シラノとそのJK
続きです
二
醜態を晒したので、僕は授業のサボタージュを考えた。
だけれども職員室にも行きたくなかった。面倒だから。
それで、鞄を掴んで屋上にエスケープしようとしたら、クラスの委員に呼び止められた。その子がおかめ納豆みたいな顔だったら無視したのだけど、可愛かったから真面目に教室に残った。馬鹿だなと、思いつつも、とりあえず抵抗の意思を示す為にヤングマガジンを取り出した。
…結局一度も注意されなかった。
そのまま昼休みになった。
「おかしいな」
僕はぼそりと呟きながら、昼飯のパンを食べていた。足下には、先ほど打ち倒した不良(笑)らが伸びている。誰でも活用できると校則にあるのに、占領しているから成敗した。ワンパンで昏倒なのだから、鍛えてないのだなあ。
…もっとも、僕と比較するのがおかしいのだが。
何はともあれ僕はせっかくの昼休みを満喫していた。煙草、ラークもがめたし。
天気もいいし、風も吹いてる。良い日だ。これで遊の機嫌が直ってくれればサイコーなんだけど、どうなんでしょうか?
「暇だな」
ヤンマガをぽいと捨てると、僕はELOを取り出す。暇つぶしに読もうと、指をかけた。
そんな時に限って、PHSが鳴る。やだなーと思うけど、バイト先ならしかたない。
「はい、阿久です」
「あ、シラノ君?おつかれー、今、ガッコ?へーきかな、電話?」
電話の主は、アリネさんからだった。
彼女は東日本警備社の受付嬢兼事務員、花も恥じらう2X歳の美人さん。
「大丈夫です。どうしました?」
僕は学ランのポケットから、リングメモと0.5mmのボールペンを取り出す。
「や、ちょっとねー、部長からのお願いなの。ほら、シラノ君さ、ランク今、Bメジャーだよね?」
「そですね」
「でねでね、新人の面倒を見て欲しいの」
「僕が?」
アリネさんの申し出は意外な物だった。
だって、僕が面倒を見ろってこと?どう言う事?
「まってください。僕、Bメジャーですけど、17で未成年でバイトですよ?」
決まりきった事を言うと、アリネさんは「ごめんね」と前置きしてから教えてくれた。
「面倒を見ろって、フルタイムで見てーってわけじゃないの。『クラッチ』が使える人で、AかBの『棒』使いだと、シラノ君くらいしかいない訳。ほら、Aの人たち勝手だし?それから、ウチ、Sは一人しかいないじゃない?だからなのよ」
「いやいやいや、事情は分かりましたけど、だからって…」
僕が言おうとすると、アリネさんは言う。
「軍部の高校、トッコーからの子なの。ほら、現場研修、あるの知ってるよね?」
「ああ…そゆことです」
一応の納得が行く。僕らの仕事は国からの認可制、外部団体みたいなものだ。正規の軍関係者でなく、その教育機関の学生なら、ウチに回って来ても不思議じゃない。行政からも研修来るし。
でも僕はやだなーと思った。
「安心してよ。18の女の子だから。一歳上のおネーサンだから話しやすいと思うな?」
なんて、アリネさん。
「勘弁してくださいよ。僕、遊とだって上手く行ってないんですけど?それで年上だから大丈夫って…だいたい、高校もダブってますし、一年ですよ。その」
僕はまだ文句を続けたかったのだけど、大人のアリネさんは僕の言葉を遮る為に、僕に対しての印籠を口にした。
「はいはいわかりましたシラノ君。でも、これ、社長の命令だからね?」
「げ…」
僕は返事が返せなくなった。
社長にも、僕は頭が上がらないのだ。
「てことで、そんなかんじ。的な?あ、あとシラノ君、アラタとかウスロハとかダイバンからカタログ来てるからヨロ」
そして通話が切れる。
僕はPHSを見つめ、それから妹に帰宅が遅くなる事をメールで入れた。
学校帰りに事務所に寄る。
駅前から二つ通りを裏に入る。一階のキャバクラのねーちゃんが煙草を吸っていた。僕は会釈してから外階段をあがる。エレベーターが壊れていた、修理は社長の承認待ちらしい。
「おはようございます」
ドアを開けると、アリネさんが顔を上げた。
「おっす、おはよー」
「はいおはよう御座います」
僕は、そのまま、玄関脇のタイムカードを押す。
もっとも、ほぼ使わないのだが。普段だと。
「早いねー、何、タクシー使った?」
「いえ、自転車ですよ?」
「なんだ、シラノ君、あの捻挫以来、原付乗らないんだ」
長い髪をアップにしたアリネさんは、そう言って笑う。
「そうですよ、僕は臆病なんです」
「安全だねー。ま、ハンドクラッチの原付をおいとく部長が悪いんだけど」
