適正とかいろいろ
五
結局、武装戦隊が必殺武器でもってバッタを木っ端にしたのは、ブラックとの遭遇から5分もかからなかった。
僕は、現場入りと同じように現場からの撤退を電話にて報告。
ちょっとぼんやりとしてる、佐藤に声をかける。
「今、事務所に電話入れたんで、あとは戻って終わりです」
僕が言うと、佐藤は僕を見る。
「わかりました」
テンション低いなーと僕は思い、お腹すきましたねと月並みな雑談を切り出した。
けど佐藤は、そうですか?と上の空。
あれ、おっかしいな?
「面倒なんで、タクシーで帰りましょ」
僕が言うと、佐藤は従った。
複合施設から出ると、救急車が横付けされていた。被害者の搬入の用だ。僕はそれを横目で見ながら、個人タクシーを拾う。――〇〇駅までおねがいします。あ、あと領収書切ってください。なんて会話して、先に加藤を乗っけると、隣りに座る。
大丈夫でしたか、お客さん?ヒーローと怪人のなんか在ったみたいですけど。
はは、大丈夫です、無事ですから。
なんて会話をして、話題が無くなる。佐藤が話してくれると思ったんだけど、彼女は何かを考えてるようだった。
頭良い奴って、なんだろね?
やがて会社の前につく。僕は支払いをすませ、領収書を貰う。
佐藤を伴い、タクシーから降りる。車は走って夕闇の国道に見えなくなった。
「佐藤さん?」
僕はあまりにも、上の空な彼女に問う。
「大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫、大丈夫」
何かあったのかしらと、僕は思う。どうにも不審なアレかな?
最後のブラックとのアレが効いてんのかね?
「とにかく、上がりましょう」
頷いた彼女と、会社に入る。入ると、アリネさんが迎えてくれた。
「お帰り、佐藤さん、シラノ君。で、どうだった初現場?」
「とても勉強になりました」
佐藤はそう言う。
アリネさんは、何か察したようで、そんな佐藤に言う。
「じゃ、佐藤さん、疲れただろうから今日は上がりで。あとはシラノ君がやってくれるから、明日、また処理のしかた教えるから」
「ありがとうございます。…では、失礼します」
と、彼女は言ってそのまま退社の準備を始めた。
バタン、と玄関が閉まって、彼女の足音が聞こえなくった。
そうなってから、やっとアリネさんは口を開いた。
「あー、予想通り」
「何がです?」
僕はコーヒー片手にベンチに向かいながらアリネさんに尋ねると、ミッドカーフ丈の白スカートに、黒のサテン地ドレスシャツの彼女は言う。
「アノ子、ぜんぜん修羅場向きじゃないもん」
そう言って、彼女も茶菓子片手にソファに座る。
「でもトッコーですよ?」
僕が言うと、アリネさんは分かってないなあと、言った。
「みんながみんな、シラノ君みたいに肝が太くないの。いーい?」
「はい?」
「君はイカレテルからね、悪くも善くも」
「ちょっと、心外です」
僕が言うと、「さて」とアリネさんは前置きしてから質問する。
答える気はないらしい。
「で、本題。問題はそのブラックだけど…何、見られた訳、クラッチで殺すとこ?」
「や、見られては――ない」思い出してみても、やはり「―と思います」
アリネさんは、黒のロイド眼鏡をあげながら言う。
「なら…お咎めはナシかな?基本、ヒーローにも悪の組織にも不干渉が上の考えだから。目撃されてたら、不味かったけど」
アリネさんはそう言って、僕に、はいっとクリップボードを渡す。
「でも、書いてね、始末書」
いつの間に…
「…はい」
僕はテンションが低くなる。あー面倒くさいと、ボールペン片手に書こうとすると、会社のドアが開いた。
僕らが振り返ると、玄関に人影。入って来たのは、中肉中背のロマンスグレーで顎髭を蓄えた男性……社長その人だった。
「おはよう、巳元、それとシラノ」
低いバリトン。社長は僕らにそう言った。
「おつかさまです、社長。どうしたんですか、今日はリターンされないと伺ってましたが」
アリネさんが、そう言って社長のスプリングコートを受け取る。
社長は、顎をかきながら答えた。
「ところが、行政の担当が出てこなかった。防衛拠点の配備だかで、無駄足食った。逆に、魔法少女と超能力者の対応が出来ないかと土建屋に言われたよ」
彼はコーヒーサーバーに向かった。
アリネさんはハンガーにコートをかけながら、「それは大変」と言った。
「まったくだ」
カップ片手に、社長は僕の真ん前に座る。
あ、これ説教コースかな?
