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翼のない鳥  作者: キヨ
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実行者

俺は長く続く廊下をずんずん進んで歩いている。その足取りはしっかりと地に足が着いていたものだった。俺は俺のためにこうして行動している。以前の家にはもう戻らない。大家さんにもすでにそう伝えてある。俺はこんな簡単なことにまで、今まで気がつかなかった大ばか者なのだ。それから数日後の事、俺が日本の空港に着くと彼女が笑顔で駆け寄ってきた。「お久しぶりね、すっかり大人の男性になっちゃって解るかどうか心配だったけど、流石私ね。一目でわかったわ。」俺は苦笑いで彼女の肩を抱いて歩き出していた。そのまま俺たち二人はタクシーで俺の家まで行き、そこで俺の車に乗り換えて行くことにした。俺達二人は俺の所有する車に乗り換えて街中を走っている。久々の日本で少し見ない間に色々と町並みが変わっていることに気がつかされた。俺はナビを頼りに走行する。「そういえばお前、今はどうしているんだ?やっぱり親とはあまり上手くはいっていないのか?」俺たちの会話は俺から口火を切るのがセオリーで、俺は少しトーンを低めにしてそういった。彼女は俺のその問いに対して答えると同時に俺の胸に刺さる質問をしてきた。「人と人との関係を白紙に戻すことなんてそう簡単に出来るとでも思っているの?そういえば聞いたわよ。あなた、お見合いの相手とあっちで同棲までしていたって。私の情報網を侮らないでよ?情報化社会になったって人の情報なんて把握しようと思えば把握できるんだからね。」俺はきょとんとしつつも車の運転に集中してぼんやりとあちらに残してきた彼女のことを考えてみた。そしていつの間にか、俺自身にとって恥ずべき身の上話を彼女に話していた。そして暫く黙って俺の話を聞いていた彼女は熱心に俺の話を聞き入れたかと思うと一瞬にして俺の的確な立ち居地を説明した。「で、こっちにすごすごと引き下がってきたわけね。だらしないわね。大体、あんな硝子玉の意味なんて知るわけ無いじゃない。もしかしたら返ってその彼女に期待まで持たせちゃったかも知れないわね。一応、覚悟だけは決めといたほうがいいんじゃない?」人ごとには人ごとだが、そんなに責めることは無いだろうと俺は心の中で反論した。俺は先ほどの話とは打って変わってこう話をした。「この辺りだってカーナビが言ってるけど、ここの家で間違いないのか?」彼女は窓の外の景色を見るとにっこりとして間違いはないといった。俺達は近くの駐車場に車を止めて一緒に歩き出した。「何年ぶりかな、ここまで来るのは。あれから一回も里帰りはしてないんだよね。」彼女はわざとそう明るく振舞っている。彼女がここに来るのはどんなにつらいことなのか俺は知っている。だから敢えてその言葉の真意を問いたりはしない。でもその代わり俺は、俺自身の話をすることにしている。「昔、ここでお前とよく遊んだよな。他に数人くらいいたけど。でも、ほとんどは上級生だったような気がする。」彼女は思い出し笑いをしてからこう言った。「そうそう、それでいつも君はいつもパシリにさせられていたよね。反論すればいいのに。」俺は少しむっとしてこう言った。「俺は、元々は頭のいい人間なんだ。だから無駄な労力を使わずに従っていただけなんだよ。」彼女は少しいたずらっ子っぽく俺を見て言う。「はいはい、そういうことにしておきましょうか?」彼女とそんな話をしながら歩いているともう彼女の家の目の前に来てしまっていた。家の前に来て少し尻込みする彼女に俺は、手を差し伸べた。「ほら。」俺は彼女が手を掛けるのを待っていた。いや、待っていたのではない。正確に言えば俺にはそれしか出来ないのだ。押すも引くも彼女次第で、俺はそれを見守ることしか出来ないのだ。彼女は俺に上目遣いをして、「や…やっぱり今日は止めておかない?