そう言って、アリネさんは事務所を見渡す。
雑居ビルを改装した事務所は狭い。会議室と言う名目の談話室、それから社長室、応接室とセパレーターで仕切ってあるだけで、基本ワンフロアだ。アリネさんは、書類作業を終えると立ち上がる。
「んじゃ、応接室で待ってて。あと10分で、彼女くるから」
ニットカーディガンに、灰のベルト付きワンピースの彼女は、コーヒーサーバーに向かう。
「ブラックで良いっけ?」
「アイスでお願いします」
あいよと、アリネさん。彼女からカップを受け取り、応接室へ向かう。
鞄から、ハイレゾプレイヤーを取り出して、イヤホンを耳にさす。それで、インストでも流してみる。僕は灰皿を引っ掛けようとして、やめた。彼女と会う前に吸うモンじゃない。
で、しばし待っていると、アリネさんが対応する声がする。どうやら来たらしい。
しばらくして、応接室のドアがノック。僕は、イヤホンを引っこ抜いて立ち上がった。
「はい、じゃあ、佐藤さん。彼が、チューター役の阿久シラノ君」
そう言って、アリネさんが紹介する。
彼女の影から(アリネさんは背が高い)、佐藤と呼ばれた女子が出て来た。ぱっと見、大人しい感じ。トッコーだからバッキバッキの真面目ちゃんを予想していた僕は、内心拍子抜けした。なんだ、全然優等生じゃないじゃないか、ソレが僕の印象―――肩甲骨くらいまでの長い髪。ちょっと垂れ目気味の目元は、穏やかな感じ。ちょっとアヒルな感じの唇とか、子供っぽい感じかな?
ナシかアリなら、アリだな。
「初めまして」
そんな、彼女の容姿に点数を付けながら挨拶をすると、彼女はびっくりした様子で言った。
「…あの、巳元さん?違うんじゃないですか」
「あ、ゴメン。写真送らなかったから、そうだよね。やーでっかいけど、本人、本人」
どうも、僕の身長で向うは別人だと思ったらしい。
だよなー、流石に180後半で老け顔だと学生ポクないか。
「阿久です。本人ですので」
僕が付け加えると、彼女は「ごめんなさい」と言ってから、自己紹介した。
「佐藤麻衣理です」
「よろしくお願いします」
と、僕は挨拶して、そこから何を話せば良いのかと困った。
合コンでもない訳だし、行った事無いけど。何を言えば良いのか、迷うと、アリネさん。
「じゃ、顔合わせした事だし…あー、シラノ君?」
「はい、なんでしょ?」
「倉庫でクラッチとか説明して来て。そそ、説明の時は略語を使わないように。終わったら、帰って来てね?佐藤さんに、書類とか書いてもらわないと行けないから」
「了解です」
なるほど、理解。
実演してこいと言うこと、らしい。
業務の前に軽く説明してこいとの命を受けた僕は、アリネさんに言う。
「んじゃ、鍵下さい」
「はいよ。あ、そうそう。デモ機、置いてあるけど、使わないでね」
「誰が使いますか、誰が」
僕が言うと、アリネさんは言う。
「シラノ君はやらないだろけど、同じ業者で、こないだバイトが筒を暴発させたからね。注意注意」
事前に用意していたのだろう、鍵を彼女から受け取る。
僕はその鍵を持って、佐藤さんを見る。
「あー…じゃ、行きますか」
「はい」
返事を返してくれた。
アリネさんに鞄をお願いしますと、頼んで、僕らは事務所から出た。さっきと同じ階段を下る。会話は無い。僕はそれでいいやと思った。知らない男子と無理に話す必要も無いし。そのまま、事務所のビルの敷地から出ると、目の前のビルに向かう。
入り口で、警備員さんに挨拶。
社員証をポケットから出してみせて入館手続きは完了。エレベーターでB1へ向かう。
ここまで会話ゼロ。
「…じゃ、ちょっと待っててくださいね」
僕は佐藤さんにそう、言うと、廊下奥の調光盤を触る。
倉庫に電気がついた事を確認してから、鍵を使ってドアを開けた。倉庫は、埃臭かった。金属製の棚が三列、それから業務上の書類を入れた段ボールが並ぶ。僕は、そのまま倉庫の中へと進み、機材メンテの為のスペースに佐藤さんを案内する。
「座ってください、すぐ用意しますから」
僕が言うと、佐藤さんは、ベンチの埃を払いつつ返事を返した。
「わかりました」
「…では、ちょっとすみません」
僕はそのまま、彼女に背を向けて棚に向かう。
スペアやら、パーツでごちゃごちゃしてるが、何処かに新人用の奴があった筈だ。僕はそれらしき、アルミのブリーフケースを見つける。
「あ、これかな?」
間違いなさそうだ。それから棚の脇に、アリネさんの言っていたデモ機も見つけた。
