決断が瞬時に出来るほど、今の状況は甘くない。

 この感覚を頼るか、または別の場所を探すか――悩めば悩むほど、時間だけが無常に過ぎていくだけだった。

 体中からへばりつくような汗が吹き出てくる。このまま立ち尽くしていても、現状は打破できない。早くしないと――


 解は静かに深呼吸をする。

 そしてついに、この曖昧な感覚に身を委ねることを決意したのだった。


 進む道が決まれば、後は全力で実行に移すのみとなる。解は服の袖にナイフで切込みを入れ、力任せに引きちぎった。それを地面に置き、腰に下げていた水筒を取り出すと、中に入れておいた赤い液体を、そっと忍ばすように撒いた。

 自分に赤い液体がかかっていないことを確認すると、肺一杯に空気を吸い込む。そして口元に手を当て、


「ぐぁああああああっ!」


 と、轟くような奇声を空へ放ち、すかさず崖の下の白い空間へと身を潜めた。



 ――――――――



 解の叫び声を聞いて、数十秒とたたないうちに安部辰也と桜田輝が駆けつけてきた。

 血のついた袖を見つけると、二人の顔がみるみるうちに青ざめていく。


「これは、解の……服……」

「い、一体何に襲われたんだ?」


 桜田輝はエクシウム鉱石の特殊電波をキャッチする基盤、簡易信号受信装置のモニターを睨み付ける。だが周りには、鬼以外の信号は見つけることが出来なかった。


「くっ、何の反応もない……」

「何が、どうなっているんだよ……あいつ、本当に死んだのか?」

「分からない……分からないけど、この状況、すごくまずいよ。僕たちはこの血の付いたコレを見てしまった。無脳クンの生死に関わらず、探さなくてはいけなくなったんだ……」

「くっ、アイヴィジョンか、ちくしょう!」


 安部辰也は拳を地面にめり込ませた。


「とりあえず、無脳クンを探すフリだけでもすぐにしないと!」

「ああ! わかってるよ! くそっ、どうしてこうなったんだよ……」


 声を荒げながら、二人は当たりを見渡す。膝丈まで草が伸びているとはいえ、周りの視界はそれなりに良好だった。血の付いた袖の周り以外で、襲われた形跡もなさそうだ。


「木の上から襲われたのか?」


 頭上を見上げる。ちょうど側に巨木が一本ほど立っていた。

 二人はそこで待ち構えていた何者に解は襲われ、崖の下に落とされたのだろうと予測する。


「崖の下も見ておこう」

「ああ……」


 数十メートルほどある崖の下を覗き込む。

 川の側はごつごつとした石が散らばっていたが、解の死体はおろか、血痕すら見つけることは出来なかった。

 壁際にひっかかっているのかもしれない、と、左から右へと視線を滑らす。

 右下の壁際から、巨木の根っこが突き出ており、その奥側がややくぼみになっているようだった。

 安部辰也はその死角も見ておこうと歩み寄ろうとした時、すさまじい重低音が体の芯に響き渡った。


「こ、今度はなんだ!?」

「まさか……あああっ! しまったあっ! これは!」


 草をかき分ける音がする。ポイントで待機していた平団員達が、今にも死にそうな表情で駆け寄ってきた。


「鬼です! 鬼が姿を現しました!」

「こ、こちらへ向かってます! は、はやくに、逃げてください!」


 それを聞いて、二人は初めて自分たちが犯した失敗に気づいた。

 この血の付いた袖を見た瞬間、真っ先にしないといけないことは、解を探すとことなどではなかった。

 団員を見捨てたという重罪から逃れる事を優先したばかりに、アイヴィジョンに気をとられ過ぎていたのだ。


 鬼は、血の臭いに非常に敏感だ。ひとたびそれを嗅ぎつけると、いくら熟睡していようとも目を覚まし、その場所へ向かおうとする。

 真っ先に血の臭いを消すスプレーを吹き付ける、これをしないといけなかったのだ。

 桜田輝の持っていた無線機から銀次郎の声がする。


『こちら銀次郎! ポイントAにて鬼が出現! そちらへ向かっている模様! お前達! 一体何があった!?』

「た、隊長! 実は……」

「ぎゃあ! お、鬼がきたああああっ!」


 草むらの奥からぬらり、と群青色の巨体が姿を現した。魚眼を彷彿させるその瞳が、一行を不気味に見つめる。耳まで裂けた大口は、大量の唾液が滴り落ちていた。

 どすん、どすんと近づいてくる重い足取りが、徐々に速くなってくる。右手に握り締めた棍棒を天にかざすと、すさまじいスピードで飛び掛ってきたのだった。

 この距離ではもう、逃げられはしない。


「くっそおおおおおっ! やるしかねぇえええ!」



 名立たるインベルを完膚なきまでに打ち滅ぼしてきた銀勇決死団。

 その築き上げた無敗の要塞は、今まさに崩壊の一途を辿ろうとしていた。



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