13話ー真実はディストピア回避の後で
「私は、こんなにも、吉孝くんを愛しているのに…、どうしてわかってくれないのかな…?」
「…………」
「どうして吉孝くんは、私からそうやって離れようとするの?」
「…………う゛…」
「ねぇ、私を一人にしないでよ……」
背中に刺されたナイフ。痛みで声が出ない。
そんな吉孝の痛覚をさらに刺激するかのように、ナイフを背中の奥に入れるかのように、ぐりぐりとえぐっていく。
「吉孝くんはいつもそうだ…私を置いてどこかへ行って、私のいないところで楽しい思いをしてるんだ」
ぐり…ぐり……
「私以外に興味がある吉孝くんなんて…いらないや」
ぐぐぐ…ぐ……
「死んでよ」
吉孝の体を突き抜けるほど、強くナイフを差し込む螢。
「ぐ……あッ…」
吉孝は、すかさず、時間を巻き戻した。
どこまで戻したのか、というと、螢が来る前の、誰もいない教室だ。
「じゃ、掃除用具箱の中に入っててくれないかな?」
緋架利と名乗る、吉孝が連れてきてしまった、螢。
その子は笑顔で作戦を告げていた。
「そんな言い方だったけ?」
と、自分の記憶を遡るも、みんなの死体が、教室の血が、それを邪魔し、うまく思い出せない。
「何訳のわかんないこと言ってんの?」
「わけのわかんねぇこと言ってんのはお前だろ」
思わず反論してしまう。
「これより先の未来、見てきた」
吉孝がそう言うと、緋架利は少し驚いたような顔を浮かべたと思いきや、すぐに平然とした顔に戻る。
「どうだった?」
「…怖かった」
吉孝が感じたのは、紛れもない、恐怖だけだった。
怒りや驚きはさほど吉孝を刺激しなかったようだ。
「お前に刺された。…すっげぇ痛かった」
「…刺しちゃったか……」
「お前に溺愛されてるって、初めて知った」
「……うん」
「でも、一つ、疑問が残った」
「ん?」
時間を戻す前のことを、この時間の緋架利に伝えるのと同時に、
吉孝は、緋架利に質問をする。
「…お前がディストピア回避に失敗したのはわかった。…失敗した代償が、俺の記憶から消えることだってこともわかった」
「うん」
「…けど、どうして俺は緋架利のことを覚えてないんだ?」
螢のディストピア回避が失敗し、吉孝の記憶から消えたことは理解できるが、
緋架利とは本来、吉孝の浮気相手だ。
どうして、その浮気相手も記憶にないのか、吉孝にはわからなかった。
「……本人に、聞いてみれば。って、いいたいんだけど、…そうなるとまず、このディストピア回避に成功して、初めて私と吉孝くんが出会った場所に行かないとダメなんだよ」
「出会った場所?」
「ほら、校長室みたいに、写真が飾られてる部屋!」
「あぁ~」
場所がどこなのかさえわからなかったが、吉孝はそんなこと気にしている場合ではない。
彼が悩むべき問題は、どうやってこのディストピア回避を成功させるかだ。
「……ディストピア回避に、なにか対策みたいなのあるの?」
「…まぁ、な」
まぁ、といった後に、な。を言った吉孝はなぜか誇らしげだった。
「そっか…」
同じ一人の人間として、緋架利と名乗る少女は、どこか落ち着かない様子だった。
「…大丈夫、誰も死なないやり方だし、死んでもまたここからやり直すさ」
吉孝はそう言うと、自分の席に腰をかけ、螢が来るのを待った。




