バイトで本腰
四
遊に電話をかけたら、出なかった。
で、放置してたら鬼電された。
残しておいた留守電を聞いたようだ。
気がついて、電話に出ると唐突に「いい加減にしてよ!」と、怒られた。逆ギレだと言ったら、「アンタはキレてないから逆ギレじゃない!」と言われた。なるほど、自分がキレる訳じゃないから逆切れと言うんじゃなくて、切れられてる対象がキレると逆切れになるのか。
なんて事を考えていたせいだろう、後半、遊が本気で怒りだした。
「シラノの馬鹿、顔も見たくない!」
「え、マジ?それは辞めて」
電話を切られた。
うわー、なえる、めっちゃ萎える。
「誰に電話してたの?」
背後から、ぬっと、佐藤が声をかける。
ソフトクリームを買って戻って来たようだ。
こうしてると、ぱっと見、カップルにしか見えないんじゃないかしらん?ふたりとも学生服だし。しかし佐藤、勉強ができる筈なのに、周囲に大人がいない時はフランクな話し方になる。
僕が『ちくらない』と思ってるんだろうか、だろうなあ。
「妹」
僕はそう言った。
「妹さんいるんだ。幾つ?」
「14」
「中学生だね」
「そ、反抗期、思春期」
僕がそう言うと、佐藤は笑う。
「君も違うの?」
「これでも17なんだけど」
「…うそ、高校生?」
酷い言い草だ。中卒のフリーターと思われていたらしい。
まあ、違いないけど。現に一年、中学を出てから働いていた。
今も「高校は出とけ、全日のだ」と社長の一声があったから通っているようなもんだ。
「二年?」
「一年」
僕が言うと、佐藤は思いっきり笑った。
「ダブり?ちょっとまって、君、そんなにも馬鹿なの?」
「ちげーよ、一年働いてたんだっての。浪人生だったの」
僕はそう言って、コーラを飲む。
打ち解けはしてるのだろうが、ちょっと複雑な気分だ。今、僕らは業務の待機時間だ。すこし後にこの場所に悪の組織が現れる。ソレを追ってヒーローが参上する。
で、僕らの仕事は、ヒーロー達の監視と、戦闘員の討ち漏らしの討伐である。
楽な仕事だ、驚く程。
夜間戦のように、ヒーロー様が見落とさないだろうし、日中だからギャラリーも多い。討ち漏らしは有り得ないだろう。しかしだ、万一という場合もある。
僕は仕事道具を気にしながら、会話に戻る。
「働いてたって…これで?」
「そ」
「嘘でしょ?ねえ、本当のこと話して。Bメジャーも嘘じゃないの?だってその若さでないでしょ」
佐藤は口早に言った。
どうにも本当に嘘だと思ってる様子。
無理からぬこっちゃね。だって、トッコーの生徒がこんな吹けば消えるの中小企業へインターン。
でもって、OJTの相手が自分と年齢の大差なかったら思うだろね。
「本当だよ、ほれ」
僕は、ポケットから原付免許と一緒に、特記兵器責任者証を出す。
「ほんとだ」
彼女はマジマジと見た。
だが何処か、不自然な感じを僕は受ける…気のせいか。
「でしょ」
僕はそう言って、ポケットにソレらを戻すと、鞄からクラッチを取り出した。
もう時間だ。それに、準備しておくにこした事は無い・
「ちょっと、早くない?」
佐藤はそう言ったが、僕は頭を切り替える。
黙ってと、手でジェスチャーを出すと、僕は椅子から立ち上がる。
それと同時。
時間きっかりに、ソイツはマンホールを突き破り出て来た。ぬらぬらと、下水に濡れた肌、虫の頭部に人の身体を合成した怪人。武装戦隊の宿敵、『鍵風車』の怪人で間違いない。
