閑話−Ⅰ
彼は私を抱きとめ、そのまま気を失った。
彼は大きな手をしていた。
固い——思わずそう思った程、彼の手は厚かった。こんなにも大きくて固い手を私は知らない。この手は、何時も、誰の為に振り下ろされるのだろうか。私は、そんな事を考え、彼を見る。
彼は、身動き一つしない。それは私に、糸が切れたニンギョウ、撥条の切れたオモチャ、そんな事を抱かせた。
彼からは、濃い血と薄い汗の匂いがした。
…暴力的で粗野な人、好きになれるものか。
彼が関わった事を、私は許せない。
…だと言うのに、私は彼を離せなかった。
それは重さか、それとも、この男が見せた弱さか。
「君を守る。だから、あい、僕は…」
うわ言の用に男は、気を失う前に誰かの名を呼んでいた。
繰り返し、繰り返し、何度でも。
彼は——泣いていた。あんなにも、修羅場に慣れた男の筈なのに。
それが、私は分からなかった。
この男は、一体なんなのだろう?
私は茫然自失と、彼の重さを感じるまま暗い天井を見るしか無かった。
ドアが開かれるまで1時間も掛からなかったが、研修先の人は酷く心配した。
また、彼が酷く傷を負っていたので、彼はそのまま——病院に送られた。何か知ってると、巳本さんは私に言ったが、私は知らないと答えた。
「…どうしたんだろう、大丈夫かな、シラノ君」
彼女はそう言った。
「心配ですね」
私がそう言うと、彼女は言う。
「そ、妹さんに心配かけたくないそうだから」
___私はすぐに聞いていた。
「いくつですか?」
「えっと、中学生かな」
私の中で、予想が固まる。
昨日の、アノ動き、仕事に手慣れた様子。そして今の妹と——本当なら、おそらく間違いない。私は、はやる気持ちを抑えて聞いた。
「二人暮らしなんですよね」
「そう、シラノ君から聞いた?」
ええ、確認の為に。
「そうです」
「…そ、彼、アレで苦労人だから」
苦労人————?
彼女には悪いが、私にはそう思えなかった。何せ彼は咎められる理由がある。
「1年は働いてたって聞きました」
「そう、特例中の特例なんだけど、適正があるからって」
褒められた話しじゃないよね、そう彼女は言う。
「ええ、そうですね」
私はそう言いながら、袖を見る。
彼の血が、知らない間に、袖についていた。
その色は、赤かった。