コグマとユズ
とりあえず思いついたコグマ視点。
最初だけ名無し君の視点が入ります。
ちなみに、コグマは1年生設定。
台詞は1年生で習う漢字のみ使ってますが、他は読みにくくなるので普通に。
遅くまで働き詰めで疲労困憊の体を引きずる様に、夜桜の舞い散る道を歩く。
明日もまた、早朝から出勤しなければならない自分と違って、明日は休み、という連中は、満開を少し過ぎた桜の下で、日付も変わろうというのにまだ盛大に宴会を行っているいる。
ひらひらと雪のように舞い散る桜の花びらを鬱陶しく思いながらため息をつく。
「こんなとこに居やがったな、柚希」
喧騒に混じって、呆れた声音と、クスクス笑う可愛らしい声に、目が自然とそちらに向いた。
桜の下に座りこんで楽しげに笑う女性に、目が釘付けになる。
衿と袖口にふわっふわのファーのついたコートに包まれて、舞い落ちる花びらに手を伸ばす女性。
烏の濡れ羽色ってこんな感じか?と思うほどに深い艶をもつ髪、二重のパッチリした目、濡れたように輝いて弧を描く桜色の唇。
傍にいた男に腕を取られて立ちあがり、それでもまだ花びらを捕まえようと天を仰ぐ彼女。
「ほら。クマ親父を呼んだから、とりあえず会社まで戻るぞ。お前に何かあっちゃ、おれが親父に殺される」
「えー?クマが来るの~?」
酔っているのだろうか、箸が転がっても笑い転げそうなほど楽しげで、細められた目に、胸が高鳴る。
二人は路肩に停めてあったタクシーに乗り込んで「Kクリエイトまで」と聞き覚えのある会社名を運転手に告げ、走り去って行った。
先程までの陰鬱とした気分はすっかり吹き飛んで、彼女の涼やかな笑い声がいつまでも耳に残った。
背の高い杏奈、柚希をからかう様に頭を撫でくり回す竜太郎に挟まれ、ギャーギャー騒ぎながら出てくる三人組を見て、思わず笑ってしまう。
「ありがとね、たかのさん」
ゆずが帰ってくるまで、外で待つのは危ないからと警備室の詰め所を提供してくれたおじいちゃん警備員に手を振って、門扉を潜るのを待つ。
だけど、その賑やかな3人組を待っていたのは、どうやらぼくだけじゃないらしい。
多分、柚希とそういくつも変わらない、大学生かこの春就職したばっかり、という感じの若い男。
熱心な瞳でまっすぐ見つめる先にいるのは…柚希。
「柚希さん!」
---またか。
「好きです!」
一瞬、夕方の喧騒が鎮まった気がした。
「えーっと…誰?」
柚希はもてる。
その自覚のなさが更に周りを助長させているようで、竜太郎や杏奈が常に気を配らなければ、それこそ後を付け回すような馬鹿な輩も出てくるほどに。
結婚指輪さえ目に入らない彼らの多少のけん制になるかと、外では「おかあさん」と呼ぶようになってから、もう何か月経つだろうか。
親子3人で歩いていても、その手の輩はどこからでも湧いて出てくるようで、見かねて父さんを別の呼び方で呼ぶように言ったのもぼくだったっけ。
まぁ、「パパ」と呼んで、あらぬ誤解を受けそうになったことも、記憶に新しいのだけれど。
「おかあさん!まってたよ、いっしょにかえろう!」
今回のバカ者を目の端で睨みつけながら、柚希に体当たりする。
小柄な彼女がよろめいたのを、竜太郎が支えた。
「おう、隆也。なに、警備室で待ってたのか?」
「りゅう、ひさしぶりだね!うん、ほいくえんにあそびにきてたんだ。とうさんももうすぐくるよ」
竜太郎とアイコンタクトを取り、柚希の柔らかな胸にぐりぐりと顔を埋める。
擽ったそうに笑う彼女が、決して突き放さないことを知っているから。
頭を撫でてくれる手が気持ちよくて、抱きついた手にぎゅっと力を込める。
ゆずは、良い匂いがする。
お日様みたいな、ホッとする匂い。
あったかくて、いつだって笑顔で迎えてくれる。
背中にチクチクと視線を感じるけれど、んなことは気にしちゃいられない。
「ね。ぼく、たんじょうびにほしいものきまった!」
「誕生日?また随分気が早いわね」
杏奈がクスクス笑いながら言うのに、に~っこりと、後ろの愚か者に笑みを見せつけてやる。