僕はデモ機には触れず、ソレを持ってベンチに戻った。
「…お待たせしました。コレが、『クラッチ』です」
僕が言うと、佐藤さんはジッと僕を見た。
「ええ、研修で見ました」
――――む。少し僕は、思う所があったが、言わなかった。向うが年上である。下手な事は言わない方が良い。
「じゃ、使い方…分かります?」
「ええ」
「それなら、説明…とか不要でしょうけど、一応」
なんとなく癪だったので、僕は知ってる事を再度説明してやる事を思いついた。鞄を開けて、中身を取り出しながら、僕は説明していいく。
「はい、コレが鞄の中身です。クラッチ、形状記憶粘菌兵器です」
僕は一つづつ指差しながら言う。
「まず、コレが核のハンドルです。僕らは把手って言います。次に、武器展開時の構造材になるフレーム、骨なんて言ってます。で、最後に形状記憶粘菌のパウチ…粉とか液とか言いますね」
彼女は知っていると言う感じだ。
僕はそれで、意地悪したくなった。
「ところで、佐藤さん?」
僕が振ると、彼女はこちらを見る。
「はい、なんでしょうか?」
「ちょっとクイズです。クラッチの種類は、どうなってますか?」
ほくそ笑んでやろうと、僕は内心考えた。『棒』と『筒』の説明をせず、彼女に違いを言わせて、彼女が――きっと間違えるであろう点を訂正してやろうなんて。
だが、結果は僕を裏切った。
「クラッチ、形状記憶兵器は三種。まずボディアーマー型、次に銃器型、最後に白兵型。違いますか?」
流石、トッコー在校。淀みなく答えられた。
僕は今更ながら、彼女が将来軍部ないし国を担う人になるのだと気付いた。
「正解です。じゃ、クラッチの動力と粘菌の性質は?」
「電力です。ハンドル内の電源から取り出した直流にて、半導体を起動、その信号によって粘菌を制御します。形状記憶粘菌は、A国で発見された炭素と窒素を核とする高分子で形成される粘菌で、電圧によって自在に変化します。その硬度は、変幻自在にして、破損しても修復されます」
これも、ご名答。
僕はちょっと、困った。優等生に、知っているかと問うような物だったかもしれない。しかしまだ、僕の優位は揺るがない。僕は、次の質問をした。
「乾式と循環式の違いを教えてください」
僕が言うと、佐藤は、悩んだ。
「…乾式は環境汚染で使用禁止になったのでは?」
「ま、そうですね。でも違いを知っとくと、覚えるんで」
僕が言うと、佐藤は言った。
「培養液の有る無しですか?」
「正解ですね」
僕は、やられたと思いながら説明する。
「粘菌の供給ラインがオミットされてるとか在りますが、それで正解です」
乾式クラッチと、今の循環式のクラッチとはシステムの成り立ちが違う。
電気信号で粘菌を制御するプロセスは共通だが、粘菌の供給方式が180度異なっている。僕らが使う循環式は粘菌をパウチでもって培養液に封入する事で、毛細管現象を応用し、粘菌の供給ラインの設計をオミット、コストを安くしている。
また、刀身の再生や銃身の再生も早いという利点が在る。
対して乾式は、粘菌に対して培養液を用いない。
『粉』、と言うのもココから来ている。培養液を使わない100%混じりっけない、粘菌で乾式クラッチは構成される。そのため、強度と威力は循環式より勝る。特に、白兵戦のクラッチは顕著だった。
なにせ、刀身というのは、矛盾した性質を求められる。
固くて粘り強くなければならないのだ。
その点、単純な粘菌量で劣る循環式は不利になる。現状は、刀身に粘菌を圧縮させる事で強度を持たせるが、乾式に比べると当然強度に落ちる。また、筒にしてもそうだ。
単純計算で倍の量を撃てる。
「ですが、コスト面でも負けたんでしょう?」
「そうですね」
だが粘菌が多いという事は…同時にそれがネックになる。扱う量が多いという事は、それだけ粘菌を消費する事であるし、密度が高いと言う事は重量にも直結する。そして、周囲のバクテリアに対して致命的な汚染を引きおこすということで、現状、乾式は製造されていなかった。
「…それくらいですかね」
もう、話す事が無かった。
仕方が無いので、僕はクラッチを取ると、彼女に手渡す。
「じゃ、展開してみてください。ペン型だから軽いです」
僕が言うと、佐藤さんはハンドルを手にした。
骨をのばし、パウチを開封、ハンドルの主電源を入れる―――やはり、触った経験があるようだ。僕ら現場みたいな早さは無いが、確実に組み立てると、彼女はクラッチを起動した。リチウムイオンバッテリーから供給された電源で、ダイバンの『スクレーパー』が構築される。ボウイナイフ型のソレを、彼女は見る。
