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雨降る天に涙した。  作者: 津森太壱。
【雨降る天に涙した。】
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03 : それだけは、変わらない。1





 ギアは外回りで国中を歩いていることのほうが多く、居室がある魔導師団棟に帰ることが少ない。それはギアの魔導師の力が、攻撃性もなければ防御性に優れているというわけでもなく、柔軟に力を使えることで応用が効くからだった。

 その日は、訪れた街の様子を自分の目で確かめながら、役人の話を聞き、住人の話を聞き、街を囲むようにして護っている守護石と呼ばれている呪具の状態を確認したあと、街には泊まることなく次の目的地へと移動した。

 魔導師団長からの手紙には、この街から東へ進んだ街、いや村に、様子を見てきてもらいたいものがあると、記されている。


「東……レウィンの村」


 行けという場所は、レウィンの村。休暇中の魔導師の様子を、少しでいいから窺ってきて欲しいと、手紙にはある。


瞬花(しゅんか)のことなら、堅氷(けんぴょう)が出向くべきだと思うのだけど……」


 通信ができる手紙に、思ったことを書き記す。あまり待つことなく、ギアが書いた内容が消え、新たに師団長から言葉がくる。

 行方を暗ませた、とあった。


「奔放にもほどがあるよ、堅氷……陛下が可哀想だ」


 ユシュベル王国女王ユゥリア陛下の夫たる、堅氷の魔導師カヤは、外回りのギアとは違い、奔放に国を歩き回る。ギアのように師団長と連絡し合うならともかく、カヤの場合は誰にも連絡することなく歩き回ることが多いので、行方を暗ませることなどしょっちゅうだった。


「いくら力が強大だからって、もうしばらく陛下のそばにいてもいいだろうに……」


 カヤはとかく力が大きい。ギアなど比較にもならない。その大き過ぎる力は、ときに要らぬ争いを引き起こすことから、カヤは一か所に長く留まらない生活に慣れていた。

 ギアの思い出の人と、その行動は少し、似ている。


「ん? レウィンの村……って」


 はたと、気がつく。

 レウィンの村には、ギアの思い出の人がいる。


「まさか……っ」


 ギアは慌てて師団長への手紙に、行きたくないと書いた。しかし、書き方が悪かった。

 いいから行けと、これは命令だと、返ってくる。


「師団長……楽土から聞いたな」


 数日前の、アノイとの会話を思い出し、はあ、とため息をつく。

 魔導師たちみんなが自分の子どもだと言いのけたアノイは、おそらく老年の師団長のことも子どものように思っているだろう。だが、師団長とて老年だ。ふとした会話に、ギアのことを話題にした可能性が高い。


「外見があれだと、得することが多いんじゃないか……?」


 アノイは長命で、百年を軽く生きている。だがその外見は、ギアとそう変わらない。年寄りだと思っていても、たまにその外見で騙される。なんでもない言葉でも、こぼしてしまったら、お茶のちょっとした話題にされるので注意が必要だ。

 思い出の人のことは、きっと、師団長との茶菓子にされた。


「黙ってくれていてもいいのに……」


 どうしてこう、魔導師という生きものは、同胞にやたらと甘く、かまいたがるのだろう。

 ギアはたびたび深くため息をつくと、行きたくないわけではないが行くことが躊躇われるレウィンの村に、足を向けた。


「向かい風か……少し時間がかかるかな」


 操る風のせいにして、辿り着く時間を引き延ばすくらい、いいだろう。どうぜ夕方に着くことに変わりはない。詠唱して風を呼び、身体を宙に舞い上がらせると、速度もそこそこにゆっくりと空を飛んだ。


「……強雨の被害は少ない、か」


 師団長からの命令でレウィンの村に行くとしても、魔導師としての性は、常に働く。眼下の山道や、植物、動物、緑の状態を、具に観察しながら飛ぶのはいつものことだ。


「うん、緑が綺麗だ」


 レウィンの村があるほうは、わりと災害が少ない。綺麗な緑がたくさんあって、目が癒される。頬にあたる風も心地よく、太陽の陽射しも柔らかい。

 思い出の人は、とてもいい村を、見つけたのかもしれない。


 しばらく気分よく飛び、レウィンの村が見え始めたときだった。


「……あれは」


 ふと眼下に、黒い外套が見えた。魔導師の外套だ。


「瞬花、か?」


 休暇中の魔導師が、ひとり、畑の畔道を歩いている。高度を下げて着地に備えると、その魔導師、瞬花の魔導師と渾名されるイチカがギアに気づいた。

 琥珀色の髪、中央に渦を巻く黄緑色の特徴的な双眸、それは堅氷の魔導師カヤの弟子、瞬花の魔導師イチカ。


「風詠さま?」

「久しぶり。わたしがわかるか」

「そのお名前だけですが。お久しぶりでございます、風詠さま」


 真面目で丁寧なイチカは、律義にも深々と頭を下げてくる。風詠さま、というくすぐったいような呼び方にも、ギアは肩を竦めた。


「休暇中なのに、魔導師の官服を着ているのか?」

「こちらのほうが落ち着くのです」

「魔導師だな」

「まだまだ、半人前ですけれどね」


 イチカはギアよりも六つ歳下の魔導師だ。ギアも、イチカくらいの歳にはもう魔導師になっていたので、特別イチカは若いというわけではない。ただイチカの場合、カヤの弟子ということもあって、その成長はふつうよりも早かったと思う。


