ニ章 自殺≒他殺
謎のコンビニ男「能書きはいい。とっととはじめようぜ」
僕「そうだね。だれもこんなものに期待はしていないだろうし」
ニ
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以上回想終了。
しかし改めて考えるとスゲー恥ずかしい状況だぞ。僕。
さっきは「当たり前だよ。あれくらい」とは言ったし、覚悟も決まってる。などと言ったが、おじさんにぶつける覚悟はあっても当の本人に聞かれる覚悟はしてなかった。恥ずかしい、それはもう顔から火が出るくらいに。
照れ隠しにテレビをつける。
しかし、改めて見るとナギの部屋っていろいろ凄い部屋だよな。家具とかはやたら豪華な割に、置いてあるものの大半は年相応——いや若干年より下の子が好みそうな、ぬいぐるみなどが置いてあった。そのせいか部屋の雰囲気はなんだか少しおかしい。パッチワーク、継ぎ接ぎみたいな。
そのままぼーっとしているとナギが急に声を上げた。
「うわー。怖いねー。またこれだよ」
どうやらテレビの話をしているらしい。時刻は十九時前。ちょうどニュースがやっている時間だった。
そちらに目を向けると連続殺人事件。犯人は愉快犯か? などとテロップがでていた。 なるほど、世の中暗い話ばっかだな。
僕はテレビはあまり見ない方なので、自分でつけておいてなんだが、テレビにはご退場願う事にした。
テレビを消した途端、手にもっていたスマートフォンが震えて、メールの着信を知らせる。
アプリを立ち上げて確認すると、母からのメールだった。要約すると、早く帰ってらっしゃい、と言った旨のメールだった。
「はいはい。もう帰りますよっと。悪い、ナギ。そろそろ帰らないと」
「えーもう帰っちゃうの? 嫌だよー」
そんなこと言われてもなぁ……。
「命令です。今夜はうちに泊まりなさい。」
「はい。了解しました……ってわけにもいかないだろ。明日学校あるし」
「そんなもんサボればいーじゃんかー! どうせマコト、進学しないじゃん」
そういう問題じゃないだろう。別に真面目ぶるわけではないが、在籍している以上、そこには通う責務が生じると思う。お金もったいないしね。
「頼むよ。またなんか奢るから。な?」
「学校の近くの喫茶店に新商品がでたんだけど……」
ものすごい変わり身の早さだった。
「わかった。わかった。それ明日2人で食べに行こう」
「約束ね! じゃあ送って行ってあげる」
「いや、いいよ。夜道は危ないし」
そもそも立場が逆だろう。僕がナギを送るならともかく、僕がナギに送られるというのはなんだか違うと思う。僕を送った後、一人で家に帰るナギの姿を想像すると、なんだか微妙な気持ちになる。
「まだ明るいから大丈夫だよ」
「いやでもなぁ……」
結局、彼女が行くと言って聞かないので、じゃあそこのコンビニまで。ということで妥協した。
最初は駅まで! と言って聞かなかったのだが、なんとかコンビニまでにとどめた。
「じゃあいこうか」
お邪魔しました。と言って家を出ようとすると、ナギのご両親が見送りに来てくれた。
「じゃあマコトくん、また来てね。もう、あなたはここを自分の家と思って来てくれていいのよ」
「はは。別荘にしては大き過ぎですね。自分の家より大きい」
「そういえばマコトくん。君に渡したいものがあるんだ。これはボクが君を汀の婚約者と認めた証しとでも思ってもらいたい」
と言いつつ、おじさんは携帯電話のようなものを手渡してくれた。
「これはね、汀の位置情報をどこにいても表示出来る代物なんだ。衛星通信を利用してね。まぁ、詳しい説明はいいや。とにかく、汀を守ってやってくれよ。もちろん普通に携帯電話としても使用可能だよ。ただし、これ一台しかないから注意してくれ。一応、ボクと妻と汀の番号が登録してある。なにかあったら電話してくれ」
「ありがとうございます。でも、いいんですか? こんなものいただいてしまって。高価なんでしょう」
「言っただろう。婚約者の証さ。君はボクらの家族なんだよ。気兼ねしなくていい」
思わず涙がでそうになったが、なんとか抑え込む。
「本当にありがとうございます。僕そろそろ行きますね。親にも報告しなくちゃ」
「あぁ、またおいで」
その後ナギと2人で将来のこと、これまでのこと、今のこと。そんなことを話しながらコンビニまで歩く。
彼女はスカートの裾を翻しながら子犬のように僕の周りを跳ね回りながら歩く。
彼女の笑顔はキラキラしていて本当に僕には勿体無いくらいだった。それでも彼女は僕でいいと言ってくれた。僕がいいと言ってくれた。そのことが僕にとっては本当に嬉しかった。
いくら夏とはいえ、コンビニにたどり着くころには太陽はもうすでにほとんど沈みかけていた。
そうして、そこで足を止めて、どちらともなくキスをした。それだけでは飽き足らず僕はナギの華奢な体をそっと抱きしめる。
