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密室、少女、病室

続きです



 で、佐藤とブラックに睨まれた日から、三日たった。

 遊の機嫌は持ち直した。

 当然だ。こっそり、検索エンジンの検索履歴から欲しそーなバッグを偶然を装って買いに行っただとか、それから遊の好きなミルフィーユを用意したりとかしましたとも。他にも、チャンネー達と限定グッズの争奪戦を制してイケメンバンドのチケットを献上したりした。

 あと、一緒にナイトの映画も行った。

 どうしてだか、どっかに連れてけと言ったから。

 だが、それでも抜本的な解決にはなっていないのだ。

 アイテムやイベントで一時的に、妹の兄への敬愛ゲージは回復するのだが、どんなバグだか、そのゲージはすぐにエンプティに陥ってしまう。

 おい、デバッガーどこだ、やさしく鉄拳で語ってやる。

 あと、佐藤だが、意外や意外、次の日も来た。

 僕は来ないのかなと思っていたが、何事もなく佐藤はやってきた。で、一緒に銀河警部の戦闘員退治(その日は結局一体も切らなかった)とか、悪の組織の大作戦のデコイだとか何かをやったりした。

 それで、今日が研修三日目だった。



 僕は、ミネラルウオーターで口を漱いでいた。

「…くっそ、あいつら」

 シツコイ不良どものせいである。

 二度も泥を塗ったからか、奴らなりふり構わなくなった。OBまで連れて来て、角材で頭を殴られた時は死ぬかと思った。なにせジオスで気持ちよく速度に乗った時だったので、鍛えてなかったら死んでただろう。

 全身を使ったフルブレーキ、おかげで額を切って、血で視界がまっか。

 脳震盪と怒りで自制が効きそうになかった。

 流石にぶち切れて全員ぶちのめしたが、何故か手強い。そりゃそうだ、脳みそプリンの状態だもの。しかも、前回と違い、やつらプライドもへったくれも無い物だから、次から次へと来る。

 最後は奴ら頼むから気絶してくれと言ってたっけ?

 クラッチはないし、なにか得物が在れば良かったのだけど、通学路で望むべくもなく、ステゴロでぶちのめした。結局、僕はジオスのフレームを折られ、口の中を切り、制服に穴を開けた。

 殺しの手加減をして喧嘩をするもんじゃないと思った。

 もっと格闘を練習しておけば良かったと後悔した。

 最終的に薄い財布とズボンをそれぞれ七つ奪ったが、気分は晴れない。ズボンの本体?障害残る寸前まで痛めつけて、奴ら自身の携帯で自分らのソレを撮影させておいたけど?

 よりにもよって、バイト前にこんな目に遭うなんて。

 ズボンと財布を奪うだけに済ませず、もっとボコっとけばよかったか。僕は財布を、コンビニの募金に全額突っ込んでから、事務所に向かった。

「…あれ?」

 事務所のエレベーターが直っていた。

 コレは幸いと僕は、乗った。

 なにせ、ロードバイクをぶっ壊されたおかげでずっと歩きである。足が痛かった。それでエレベーターに乗ると、すみませんと女の声がした。閉でなく開のボタンを押すと、声の主は佐藤だった。

「あ、おはよう御座います」

「おはようございます」

 挨拶して、二人で乗り込む。いつの間に直ったのか。僕は二階のボタンを押した。階にして一階、だけだから大した事が無いのだけど。そしてエレベーターのドアが閉じて、階が上がろうとした時だ。がくんと、エレベーターが揺れる。

「地震?」

 佐藤が言った。

 僕も感じた。また揺れがある、赤いエマージェンシーのランプがついた時だ。

 ふっと、電気が墜ちる。


 

 完全に見えない。

「佐藤さん!?」危険を感じて僕は、佐藤を呼んだ。

 返事が無い。


 おかしい、あれ、どうしたんだっけ。

「シラノ」女の子の声がする。

 この声は誰の声?

 あれ、僕はお兄ちゃんなんだろ?

 あれ、なんだ、なんで。


――今、僕は何を考えていた?

「佐藤さん?」

 もう一度呼ぶ。声が聞こえた。どうやら、携帯で光を付けたらしい。

「大丈夫です。…シラノ君、なにか変じゃないですか?」

 暗い中、彼女の顔が浮かぶ。

「いや、ええ、まあ」


 そう、僕がおかしい。


 僕はおかしい事を感じていた。

 なんだ、急に、コレはなんだ。動悸がする。

 覚えてない、けれど何かしら無いけれど怖い。

 どうしたんだ自分は、いきなり。

 冷や汗が止まらない。なのに口の中が乾く。

 なんだ、なんだこれ、なんなんだ。

「電話してください」

 僕は奥歯をかみながら、この突然の感情の原因を考えた。

 今更、喧嘩の内出血とかだろうか。血管が破裂するイメージを僕は思い浮かべた。けど、そんな訳が無い。だったらコレはなんなんだ?

