どうにもぱっとしない
続きです
三
一昨日の晩、バイトだった。
昨日の夜も、バイトでした。
戦闘員をぶっ殺すだけの、何時もと同じ作業。で、帰り道に新人がやっぱり死んだらしい。で、死因は何かと加納に尋ねると、戦闘でなくクラッチの暴発らしい。あーあ、何やってんだよと思ったが、話のオチがその新人を連れていた奴も運悪く怪人に見つかって戦死だそうで、これは笑った。
で、寝れない日が連続してた。
話しが飛ぶし、何故寝れないかって?
人員が抜ければ、仕事は他に回ってくるだろ。おかげで、昨日、アリネさんに上がっていいと言われて上がったのに、結局もう一度出勤する羽目になった。人手がいないせいで、別の現場に急行する事になった。結局、その日、切り捨てた数は普段の二倍に達した。
そのため遊の機嫌をさらにこじらせる事に、僕は成功していたようだ。
「おきろ」
だから妹に、蹴り起こされるのは本日で二日目。
もう、慣れた。
「……おはようございます、遊」
「馬鹿兄貴、また起きないと思ったら…」
面目ないと僕が立ち上がると、遊は言う。
「馬鹿、そんなのなら辞めれば良いのに」
辞めてどうすると、寝起きだから、のど元まで台詞が出た。
しかし言っても仕方が無い。だから僕は言う。
「善処するよ」
「その台詞聞き飽きたから」
彼女はそう言って、さっさと自分はダイニングに引っ込んだ。だったら起こさなければ良いのに僕は思うのだけど、彼女なりの向き合いかたなのかもしれない。
彼女は14、僕は17。
今年でもう、八年だ。
僕が遊の、遊が僕の、『きょうだい』になって。僕は着替えを済ませると、煙草を探した。学校前に一服と思ったからだ、ところが探してもラークは見つからず、おかしいなと思ってゴミ箱を開けると昨晩半分残しておいた筈のダイエットコーラに沈んだ赤いパッケージが見えた。
気分が沈んだが、妹に文句は言えまい。
朝食はグラノーラとバナナとかフルーツ類。
僕はシリアルをかっ込んで、バナナをほおばる。それから洗面所へ向かって髭を剃って、髪に櫛とワックスを入れた。遊は、着替えに部屋に引っ込んだ。
何時もより支度が長いので、僕は部屋をノックする。
「遊ー、いけるかー?」
妹に問うたが、彼女は部屋から「まだ無理」と言った。
あの日か?いや、違うな、だったら今朝に限って何でまたすんだろ?
むうと、悩むと、いきなりドアが開いた。
「…んで立ってんのよ」
「待ってたし」
「バアカ」
鼻に抜けるような声で言う。
遅かった原因を、僕はそのとき分かった。すこし、彼女から花の香りがする。オーデコロンかパフューム…いいや、そんな背伸びじゃなくてただのボディコロンなのかもしれない。
「…気になる男の子でも出来た?」
僕が言うと、遊はぴたりと足を止めた。
「知らない、行くよ、兄貴」
「答えになってないけど?」
「馬鹿」
ネタにしすぎたかと僕が思うと、遊は全然痛くないパンチを脇腹に入れる。
「……鍛え過ぎ」
「おう、ベンチで100kgあげられるよ?」
「また、ジムマシーン置いたら怒るから」
僕はぽりぽりと頬を掻く。
買いたいんだが、遊が許してくれないのだ。ダンベルでさえ自分の部屋だけでしか使わせてくれないし。
「早く行くよ、遅刻しちゃうから」
「はいはい」
僕はそう言って、気難し屋の妹の後を追って、外に出た。
後は午前中は特に何もなかった。
唯一のイベントは、昨日撃退した不良の主、つまり三年がツラをかせと言って来たくらいか。面子を潰され面白くないそうだって。仕方が無いので、一発殴らせてから、適当な取り巻きを死ぬ程ボコった。萎縮させるだけのツモりだったのだが、全員、腰を抜かした。
やれやれ、鼻骨を折って瞼を切って、肩を脱臼させただけなのに。
仕方ないので、何時もの用にノシた、以上。
さて昼休みを挟んで、歴史、化学と授業が終了した。
「さて、行きますか」
僕は駐輪場で、ジオスにまたがる。気分は乗らないが、行かねば。
なにせ昨日のバイト後、アリネさんから、今週は放課後事務所に寄ることを命令されていた。これも、佐藤のせいだ。僕は彼女への悪態(僕が彼女にナニカされた訳ではないけど)を内心で歌いながら、自転車をこぐ。
快適なツーリングで、事務所へつく。
階段で事務所に上がると、アリネさんがデスクから顔を上げた。
「おはよう、シラノ君」
「おはようございます」
そう言って、僕はタイムカードを押す。アリネさんは、そんな僕を見て言う。
「昨日は御免ねー、シラノ君。出てもらって」
「別に良いですよ」
妹には激怒されたけど。
「でも、すごいよね、八人切りだっけ?」
「大した事無いですよ。その、死んだ東さんみたいに怪人を切った訳じゃないですから」
