アウトローズ
八−前
日曜。
さて、表の業務は戦闘員の駆除だが、我々の業務はソレだけじゃない。依頼と支払いさえ在れば、怪人や悪の組織の幹部、反社会組織、テロリスト、ジャーナリスト、政治家、老若男女の差別無く、なんだって駆除する。
そして今日はバイトまで時間があった。
なにせ今日は怪人退治、危ないので佐藤は見学である。
怪人駆除の業務は、ランクC以上でなければ業務に当たれない。強さの目安として、C四人で怪人一人、B一人で怪人一人に相当する。A以上は一人で怪人とヒーローの駆除が出来る実力だと思って欲しい。Sランク以上は、もう称号のようなものだ。
実績と強さで判断される。
ただし、怪人をタイマンで駆除可能と言っても、業務を実行する僕らが怪人に殺されない可能性が無くはない。だから、どんなに低レベルな怪人相手にも、僕ら業者は、複数人で業務に当たる事が基本だった。
故に、時間までの暇つぶしに僕は青柳とビリヤードをすることにした。
昼からの出勤だ。
僕らは、場末の汚いビリヤード場の端の台を借りることにした。そんな待ち合わせ場所に、bD-1で乗り付けて、待っていると青柳はフルカスタムのTMAXでやってきた。
彼は、僕の二個上、大学生である。
デザインパーマの、今時の大学生風で、僕よりタッパはなくとも鍛えてはいた。こんなバイトをしている理由は、昔に起こした事故の賠償金の為だと聞いた。僕はそれ以上聞かないし、不必要に戦う理由を聞くのはマナー違反とされていた。
正直な話、殺しをやった、盗みをやった奴だろうが、仕事中は相手に命を預けるのである。
余計な心配や不安を持ちたくないと言うのが、強かった。
「早いな」
「青柳さんも」
僕らはそう、挨拶をすると店内に入る。
彼と一緒に台を借り、キューをつきながら、話していた。話題はとりとめのない話題。もちろん、勝負で金をかけようと青柳は提案したのだが、僕が煙草のカートンで手をうちましょうと交渉した為か、負けた奴が勝った奴に煙草を献上する事になった。
勝負は、互角だった。
青柳が手を抜いていたのもあるし、僕も真面目にやらなかったのもある。
煙草と、エナジードリンク、それからスナック菓子やピザをつまみながらのプレー。話題はそうそうつきなかった。筋トレのお勧め、パルクールの話、新盤の話題、僕の高校の課題、青柳の大学の話と、彼のコンパ必勝法。どうでもいい事をお互いに出し合った。
「そういや、シラノさ」
「なんです」
「まだDTなんだろ」
僕がまだ童貞な事を、青柳はネタにした。
「それがどうしたんです」
腹が立った。
「いや、彼女作らないのかってさ」
「いや、青柳さんは別れたんでしょ?」
逆に、彼女にふられた件を突いたら、険悪な雰囲気になった。
クラッチは流石に抜かなかったよ?
痛み分けとして互いにこの話題を話さない事に決めた。
今、青柳のマイブームがスマホのゲームらしく、その話題がでたけれど、PHSの僕にはわからなかった。で、ネット配信のお笑いコンビのライブの話題が終わったところで、青柳が切り出した。
「そださ、インターンどなの?」
「あ、普通っす」
「普通って何よ、阿久」
「だってこんな感じですよ」
写メを出して、PHS渡す。青柳は見て言う。
「可愛いじゃん、トッコーとは思えないや」
「トッコーと可愛い関係あります?」
「あるともー」、青柳はブレイクしながら言った「キュートイズライト」
「可愛いは明かりってなんですか?」
「ばか、可愛いは正義だ。いや正しいって訳かな?」
ああ、真面目に勉強すりゃいいや。
「でも、トッコーっても強くなさそうですよ」
僕が言うと、青柳は眉間に皺を寄せた。
「おい天才、お前基準で話すな」
「天才じゃないっすよ」
「お前が天才じゃなかったら、全国の特記兵器責任者の大半がぽんこつだぞ」
そう言うものかな?