バッタ怪人は周囲を見渡すと、口上を述べる。
「ヒャーーーーーーハァーーーーーーー、鍵風車が戦闘員、バッタモンサのお出ましだ!」
周囲に動揺が走る。
僕らは今、複合商業施設の屋外にいるのだが、その空気が凍る。いくらテレビで見ている、新聞で見ていると言っても、やっぱり体験するのは違うらしい。
大人は固まるし、子供は露骨に泣いている。
「さーて、俺たちの計画の為に、来てもらおうかぁーーーー?!」
バッタ男は、脇のポーチから、ネジを散蒔く。
僕は見慣れたが、佐藤は硬直している。ネジが地面に刺さると同時、下級戦闘員が生み出される。
僕はクラッチを握りつつ、佐藤に言う。
「行こう、移動だ」
「…っ、わかった」
彼女と、怪人に背を向け走り出す。
が、間の悪い事に、一体に目をつけられた。いや、まて、こんな事在るかと僕は思ったが、来るのだから仕方が無い。更にだ、ついてない事に、動きが速い。あっという間に、こっちへ肉薄する。
「…ッち」
舌打ち。
どうも、佐藤狙いらしい。
僕は彼女を突き飛ばすように先に行かせると、敵に向き直る。戦闘員が飛びかかる。その瞬間に合わせ、僕は身体を半身引く。外側に身を入れ足を引っかける、そのまま手首をとり、外側に身体を反らせる。あとは、速度の問題だ。
戦闘員はしたたかに地面に打ち付けられる。
僕は、その頭を蹴り飛ばしてから、佐藤の元へと走った。
僕が走り出すと、同時、反対側から五人の男女が駆けて来た。
オセーよ、馬鹿ども。
「鍵風車、貴様の悪行は見過ごせねえな」
レッド。
「楽しいひとときを壊して…!」
ブルー。
「カップルだっていたのに」
そりゃ、僕らの事かイエロー。
「その悪、見過ごせませんね」
ブラック。
「みんなの為に!」
ホワイト。
でもって一列に整列、手には既に、『アラタ』か『ダイバン』のアーマーツールを握ってる。なんたらチェンジャーだか、んたらドライバーだった筈。
名前は忘れた。
興味も無い。
彼らはそのまま、叫ぶ。
「「「「「チェンジソウルセット!アームマン!」」」」」
起動と同時に、スーツが形成される。
「武装戦隊アームマン!」
――――いてえ。
僕は、離れた箇所からその様子を眺めていた。
ポケットからラークを取り出し、咥える。
「バッタモンサ、覚悟しろ!」
アームレッドが言った所で、僕は煙草に火をつける。
あー、ヤニが美味い。と思った瞬間、佐藤がキレた。
「ちょ、あんた何煙草…!」
「あー、まて、まってください。あれです、ストレスぱないじゃないですか?」
「仕事中でしょ?!」
やれやれ、優等生はと僕は思いつつ、煙草を携帯灰皿に捨てる。
「オーケー、これでいいですか?」
「いいけど、ねえ」
彼女は僕を見る。言いたいことは在るようだ。
「ポイ捨て辞めようよ」
しねーよ。
逆にこっちも言いたかった、アレくらい捌けと。
「…それと、さっき、あんた何したの?」
彼女は僕の投げ飛ばしを聞いてきた。
「何って、投げです。合気道のパクリ」
「パクリって、アンタ、訓練とか受けなかったの?!」
「いや、ないですよ?」
訓練?なんのことだろ。練習を除けば実践在るのみだったからな。
トッコーにはそんなカリキュラムも在るのかと、僕は感心した。
「…うそでしょ?」
露骨に、佐藤がおびえているのが分かった。
なんでだろ、そんなに変な事か?