日が暮れる。夜がやってくる。だれもいない黄昏の中、僕らは優しく、けれど熱く口付けを交わした。
どれくらいそうしていただろう。
日は暮れた。そろそろ帰らなくては、そう思って名残惜しいがナギから離れる。また明日も会えるんだ。何の問題もない。
「じゃあね。また明日」
「うん。また明日ね」
「気を付けて帰れよ」
「わかってるよ。マコトもね!」
バイバイ。そういいあって。ナギともそこでわかれた。
ふと、何の気なしに空を見上げると、綺麗な空がそこにはあった。濃い紫の縁を、燃えるような朱色がなぞる。うっすらと月が出ていた。
なんと言うか、僕の貧相な語彙力では表現できない綺麗さだった。ぼくがこれまでみた人生の中で1番綺麗だっただろう。
さて帰ろう。親に結果報告だ。なんと言われようが、それでもおじさんに比べれば随分楽だろうけれど。
■ ■
家についたときには結局二十一時近かった。
「母さん、怒ってないといいけど……」
ドアを開けて中に這入る。何故か家の電気は消えていた。なんだろう。なぜか胸騒ぎがする。
リビングへと続くドアに手をかける。
――開けてはいけない。
本能だった。なんとなく開けてはいけない気がしたのだ。それでも恐る恐るあける。
やめろ。僕の中の何かが警鐘を鳴らしていたが、もう遅い。
「ただい……」
僕は続きをいうことができなかった。
――ミテハイケナイ。
悪寒が走る。
――ミテハイケナイ。
一メートル五十センチ程度の縦長の物体が転がって…
――ミテハイケナイ。
絨毯がなんだか濡れ…
――ミテハイケナイ。
部屋の中心に見知らぬ男が立っていた。
――ミテハイケナイ。
男に気付かれた。
――ミテハイケナイ。
何かが聞こえる。
――ミテハイケナイ。
それが自分の叫び声だと気づいた時、
――ミテハイケナ……
「よう。おかえり」
なんだ。どうなっている。
何故僕の両親が血みどろで転がっている?――いや、そもそもそれはもはや、肉体と呼べる代物ではなかった。
ただの肉塊。男か女かすらも判断がつかない。救急車など無駄と、ひと目で分かる。
言ってしまえば人数すら把握不能だった。
夥しいまでの出血。いや出血ですらない。流れてなどいない。それは最早、血の海に肉塊がぽつんぽつんと浮かんでいるだけだった。
臓器など見る影もない。心臓が止まってるか確認しようにも、そもそもそれ自体がみつからないありさまだった。
そんななかに立ってる――この男は誰だ。
そして何故か男は一切返り血を浴びていなかったが、変わりに、その髪が、真っ赤な血のような色をしていた。
この男は……紛れもなく、昼間コンビニですれちがった男だった。その時、僕は昼間感じた違和感の正体に気づく。
これは殺意だ紛れもない殺意だ。
カレは殺意だ紛れもない殺意だ。
殺意の塊。殺意そのもの。
「君は誰? これは君が……」
「俺は『お前』さ。お前は『俺』だ」
っていっても、お前も死ぬんだけどな? と彼はいった。
逃げなきゃ。
「コレは君がやったこと……なんだね?」
「そうといえばそうだし、違うと言えば違うな。まぁ勝手になった。それが正しい」
うんうんと彼は頷く。赤い雫を垂らす包丁を手に持ちながら。
逃げなきゃ。
「ところで聞きたいんだがよ? てめぇはここの家の住人って事で良いんだよな?」
僕は無意識に頷く。
だったら——彼は言う。
「家族は一緒じゃなきゃかわいそうだよな?」
殺人の対象が僕に変わる。
ニゲナキャ。ニゲナギャ。ニゲナキャ……逃げなきゃ。ここで死ぬわけには行かない。僕自身のためになによりナギの為に。
ヤツは、包丁を何処へ狙うともなく、自然に且つ必殺の勢いで叩きつけてきた。それを手近にあったまな板で防ぐ。が、しかし足元から襲いかかってきた蹴りには対処出来ず転倒。次の攻撃を勘で転がってよける。
さっきまで僕が無様に伏せっていた位置を床ごと拳が貫く。板張りの床の破片が、僕の家族の思い出が砕け散って飛び散る。
何だアレは……ッ? ヒトの所業じゃない! このままじゃダメだ。必死に立ち上がり、途端本能で逃走。玄関の扉を殴りつけるように開き、そのまま路上へ躍り出る。全力で疾走。
大丈夫。地の利はこちらにある。
そう思った刹那、包丁が僕の頬を掠める。殺される! いや、そんなことわかっていたけれども。
「っくしょう!」
道を右へ左へと走る。目指すは交番だ。文字通り必死に走る。
しかし、嫌なことは重なるもので、僕のポケットの携帯電話がなった。
ちなみに、鳴ったのは先ほどおじさんからもらった方だった。まだおじさんたちしか番号はしらないはずなので、かけて来る人は限られる。
ナギになにかあった……? そう思うが早いか迷わず通話ボタンを押した。
〈もしもし! マコトくん? 汀そっちいってないよわね?〉
「はい。来てませんよ。なにかあったんですか?」
心配をかけたくないので、努めて普通に話す。
〈汀が帰って来てないの……〉
いまなんと言った? ナギが帰って来てない? 家に居ない?