僕も見てる。
――――――――気まずい。
「…じゃ、すみません、片付けるので」
僕が手をのばすと、佐藤さんはスクレーパーを渡す。僕はソレを受け取り、パウチに刀身を差し込みながら電源を落す。途端に、不活性化した粘菌がこぼれ落ちる。僕が、零してない事を確認していると、佐藤さんが口を開いた。
「…あの事務の女の人がいないから聞くけど」
思えば、初めての対応かもしれない。僕は何ですかと、鞄にクラッチを戻しながら言った。
気のせいでなく、言葉がフランクになってる。
「どうして、働いてるの、こんなとこで?」
あまり触れられたくない話題。
僕は適当に言った。
「時給が良いからですね」
「働く必要、ある?その年齢で」
その年齢でか、随分と知った事を言ってる。
何も知らないくせにと、僕は思ったが、黙る。
「…ごめんなさい」
佐藤さんは、そう口にした。
しかし謝罪の意図なんて無い事は僕には分かった。
蒸し返しても仕方ない。だから僕は話題を変える。
「じゃ、展開も出来た事ですし、あとは違いを…僕ら、筒と棒って、銃器型と白兵型の枝を呼び分けてます。あと、基本僕らは鎧…アーマーは使わないんで、筒と棒って覚えてくれれれば」
触れない事、無かった事にした。
彼女は、僕の対応をずいぶんいぶかしんだようだが、そこで無理に踏み込む事はしなかった。
「あと、一応ですが、ウチ、三大メーカーは全て使えます。ダイバン、ウスロハ、アラタ…流石に、『鞄持ち』のアドバンスは置いてないですけど」
僕が説明を続けると、彼女は不思議そうに質問した。
「あれ…でも、Sランクの人がいるんじゃないですか?アドバンスが在っても」
「ああ、それですね」
彼女の疑問点に答える。
「基本、僕らは外部です。認可されてクラッチを振り回してますけど、基本的にクラッチと関連技術は軍部の管轄です。だから、『鞄持ち』…怪人とヒーロー討伐のエリートがいないんですよ。代わりに、元ヒーローとか悪の組織出身って人もいますけど」
僕の話の脱線に気がついたようで、彼女はそんな話が聞きたいんじゃないと目で訴える。
「…それましたね。で、あれです。同じ業務でも、本庁の方が優秀ですからね。アドバンスなんて最新は認可されないんですよ。大陸舎とか慶賀堂なんて、受注生産メーカーとかも外部には卸してくれないですしね」
事情を説明すると、彼女はぼそりと言った。
「…だから旧式なんですね」
「まー、予算も無いですから」
僕はそう言いつつ、手の中のスクレーパーを見る。
お前、もう世代落ちだもんな。でも、コイツは何人の戦闘員を屠ったのやら。
「んじゃ、説明はそんな感じで良いですか?アリネさんから書類とかって言われてましたけど」
「あ、そうですね」
僕らは立ち上がると、倉庫から出る。
施錠を確認、証明を落すと、佐藤さんがそう言えばと言った。
「…どうして、さっきのクラッチ、私物じゃなかったんですか?」
「まあ、色々ですよ」
僕はそう言って、誤摩化した。彼女には黙っていたが、クラッチは自分の命を預けるのだ。
その組成をおいそれと他人に見せる程、僕ら現場は甘くない。
「さ、それよりもどりましょ、アリネさんが待ってます」
僕はそう、彼女を押して行く。
事務所に戻ると、アリネさんはまたパソコン作業をしていた。営業組も戻って来たようで、部長は僕を見つけると手を振った。どうも商談が成功したようだ。
「聞いたよ、シラノ、新人教育だって?遊ちゃんに焼かれんなよ」
「部長…」
まだ、隣りに佐藤がいるのに、何を言うんだアノ親爺。
「はい、部長は黙って仕事仕事。警備会社の案件と土木会社への斥候ですよー」
アリネさんがドパッと書類を押し付け、親爺は顔を歪める。
いいざまだと思っていると、今度はアリネさんがこちらに来る。
「はい、じゃあ、佐藤さん。どうでしたか?シラノ君、変な子じゃないでしょ?」
「え、あ?まあ、はい」
しどろもどろ。まあ、当然だわなと、僕。
「じゃ、シラノ君。今日は上がりで、昨日の夜も出勤だったんでしょ?」
アリネさんが気を利かせてくれる。
「あ、そうですね、はい」
「んじゃ、上がってね」
僕は、ではと、アリネさんに挨拶をして、それから佐藤にも挨拶した。
「ではまた」
なんとも気が抜けた、挨拶だがソレ以外になんて言えただろう?
僕は、とりあえず事務所から出ると、自転車にまたがった。
妹の機嫌が直っていれば良いのだが。