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シラノとそのバイト 

初カキコです。


初カキコ、勝手がわからなくてごめんなさい



ピアノの音が聞こえる。

チューニングの最中だろう。調子外れの音が鳴る。その鍵盤を叩く背中を、僕は何故覚えていたのだろう。僕が彼を見ていた。だから僕の背中は見えない筈なのに、幼い時の自分の姿を見れているのは、コレが夢か記憶だからだろう。

彼はチューニングを続ける。そして終えると、振り返る。微笑む顔は自分に似ている。そうだ、半分、彼と血は一緒だ。彼は何かを僕に言った。言葉は忘れてしまった。なにせ、僕が彼と過ごしたのがソレが最後だったから。



「…て、起きて、起きてったら。シラノ」

ぐらぐらと、首が軋む。腫れて重い瞼を開けると、知った顔が僕を見ている。

「んだよ、寝かせて」

僕は前日のバイトの疲れを引きずっていたので、彼女にそう言った。けど、彼女は面白くなかったみたいだ。唇がきゅっと締まったので、ぷくっと頬が膨れる。しまったと思う、その時にはカウチソファから僕は蹴り落された。

毛足の長いラグだし、それに受け身なんて雑作もない。

けれど気分的に最高なもんか。僕は悪態をつきつつ、埃を払って立ち上がり、少女を見下ろす。

彼女は142cm、僕が180と2~4cmだからサッカーボール一つ分くらい違う。

「何するんだ、遊」

背の低い彼女は、強い批難の目を僕に向ける。小さいながらも、プロポーションは良い。染めている明るい栗色の髪、色素が薄くてソバカスが目に付く肌。小さいけれど高い鼻と、くりくりとした灰色の猫目が、機嫌悪そうに僕を見ていた。

彼女は――僕の妹、阿久遊。現状唯一の肉親にして、現在進行の同居人。その彼女の機嫌が悪い理由が僕にはさっぱり分からない。眠たい目を擦りながら、とにかく、僕は彼女に質問した。

「何だよ、どうして起こすんだよ?」

まだ、学校には早い時間。

そう、文句を言ってやろうとすると、彼女はズイと僕のPHSを出した。

「見えないの、シラノ?」

液晶パネルは、7時と表示されていた。HRを入れた時間を考えると、そろそろ出ないと不味い。

「あれ…おかしいな」

「おかしくない。シラノがボケてるの、6時にアラーム設定して止める馬鹿だから」

「面目ない」

僕はそう言うと、彼女からPHSを取り返す。

「で、ご飯は?」

「たべます」

「トーストは?」

「三枚で」

そう妹に言うと、制服にエプロンを付けた彼女は言った。

「ねぼすけ、早くしてよね」

そう言って、遊はキッチンへと向かう。僕はぼりぼりと、腹をかく。気を抜いていたせいだろう。指が脇腹の内出血に触れた。ズキリと痛みが走り、顔をしかめる。タンクトップを捲ると青あざになっていた。

「…あー、湿布張り忘れた」

思い出した。昨晩、夜勤に突入したので面倒がってやらなかったのだ。

でも仕事道具は、デスクの横に、きちんと収納してあった。何時ぞやの用に、商売道具を放置して反省したのだ。どうやら、奇麗好きの妹の逆鱗に触れずに済んだらしく僕は安心する。

「シラノ、はやく」

「はいはいはいはい」

遊が、読んでる。僕はシャツを戻すと、タンクトップと短パンのままダイニングへと向かった。

妹、僕への言葉は酷いのに朝食はちゃんとしてくれていた。ヨーグルトがかかったフルーツグラノーラ、それから6つ切食パンのトースト。自分はコーヒーを飲みながら、遊は僕に指示する。

「早く食べてよ、送ってくんでしょ?」

僕は手早くトーストを咥えて、マーマレードの瓶を開けながら返事をする。

「ん…いや今日はタクシーでもいいんじゃない?」

「本気で言ってんの?」

露骨に不快感を露にされた。

遊は、馬鹿じゃないのと表情で訴えながら言う。

「余計な注目浴びるじゃん。シラノ、馬鹿?」

「僕は、遊が心配なンだ」

そう言うと、妹は僕に手を伸ばす。その華奢な白い指が僕の顔の前に来るなり、鼻をビしりと指で叩かれた。僕が顔を顰めると、遊はハンカチで指を拭いながら言う。

「やめてよ、妹の前で短パン、タンクトップの兄貴がそんなこと言うなんて」

 指をハンカチで執拗に拭われるのはちょいとイラッと来た。

 が、こらえて言う。

「それでも心配には変わりないよ。お前、だって何時心臓がさ」

 僕が言おうとすると、遊は、手を僕に向ける。

 話を聞きたくないと言うサインだった。

「ごめん」

 僕は黙ると、彼女が焼いてくれた実に生焼けのトーストを齧った。

「なあ、遊?」

「……。……」

 返事無し。

「悪かったよ」

 完全に、妹の気分を最低な物にしたらしい。

 僕はちゃっちゃと、朝食をとると、自室に向かった。制服をクローゼットから出し、制服片手に洗面所へ。洗顔、ひげ剃り、歯磨きを終えると、整髪もそこそこに僕はダイニングに戻った。

