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星満ちる夜に  作者: 春生
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第四話

 ろくに味のしない朝食の後、自室に戻ってから来客の知らせがあった。

「ギウナ様がいらしております」

 昨夜はギウナに突然口づけをされて結婚しろと強要されて、先ほどは父からそのギウナとの結婚が決まったと決定されて……

 ゆっくりと考えたいことがあるのに、その暇もなく今一番会いたくないギウナが訪れた。エメルは自分の頭の中がぐるぐると袋小路の迷路に入って出口も見えずに混乱していることを自覚した。自覚したはいいが、その打開策は全く思い浮かばない。

「追い返せ」

 端的に命じると使用人は困った顔をした。

 使用人たちにとって、ギウナの訪問はいつものことであった。

 幼い頃からの友人で、互いの家を気軽に行き来している。

 ふたりの仲を熟知していた。

「ずいぶんとすげないな。いつもは喜んで出迎えてくれるのにな」

 その気安さを知っていたから、使用人は報告と客人を部屋に通すことを同時に行ったのだ。

 今更追い返せと言われても、既にギウナはエメルの部屋に来てしまっていた。

 部屋の扉を使用人に開けさせて、まるで何事もなかったような顔でエメルの前にあらわれたギウナを、彼女はきつく睨みつけた。

「何の用だ」

 使用人はいつも通りエメルの部屋に通したが、その失敗を主の険悪な様子で悟る。喧嘩でもしたのかと恐る恐るエメルとギウナを見守った。

 朝の会話を聞きふたりの結婚の話を知っていた使用人もいて、エメルの険悪さには他の者たちよりも驚いていた。婚約が暗礁に乗り上げそうな雰囲気に、不安な顔でふたりを見つめる。

「昨日のことだ。話の途中でお前に逃げられたからな」

 険しい詰問にしれっとした顔で返すギウナを、エメルは憎々しげに見つめる。

「別に話す必要性なんてないだろう。結婚は決まったことなんだろう? 家が決めたことに私は逆らうつもりはない。お前と私は結婚する。それだけのことだ」

 言い切って、ギウナの視線から目をそらす。見つめられている視線を感じた。やけに熱っぽい気がして、それに手でなでられるような質感を覚える。丹念で、執念深くどこか悩ましい。

「私を見るのをやめろ。鬱陶しい」

 頬が赤くなるのが分かった。

 恥ずかしいのではなく、怒っているのだと伝えるために険悪な顔をしてギウナを睨みつける。

 客人のために茶を用意した侍女に「こいつに茶などいらない」と苛々しながら命じると侍女はギウナとエメルの顔を見比べながら驚いていた。どうしたものかと戸惑う侍女は、ぎこちない動きで用意しようとした紅茶を片付けようとする。

 ちらちらとエメルをうかがってくる目が邪魔で、厳しく目を細めて見やると侍女は弾かれたように動きだした。

「八つ当たりはよくないぞ、エメル」

 真面目な顔で嗜めてくるギウナに、怒りがいや増す。

「うるさい。私はお前に話などない。さっさと出て行け」

「やれやれ、婚約者にその態度か」

 わざとおどけけた恍けた言い様。

「お前がいうな!」

 昨日、ギウナが言ったことば、エメルを押し倒してしようとしていたこと。

 エメルは矜持によって奥底に封じ込めたが、得体の知れない恐怖がギウナに対して沸き上がっていた。必死に逃げていなければあのあと自分はどうなっていたのか。

 結婚するのだから結果的にすることをするのは確かだが、婚前の身でそのようなはしたないことをしたくはないし、力づくで抑え付けられた痛みを思い出すだけで身体が震える気がした。

 自分の部屋だというのに、できることならこの場から逃げ出してしまいたかった。

 自分の中にあるギウナへの想いをほんの僅かに認めてしまいそうな自分がいるのは確かだが、それとこれとは別。エメルはギウナを許せる気がしなかった。

 エメルは部屋から出て行こうとする侍女の動きを確認していた。扉をいつも通りに閉めて退室しようとする侍女に、「扉は開けていけ」と命じていた。

 ギウナと閉め切った部屋でふたりきりでいるなど、今のエメルには耐えきれなかったのだ。

 侍女は困惑したままエメルの命に従い、ギウナは美貌に面白がる表情を浮かべていた。

 今まで特に気にもかけずに扉を閉めさせていたのだ。ふたりの間には後ろめたいような関係などなにひとつないのだから、と。

 それが突如として変わり、その変化の原因であろうギウナをちらりと侍女は盗み見て、戸惑いながら頭を提げてさっていった。

「なあ、エメル。ようやく俺を男として意識してくれるようになったか?」

 エメルとは真逆の、嬉々とした内情が伝わってきてそれに逆なでされるような腹立たしさに、はしたなく舌打ちした。

 ギウナは一歩そんな険悪な態度にもかまわず、エメルに近付く。

 その僅かに近寄った距離に、エメルはたじろいだ。

「近寄るな! お前の顔も見たくない!」

 激昂と呼ぶにはあまりにも切迫した悲鳴のような叫びだった。

 エメルははっとして口元を抑える。自身が驚くほど声には危機感が乗っていて、気を張りながらもギウナに怯えていることを教えてしまい、その屈辱と羞恥に奥歯が軋むほど悔しげに歯噛みする。

「そんなに嫌がることはないだろう。俺との結婚は不服か?」

「不服というわけではない。当主に結婚しろと言われれば、お前のようなひとの意思を無視して接吻かましてくるような不埒者であっても結婚するさ」

 荒っぽく否定し、昨夜のことを責めると、視界の端でくつくつと笑うギウナがいた。

「酷い言いようだな」

 独り言のようにエメルを笑い、ギウナは部屋にある茶も用意されず寂しい卓の席につく。流れるような優雅な動き。貴公子たる姿を完全に体現する男の動作は、こんな場合でなければ見惚れるような見事なものだった。

「だいたい、昨日のことはお前が悪い」

「なんだと?」

 荒唐無稽な責任転嫁にギウナに険しい視線を向けた。

「昨日も言ったが、あのような時間に男の呼び出しに応えるなど、その気があると言っているようなものだ。あれだけですんでよかったな」

 エメルを襲った本人がいけしゃあしゃあと言ってのけた。

「ギウナ、貴様……!」

「俺は本気だったぞ。お前をあの場で抱いてやるつもりだった。詰めが甘いせいで、お前に逃げられたがな」

 情欲の籠った眼差しを隠すつもりもなくエメルにぶつけてくる。

 エメルはその瞬間に、自分の中の何かがぶちりと音を立てて切れるのを聞いた。

 恐らく、エメルの取った行動は幼い頃から彼女を知るギウナにとってすら予想外であったであろう。

 彼女はギウナが膝をかけていた瀟灑なアンティークの卓の天板を掴むや否や、女性にはあるまじき腕力とかっとなった怒りに任せた剛力を発揮し、卓をひっくり返すどころではなく部屋の端にぶん投げた。

 勢いよく固いもの同士がぶつかる音に、室外に控えていた使用人が何事かと慌てて入室してくる。

 吹っ飛ばされたテーブルと、破損した壁を見て、使用人たちはことばを失った。

 ギウナもまた、肘掛け代わりにしていたテーブルを失った情けない格好のまま、口をだらしなく開けてエメルを見つめていた。

「家がどうのだと知ったことではない! 誰が貴様なんかと結婚するか! お前を夫にするくらいならその辺の男を引っ捕まえて夫にしてやる! 出てけ! お前の顔なんぞ二度と見たくない!」


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