練習が足りないだけだと思うけど。
「やればできますよ。スポチャンと一緒です」
「それができないから、天才だってんだろが」
「社長には負けますって」
「そりゃ当然だろ。あの人、SSSだったんだ」
「だから僕は、普通ですって」
僕が言うと、ため息とともに器用にキューを撃ちながら、青柳は言う。
「嘘つけ、お前といい加納氏と言い、棒を担ぐ奴はすげえよ。俺、棒の研修受けたが感心するよ」
「当てるだけっす、チャンバラじゃないですか。それに青柳さんだって使えてますじゃん」
「だから、ちげーっての。使えると言えば使えるさ。トーシロなんかに負けねえし、そこいらのフェンシングや剣道の強化選手なら負けない。ただ、お前…そう、社長と比べてるからそう言うんだろうけど、あの人はあの人で気違いだからな?乾式を振り回してたSSSだぜ?それに近いって言うんだから、どれだけヤバいか分かるだろ?」
青柳は、社長とかを引き合いに出し、否定する。
彼も棒をまったく使えないという訳ではないのに。
「同じBじゃないですか」
そう言うと、彼は自分の鞄を引き出した。
「俺、ウスロハのニキータとレオンだろ?」
「そっすね」
僕は思い出す。ショットガン型と大型拳銃型の筈だ。
「お前、アラタのデッキブラシだろ?ニキータで価格にして二倍近い開きあるんだぜ?レオンなら三倍だ。しかも、棒と筒で違うし。それで、お前がメジャーなら、お前が強いよ」
「そっすかね?」
あまり実感が湧かない。強さで言えば、あんたもいい勝負だろうに。
「だとも。こないだ上位怪人二体の排除で一緒に戦ったダブルエスと同じだわ」
「あ、アドバンス見たんですか?」
鞄の話題が出たので、僕は食いついた。
「おう、ぱないぱない。筒だが、ほら弾の打ち替えってノズルじゃん?」
「そうですね、実弾も散弾も…あと榴弾もでしたっけ」
「そう。で、そのノズルの変更が連続だもん」
はー、散弾の拡散と収束の間が無段階なのか、すごいな。
「ぱないだろ?」
「じゃ、ニキータとレオンの二丁も担がなくて済むんすね、アドバンスなら。今、ニキータがショットガンで、レオンがマグナムですよね?」
うろ覚えの為に確認すると、青柳。
「そ。でも、アドバンスはもっと高いけどな、現状、ランクa以上限定だし。十中八九、コストよりも実証実験だろな…ランクが高いのも、万一機能停止しても速やかに離脱なり対応出来るからだろ」
納得、理解、了解。
「あーでも、アドバンスのメリットってなんですかね。毎年モデルチェンジしないじゃないですか、普通のクラッチって。その社長らが現役だった頃の乾式から現状に切り替わった以外にあります?」
「知らんなあ。ただニューモデルの方が強いけど」
事実だった。
「最近は軍用よりも出力上に出来ますもんね」
「まね。規格統一の軍用と違って、ほぼ自作だからな、クラッチ。ただ、乾式の末期に比べたら劣るだろうけど」
「アレは別格でしょ」
僕はカタログスペックを思い出す。
乾式の末期モデル、全スペックが、現行フラグシップモデルを完封出来るから。
「結局、環境汚染があるからって禁止になったんでしょ?」
「そ、自生する環境菌とか——人体の共生菌類のバランスを著しく破壊するとの事で、現状は新規製造禁止。あと、危険すぎる、出力特性が過敏すぎるから。だからセミオーダーになったって訳だし」
名前が同じだけで、ほぼ別もののクラッチも多い。
だから基本はカスタマイズする。
「まあ、ドノーマルの人、滅多にいないですし、粉の背後は秘伝ですもんね。通常種、硬粒種、軟粒種、爆裂種、壺種、歯種、油種の混ぜ合わせだから教えたくもない」
「おかげで大変」
撃ち手の彼はため息をつく。
そりゃそうだ。弾にするにも選ばねばならない。
「僕はその点楽ですよ、三種で大丈夫ですもん」
「俺は面倒い」
「筒ですもんね」
「そ、現場で種を切り替えなんて出来ないから、オールラウンドに組みたい。けど、それだと火力に足りないから…結果、手配に合わせて調整、お陰で筒は棒より金がかかる」
ソレは分かる。棒も筒も、粉は消耗品だ。
弾として粉を打ち出す筒の方が、ランニングコストは高くなる。ただ、逆に、棒は棒でフレームが歪めば一発でお釈迦だ。その為、実際は、あまり大差ないのだけど。
