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星満ちる夜に  作者: 春生
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第三話

 使用人に朝の支度を手伝わせる最中も、始終エメルは不機嫌であった。

 使用人は怪訝な顔をしながらも、そんなときもあるであろうと黙ってエメルに接した。

 思い出すことも嫌で不機嫌なここちで朝食をとる。

 父親と母親親子三人揃って食事だ。

 母親と父親は仲が悪いわけでないが、いろいろとある。なごやかな会話などほとんどないしんとしたものだ。

 そんな毎日の食事だが、珍しく父が母の顔を伺いつつ、エメルに「ところで」と白々しく話題を振ってきた。

「お前もそろそろ年頃だ。王位継承権のごたごたがあって決めかねていたが、そろそろ相手を決めたほうがよかろう」

 エメルは音を立てて固まった。

 機会仕掛けの人形のように不器用な動きで、父を見る。娘から睨みつけるような視線が向けられるが、父は気にした様子もなく武人然とした顔でエメルを見ていた。

 昨日の今日で結婚の話など、まるで見計らったように話を持ってこられてエメルは悪意を疑ってしまった。

「結婚など、まだ考えてもいません」

 昨夜のギウナのことを無理矢理掘り返されるような不快感。それを封じ込めるように、エメルははね除ける強い口調で断言した。

「お前自身が考えていなくても、もう決めねばならんだろう。先方にも話は持っていって、良好な返事はもらった」

 父はすげなく返す。エメルの意思をうかがうことなく、既に縁談が決まった話をしているだけのようだ。

 エメルの人生だというのに、本人の意思が全く介在されないことに腹が立つが、貴族の婚姻とは得てしてそういうものだと、エメルは納得しようとした。無理に納得しろと言い聞かせなくても、今までのエメルならそういうものだと、すんなり従っただろう。

 だが、今のエメルの心境はそうはならなかった。

 親のいう相手と結婚するのだろう。そうしたことに反意はなかったはずなのに、胸の内から生まれてくるのはことばにできない不安さと、泣きたくなるような嫌悪感だった。

 無意識のうちに、エメルはギウナの手形がはっきりと残る手首を逆の手で強く掴んでいた。まるで縋るようなその必死さに、エメルは気付いていない。

 唇を舌で舐めた。食事の最中にそのような下品な仕草をしてはならないが、エメルはやはりそんなことをしている自分に自覚がなかった。不意に蘇るギウナの力強さ。与えられる乱暴さ。溺れそうな甘さ。魅惑される痺れ……

 強引なそれにその時エメルは反発したが、いざ形になったものを別の形で突き付けられると、ギウナのプロポーズ以上に強い拒絶感があった。

 いやだ。特に思い入れもない男と、どうしてこれから一生を共にできるというのだ。

 反発心のままギウナを拒絶したことに、一瞬の後悔が沸き上がった。

 エメルが思い詰めていると、父親に爆弾を落とされた。

「相手はお前もよく知っている青年だ。お前も仲もいいし、彼ほどの武人なら我が家に婿に来てもらえることに否はない。エルシーウ家のギウナだ」

 そのことばに、津波のように押し寄せていた後悔はエメルの中で堤防にぶちあたって霧散した。

 認めたくはないが、ギウナ以外の男との結婚は嫌だと、エメルは感じてしまったのだ。

 そんな切ない思いを颯爽と裏切っていく、うれしいんだか肩すかしを食らっているんだか分からない、親が決めた結婚相手。

「はあ? 何故?」

 間の抜けたエメルの問いに、父親は表情を崩さずに淡々と答える。

「これ以上相応しい相手はこの国にはいないだろう。エルシーウ家の方々をこちらもよく知っているし、互いの身分もこれ以上ないくらいに釣り合っている」

 ギウナは国内でも指折りの貴族である公爵家の三番目の息子。

 エメルは王女が嫁されるほどの家のひとり娘。

 ギウナは優秀な青年であり、婿当主となるに相応しい逸材である。

 この際ギウナの人格はさておき、能力と血筋だけで客観的に判断したら、エメルの家側からしたら頭を下げてでも欲しい男だ。父親としても、家の当主としてもその辺の馬の骨に大事なひとり娘を預けたくはないので、ギウナがエメルの婿となることは願ったり叶ったりなのだ。

 本人の感情も、ギウナがエメルを好ましいと思っていることは周知されている。エメルにしても悪くは思っていないだろうと考えての婚約だった。

「だいたい、家柄や財産目当てでなくお前のような娘と結婚してくれるのなんて、ギウナだけだろう」

 父がそういうと、元王女の眉根がぴくりと不快げにひそめられた。気付いた父親はしばしの間押し黙るが、妻の機嫌を用心深くうかがいながら、再び娘に語りだす。

「お前のその格好に目くじらを立てない男というのは早々いないし、男というのは沽券に関わることに敏感な生き物だからな。自分よりも強い者を妻にして平静を装うのは難しいだろう。その点ギウナは、エメルがどれだけ男装していようと見慣れたものだし、剣術そのものの腕は拮抗しているからな。お前の強さに嫉妬なんかしたりしないであろうから。ギウナ自身、お前との結婚は乗り気のようだぞ」

 畳み掛けた父親に、エメルは反論を失う。

 エメルのような男装を良しとし、男顔負けで剣を扱う女を嫁にしたいなどという奇矯な男は少ない。いるとすればエメルの持つ血筋や、エメルの家の財産目当て場合。

 エメルは今までに何度か男性に口説かれたことはあったが隠された下種な下心に不快さにふれたことしかなかった。エメルを口説く男たちは、エメル本人ではなく、エメルを手に入れた先にある婿当主の地位しか見ていなかった。

 女としての魅力というのが著しく低い自覚はエメルにはあり、自分の価値が夫となる男にはそれだけしかなくても、最終的に家を守り立てることができるのであれば、どんな男でも良かった。しかし、口説いてきた男たちにはエメルの家の財産を食いつぶすことしかできないような者たちしかおらず、その全てを振り払ってきた。

 そんなエメルがなんの気も置かずに話すことができる年の近い異性というのは、悔しいことにギウナだけだった。

 なんとなく、う、とことばに詰まり成る程と納得しそうになってしまった。

 自分の好き嫌いを語る以前に、結婚できそうな男が家柄やエメル個人のせいで、なんだかんだいいつつギウナしかいない事実に、昨夜のように物理的な逃げ道を奪われるのと同様に心理的な逃げ道を失っていった。

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