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8/21

外出、出会い、違和感

続きです



 土曜、週末だ。

 昨日、何時もよりは早い時間に帰宅すると、もう遊は部屋に引っ込んでいた。

 僕は遊の作った夕食を食べ、溜まりにたまった課題を終わらせた。

 ほんと漢文マジで意味不明。

 それで、ゆっくり起きると、今朝は遊より早かったらしい。

 彼女、まだ起きてきていなかった。

「……くぁ」

 大きく伸びをする。心地よい筋肉痛だった。

 打ち身は痛むが、大した事じゃない。僕はPHSの連絡を確認する。

 明日、一件、怪人討伐が入っていた。流石に裏の仕事だから、佐藤は見学させないらしい。僕と、加納、それから大学生の青柳での案件だ。僕は、クラッチの整備をするかと思いながら——、それよりまずは朝食だとキッチンに向かった。

 買い置きのフランスパンを適当に切り、ニンニクをこすりつける。

 それから、マーガリンとドライパセリをふりかけ、トースターに突っ込む。

 その間に――遊のお気に入りの――僕は手間がかかって嫌いなサイフォンでコーヒーを淹れる。コーヒーが落ちる間に、フライパンを熱し、さっきのニンニクとベーコンを油で炒める。

 皿に盛って、目玉焼きを三つ。

 僕が二つ、遊が一つ。

 半熟にしようかと迷っていると、うちの姫様が起きて来たようだ。

「…おはよう」

「おはよ」

 僕は目玉焼きを皿に盛りながら言った。

「遊、オレンジか、グレープフルーツ、どっちが良い?」

「オレンジ」

 分かったと、僕は言って、フルーツナイフでオレンジを切る。

 焼けたガーリックトーストと一緒にテーブルに運ぶと、まだ寝癖のついた遊は僕に聞く。

「シラノ、今日は…バイトなの?」

「入ってないよ」

 僕は、コーヒーを酌んでやる。

 ブラックで出すと、遊は、「牛乳とお砂糖をとってよ」と言う。

 ハイハイと、パックと角砂糖、それからスプーンを渡す。遊は、眠たそうにしながら、角砂糖をコーヒーに落す。

 それから冷たい牛乳を濯いだ。何時もそう、猫舌だから。

「じゃあ…、どっか連れてって」

 遊はそう言った。

「友達と、遊べば良いじゃん。男の子とかさ」

 僕も席に着きながら言うと、遊は髪の毛を払いながらマグを握る。

「ヤダ。ガキっぽいもん、同級生の男の子なんて」

「先輩は?」

「……部活、あんまそういうのないの。変に言うと、女の先輩に目をつけられるし」

 中学二年生の遊は、そう言う。

「ああ、僕の時と一緒だ」

「嘘、兄貴、何も部活入ってなかったじゃん」

 それでも、クラスの雰囲気は分かるよ。

 女子も男子もピラミッドだ。

 そう言おうかと思ったけど、昨日のやり取りを思い出す。

 僕は自分もコーヒーを淹れつつ、返事を返した。

「僕、球技苦手だからね」

「…のくせに、バッティングセンターは好きだよね、兄貴」

 ジッと、遊は僕を見る。

「わかった、こーさん、やめやめ。僕が悪かった。で、何、遊は何処に行きたい?」

 僕は両手をあげて、降参の意を示した。

「セットくらいしてよ」

 遊は、口ではそう言ったけど、どこか楽しそうだった。

「映画は行ったね。じゃ、もう暑くなるから…夏物を見に行こうか?」

「いいよ、シラノ。あのさ、新しいミュールが欲しいんだ」

 そう、嬉しそうに妹は僕を見た。

 僕は酸っぱいオレンジをくわえながら、妹を見る。予定をたてなおしだけど、これでいいんだ、彼女が嬉しくて哀しくないなら。


 

 買い物だって分かっていたから、僕はお洒落させられた。

 個人的な事を言うと、僕は清潔であればこだわり派でない。けど、遊は何時でも、かっこ良くしなさいと言う。だから渋々したがってるのが現状だった。ELOにしろメンズノンノにしろ、遊の口から「兄貴、ダサい、死ぬ程。本気で有り得ない」と言われたくないから買ってるのである。

 幸いにして、僕は身長だけはあったから…、

 妹を信じれば何でも似合うのだそうなのだけど。

「遊ーまだかー?」

 僕は遊を呼ぶ。

「まってて、ちょっと決まんないから」

 そう言って、遊は結構待たせてから、やって来た。

「お待たせ」

 サスペンダー付きのスカートに、フレア付きのブラウス、ちょっとボーイッシュなハット。似合ってた。

「おー、いいじゃん」

 僕が言うと、遊は言う。

「…適当なんだから、何時も」

「ごめんよ」

 そんな遊を引き連れて、僕らはマンション前のバスに乗る。

 210円をICで支払い、僕らは近くの駅へと向かう。バスに二人並んで、横に座る。

「あ…」

「どした?」

「なんでもない」

 遊はそう言った。あんだろ、窓側がやだったのかな?