「さて…時間だ、いこうぜ」
彼は時計を確認する。
「そうですね」
僕らは、最後に煙草で一服すると、外に出た。
「そろったね」
加納は、黒いコートを身にまとっていた。
今回の施行の主任だからだろう、我々は滅多に使わない――対粘菌繊維外套だった。僕も、青柳も顔を見合わせる。下に僕らもツナギ——アンダーアーマーは着込んでいるが、加納の仰々しさを見ると、少し心配になった。
「じゃあ、行こう」
加納は顎で、廃ビルを指す。
施行主は、正義の組織からだ。銀河警部が討ち漏らした怪人二体の排除。…この手の業務は珍しくない。正義の味方が悪を必ず打ち倒すとは限らないからである。だが、討ち漏らしを露呈されては不味いから、我々に依頼が来るのである。
なにしろ…真面目に自分たちは『正義の味方』だと考えているのは、正義の味方でも表層の連中だけだ。運営するトップや、技術部の連中は俺たちを知っている。政府も馬鹿じゃない。正義の組織自体も、快くは思わない。
だから、基幹技術は貸与(それなのにヒーローどもは自前だと信じてる)、
そして正義の執行にも制約を貸しているなんて事になる。
…噂で聞いたが、ヒーローの資質と条件に、政治観の稚拙さなる項目が在るそうだ。現状の組織の大半が、背後に政治家ないし、企業が突いている事情を慮れば、自明な話なのだが。
「阿久?」
「大丈夫です、加納さん」
めざといな。
僕は声をかけて来た、加納に視線をやる。気を抜けていると気付きやがった。
だてにAではない、か。
「では、業務開始します」
加納は、そのまま、鍵を取り出す。当然だが事前に手配は済んでいる。
「行くぞ」
加納が鍵を開けると、そのまま部屋に踏み込んだ。
「なんだ、おまえら?!」
若い男女が、室内で肩を寄せ合っていたのだが、その男がこちらに気付いて声を上げた。
加納はそれを見ると、淡々と条例を読み上げる。
「治安維持法特記第四条 政府及び内閣総理大臣の認可に基づかない特記人体改造を受けた個人は、その人格かつ人権を保護しない」
何時もの奴だ。僕と、青柳は黙っている。
男は逆に、ヒーローでなく、僕らが来た事に戸惑っているようだ。
「お前ら、なんだ、何なんだよ?!」
「守秘義務で答えられません」
加納はそう答えると、これも何時もの問いをした。
「では、貴方には二つの選択肢があります。一つは、尊厳死、もう一つは我々に同行することです」
「……何を言ってる?」
男は、女を抱きしめる。
僕はその姿を見て、哀しくなった。自分も、彼の立場だったらそうしていただろうから。
けれど、業務だ。僕は割り切ってクラッチに手をかける。それは青柳も同じだった。
「言葉通りです」
「同行してどうなる」
「お答え出来ません」
そう、加納が言った時だ。
男は、くくくと笑うと、こちらを見る。
「…そうか、お前らが政府の猟犬か。なら」
勘違いをしていたが、僕らは男の言葉に交渉の決裂を悟った。
「お前らが――――死ね!」
叫ぶと、同時、男の身体がバネのごとく跳ねた。その間に、女が窓を破って逃げる。
事前に打ち合わせていたのだろう。男はそのまま天井を蹴り、加納に飛びかかる。加納は、クラッチを引き抜きつつ、すれ違い様に——片手手間に男の左目を抉り——、僕らに言った。
「阿久、青柳、任せましたよ。女を追います」
そのまま、加納は女を追って、窓から飛び降りる。
「…うっわ、最低、加納氏、俺らに投げやがった。ぜってー、あの爺、楽しんでくるぜ」
右手にニキータ、左手にレオンを携えた青柳が言う。
「事実でしょ。でも、一人で追うなら、Aの加納さんでしょう?僕らは、コイツの相手です」
僕もデッキブラシを展開する。
加納に目を抉られた男は、呻きながら立ち上がる。やっぱ怪人、目から血を流しながら、すでに再生していた。
「殺す、殺す、殺す!」
男の姿が変化する。
身体が膨張し、服を突き破る。背から、羽が生え、体色が黒くなる。錆びた金属ブラシのごとく、剛毛が全身に生えそろい、朱色に染まった口には、牙が突き出る。――巨大な蝙蝠男が、俺たちに向けて咆哮した。
「行くぜ」
「ええ」
お互いに言葉を交わすと、先手で僕が突っ込む。
さて、仕事だ。