「ぼく、いもうとがほしい!ゆずににた女の子。ちゃんとかわいがれるよ、おせわもてつだう!」
ゆずも、とても母親とは思えないけれど、どちらかといえば年の離れた姉ーーー妹の間違いか?と思うことは多々あるけれど、ゆずに似た赤ちゃんなら、絶対可愛いと思う。
「そういうことは、柚希じゃなくてクマ親父に言えよ、隆也」
「なんで?だって、まいかいまいかいやすみの日にベッドからおきてこないのはゆずだよ?」
慌ててぼくの口を塞ぐ彼女は、耳まで真っ赤にしている。
まだ言い足りなくてモゴモゴ口を動かしていたのだけど、丁度滑り込んできたシルバーのインプレッサの後部座席に、押し込められてしまった。
奴は、と見れば蒼白になってゆずを見つめるばかり。
ふん、ざま~みろ。
ゆずには気付かれないようにこっそり笑っていると、竜太郎と目が合った。
その目がニヤッと笑うのを見て、親指を立てて返事をしておく。
「こんばんは、熊沢さん。柚希ちゃんのお迎えですか?」
車から降りる父さんに、会釈して声をかける杏奈。
「こんばんは。やっと出張から帰ってきた所でね。ついでだから隆也と柚希をピックアップして帰ろうかと」
父さんは、ゆずの動きを目で追いながら杏奈と笑み交わす。
ゆずと結婚して、父さんの表情が柔らかくなったと思う。
おかげで今度は父さんのファンも増えたわけだけど、父さんはゆずしか目に入ってないからその辺は問題ない。
竜太郎や杏奈と共に見慣れない顔がある事で、大体の予想が父さんにもついたのだろう。
眉間に皺が刻まれた。
その様子に、竜太郎が笑う。
「溺愛するのはともかく、毎週末抱き潰すのはどうかと思いますよ。少しは加減してやってくださいね。体力も体格も差がありすぎるんですから」
「---…善処する」
たっぷりと間が開いた返答に、彼女は杏奈に泣きつく。
「なんだってこの親子グマは赤裸々にそういうことを言っちゃうわけ!?
もう、私帰らないからね!杏奈、今夜泊めて!」
腕にしがみつく彼女をよしよしと宥めながら、それでも苦笑を浮かべる杏奈。
「う~ん、泊めてあげたいのはやまやまだけど、今夜は彼が来るのよね~」
言わずとも「駄目だ」との気迫が父さんからヒシヒシと伝わってきて、杏奈は困ったように笑う。
「じゃ、竜の部屋で我慢する!」
「えっ、おれ!?」
うろたえる竜太郎の傍に駆け寄ろうとしたゆずが彼に到着する前に素早く父さんが捕まえて助手席に放りこみ、チャイルドロックまでかけてしまう。
こういう使い方は想定してないよな~…
「…邪魔したな」
軽く手を上げて悠々と運転席に乗り込む父さんと、眉を八の字に下げて涙目で窓を叩くゆずを見ながら、後部座席のジュニアシートから外にニコニコ手を振っておく。
あのバカ者がどうしたかは後で竜太郎に聞いておこう、と決め、滑らかに夕焼けの街を走る車の中で、言葉少なく出張の様子を聞き出すゆずを眺める。
今夜は、ゆずの晩ご飯は期待できそうにないな、と。
冷凍・冷蔵庫にはゆずが下ごしらえした料理がいつだって用意されているから、二人がいなくてもひもじい思いをすることもないし、まぁ良しとしよう。
そしてきっと、明日も明後日も、ゆずは寝室から出て来られないだろうことは簡単に想像がつく。
始まったばかりの夏休みだけど、まぁ、しばらくは父さんにゆずを貸してあげよう。
なんたって、3週間もゆずと離れてたんだから…
翌日、竜太郎からの電話で、あのバカ者には杏奈がとどめを刺したことを知って、笑いが止まらなかった。
「ねぇ杏奈さん。…月曜、柚希の有給申請しときましょうか?」
「……一日で足りるかしら?」
彼は焦点が定まらず、おぼつかない足取りで駅の方へ向かったそうだ。
ゆずは、絶対に渡さないんだからな!
チャイルドロック機能がインプレッサに搭載されているかは突っ込まないでください。
名無し君が柚希を見初めたのは春。
ちなみに、その日コグマはお泊まりしてて家にはいなかったので、深夜に柚希をクマが迎えに行っています。
玉砕したのは夏です。
それまで何をしていたか…そりゃ、お仕事ですよ(笑)