 何時もエレベーターなら乗ってるじゃないか。

 暗い部屋も、密室も大丈夫なのに、何故今僕は辛いんだ?

 この記憶は知らない。こんな体験、覚えてない。

 なのに何でこんなにも嫌なんだろ。

 嫌だ、何か嫌だ、嫌だ。

「シラノ君?」

 

 アノ子が僕を呼んでる。

 遊がおびえている。

 僕は『彼女』に手を伸ばす。きゃっと、声がする。

 僕がいるから、僕がいるから。

 だから大丈夫だ。

 僕ら、きっと助かる。

 どうにかなる、だからだから。



「あれ?」

 バッと気がつくと、ぶすっとした顔の遊が見下ろしていた。

「…あれ?」

 そう言うと、無言で遊は僕の頬を叩いた。

 それは拳よりもずいぶんひりひりと、僕の頬に痛みを覚えさせた。

「遊?」

「…バカ」

 そう言って、彼女は僕の手を取る。

 ぐっと彼女は僕の手の甲を頬にあて、腕に縋る。

「馬鹿…」

「…あ、ごめん」

 僕は上体を起こす。ぐるっと回りを見ると、ずいぶんとさっぱりとした部屋だ。

 あ、見覚えある。病室だ、ここ。

「なんで?」

 僕が言うと、ドアが開いた。

「倒れたんだよ、シラノ君」

「アリネさん」

「で、どうして倒れた訳?それも、佐藤さんを死にそうになる程抱きしめて」

「…え?」

 何をやったのだ、僕は。

「とりあえず、お医者にかかってきて。社長の友達だそうだから」

 そのまま僕は制服姿の遊と、パンツスーツ姿のアリネさんに見送られ、病室から診察室へと送り込まれた。

 ひょろりとしたヤモリ顔の医者は、僕に聴診器をあてたり、質問したりする。

「んで、どっか痛くない?口の中切ってたり、身体に打撲あったから、ぼかあ、頭の血管が切れたとおもったんだよ」

……ああ、喧嘩のせいね。僕が納得すると、医者は言う。

「でも、見たとこ喋れてるし、しびれも何ともないんだろ?」

「ないですね」

「だとしたら、君、トラウマだとワタシ考えてんの、君の症状」

 医者は言ったけど、僕は思い当たる節が無い。

「ちがう?」

「ちがいますね、暗所も閉所も自分大丈夫です」

「…なら複合状況だな、特定の状況が再現されるとフラッシュバックする。正しく記憶されたことじゃないから、覚えてもいない。でも、心的身体的には当時を思い出すってかんじ」

 医者はそう言った。彼はカルテに書き加えながら、言う。

「ただ、レアなケースだろね。失礼だけど宮代から、経歴聞いたよ。だから僕はソレじゃないかと言うね」

 僕は、ははと、愛想笑いを浮かべた。

「部下が倒れたというから、粘菌で傷を負ったかと思ったよ。あれもなー、非常に危険だからね」

 医者は、そんな事を言う。

 事実…クラッチによる傷は治りにくい。形状記憶粘菌は、有機物への著しい腐食性をもつ。その実効性は軍用で実証済みだ。もっとも、リアルタイムで粘菌を硬化/軟化させるアーマーは超高額(だからヒーローしか使わない)、だから粘菌を添付した繊維のアーマーが主流だったり、筒も棒も癖が強すぎると言う事で新兵には配備されていないという話だ。

「何かすんません」

 僕は頭を下げる。

「とりま、頭の血管も切れてないし大丈夫。で、あと宮代に蘇生にも困難なほど社員を酷使させるなと言っといて」

「覚えておきます」

 言わないけど。

 

 