僕が死んだ奴の名前を出すと、アリネさんはうーんと困った顔をした。
「まあ、そだけど。でも、東さん、東さんなあ…」
「どうしたんです?」
コーヒーサーバーでエスプレッソを落しにいこうとする僕に、アリネさんは言う。
「一応ね、東さんの借金は返済出来た訳」
「まあ、死にましたからね。契約時の死亡金で補填でしたっけ?」
僕らのバイトは、なんらかの事情がある。
加納みたいな異常者でなければ、大抵は借金、犯罪歴、身内に893…元反社会勢力と言った具合だ。だから僕らは業務契約時に、多額の保険に加入する。それで個人的な問題を死亡時に解決、でもって会社はその差額で儲けるという仕組みだ。
「そ、で問題なのは、あの爺、金額をちょろまかしてたわけ。おかげで社長がカンカン」
「ははは、金の鬼ですからね」
「笑い事じゃないわよー、と言うか、シラノ君は社長の秘蔵っ子なんだから意見したげて」
「拾ってもらっただけですよ」
僕はそう、アリネさんに言う。
そう、拾われただけ。
でも実際に、彼の財布のおかげで僕ら阿久兄妹が救われた。だから社長に恩義を感じている。
「ま、なんとかなります。替わりに新人の採用をしないといけないけど」
「部長が頑張るでしょ」
「えー、大桑部長が?現場戻りたくないってぼやいてたよ?」
「あいや、採用の意味で」
僕が言うと、アリネさんは「そうだね、御免ね」と笑う。
「ま、それよりも君は、アレだ、佐藤チャンをどうにかだね」
「…今日は何をするんです?」
質問すると、よくぞ聞いたと、アリネさん。
「はーい、新人オペマニュアルでーす」
「まさか?」
嫌な予感がした。手渡された厚いファイルに、嫌な予感が走る。
「現場に連れてって、あ、死なせたらペナルティだから」
そう、2Xの美人は臈長けた笑みを僕にぶつけた。
恋に墜ちそうだ。
鬼と、閻魔を倒さないと行けないだろうが。
「…おはようございます」
「あら、早いね、佐藤さん」
くるっと、さっきまで恐ろしい事を口にしていた彼女だが、バリッバリの営業スマイル(男子キラー)を佐藤に向ける。遊もそうだが、女って怖いなーって、僕は思いながらコーヒーを啜る。
「ええ、高校が早く終わったので」
「そうなんだ。トッコーでも普通の学校みたいなんですねー」
「ええ、全然普通ですよ」
普通、それは自分の半径五メートルの平均のことを言ってんじゃないの。
僕はそう思いつつ、一応、コーヒーサーバーで新しいコーヒーを落しておいた。佐藤は僕に気がつくと、会釈する。僕も頭を下げる。
ここまで会話無し。
「じゃ、ちょっと待っててねー、今、受注票渡すから…あ、分かるよね、昨日流れを説明したし」
「ええ、アレですよね。その場所とか時間とか依頼主の書いてある」
「そそそ、施行の予定表ね。注意事項とか、補足とかね」
アリネさんは、そう言って、リコーの複合機からA4の紙を取り出す。
最初に佐藤、次に僕。
「じゃ、シラノ君は、昨日の連絡の通りだから」
「事前の手配連絡なくなったんですね」
僕が施工票を見ながら言うと、アリネさんが言う。
「うーん、システムの関係でね。一括送信とか、ダメになったの。業務秘匿が法改正で重くなったから」
「…何処かの委託会社でしたっけ?」
「そ、悪の組織に内通…で、軍の本局からSSS派遣で殲滅戦のアレ」
思い出した。
悪の組織に、ヒーローの情報を流して賄賂を受け取っていた話だ。結果、その人物は、処理対象として同僚に討伐されたと言う。
「あ、御免ね、佐藤さん」
アリネさんを、佐藤が呼んだ。
二人が話す間に、僕は自分のバイトについて考える。このバイトは、極論を言えば国家の意思だ。正義に肩入れをするつもりは無いが、悪をのさばらせるのも面倒。
だから釣り合わせれば良い。つまり体のいい間引き。
僕らはそんな事をしている。
正義が強くなれば良いのだが、どんなヒーローも悪を駆逐するにはいたらないし、逆に悪の組織も正義を打倒するにはいたらない。僕らはその、調整だ。天秤が等量になるように、倒す。
ここに、善悪なんて無い。業務だけ。
だからこそ、トッコー、特務教育機関高等部から学生がインターンに来る訳だ。将来の国家を担う人材に、暗部の表層を見せておく。でもって、選別してるんだろう。
お前はそれでもやるかって?さ。
「シラノ君?」
「あ、はい?なんですか?」
アリネさんに話しかけられて現実に戻る。
「御免ね、佐藤さん。ぼんやり屋さんだけど、強いんだからシラノ君」
「本当ですか?」
じっと、佐藤は僕を見る。
あ、分かった。露骨に馬鹿にしてやがる。
「Bメジャーです」
「…Aじゃないんだ」
うるせえ、と僕は内心で毒ついた。
まだ続きます