「本当です」
それっきり、佐藤は黙った。せっかく話せるようになったのに、残念だ。
僕は視線を武装戦隊と鍵風車の戦いに向ける。おーおーやってる、鍵風車の怪人を五人掛かりでボコッてる。回りを戦闘員がかこむが、火力で負けている。その内、珍しい事だけど、一体が迷い出た。
そして路地へと向かう、はぐれ。
「…佐藤さん、行きます」
僕は後ろの佐藤に声をかける。
佐藤は「分かってる」と言って、僕の後ろをついて来た。
戦闘員と一口に言っても種類が在る。
例えば、今、武装戦隊と殴り合っている鍵風車の戦闘員はネジ式だ。逆に、銀河警部の下っ端だと種から生える。どちらも、地面に刺されば生えてくるなんて高性能なのに、怪人よりもコストが安いらしい。
仕組み?それは知らない。
クラッチの製造元に問い合わせれば教えてくれるのだろうが、知ってどうなる知識でもない。どうにも、戦闘員技術は守秘義務が固い。
噂で聞いたが、何処かにはホムンクルスを使うリッチな組織もいるらしい。
話題を戻す。
僕は戦闘員を追う。
いつも、この追う時は複雑な気分だ。
彼らってさ、逃げているのか、それとも職務に忠実なのか。
或は狂っているのか、まともなのか。
僕はソレを考えるけど答えは出ない。なにせ何時も倒すから。やがて、奴は僕に気がついて振り返る。
奴は戦闘行為に入ろうとするが、遅い。
僕は鞄に手を突っ込むと、そのままクラッチを引っこ抜いた。
結果は簡単。
「?!!」
結局、彼——安物戦闘員は我が身に何が起きたか分からなかったろう。
僕は、アラタ製白兵戦型クラッチ―ASS-PT-0052通称『デッキブラシ』でもって彼を上下半分に両断していた。彼は最後にもがこうとするが、それより先に、僕は彼の顔面の中心に刀身を突き立てる。
手応えなんて無い。
「いっちょ上がり」
僕は刀身をブンと振るった。
この『デッキブラシ』は分類だと白兵型のポールタイプになる。
クラッチは大きさでタイプ分けされており、ペン、バトン、ロッド、ポールの四段階と上記外に分類される。ペンがナイフ、ポールが槍クラスだと想像して欲しい。
で、僕はチャンバラでのリーチを好んで、本来槍であるデッキブラシを剣として改造し扱っていた。リーチが長いと、何かと便利だから。閉所だと振れないけど、その時は『スクレーパー』に持ち替えるだけの話しだし。
「…終わったの?」
ひょこっと、佐藤が顔を出す。
トコトコと歩いて来て、僕のすぐ後ろで灰になる死体を見ていた。
「うん、終わりました」
僕は、バックを拾いながら、彼女に返事を返す。
「今、組み立てる瞬間見えなかったけど、どうなってるの?」
僕は、頬をかいた。
タネは簡単だ。フレームとハンドルが擬似的に一体になっているから出来るだけ。人から見れば、強引な引き抜きだが、仕掛けはちゃんとある。フレームをマジックハンドの用に折り畳んでる事に加え、ハンドルも居合い抜きに加工してある為、そんな乱暴な起動でも折れないのだ。
「ま、慣れです」
あと、裏の理由でだけど、クラッチを持ってないと一瞬錯覚させるためもある。
武器無しに思わせる方が、闇討ちにはうってつけだし。
「さててった――」
一瞬だけ、気を抜いた。が、殺気に気がつかない程の間ではなかった。
刹那、僕は強引に佐藤の肩を引っ張った。
「ちょ!」
佐藤は文句をあげるが、仕方ない。殺気を感じ、ポインターを視認したからだ。
見れば路地の入り口にアームブラックが立っていた。
見られたか?
僕はひやりとした。面倒だが、クラッチの廃棄も考える。我々は裏方。秘匿の為に、クラッチは―――どれほど高価でも――その場で破棄しても問題の無い設計になっている。技術屋曰く、破棄しても、復元は難しいそうだし。
「大丈夫ですか?」
ブラックは、ポインターを外して僕らに言う。
随分な対応だな。僕を狙ったのに。
「はい、大丈夫です」
声を作って答える。
「戦闘員が来ませんでしたか、鍵風車の?」
「奥へ逃げましたよ」
僕が言うと、ブラックはそのマスク越しでも分かる疑いの視線を向ける。…不味いな、疑われているか。怪人の人間体だと思われても面倒だ。僕が状況を打破しようとすると、背後で爆発が在った。
……どうやらバッタが爆破をしたらしい。
「すぐ戻ります」
ブラックはそう言って、引き返す。
僕はふいーと息をつきつつ、佐藤に言う。
「上がりましょうか、どうせ勝つでしょうし」
「ええ…」
意外な程、佐藤は大人しい。
そして、気のせいか僕に対して怯えが見える。ポインターに気がついたのがそんなに恐ろしかったのかな?
なんでだろ?
それよりもクラッチの目撃が在ったかもしれないので、僕はうんざりする始末書を考えながら、はやくバイトが終わる事を祈った。
つづきます