 病室に戻ると、アリネさんは帰ったと遊から聞いた。

「帰るよ」

「うん」

 返事を返して、僕は着替えを済ませた。それから遊の後を追う。

 彼女は病院の廊下を歩きながら言った。

「…どうだったの?」

「別になんとも、トラウマだって」

 言うと、遊はぴたりと足を止める。

「トラウマ?」

「覚えてないけどね」

 遊はくるりと振り返る。制服のスカートが、風を巻き込んで膨らむ。

「……ねえ、本当に覚えてないの?」

 彼女は僕が忘れている事を知ってるような口ぶりだった。

「何をさ?」

 遊がそう言ったのが不思議で仕方なかった。

 僕のトラウマを、どうして妹の遊が覚えてるんだろう。そう不思議に思ったのだけど、遊は哀しそうな顔をした。…落胆も在ったのかもしれない。理由が分かんない。

「いいよ、なら。忘れてるのなら、いい」

「何がいいのさ」

「いわない」

 変な遊。

 僕はそう思うと、ポケットのPHSを見た。

 メール一件、内容はアリネさんから帰れとの事。…どうやら休みになったようだ。

「ねえ」

 遊が呼んだ。

「何?」

「…バイト、辞めたら」

 遊は言った。それは突然だったけど、彼女は決意を持って言ったみたいだ。

 小さな手を、彼女は握りしめていた。

「無理だよ」

 即答すると、遊は「なんで」と言う。

「辞められる状態じゃない」

 僕は、遊に告げる。

 君の学費や二人の生活費、家賃、その他、そして君の医療費。

 どう捻出しろというのだ。

「…ッ…分かってるけど、でももっと別のが」

 遊は、それでも言った。

 自分でも、痛い所なのだろう。

「小学生の時見たいに、新聞配達とかいろいろやっても駄目で、ひもじい思いは、もう嫌だ」

 僕がきっぱり言うと、遊は僕の頬を再度叩いた。

 今度は、少しも痛くなかった。

「シラノが心配なの。今日だって、死ぬのかと思ったんだから」

 目に涙を浮かべて遊は言う。

 悪い事をしているなと僕は思いつつ、でも、言えなかった。それで君は不安を無くしたとしても、僕がこのバイトから手を引いた瞬間、路頭に迷う。そんなことは出来なかった。

「遊が大人になるまでだよ。辛抱してくれよ」

 僕が言うと、妹は語気を強めた。

「なによ、自分だって、私と大差ないのに」

「それでも、君の兄貴だ。僕は」

「知らない、わからずや!」

 遊はそんな事を言って駆け出した。

 僕は張られた頬をさすり、ため息をつく。

…何時もこうだ。僕が言っても、遊は理解してくれない。全ては君の為なのに。

「…あーあ、最悪」

 僕は妹が走り去った、廊下の奥を見た。



 それで、休みになったのだけど、僕はすぐに帰らなかった。

 家に戻って気まずい雰囲気がイヤだったので、結局、事務所近くのジムでマシンと仲良くしていた。途中、アリネさんに(彼女はレディース会員だ)遊の事を相談したら、君はまったく女の子を分かってないと言われた。

 けど僕はどうしても、妹を女子としては見れないでいた。

 マシンを使って、負荷を全身の筋肉にかけながら、僕は遊の事を考える。

 遊、僕の妹。

 彼女がまだ幼い事から見ているのだ。

 そんな扱いしらないよ。

 だって、どれだけ可愛くなろうが、背が伸びて大人っぽくなっても、自分が守るべき妹なのだ。それ以外にどう振る舞えというんだろう?距離を縮めて、恋人や夫婦ごっこしろと言っても——僕は想像ができない。

 なら、やる事は一つ。

 僕は彼女の兄貴として、彼女が望む物を与え続けるだけだ。食べるもの、住むとこ、着るもの、それからお小遣い。遊が望むなら、大学、海外留学だって応援してあげる。何か夢を見るなら、その夢の支援を惜しまない。

 遊を傷つける奴がいたら、僕は嫌いな無駄な殺しだってするだろう。

 だからこそ、僕は最近の遊が分からない。

 思春期なのか反抗期なのか、彼女は最近僕に噛み付く。コレで僕がもう少し年齢が高かったらまた違うのだろうけど…現状は先ほどのような口論が多くなった。

 遊は賢い方だ。

 僕の何倍もね。

 だから、余計に気になるんだろう。年齢の近い兄貴が、死ぬ危険を常時冒してまで自分を養う現状に。そして自分が何も出来ない事に、きっと遊は歯がゆい気持ちを持っているんだ。一度働きたいと言ったが、僕は断固として辞めさせた。

 そんな暇があるなら、もっと勉強して、力一杯遊んでろ。

 ぼくとしては、そんな事を思って欲しくないんだけどね。

 あーあ、兄貴は妹からそんな心配されたくないんだ、ホント。

「くっそ」

 面白くなくて、僕は全身が痛むのにも関わらず、トレーニングを辞めなかった。



つづきますー

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