共犯者
翌日から俺の隣には君がいて、懸命に仕事に励んでいる。俺はその日のランチは、彼女を会社に残して俺と上司のジョンを誘い出してファーストフード店で昼食を一緒にとっている。俺は朝から心に抱えていた一つの疑問をジョンに単刀直入に問いかけてみることにした。「ジョン、どれくらい前から彼女が転勤してくることに決まっていたのですか?」俺は真剣な表情でそう問いかけてみた。しかしジョンは先ほどと何一つ変わらない表情でその問いに対してこう返事を返してきた。「いつからも何もつい最近さ。それに君のパーティーで一応君にも予告はしておいたつもりだけどね。わからなかったかい?」ついにはジョンも真剣な面持ちで話をしてきた。食事を半分ほど終えたところで俺の頭の中には色々な思いが交錯していた。ジョンは俺たちがお見合いをしたことは知る由も無いはず、それなのにどうして指輪なんていう小細工なんか仕組むのか意味が解らなかった。大体、なぜよりにもよって、彼女が同じ部署の同じ課に配属をされるのか全く検討がつかなかった。もしかして、というよりもこの会社自体が彼女家族と何かかかわりがあるとしか思えなかった。昼食を終えた俺たちはそそくさと会社へと戻って行った。会社に戻ると午後の仕事を再開した。すると、俺たちと入れ替わりに彼女と彼女の上司となったケビンが外食をしに外へと出て行った。ケビンにジェラシーなど俺は感じやしない。彼女は俺に振り返って俺にぺこりと会釈の挨拶をして外へと出て行った。彼女とは、未来の無い関係ではないのかもしれないと最近薄々感づいてきてしまっている。俺はそれでも心のどこかで歯止めを掛けて懸命に事が進行しないように努めているのだ。それよりも俺が早急にすべきことはこの会社で彼女とグルの人物を突き止めて白状させることだ。ジョンはこれ以上何も話してくれそうには無い、彼はそういう男だ。彼と近い立場の人物でこのことに関して係わりがありそうな人物といえば隣の部署でジョンと同じ立場にあるマイクかあるいは隣の隣にある部署のミシェルしか俺には思い当たる節は無かった。しかし、そのどちらもが俺とは全く面識が無いし、それに話したことすら俺には無かった。それは絶望的にそんなことを聞ける立場にはいないということだけしか俺には考えられなかった。俺は肩を落としうなだれて仕事の続きをしている。もしもこの風変わりな状況がこれ以上続けば俺は精神的に病んでしまうに違いない。俺にとって最悪のシナリオは避けたかった。俺に残されたたった一つの切り札は日本に帰ることしか選択肢はありえなかった。いっそのこと日本の樹海にでも身を潜めて住もうか、大好きだったあのプラネタリウムみたいな場所に一人きりで。色々な思いがあふれ出してきて目頭が熱くなった。会社でなんて事を考えているんだ俺は。自分で自分に気合を入れその後は仕事にせっせと励んだ。こんなことに翻弄される自分に腹立たしさを覚えながらも何とか今日も無事一日が終わっていった。その日の仕事帰り、俺はある店に立ち寄った。そこは俺がこちらに越してきたときからある宝石店だ。以前から気にはしていたが入るのはこれが初めてだ。俺は店内に入るなり品定めをしている。俺はガラスのショーケースに手を突きため息を一つついた。俺はどことなく瞑想しているように見えたらしい。店の店員が珍しく近づきそして、俺に話しかけてきた。「お客様、一体どんなものをお探しですか?」と店員は俺にフレンドリーに話しかけてきた。俺は愛想笑いを彼女に返して次の瞬間俺はこう答えていた。「その、別れの挨拶にと贈り物を探しているのですが。」俺がそう言った瞬間に店員は不思議そうな表情を浮かべ、あるものを差し出してきた。丁寧に扱われるその商品はどこか威厳と品格が漂っていた。「これ、何て言う宝石なのですか?」すると店員はこう答える。「お客様は先ほど別れの挨拶とおっしゃいましたので私はこれなんかが適切かと。アメジストでございます。この宝石の意味は決断です。」俺はそれを手にとって彼女のことを思い浮かべてみた。彼女の受け取ったときの顔が見えるようで可笑しくなってしまう。突然笑い出した俺を店員は冷ややかな目で見ている。俺はそんな店員を見て咳払いをした後でしゃんとして、俺の的確な意思の意味がある宝石はないかと訊ねてみた。すると店員はまた奥のほうへと姿を消し、俺はまた一人取り残された。数分後店員が持ってきた色々な加工のされた様々な色の宝石だった。「お客様のご予算もありますから値段はピンからキリまででございますが、こちらは先ほどと同じアメジストでお値段はそれぞれお安めのものから高めのものまでご用意いたしました。こちらはアンモラスト、意味は過去を手放す。そしてこちらはジェット、意味は忘却、沈静そして当店では最後でございますがこちらはファイブロライト、意味は警告となっております。」そう言って店員は俺のことをじっと見ている。えっと、意味が決断、過去を手放す、忘却・鎮静それに警告か俺は心の中であれでもないこれでもないと考えに考えた末、最後に俺が選んだ宝石は、ジェットの中堅クラスの宝石にすることにした。俺は店員から渡された紙袋をぶら下げて家路へと急いだ。宝石を買ったはいいが、先の見えないこの状況でこれを渡すタイミングと日本へ帰る準備を密かに進める必要性があった。その日はベッドの中に入ってもなぜか心がざわざわとしてなかなか眠りにつくことが出来なかった。一人では抱えきれない難題を誰かに相談しようものなら俺の策略が露呈してしまうに違いない。ましてやプライベートのこととなると噂は瞬く間に広がって行くに違いない。人間とはえてしてそういうものだ。自分以外に信じられるものなどありはなどしないのだ。俺は彼女の指の号数がわからなかったものだから思い切って人目につきそうなネックレスとして贈ることにした。そのネックレスを彼女がつければ俺は彼女から解放されるとそう確信したのだ。その翌日から俺は密かに日本へと帰国する段取りを着々と進めていった。俺は時を待っていた。俺の策略が成功する、とっておきのタイミングを今か今かと。そして策略を練り始めてから3ヶ月後、絶妙のタイミングで以前勤務していた日本の会社から俺は呼び出しを受けた。俺の心は弾む、まるで行事を明日に控えた小学生のようにどこかうきうきしていた。一旦日本に帰国するという名目でそれは進められていった。もちろん俺はこちらへ帰ってくる気などさらさら無い。きっとあちらへ帰ったらこちらに戻ってくる必要も場所もなくなっているだろう。こちらへ戻ったところで俺は逃げ場を失っていることに変わりはない。俺はそんなことを考えながら夢を勝手に膨らませていく。裏切りの代償がこんなもので済めばこんなに楽なものは無い。そう頭の中で考えながらその準備を手早く済ませると早めに床に着いた。会社にはどうにか上手く言ってこの情報を彼女の耳には入れないほうが得策だろう。今、手がけているプロジェクトはこのまままっすぐ進めば俺が日本に発つ日の前日には完成するだろう。そのプロジェクトの成功を理由に日本に帰ればいいだけのことだ。俺は自分でも感じる身勝手さをことごとく踏み躙るかのように異動届けを手にしていた。