 で、そのまま発車。5分程で、地下鉄の駅に到着。そのまま、改札を抜ける。

 そのまま20分程で、僕らは渋谷に出た。

「何時も人が多いね」

「休みだから、でしょう?シラノ」

 遊はそう言った。

 この人ごみは何時見ても書き割りのようだ。互いに主張するから、何処でもある景色になる。僕は今、『じぶん』の姿を硝子の反射で見た。中身は人でなしなのに、こんなにも真っ当そうに見える。

「おかしなもんだね」

「どうしたの?」

「なんでもないよ。あ、っこっちの色の方が僕好きだね」

 ショーウィンドウの向うの靴を指差すと、遊は「え、そのチョイス?」と言った。

「まあ、僕のセンスを期待しないで。つーか、センスを言う奴程疑えって、ポッシーだし」

「ポリシー」

 訂正された、はずい。

「まーでも、いいもんだ、物欲は」

 僕が言うと、遊はジッと僕を見る。

「シラノがソレを言う?」

「んだよ」

「だって、シラノ、なーんにも興味ないもん。服だって、やすくてダサいの平気で買うし」

 おい、遊、ファストファッションに喧嘩売ったぞ。

「いいじゃん、清潔なら」

「紺地チェックにヘアバンダナ、銀行員眼鏡に、ダボついたジーパンで無銘スニーカーでコンパ行ったら?」

 僕の脳裏に、アニメーションの戦場から帰還した古兵のイメージが浮かんだ。

 と言っても、僕は萌えアニメをメチャクチャ見る質でないのだが。

「それだけは勘弁してください」

「よろしい」

 遊はそう言って、店の中に入る。

 僕も、ソレに続こうとして、ふと外が気にかかった。あんなバイトをしているせいだ。何処だろうが、人の多い場所が怖くて仕方が無い。

 万が一だが、怪人やヒーローに出くわした時に備えて、僕はベルトの下にクラッチを仕込んでいた。そんなモンをぶら下げてたからだろうか、それともただの偶然か、知った顔を見た。



「…あれ、佐藤」

 佐藤だった。誰かと、待ち合わせしてるんだろうかと思ったが、どうやら調度別れるとこらしい。同じ年頃の書き割りの女の子に手を振っている。それで、彼女の視線が僕とあった。

 偶然、ないし因果だろうね。

「…うーす」

「あ、」

 気まずい顔をされた。


 なぜに。

  

 僕は佐藤に昨日の事を謝ろうとしたのだが、ソレより先に、遊が僕の腰にタックルをかました。

 何故、タックル?

 と、僕は受け身を取りつつ、妹を背に乗せながら考えた。

 どうやら、何時までたっても来ない兄が、店の外でJKに声をかけてて腹が立った。それで駆け出したがいいがズっころんだ。そんなとこらしい。

「やあ、佐藤さん」

 僕は倒れながら妹を受け止め言うと、佐藤さんは身を固くした。

「昨日はすみません」

 そう僕が謝罪をすると、彼女は視線を外しながら言った。

「その、彼女、抱えたままってのはどうって思います」

「彼女?」

 僕は身体を起こし、遊を立たせてやる。

「違いますよ――――妹ですよ。遊って言います。遊、この人、今バイト先でインターンしてる佐藤さん」

 僕がそう説明すると、遊は身体を起こす。

 敵意ある態度を見せるかと思ったが、ごく普通に挨拶した。

「はじめまして、兄がお世話になっています」

 その言葉に、佐藤は驚いたようだ。

「…ええ、初めまして。佐藤です」

 そう言うと彼女は僕と遊の顔を見比べる。

「似てないんですね」

 彼女の言葉が慇懃になったのが僕には意外だった。

 そして似ていないという言葉に、ぴくりと遊は反応をみせ、何かを佐藤に向かって吐こうとして、結局何も言わなかった。

 僕は、佐藤に事情を言った。

「まあ、そんなもんです。遊の方が美形で美人でしょ?」

「阿久君が背が高いから…意外だなって」

 佐藤はそう言って、美醜については触れぬまま答えた。

 遊は、落ち着きこそすれ、何も言わない。

「佐藤さんは――――どうして渋谷に?」

 僕は先に問うた。さっさと話題を完結させて、ここから移動したかったから。

「イベントですよ、中学の先輩です。大学との連携だって」

「なるほど」

 トッコーからそのまま国防大学に上がる以外の進路も在るのかと、僕は初めて知った。

 しかし、それを聞いてしまうと話題のタネが無い。僕らが買い物に来ているのは見れば一発だったろうし、これ以上話す事も無いだろ。

 僕は、佐藤に言った。

「…じゃ、また月曜よろしくです」

 これからどちらへ?なんて世辞は言わなかった。

 佐藤も同じだ、そうですねと彼女は同意して、またとハチコウグチへと歩いて行った。



 そして彼女がいなくなってから、遊が口を開いた。

「やーな、おんな」

「そっか、兄妹だな。僕も得意じゃない」

 僕がそう言うと、遊は僕の臑を蹴った。

「兄貴の朴念仁」

「何がさ?」

「アノ子、完全に兄貴と距離取りたがってた。なのに話しかける神経がすごいなって」

「はぁ…?や、別に嫌われてもいいさ」

 長く働く同僚でもないし。

「何したの、兄貴?」

「さっぱり、一緒にエレベーターに閉じ込められたけど」

「ソレじゃない、嫌われる原因」

「ううん?」


 それか?

 思えば、戦闘員殺しからそんな雰囲気は在ったけど。

 

 どっちにせよ、考えてどうにもなる事でなかった。好きな女の子が自分を嫌ってると言う訳じゃない。どうすればいいか?と言ったら決まってる。

「どうでもいいや、ただの偶然だし。それより次、次。んで、どっかでランチしよう」

 僕が提案すると、遊は兄貴、切り替え早いねと若干呆れられた。

 そこから特筆する事はなかった。買い物をして、ランチをカフェで取って、晩ご飯の材料を買って帰った。帰り道に、話題のケーキ屋に寄った以外、ありふれた休日だった。

 けれど、遊はどこか変だった。

 似ていないと言われたからなのだが、どうも変な反応をしていた。カップルですかと聞かれたときなんて、その反応が顕著だった気がする。

…もしやこれ、好きな男の子が本当にいるのかもしれない。

 悪い事したなあ、未来の彼氏に。

 遊を泣かせたら殺すけど。



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