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翼のない鳥  作者: キヨ
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理解者

「ねぇ。」彼女の短く発した言葉に俺は反応する。「ん?何。」既に俺の車に乗って車が走り出す直前の会話にその時は何の違和感も感じたりなどはしなかった。「何も聞かないのね。今はどこに住んでるかとか、何の仕事してるのかとか。」俺は何を応えていいのかわからず息をのんだ。「普通はさ、家庭のあんなところを見て女が一人で家を出たら思うじゃない。こいつは今どうしているんだろうって。」彼女は前を向いていた視線を俺に向けて聞く。「そういうこと気にならないの?それとも彼女のことで頭がいっぱいで私には無関心とかなの?」俺はここぞとばかりに用意していた言葉を口にした。俺のハンドルを握る手が震えだす。カタカタと小刻みに震えたかと思うと今度は手が冷たくなってきた。「いや、君が自分から話したくなるまで俺はいくらでも待つさ。」俺はハンドルの上でこぶしを握った。俺は俺自身に腹が立った。そんな無神経なことを言うはずではなかったのだ。俺のシナリオは書き変えられる。そしてシナリオはますます複雑な展開を描き始めるのだ。助手席にいる彼女が小さなため息をついたのが分かった。「それで?あなたの方は一体何があったのよ。」今度は私が聞く番とばかりに一瞬にして立場が逆転した。彼女があごに指をあてて何か考え込んでいるのかと思うと次にこんなことを言い始めた。「あの彼女、もしかしてワケありなの?」彼女はぽつりとそうつぶやいた。俺の悩んでいることにズバリ言い当てる所なんかは昔と何も変わっていないようで俺は一安心した。気持ちを落ち着かせる為いや、俺の動揺を悟られないようにするため俺は車の中でおもいきり深呼吸をした。俺は彼女に了解を得て彼女を今から俺の家に招き入れることにした。車を車庫の中に入れて車のエンジンを切る。車のキーを引き抜いたところで俺と彼女は同時に車を降りた。俺はここまで彼女を連れてきて彼女に一体何をしてやれるのだろうか。あの時、聞かれた質問には答えないままで。何の理由もなしにここまで連れてきて俺は一体何をしようとしているのだろうか。ただ、彼女をあの場所に置き去りにはしたくなかった。彼女の苦しんでいる顔をもうあれ以上見てはいたくなかった。たったそれだけの理由でここまで連れてきた俺は、大バカ者だ。彼女の気持ちも考えも読み取らずに自分の自己満足だけで行動してしまった罪は、罪悪感は簡単にはぬぐいきることは出来ないだろう。きっと俺は過去の自分自身から逃げ回っているだけだ。過去の出来事をさも無かった事かのように振る舞いたいだけなのだ。それからほどなくすると夜空に浮かぶ月が傾きはじめて部屋中を怪しげな光で染めていく。彼女はリビングのソファーに蹲り膝を抱えて座っている。俺が横に置いたコーヒーにはまだ口もつけてはいない。俺はあとどのくらい強くなれば君を救うことができるのだろうか。静かな空間がそこにはあって、彼女の心の深い傷跡が俺の良心の維持を妨げようとしている。お互い大人になって今までにいろいろな経験を重ねてきた事実は、僕等の支えになっているのだろうか。そしてこれからも僕等を支え続けてくれるのだろうか。俺がそっと差し出したカップに口をつけたのはそれからまもなくの事だった。カップから立ち上る湯気ももうそこには無く冷めきったコーヒーがカップの中には入っている。俺は立ち上がり、今度は温かい紅茶を用意した。トレーの上には温かい紅茶にスプーンとクリームそしてレモンを添えて彼女に差し出した。「冷めたコーヒーなんかじゃ温まらないよ。」