儲けのシステム
ショートショート。資産家の邸宅に盗みに入った男が知った,意外な儲けのシステムとは?
スズキ氏は中年の経営者。
高級住宅地に構えた,豪華な邸宅に住み,高級外国車を所有し,いつも海外の高級ブランド品を身に付けている。
幼少のころは裕福ではなく,一代で財をなした人物である。
しかし,スズキ氏の経営する会社の業界は不景気だった。
会社も派手に利益を上げている様子はなかった。
よほど,巧みな経営をしているのだろうか。
人から,儲けの秘訣を尋ねられると,スズキ氏はいつもこう答えた。
「人の心を理解すること,心を読むことだよ。金を持ってくるのは結局,人間だからな。
それから儲けのシステムを構築すること。塵も積もれば山となる。
小さな儲けでも,継続して集まれば大きな儲けになるんだ。」
そんな折,スズキ氏に着目するようになった若い男がいた。
「随分,景気が良いようだな。自宅には,さぞかし金目の物があるだろう。
次の標的は,スズキ氏の家にしよう。」
ある日の深夜,男はスズキ氏の豪邸に近寄ると,ロープを器用に用いて,音もなく高い柵を乗り越えた。
金持ちの家だけあって,一通りの防犯設備は配置されていたが,男は若くともその道のベテラン。
警備システムの死角を突いて移動したり,防犯装置を解除したりと,防犯システムをかいくぐりながら,次第に邸宅の奥へと侵入していく。
とうとう,奥まった部屋に侵入し,巨大な金庫の扉の前に到達した。
この扉を開けたところが,金庫室になっているらしい。
男は素早く解錠にかかり,奇妙な形をした金属片を器用に操ると,数分の後に,金庫はゆっくりとその扉を開いた。
歓喜した男は,それでも慎重にその隙間に滑り込むと,中にあった宝石,貴金属を,ナップサックに掻きいれる。
少しすると,男はおかしな感覚を感じ始めた。
鼻に刺激を感じる。
手が,重くてだるい。
視界が周りから暗くなってきた。
何かがおかしい。ひょっとして。
男の思考は中断すると,床に崩れ落ちた。
意識が戻り,目を開けると,最初にスズキ氏がにやにやしているのが見えた。
金庫室から別の部屋へ運ばれたらしい。
警察や病院ではなく,まだスズキ氏の邸宅の中のようだ。
「お目覚めかな,泥棒君。」
「俺に何をした。」
男は起き上がろうとしたが,動けないことに気付く。
腹の上で交差している手も,自由に動かない。
拘束衣を着せられて,その上からロープでベッドに縛り付けられているようだ。
「俺をどうする気だ。」
男は込み上げる不安を押し隠して虚勢を張る。
「安心したまえ。警察に突き出したりはしない。」
「じゃあ,どうするんだ。」
「これからも,仕事に励んでくれればいい。ただ,会社経営というのは人が思うほど楽ではなくてな。何かと経費がかかるものなのだ。そこで,君には,毎月いくらかの資金協力をしてもらいたい。」
「恐喝する気か。」
拘束衣の中で暴れる男に対して,スズキ氏は一層にこやかになって言う。
「人聞きが悪いな。あくまで『資金協力』だよ。君がやったことの証拠は揃っている。常習窃盗となれば,数年はムショ暮らしだろう。それを見逃してもらえるのだから,悪い取引ではないと思うぞ。」
「選択の余地はないということか。それでいくら払えばいいんだ。」
憮然とする男に,スズキ氏は,ある金額を口にした。
「それだけでいいのか。」
驚いて男は言う。
「金庫室まで入れたことで,君の腕がいいのは分かっている。
君ほどの腕なら,これくらいの金を払うのは難しくないだろう。」
「一体,どういうつもりなんだ。」
つぶやくように言う男に,スズキ氏は慣れた様子で説明する。
「大金を要求して暴発されたら,こちらも損だからな。もちろん,私に何かあれば,証拠はすべて警察に届くように手配しているから,変なことを考えるなよ。
それに,これくらいの金なら,負担になりすぎることもなく,君も確実に払い続けられるだろう。儲けるには,人の心を読むことが大事なのだ。
それから,一人一人は少ない金額でも,集めれば大きな金額になるのさ。
今月は君で,もう3人目だ。今までのトータルでは,何人になることか。
そいつらが,毎月,金を払ってくれる。それでますます儲かって,そうすると財産を狙う君のような人間が次から次とやってくる。そいつらを捕まえると,また金を払ってくれるようになる。これが私の儲けのシステムなのだ。」
お楽しみ頂けたら幸いであります。