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星満ちる夜に  作者: 春生
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第五話

「照れ隠しにしてもずいぶん激しいな」

 美貌には似つかわしくない間抜けな驚き顔を改めて、ギウナは冗談もからかう素振りもなく言った。

 状況からして、ギウナがエメルを怒らせるようなことを言ったのだろう。使用人たちはそう判断したし、間違っていなかった。

 年頃の女性に面と向かって告げるにはあまりにも不躾なことをギウナは言い放ったのだ。婚約者に対してであっても、誹られはしないだろうが、褒められたものではない。

 怒らせたのはギウナであるというのに、彼はそれに反省する意思を全く見せていない。

 それどころか、エメルの行動を照れ隠しなどと曲解しているのである。

 ある意味とんでもない思考回路だった。

 ギウナに対していろいろ言ってやりたいことはあるが、エメルを見守る瞳の温もり……それは愛しいものを見る目に間違いはないが、憤怒にかられて卓を放り投げるような女を見る目にしては間違っていると、その光景を見守るものたちはこころをひとつにして思った。

 なにをしたって愛しい。それを如実に告げる眼差しは、破壊された壁を背景にしていると一種異様だ。

 今のが照れ隠し? そんなかわいいものじゃないだろ! 主人たるエメルの突飛な行動よりも、それを微笑ましげに見つめるギウナこそ「ありえねえ」と言いたげな顔をして見つめた。

「て、照れ隠しなわけないだろ!」

 顔を真っ赤にしてどもりながら告げる主に、「あ、照れ隠しなんだ。え? 照れ隠しなの?」と使用人たちは戦慄していた。

 長年仕えている使用人ですら、驚愕の事実に真っ青である。

 テーブルをぶん投げるとんでも行動が照れ隠しであることもさることながら、それを正確に照れ隠しと見抜いたギウナに、流石幼なじみ……と感心とも呆れともつかない感情がせめぎ合い、ふたりの結婚を知るものは「このひとたち本当にお似合いだよ……」と何かが突き抜けた感情のまま祝福した。

「だがな、エメル照れ隠しにしても言っていいことと悪いことがあるぞ」

 音もなくギウナは立ち上がり、エメルに近寄った。

 それに長躯を跳ねさせて身を縮めるエメルに、普段は勇ましいエメルも女性なんだなあ、と使用人たちは若いふたりを見守った。

 一応女性のエメルが男性に怯えるような仕草をみてもふたりを止めようと判断することを忘れるほど、彼らはこの状況に呆気にとられて置いてけぼりにされていたのである。

「俺と結婚しないなどとを、俺はお前に嘘でも言わせるつもりはない。他の男を引っぱって結婚するなどと言われたら冗談でも腹が立つ」

 我らが暴れん坊お嬢様はそんなことを言ったのかと、使用人は背景の一部と貸しながらギウナに同情の視線を寄せた。

 そんなことをエメルに言わせた理由を知らない彼らの思考は、一途っぽい愛をエメルに向けるギウナ寄りだ。

「俺の顔を二度と見たくない、だと? なあ、エメル」

 エメルは近付くギウナに、乙女の些細な抵抗と呼ぶにはあまりにもいきすぎた抉るような拳を腹部に叩き込もうとしたが、ギウナは二番煎じは通用しないとばかりにその拳を軽々と捕え、手首を抑え付けた。使用人たちの目に止まらぬまたたきすら出来ぬ刹那の攻防。その卓越した互いの戦技を、使用人たちは理解できぬままだ。気付けばエメルはギウナに詰め寄られ、端正な顔を真っ赤に染上げて近すぎる距離にいるギウナを睨みつけていた。

「俺以外の者の顔を二度と見れなくしてやろうか?」

 心胆が凍えるような低い声の脅し文句。それを真向かいから告げられたエメルは、朱に染まった顔を恐怖に近い表情で引き攣らせた。

 ふたりの近すぎる距離を諌めるための機会を失った使用人たちは、ただただ感嘆した。使用人とは家具の一部であり人ではないが、でも一応は人前でそんな科白を言ってのけるギウナに尊敬も憧れもしない。しかし、美貌の貴公子たる存在のみが持つことを許される気迫や冷徹さ、傲慢な物言いに自分たちとは違う存在だと、心底から沸き上がってくるものに感動めいたものを覚えた。

「ギウナ……! 離せ、離さないか!」

 さすがに切迫した態度に、使用人のひとりがはっと我を取り戻し、

「ギウナ様! いささかお戯れがすぎます。エメル様から離れてください!」

 ふたりの間に慌てて割って入ってふたりのちょっと危ない雰囲気に待ったをかけたのだ。

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