01 : おもいで。1
ようこそおいでくださりました。
本作はシリーズものの一つでございます。
ほかにもありますシリーズを知らなくとも読めるものにはなっているかとは思いますが、不明点があるかもしれません。
ご注意ください。
彼はいつも、なんとなく、危うさを感じさせた。
ふらりと突然いなくなってしまいそうな。
ふっと忽然消えてしまいそうな。
さらりとどこかへ流れてしまいそうな。
そんな危うさが、彼にはいつもあった。
それは彼が、ふとこぼした弱音に、要因があった。
「すごく、寂しくなる……心にぽっかり穴が開いて、どうしようもなく締めつけられて、それで、苦しくなる。温かいものを見ていると、感じていると、どうしても……寂しくて悲しくなるんだ」
彼は弱かった。弱くて、強かった。
彼の強さは、ただ存在していること。
弱かった彼は、苦しみながら存在し続けた。
だからこそ危うかった。
いつ、いなくなってしまうのか。
いつ、消えてしまうのか。
いつ、流されてしまうのか。
彼を引き留められる存在になりたいと、幼いながらも思ったものだ。
「わたしがいても、寂しくて悲しい?」
「そう……だね。きみがいるから、寂しくて悲しくなることもある」
「わたし、そばにいちゃいけないの?」
「いいや。きみがそばにいてくれると、とても、幸せだよ」
それでも悲しくて寂しくなる気持ちは、消えないのだ。
彼はそう言って、微笑んでいた。
「本当に幸せなの?」
「本当。おれは、きみに出逢えて、こうして一緒にいられて、幸せだよ」
彼の微笑みはとても綺麗だった。
けれども。
それからしばらくして、その予感は的中した。
幸せだと笑っていた彼は、涙を流しながら、笑って、姿を消した。
「ギア!」
珍しく名を呼ばれて、ハッとする。
「ぼさっとしてんじゃねえ! どっかに飛ぶのはあとにしろ!」
怒鳴られて、現状を思い出した。
「すまない」
急いで足許に陣を描き、力を付与させる。前方から迫ってきていた土砂に、力を付与させたことで発動した陣から生まれた障壁を放ち、続けて詠唱すると障壁を維持させた。
少しだけ、息が上がる。急いだ分、粗末なものにするわけにはいかず、それを力で補ったせいだ。
「もっとまともなの作れねぇのか!」
「これが精いっぱいだ!」
「ふざけろ!」
頭ごなしに怒鳴られるも、己れの失態の言い訳にしかならない文句をぶつけるわけにはいかない。それはただの八つ当たりだ。
「風詠、力を維持したまま後退しろ!」
本来それで呼ばれる渾名で呼ばれ、そして向けられた命令に、頷いて少しずつ後退する。
「どうする気だ」
「雷を落とす」
「そんな真似……できるのか?」
「できねぇこと言ってどうすんだ。いいからさっさと後退しろ」
邪魔だ、と弾かれ、しかし集中力の切れかかっている自分では確かに役に立たないと、悔しく思いながらも一気に後退する。
とたん、雷光が落ち、雷鳴が轟く。
それまでいた場所の地形が変わり、土砂の前に大きな土山ができていた。
「さすが……雷雲の魔導師」
「いいから煙を散らせ。ただでさえ視界が悪ぃんだ」
「わかっている」
周囲を警戒しながら、激しい雨で視界の悪い景色を、睨むように見渡す。雷で燃えたものが上げる煙を、詠唱によって操った風で消した。
土砂崩れは障壁と土山で食いとめられたが、地形が変わったせいで道が消えてしまっている。整備が入るまで、この街道はしばらく使えないだろう。
「ここまでする必要があったのか……?」
「てめぇのせいだろ」
「な……」
「ぼさっとしてやがったのは誰だ」
集中していれば、雷で地形を変える、なんて強硬手段に出なくてもよかった。もっと早くに障壁を作っていれば、土砂もこんなに広がらなかった。
くそ、と心裡で毒づく。
任務遂行中に意識を飛ばしたのは自分だ。責任は自分にある。
「このまま一晩様子を見る。てめぇは城に帰れ」
「わたしも残る!」
「聞こえねぇのか。帰れって、おれは言ってんだよ」
またも邪魔だと弾かれ、その悔しさに拳を強く握る。素直に帰る気にはなれなかった。けれども、残ったとしてもできることはもうない。
「あと、報告はおれがする」
「それくらいわたしが……っ」
「二度も言わせんじゃねぇよ」
ぎらりと睨まれて、その灰褐色の双眸にゾッとする。
一瞬でも恐怖を感じてしまった己れに情けなさを感じながら、けっきょく、その場を離れる選択をした。
視界の悪い中を走りながら、ときおり背後を振り返り、その様子を窺う。
土砂崩れが起きていた天辺を見たとき、ぐらりと揺れるものが目に止まった。
「……っ、雷雲! 第二波だ!」
そう叫んだ瞬間、再び雷光が走り、雷鳴が轟いた。
自分のせいで苛立たせてしまった魔導師が、二度めの強硬手段に出たらしい。あれでは地形が変わっただけでなく、道まで変わることになるだろう。地図が書き直されるかもしれない。
自分がもっとしっかりしていれば、そうはならなかったかもしれない。
そう思うと悔しくて、悔しくて、今さら後悔しても遅いけれども、とにかく悔しくてならなかった。
走り続けて視界がいくらかよくなったところで、詠唱で風を操り、身体を宙に浮かせて空へ舞い上がる。そのまま真っ直ぐ、今度は振り返ることなく、帰還した。
ずぶ濡れの状態で帰還すると、魔導師団長ロルガルーンを始めとした長たちが待ち構えていた。
「被害はどうじゃ」
ロルガルーンに問われ、跪いて現状を答える。
「雷雲が食いとめました。ですが、あの道はもう……」
「聞こえたわ。派手にやらかしたようじゃな」
「申し訳ありません。わたしが、もっとちゃんとしていれば……っ」
「よい。なにか思うことがあったのじゃろ。あれのことは気にするな」
「申し訳ありません……っ」
情けなさに、涙が滲む。泣いてもどうしようもないのに、泣きたくなる。
「もうよい、休め。報告はあれから聞こう」
だいじょうぶだと、慰められるように頭を撫でられて、その優しさに唇を噛みしめながら言葉に甘んじさせてもらった。
【魔導師のユメみたセカイ。】シリーズにあります【あなたと生きたいと思うのです。】の脇役が、主人公のひとりとして登場します。
楽しんでいただければ幸いです。