〈マコトくん。聞こえているかい? ボクだ。たったいま仕事用のアドレスにメールが来てね。身代金を要求されたよ〉
「と、言うことは……」
〈誘拐だよ。これはね。汀は誘拐されたんだ……〉
そのとき僕の中で何かが切れた。
途端思考が澄み渡る。澄み切った思考で考える。思考錯誤する。試行錯誤する。施工策後する。そして……僕の意志は決まった。決意する。
「わかりました、でも一旦ちょっと頭を冷やさせてください」
そう言って、返事を待たずに電話を切った。
そして僕は立ち止まった。ヤツはすぐ追いついて来てこう言った。
「諦めたのか? 諦めが良いヤツは好きだぜ」
「あぁ、諦めたよ」
なら。とヤツは続ける。
「とっとと死ねよ」
心臓を狙った拳が突き出される。僕はそれを全力で倒れこむことで回避する。コンクリートの壁に拳が深々と突き刺さる。
僕の行動に、苛立ったようにヤツは叫んだ。
「お前諦めたんじゃなかったのかよっ!」
続いて来た蹴りは、避けきれずに食らって壁に叩きつけられる。
「がっ!」
イタイ。内蔵が飛び出そうなくらい痛い。
それでも我慢して喋る。
「諦めたさ。逃げるのをね。でも……生きることは諦めてない」
「そうかいそうかい。勝てるつもりかい? この俺によ?」
彼はいいつつ抜き手で刺し殺そうとしてくる。本来なら、そんなことができるはずもない。でもこいつならやる。まともに食らえば、確実に僕は死ぬだろう。
僕がとった行動は体を後ろに引き、彼の手の平を右手で包み込むという、どうしようもないものだった。
簡単に言えば握手である。
「勝てない。だから友達になろうじゃないか」
巫山戯てるとしか思えない行為だった。でも僕には彼にして欲しいことがある。
「はぁ? 自分の親の仇と友達だぁ? 『お前』頭おかしいんじゃねぇの?」
「じゃあ『きみ』も頭がおかしいんだね」
なぜだか知らないが、こいつは自分のことを僕だと言った。似たような言葉を、僕はどこかで聞いたことがある。
「俺は頭じゃなくて人間がおかしいのさ。つーかお前……」
何もんだ? 彼は尋ねる。
「じゃあ自己紹介しようか。『ぼく』は『きみ』さ。『きみ』の名前は城森真琴。高校生だ。そういう『ぼく』こそ何者なんだい?」
僕自身、言っている意味はわからない。けれども、ここではこう言うのが正解な気がした。それに僕自身、別に心にもないことを言ったわけではない。どことなく、彼と自分に似たものを感じていたのだ。認めたくはないけれど。
「ハハッ! こいつは面白い! いいぜ乗った! 『お前』の名前は藪台尋。好攻性だ。それで? 『俺』は何をして欲しいのかな? こんな状況でこんな奴とお近づきになろうとは、これはもう事情があるとしか思えないぜ? 気に入ったから手伝ってやる。」
「流石、察しがいい。婚約者がね、さらわれたんだ。取り返すのを手伝って欲しい」
「よし来た。『自分』のためなら仕方ない。腕によりをかけて刃を振るおう」
こうして僕は二人になった。
普通の高校生の僕と、殺意の塊である彼との出会いは、こんな感じに普通でなく始まって普通でなく終わった。
どうも、やっと戦闘シーンです。
ご満足いただけましたか?
いただけませんか。そうですか。
物足りねーよと思ったあなた。ご意見お願いします。
見切りをつけようと思ったあなた。もう少し待ってくだいさい。
話がひねくれてるなと思ったあなた。大丈夫です、これからさらにこじれます。作者もとてもヒネクレ者です。
面白いと言ってくださるかた。いましたらありがとうございます。
最後まで書ききる所存ですのでよろしくお願いします。
知良ヤマトでした!!