俺は床に膝をつき、コーヒーカップを下げようとコーヒー皿に手を伸ばした瞬間、彼女の前に出した腕に生温かいものが上から落ちてきた。それは次第に大粒となって後から後からこぼれ出す。彼女がか細い声で俺に問いかける。「な…んで、そんなに私に優しくするの?」彼女の発した言葉に戸惑いを覚えつつ、俺は彼女の隣に静かに腰を下ろす。そして俺から口火を切った。「さっきの話の続きだけど、俺は君が今何の仕事をしていようがどういう状況にいようが…。きっと、俺はずっと君の味方でいたいと思う。いや、違うな、味方でいられると思うよ。」彼女が咄嗟に俺の顔を見ながら言葉を発する。「そ…れは、他人だから?それともみんなと一緒でその他大勢だからなの?」彼女は俺の横顔に向かってそう話した。俺の横顔はいつになく表情が読みにくい。俺はそれを昔から知っていた。だからあえて向かいのソファーには座らなかったのだ。俺の優しさの鍍金がはがれおちる前に片づけておきたい。俺の心の純情の欠片はそう容易く拾い集めることなどできはしない。俺の思考回路はもはやどん詰まり状態でまた同じ道を行ったり来たりしている。俺はどちらともつかない曖昧な返答を繰り返す。「そんなことを言い出したら、己れ以外は皆他人になるだろう?この場に及んでそんなこと言うなよな。」この際、俺にとっては敵味方の区別なんてどうでもいいのだ。自分で考えていることながら自分の身勝手さに酔いしれている自分がいて、それでも表情は真剣な表情を作り上げている。またこうした状況が吉なのか凶なのかは、この時の俺には想像もついていなかった。それどころか彼女の今後のことすら頭にはなかったのだ。少しの沈黙の後、彼女は言葉を発した。「それじゃあ、なんで私のことなんか気にするのよ。ちゃんと彼女もいるくせに。」彼女のその言葉に心臓がドクンと波を打った。そして彼女はまた話を続けた。「そんなことしたら、普通女子だったら期待しちゃうじゃない。違う?」彼女はなんだか怪訝そうな表情を俺に浮かべている。俺はその言葉に何か引っかかるものを感じている。そしてまた、俺はその言葉の真相を確かめるべく奥深い感情の底に潜っていく。俺は感情の底に潜っている途中で彼女の言葉によって現実の世界に呼び戻されることになる。遠くのほうで誰かが俺を呼んでいるのか?視界がだんだんと開けていき耳もはっきりしてきた。「ぇ、ねぇってば。」ゆさゆさと俺の肩が小さな手によって揺さぶられているのがわかる。俺は虚ろな目のまま彼女を視界に捉えた。「あ…あぁ。」俺は意思のない返事をその呼びかけに対して返した。彼女は俺の顔を思いっきり覗き込んできた。「大丈夫?どこに行ってたの?途中から私の話ちゃんと聞いてなかったでしょ、もう。」彼女はプリプリして流しに立って洗いものを始めた。壁に掛けられた時計を見るともういい時間になってしまっていた。俺はソファーから立ちあがり彼女の背後に立った。彼女はふと振り返り、俺にニコリとした。「どうしたの?疲れてたんじゃないの?ごめんね、そんなときに色々と持ち込んじゃって。」彼女はテキパキと食器を戸棚に片付けながら俺に話かけている。そんな彼女を俺は頬杖をつきながらダイニングの椅子に座って見ていた。彼女はこの家のどこに何があるのかすでに把握しているようだった。こうしていると不思議と俺の心の隙間に滑り込んでくる君がずっと以前から俺のそばにいたような気がして、それがごく普通の光景に見えてくる。この家に今まで女性など入れたこともなかったはずなのに彼女はその違和感さえも感じさせない何かを持っていた。その数分後、彼女が先ほど座っていたソファーの上でそのまま深い眠りについてしまったことから今日のところはそのまま彼女を家に泊めることにした。そして、俺が毛布を掛けたそばから寝息が聞こえてきた。

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