 もちろん、鞄とか腕時計も忘れてない。それと、あと商売道具も。

「お…またせ」

 ぶすっとした表情。だが、遊は僕を待っていてくれた。

 ほっと内心思いつつ、僕は鍵を取る。遊を伴い、家から出る。鍵を閉めるとエレベーターで、ホールに降りる。時間を確認すると、あまり時間はない。

「遊、あのさ、時間ないから…」

 二人乗りでと、続けようとして、妹はちゃっちゃとホールから出て行ってしまった。あわてて追うと、彼女はいつの間にか(たぶん、洗面所にいた時)R&Mのキーを片手に僕のbD-1に飛び乗って走って行ってしまった。

「おい、遊!」

 呼んでも無駄だった。

 24インチの自転車は、あっという間に加速してマンションの曲がり角に吸い込まれていく。僕も慌てて、ジオスを引き出そうとするが、もう間に合わない。何せ――鍵を持ってくるのを忘れた。地団駄を踏みながら、僕は泣き言を吐いた。

 それから、僕は自宅に戻ると、ロードバイクの鍵を一式もってくる。

 施錠を外して、ロードにまたがる。

 飛ばさず、ゆっくり学校に直行する僕は考えたけど、やめた。無駄だと知りつつ、僕は大回りと寄り道(つまり妹の後を少しだけおっかけた)をしてから高校へ向かった。校門から堂々と入る勇気がなかったので、高校近くのコンビニの店員とか駐停車するであろうチャリ置き場に、こっそりジオスを停車する。

 それから僕は、正門ではなく、裏門近くのフェンスを乗り越え、学校に入った。

 風紀委員と生徒指導が面倒だったから、そのまま玄関に向かう。下駄箱にて靴を履き替え、遅刻承知で教室に滑り込むと、担任と視線があった。

「…阿久、遅刻だ」

「すみません」

 そう、頭を下げる。

「あとで職員室に来るように。生徒指導にも話をしておく」

 壮年男性の担任はそう言って、去って行った。

 僕は、ほっとしながら自分の席に着く。注目を浴びるから面白くない。

 これも、遊のせいだ。通学路で倒れているかもしれない。その不安の払拭の為、遠回りして彼女の女子中まで向かった。不審な視線を浴びたが、気にしない事にしたけど、それで遅刻になったのだから面白くはない。

 僕は、自分の席に向かう。――おはよ、阿久君、遅刻なんてめずらしい。――うん、寝坊。――阿久、おはよ。どうしたの?――おはよ浜さん、やー寝坊しちゃってね。なんて、他愛ない会話をしながら。それで、自分の席にどっかり腰を下ろすと、途端に気が抜けた。

 どうして遊は、僕をあんなにも早く起こしたんだろ?

 僕はそれを考えたのだけど、理由がはっきり分からない。

 お小遣いが足りないって訳でもないし、家事分担への不満ってわけでもなさそうだ。

 だったら、あと何だろ?

「わっかんね」

 そう、口に出すと、前の席の郷君が何事かと言う反応を見せた。

「あ、いや、なんでもないよ、独り言だよ、うん、ごめんごめん」

 僕がそうフォローを入れると、郷君は「なら良いけど」と、言った。ごめんと、彼に謝ると、始業のベルがなった。一時限目は、現代社会だっけな?そう、僕は鞄から教科書とノートを取り出していると、教諭がやって来る。

 起立、礼、着席。

 で、教諭が口を開いた。

「はい、おはよう。いや、気だるい月曜、一時限からだけど寝ないように」

 少し笑い。

 それから彼は、クラスの中のお笑い担当をネタにしてから、タイムリーな話題を振った。

「さって、昨日武装戦隊が怪人を倒すみたいに、行ってみましょう」

 そう言って、彼は授業を開始する。

 だけど僕は、教師の前フリのせいで嫌でも昨日の夜を思い出してしまった。本日の寝坊の原因、妹を切れさせる元凶、けど――――辞める訳にはいかないバイトの事を。


 昨日、夜8時。場所、喫煙可、省エネ不賛成の事務所。

 空調は好調で、煙草臭さを除外すれば実に快適。僕は商売道具を片手に、合皮のベンチに座っていた。壁にかかったヤニで変色したスクリーンには、映像が投影されている。東日本警備社と、我が社のロゴのループアニメ。

