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翼のない鳥  作者: キヨ
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支配者

今は、今だけは彼らが俺の心の中を占領している。ケビンが俺の前に鎮座して、その隣には彼女がいる。彼女との縁談は未だに頓挫したまま彼女の時間だけが先に止まってしまった。彼女の中では未だに俺との時間は有効なのだろうか。静まり返ったこの場所で凍てついた時間だけが彼らには存在する。俺の心を彼らが支配して、心の自由を黙認しようとはしてくれない。彼らに俺が係わった事で彼らもまた犠牲者になってしまったに過ぎない。涙はとうに枯れ果て、俺の時間だけが流れていく。一体いつになれば俺にかけられた鎖は解き放たれるのだろうか。彼らの時間を止めたのは俺で、その止まった時間はもう二度と動き出すことはない。その事実から目を背けるかのように俺は新薬Kを少量彼らの墓前に供えてやった。Kはまだ認可されてはいない薬で、まだ市場に出回ることはない。「また、君たちが最初だな。」俺はそう言って持っていた残りの全てを錠剤から粉末に加工したものを彼らの体いっぱいにまき散らした。俺は手に残る粉で両手を叩いて残りを地面に叩き落とすとその手をズボンのポケットの中に入れて立ち尽くしていた。俺は少しの間立ち尽くしたところで、その足が自然にその場を離れる時を探っていた。重なり合う事項を一つ一つ拾い集めていけば彼らと過ごした時をいつか忘れさせてくれる時が来るのかも知れない。Gの回収は未だに行われている。けれども俺の作ったGの対抗薬Kの存在を知る者はまだ一握りの人物しかいない。それもまた今、俺の心を惑わせる一つの要因なのかもしれない。やがて空から降りだした雨は止むことを知らず未だに降り続けている。こんなところでは雨宿りをする場所などありはしない。この雨が俺を濡らす度、俺の汚れを洗い流してくれるのではないかと自ら雨に打たれてみたりする。すると、どこからともなく会社にいるはずの秘書が姿を現した。「取締、雨にぬれてはお体に障ります。」そう言って傘をさしながら俺の体に乾いたバスタオルを巻きつけた。「あぁ。ありがとう。」秘書は自分がさしてきたと思われる傘と一緒にそれらを俺に差し出した。「よくここが分かったな。」俺は俺の質問を彼に投げかける。でも、彼はその質問をひらりと交わしこう言う。「これでも取締の第二秘書ですから。」そう言って彼に促されるまま車の止めてある駐車場まで歩いて向かっていった。この場を離れるのは忍びない。でも生きて俺のために頑張る人間を無碍に突き返すこともできず俺は彼の言うとおり車の後部座席に乗り込んだ。車のスピードはどんどん加速していき、もう墓地のある場所は米粒のごとく小さくなっていく。俺が遠ざかっていく後方を見つめていると突然ゆっくりと車は路上に停まる。俺は何事かと思い前方に向き直る。車内で秘書が口火を切った。「取締、何かあちらにお忘れ物でもございましたか?」彼はそっと俺に問いかける。「いや、なんでもない。」俺は彼にそう言い聞かせ再び前方に向き直り、そしてまた車は加速していく、風を切って景色をあっという間に追い抜いていく。俺はもう、この車に乗り込んだ時から一個人としての俺ではない。大会社の大勢の従業員を率いる取締なのだ。そうこうしているうちに、車は空港のターミナルまで到着した。空港周辺は昔と変わらず異国の風をきっている。俺たちは、飛行機の前方にある席に着きゆっくりと腰を下ろした。俺たちのいる座席付近にはあわただしく通り過ぎていく乗務員の姿、今日はいつになく騒がしい。すると、突然機内アナウンスが流れ始める。ご搭乗の皆さま、当旅客機FE103号機をご利用いただきまして誠にありがとうございます。当機は間もなく離陸いたします。座席にお座りになってお待ちください。と、そうアナウンスが流れると乗務員が乗客のシートベルトの確認をしだす。慌ただしく過ぎ去っていくこんな日常も時間も俺をこれっぽっちも変えてはくれなかった。俺はまだ立ち止まったまま一歩も前進していない。前進するどころか後退しているように感じる。俺の精神は過去を引きずる。みんなや社員を引きずりなどはしない、引きずられるのは俺だけで十分だ。そう心に誓い背もたれに寄りかかるようにして座りなおした。まだ鳴かず飛ばずのKはこれから会社に持ち帰りその実証を試さなければならない。それからKを日本に持ち帰り約一週間がたった頃、その呼び出しは何の前触れもなくやってきた。地下の研究室から俺宛に呼び出しがかかったのだ。それは一本の電話から始まった。海外の取引先、ロシアのLuceからの仕事依頼だった。最近の俺は何かとバタバタとして、すっかり彼女からの依頼を忘れていたのだ。今から約2ヵ月前その約束は交わされた。その薬Gの使用契約だ。彼女が是非Gについて調べたいというので自社の研究室でならと条件付きで承諾したのが始まりだった。Luceはここ最近日本に来日し、短期滞在で俺の会社に泊まりこみながら研究を進めている。彼女からの依頼というのは、1週間だけ俺に研究を見てほしいというものだったのだ。そして彼女が日本に来日してはや2週間が過ぎようとしていた。Luceはまだかまだかと首を長くしてお待ちかねだ。俺はトントンと地下室への階段を駆け下りていく。地下室の重い扉の向こうには青光りするライトに照らされながら研究をするLuceの姿があった。彼女は地下室の扉が開くなり実験をする手を止めこちらに視線を送ってくる。「……。」彼女が何か言っているが俺には彼女の言葉は理解できない。すると背後にいた第一秘書の翔が通訳を始める。「取締、Luceが取締に研究の成果を見てほしいと言っておりますが。」「そうか。」俺は彼がいないと研究員とコミュニケーションもとれない。これも完璧を求めすぎた結果なのだろうか。Luceとの間に翔を介しながら俺はLuceに指示を出していく。翔のきつく髪を束ねたゴムが地下室でキラキラと存在感を表しながら俺たちの会話は続いた。翔は俺の横にぴったりとくっついて俺のそばを離れない。秘書とは本来こんなものだっただろうか。最近になって思う、俺は社員の助けがないと何一つ満足に仕事をこなせていないということを。彼女の青い瞳に写しだされるその結果に彼女は一体何を思うのだろうか。その薬が及ぼす影響を知ったとき彼女はそれをどうするつもりだろうと俺はそんなことばかり気にしていた。結局、彼女はGの本当の姿を突き止められないまま帰国の日を迎えてしまった。彼女にとってはこれが最善の結末だったのかもしれない。もしも、その結果を知ってしまったらきっと彼女は悲嘆に暮れてしまうに違いない。きっと嘆き悲しみ続けることすら可能性としてはあるかもしれない。もはやLuceの頭には既に過っていたかもしれないが、それは彼女にしかわかりえないことだ。彼女が今後それをどうしようと俺のターゲットとしての範疇ではない。むしろ論外だ。いくら彼女の心を詮索してもその答えは他人の俺には一度も見つかることはないだろう。いや、むしろ見つけ出すことなんか出来るのだろうか。

 俺はこの薬の全ての秘密を支配している。これは俺の会社にとってたぶんトップシークレット程の価値があるに違いない。海外の研究者にとっては興味の種になることは間違いないが、それはもはや俺の手の内に秘めるべきものなのかもしれない。翔が薄暗い地下室の中、手帳を開いて俺にこそこそと耳打ちをしている。そんな中、俺の頭には新たな思惑が廻っていた。


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