あっちにだって色々と事情とかあるだろうし、今日だって家にいるかどうかも解らないし。」とそういった。俺は彼女のその言葉を聞いて、ふむと頭の中で少し考えていると突然家の中から鍵の開く音がかすかに聞こえたような気がした。俺が咄嗟に振り向くと玄関のドアの隙間からこちらの様子を伺う視線がこちらに向けられていた。流石にどうしようかと俺も悩んだ。ここで声をかけるかどうかそれは重大な決断だ。今のまま彼女と両親を合わせるには間が悪い。そして俺はさりげなく挨拶をしてみることにした。「どうも、こんにちは。」俺がそう言うと玄関の中から年老いた彼女の母親が顔を出した。小母さんは俺のことを見るなり俺に話しかけてきた。「あら、お久しぶりね。最近ちっとも姿を見せないからどうしているのか心配してたのよ。」彼女の母親は自分の娘が目の前にいるにもかかわらず、ずっと彼女を無視し続けている。そして小母さんは俺を家の中へと引き込もうと話を進めてきたのだ。「ほら、ここで立ち話もなんだから入って入って。」俺はその小母さんの言葉を肯定的に受け取ることにした。そして彼女の手をしっかりと握り、彼女の家の敷居をまたいだのだ。そして玄関を入ってから気になっているのは、彼女の表情とがらんとした家の空気だ。何とも気が沈みそうなくらいの重くなった空気、動きの無い澱んだ空気、そのどれを取っても否定しがたい過去を読み取ることが出来る。解けないままの彼女たちの蟠りがそこにあることを俺はなんとなく感じ取ってしまった。俺たちはリビングの日の当たる場所に通された。小母さんはお勝手に行ってお茶を用意してくれている。それを見た俺は、お勝手には入らずお勝手のドアの前でスタンバイをしていた。小母さんはお勝手の前に立っている俺にはまだ気がついてはいないようだった。そしてそのドアの前に立って中の様子をこっそりと伺った。すると小母さんの大きなため息と声を殺してすすり泣く声と湯の沸く音だけが静かに聞こえてきた。なぜか俺の心がざわついている。そして、彼女の足音が次第にこちらに近づいてくるようなそんな予感がした。俺は慌ててお手洗いのほうへと移動した。変な話、なぜだか彼女の家の中を鮮明に覚えているのだ。それはきっと、覚えていたのではない、思い出されてくるのだ。あの頃のこと、あの時代のあの瞬間のこの家のことを。俺は何の気無しに入ったお手洗いに安心感を覚えた。長い長い時を感じさせるこの家は戻らない日々を眩しくさせる。隠された出口が容易には抜けられないことを暗示している。彼女は一体何をしているのだろうか。そして俺はもう一度、お勝手のドアの前にスタンバイをした。不器用な彼女たちの関係が少しでも上手くいくように願いながら俺はそのお盆を受け取った。きっと君の手を取ったあの瞬間からこうなることは必然的だったのかも知れない。今そばにいる幼馴染のことを考えると俺の心配事など塵のようなものだ。彼女の震えた指先で何が出来るというのだ。彼女が今求めているのは、俺の手助けだ。行き場の無い終止符を繰り返すのは意味も無い意地の張り合いだ。彼女の乱れた呼吸は静かに俺の心の中へと入り込んできた。一人では解けないパズルを両腕に抱えて途方にくれている君は空を仰ぐ。俺は、俺の前に置かれたティーカップを手に取り静かに紅茶をすすった。それからさりげなく話題は俺の海外赴任の話になった。「あっちの生活にはもう慣れたの?」そうおばさんが俺に問いかける。俺は何の迷いもなしにこう答えた。「あー。そうですね。もう慣れましたといいますか今日、もうこっちに帰国してきたところなんですよ。明日からはまた日本勤務です。」とにっこりしながら俺は答えた。「あら、そう。あっち行ったりこっち行ったり大変ね。」俺はその答えに迷い思い掛けず鼻で笑った。俺はもう一度カップに残っている紅茶をすすっては隣に座る幼馴染の様子をそっと伺った。

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