 今、この場にいるのはヒラ、そして派遣とバイト。

 つまり現場の連中。

 素行の悪い現場組は集まっていたけど、営業をとったり業務内容を連絡する背広組……と部長がまだ来ていない。それが現状。各々、携帯を触ったり、漫画本を読んでいたりと、てんでバラバラであったが場の空気には重たい緊張が走っている。

 何時もの事だ。誰も、語らない。

 ただ、喫煙者の煙草の灰が、水に墜ちる音とか、イヤホンからの音漏れが聞こえる。

 しばらくして、部長が何人かの若手を連れて入って来た。

 部長、深い紺地のダブルのスーツを来た彼は、薄くなって来た髪を整える。それから、顎で背広に指示を出す。件の新入社員らしい。OJTも兼ねているのだろう、彼は新人を気にかけながら口を開いた。

「おまたせしました…では、ブリーフィングを始めます」

 そう言って、彼はミニノートをプロジェクターの端子に繋げた。デスクトップの表示の後、スライドショーが立ち上がる。地図、それから、敵の写真が表示された。

「依頼は、行政から。市闘争事業部処理課より受注です。目的は、敵性組織の戦闘員の排除。事前の通達通り、本日は武装戦隊と敵性組織の衝突下での業務の施行になります」

 写真が表示され、ヒーローと悪の組織の戦闘員が映る。

「排除対象はスクリーン右の、初等戦闘員。依頼主は、市外への撤退と器物損壊を嫌っております。よって、現場では『筒』での排除行動は厳禁。『棒』での排除が中心です。夜間ですので、民間人の撤退は完了、自前の『封筒』で対応してください」

 そう言って、部長はこの業界の用語または符丁を交えて説明を終える。

 細かい事は別紙で確認しろと言う事だろう。ペラリと紙をめくると、僕の後ろの席の『筒持ち』が口を開いた。

「大桑部長、『筒』禁止って、『撃ち手』はどうすればいいんです?」

 D級の奴だった。青柳なんかは事前で予想があったようで、何も言わない。

 大桑部長は、面倒そうに言う。鼻から、質問するような奴には期待してないようだ。

「だから、禁止です。『棒』担いでください、釘バットや金棒で戦えと言ってないでしょ」

 そう言われて、男は黙る。

 部長は、最後にと、付けくわえる。

「倒しすぎても、追加報酬は発生しませんので。また、怪人との戦闘行為は業務外ですので要注意」

 では、と言って、部長は新人を連れて会議室から出て行った。

 途端に会議室が五月蝿くなる。五月蝿いのは、『筒持ち』で低ランクの連中。何せ、自分の得物が使用禁止なのだ。慣れない『棒』を使えというのは無理があるとも思ったけど、僕は気にならなかった。自分、『棒』使いですし。

「シラノ君、余裕だな」

 白衣を着た、成人男性。つまり腐れの同僚の加納が話しかける。

 僕は、自分の鞄を気にしながら言う。

「ええ、自分、『棒』ですから」

「『筒』の連中は大変だ。これも筒なんて飛び道具に頼るから。男なら、こう、ね?」

 すっと、加納の顔に冷たい笑みが浮かぶ。

 僕は内心このイカレを軽蔑した。こんな気違いな副業を行うような外科医だが、腕は堅実。

 実際、ランクはAマイナー。僕より一つ上。

「ところで、シラノ君。君の『クラッチ』を見せてはくれまいか?アラタの『デッキブラシ』だって言うのは知ってるのだが、ロクにチューニングせず切り合えるのが不思議でね」

 マニアめ。

 僕は、予想通りの反応だったが、何時もの答えを返した。

「商売道具は見せないでしょ、加納さん。加納さんだって、自分の『把手』、『粉』、『骨』の構成を僕に教えますか?」

「ははははは…手厳しい。でもポールクラスを振り回すのは君くらいだからね」

 そう言うと、加納は自分の鞄を揺らす。

「所でだ、シラノ君。あれ、どうおもう?」

 加納の指の先には、髪を染めた三人の男。

 一人は、壮年の男性、彼は知っている。もう二人は知らない。金髪でピアスと茶髪でツーブロックの若い男、と言っても僕よりは5つか6つほど上だろう。見るからに金に困った出で立ちだ。

「新人ですね」

「そう新人。東さんが、デコイで連れてくそうだ。でも、もう『クラッチ』を渡してるんだ」

「そりゃ渡しますよ。夜間で、おそらく乱戦ですから」

 僕が言うと、加納は破顔する。

「楽しみだね、僕は死ぬと思うよ、彼ら」

「…縁起でもないですね」

「そうだろ?緊張が足りない」

 僕は何も言わなかった。


「阿久、では読んでみろ」

「あ、はい?」

 僕は慌てて立ち上がった。

 教諭が何やってるんだという顔をした。僕は自分が寝ぼけた事に気がついた。

 が、ソレより先にクラスで笑いが起きる。ちくしょう、死にたくなるじゃないか。



とりま、一週間以内に連投します。

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