「でだ、移動中に巳元からメール貰ったが、なんだシラノ?ヒーローにクラッチを見られたって?」
ギロリと、三白眼が僕を睨みつける。子供ならチビルだろう。
「…や、ブラックと在ったってだけです」
「状況は?メールのままか?」
僕の説明に、すぐさま社長は補足を求める。
「戦闘員を倒した後、現場に入って来た感じです。幸い、展開はしてましたが、身体で隠せてましたけど」
そう言うと、社長は煙草を咥える。それから、僕の頭にげんこつを入れる。ジャブだと分かったが、速いのなんの…地味に痛いし。防いでも不味いし、僕は甘んじる。
「痛いっす」
「当然だ、洟垂れ。もっと痛くしてもいいんだが?」
そう、社長はジッポで煙草に火をつけながら言う。
…手をアイアンクローの構えにしないで下さいよ。
「シラノってことは、デッキブラシだろ?見えたかもしれねえな」
「…不味いんですか?」
僕がおずおずと効くと、社長は美味そうにキャスターを吸ってから答える。
「不味い」
「マジっすか」
やっべ、やらかしたか。僕が内心冷や汗をかいたが、社長はフォローを入れた。
「が、お前に死ねという程じゃない。完全に目撃されてりゃ、武装戦隊の技術部経由で新型武器のテストだと言うつもりだし、別に怪しいだけなら知らぬ存ぜぬで押し通す。何せ武装戦隊の装備はアラタが受注してたからな。最悪露見しようが、お前の失敗分を現金で上納と、アラタ経由で謝罪入れりゃ解決だ」
僕がホッとすると、社長は言う。
「俺なら、ブラックを切ってただろうが。知ってるか、シラノ?ヒーローは戦死の状況を問われないんだ」
「殺せってことですか?」
「応、何を今更。オレらもあっちもヒトゴロシ、今更一人増えようが変わらん」
流石、元SSS。
軍本局勤務経験者は言う事が違う。実際、この人ならやれから、なお始末が悪かった。事実、現役を引いたのも「子供が出来たから死にたくない」だったし。
「社長、でも見えてないんですよ、お咎め無しで良くないですか?」
そこでアリネさんが話しに入ってきた。
「…そう思いたいだろ?だが、締め付けとかの回避だ。巳元、念を入れて、アラタの営業、誰だったか?あの狐の名刺出しておいてくれ。本部長に掛け合ってくれるように事前に根回ししておく」
社長はそう言って、紫煙を吐く。
「了解しました、社長」
僕は始末書を抱えて、なんともバツの悪い気持ちになった。
「ま、俺からは以上だ。お前はよくやってくれてるよ」
そう凹んだ僕を気遣う様に、社長は珍しく僕を上げた。
「珍しいですね、社長」
「いや、お前は根性はあるからな。そこは買ってる。それにしても、筒持ちの連中どもの根性の無い事……東の馬鹿もそうだが、死んだ新人もそう。手前の得物で手前を殺すなんてどんな馬鹿だ。新兵だってやらねえぞ」
社長はそう言うと、灰皿に灰を落す。
「あ、東さんの件ですね?」
アリネさんが、名刺ファイルを探しながら顔を上げた。
「そう、銀行の担当に話付けて来た。追加融資枠の取り消しと引き換えに、借金チャラにしろってな。やっこら不況だから出さんそうだ、しゃーねえから営業を変えるしかなかろうな」
「ちょっと、社長、それだと補填が」
「おう、不味い。俺の、黎明あたりを売るか」
社長は、そう自分の現役自体のクラッチの名前を出した。
「売るんですか?確かに貴重なモデルですけど、セコハンなのに買う人なんて…」
僕が言うと、社長はにやりと笑う。
「乾式の末期だ。部品が足りねえ、欲しい奴は喉から手が出る」
そう言った、社長にアリネさんがため息をついてから言う。
「…でも、200も300もしないですよね、社長」
「それなんだよな…行っても100だな」
社長は、そう言うと、僕を見た。
「…そうだ、シラノ。それで思い出した、どうだ、トッコーの嬢ちゃんは?」
「佐藤さんですか?」
僕は意外に思った。社長がそんなことを聞くなんて…
「ああ、そう佐藤。研修枠が足りないからと、担任から頼まれてな、何か怪しいが今後の為とウチで拾ったけど……どうだ?研修もお前が見てんだろ、何か在れば教えてくれ」
僕と、アリネさんは顔を見合わせる。
「なんだ、お前ら、顔を見合わせて」
「いや、調度話していたんですよ、彼女向いてないって」
社長は二本目の煙草を吸っていたのだが、はっと、笑った。
「ったりめーだ、トッコーっても人は色々だ。軍務でも、耐える奴は耐えるし、無理な奴は無理だろ。自分もいたから分かるがね、それこそ、単に『かっこ付け』なら、私ならヒーローに行けという。『本郷』や『天道』みたいになりたいという奴でも、俺は断るとも。敵性が無いならばな」
社長は、現在この業種に置ける頂点の二人の名前を挙げた。
ランクSSSの化け物、ヒーローと悪党の天敵。
「しかし…そのブラックの行動が読めない。んでまた、追うかね?連携から外れて」
「正義感じゃないですか?」
アリネさんが言うと、社長は馬鹿いえと言う。
「巳元、お前、自分が現役だった頃、相棒の淫獣とロッド片手に敵の召喚した雑魚を覚えてるか?覚えてないだろ、だから引っかかるんだ」
「え、それは分かりますけど……ちょっと社長。現役の話はしないでくださいよ!シラノ君、いるじゃないですか!わかります?私隠したいんですよ、マジですよ?!」
「?」
僕が分からずアリネさんを見る。すっげー慌ててる。何かやましいんだろうか。
視線を戻すと、社長は僕を見て、にやと笑う。
「あ、お前話してないのか」
「当たり前です!もう!あんな過去誰が話せますか?」
アリネさんは、ぷりぷりと怒った。
「おいシラノ、巳元がお前に阿呆な事したら、俺に言え。アイツの恥ずかしい話を教えてやる」
「もー社長!」
「???」
さっぱり分からない。アリネさん、若い時、何かしてたんだろか。
そんなアリネさんをなだめつつ、社長は僕に言う。
「ま、お前のフリフリきゃぴきゃぴのメルへ「社長、本気で怒りますよ?」…現役時代は黙ってやるよ。話を戻すがシラノ、あまり気にするなよ。死なねえのが一番だ。何時も言ってるが…自分より弱けりゃ殺せ。同等なら、引きを考えろ。強けりゃ逃げろ、分かるな?」
「はい」
「いい返事だ。あと、シラノ、クラッチの補修はしとけよ」
「へ?何でです?」
「お前、連チャンで間違いないから」
「oh…」
僕は呻いた。
まだまだつづきますー