「調子はどう?」

「先日の雨には冷や冷やさせられましたが、守護石を新しくしていたので、大きな被害はありませんでした。畑もこのとおり、元気ですよ」

「そうじゃなくて、きみのほう」

「僕……ですか?」


 瞬花の魔導師イチカといえば、この国の王子アリヤの侍従であり、アリヤの魔導師としての力を自分の力に変換して使うこともできるという特異体質にある。後者に関してはここ最近になって発覚したことだ。


「だいぶ負担があるんじゃないか?」

「……ご存知なのですね」

「あの騒ぎは堅氷の命も危険だった。知らないでいるには、少し難しい」


 数か月前、王子アリヤは魔導師の力を暴走させている。その事件でイチカの特異体質が明るみに出た。あのときのことは、ギアも記憶に新しい。なにせ思い出の人が帰ってきたきっかけでもあるのだ。


「僕は相変わらず、ですよ」


 ふっと視線を遠くにやったイチカは、緩くなびく風に伸びた髪を遊ばせる。


「アリヤ殿下の力を使えるといっても、その力は大きくて、僕には扱えそうにありません。器で在り続けることが、僕に課せられたものでしょう」

「随分な特異体質に恵まれてしまったな」

「そうですね。ですが、そのおかげで、僕はこうして生きています」


 ふふ、と笑んだイチカは、畑の向こうに見える人影に微笑んでいて、手を振られると自分も手を振り返していた。


「あれは……?」

「僕がお世話になっているアサリさんです」

「ああ……彼女が」


 イチカが手を振っていたのは、あの中至の祭りの晩餐で、ギアの思い出の人が同伴させていた女性だった。本来は、イチカの恋人である。晩餐のときは、イチカを驚かせるために同伴させていただけらしいが、ギアの胸中は少し複雑だ。


「シゼさまは彼女が好きだったんだろうな……」


 あの笑顔は、そうだったように思う。


「はい?」

「あ、いや、なんでもない」


 イチカに聞かせていいものではない、とギアは慌てて首を左右に振る。ギアの呟きは聞こえていなかったようで、イチカはきょとんとしたあと、道を進みましょうと促してきた。


「もう陽が落ちます。レウィンの村に泊まっていかれるのでしょう? 案内しますよ」


 イチカの様子を見に立ち寄っただけだから、と言うには少し憚れたが、それ以外に用事もない。ギアは「いいや」とイチカの案内を断った。


「瞬花の姿が見えたから、久しぶりだなと思って寄っただけだ。もう行くよ」

「お急ぎでしたか」

「特に命令はされてないから、適当にふらついて王都に帰る」

「それなら、ゆっくりされてもいいでしょう。アサリさんが働く食堂は、とても美味しいと評判の料理屋です。せっかくですからご馳走させてください」

「だが……」

「僕、今日はアサリさんがこれから仕事なので、家を追い出されてしまったのです。アサリさんのところで夕食を摂らないと、帰ってもなにもないので」


 寂しいからつき合ってくれませんか、とイチカは丁寧にも誘ってくる。確かにこれからギアも夕食をどこかで調達しなければならないし、それくらいならいいかもしれない。


「奢ってくれるのか?」

「ええ、喜んで」

「悪いね」


 本当はレウィンの村に長く留まりたくはないけれども、これから王都に戻って夕食、と考えると億劫だ。

 さっと食べて、さっと帰ればいいかと、道案内するイチカの後ろに続いた。







*ご存知の方も多いかと思いますが、

堅氷の魔導師カヤの物語は【夢を見てもいいですか。】と【笑ってもいいですか】と【そばにいてもいいですか。】、【魔導師がユメみたセカイ。】です。

瞬花の魔導師イチカの物語は【あなたと生きたいと思うのです。】です。

楽土の魔導師アノイの物語は【雪解けの空に羽ばたいた。】です。

雷雲の魔導師ロザヴィンの物語は【晴れた空が嫌いでした。】です。

登場人物に混乱されましたら、そちらの物語を読んでいただけたらわかるかと思います。


このたびも読んでくださりありがとうございます。


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