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雨降る天に涙した。  作者: 津森太壱。
【雨降る地に風は詠う。】
13/18

12 : やさしいひとたち。

*ギア視点で前話から続きますが、閑話っぽいです。

 もしくは嵐の前の静けさ(っぽい話)です。





 聞いたか、とロザヴィンに問われて、ギアは首を傾げた。


「なにを?」

「いなくなった理由」


 それが今のことではなく、昔のことを言っているのだというのは、すぐにわかった。

 ギアは力なく首を左右に振る。


「いつか、わかるときが来ると……そう言われた」

「ふぅん……出し惜しみか」

「雷雲は知っているのか?」

「おれ? おれが知るわけねぇだろ。あのな、あんたがなに勘違いしてっか知んねぇけど、おれはあの人に弟みたく可愛がられちゃいるが、あんたが思ってるほど親しくはねぇんだよ」

「え……そうなのか?」


 そうだよ、と言いながら、ロザヴィンは窓辺近くの椅子に腰かけ、ギアに断りもなく窓を開けると、懐から紙煙草を取り出して火を点けた。暇なのかそうでないのか、とにかく休養中であるギアの話し相手をするつもりらしい。


「……雷雲」

「あ?」

「仕事はいいのか?」

「片してきた」

「……そうか。帰ったほうがよくないか?」

「家に親父が来てる。から、帰りたくねえ」


 仕事を終えても帰りたくない事情があるらしい。


「もう少ししたら楽土が来るんだが……」

「ばーちゃんは暇してんもんなぁ」

「雷雲……それは楽土に失礼な発言だ」

「ばばぁだろ、楽土は」


 アノイが来ると言っても、ロザヴィンは動かない。家に帰りたくはないが、かといってひとりになりたいわけでもないのだろう。むしろ今は同じ魔導師と一緒にいたいのかもしれない。

 なにかあったのだろうか、と心配したところで、部屋の扉が軽く叩かれる。返事をすると、アノイが顔を見せた。


「おや、雷雲……なんだ、揃うな」

「揃う?」

「堅氷を連れてきた」


 アノイは、女王ユゥリアの夫でもある最強の魔導師、カヤを伴っていた。こちらもなにか事情を抱えているようで、常に無表情ではあるが、一段と表情がない。


「……いったいどうした」


 一つの部屋に四人もの魔導師が揃うのは、珍しい。なにごとだと驚くのも無理はないだろう。


「シィゼイユと婚姻を結んだと、聞いた」


 お茶でも用意しようかとギアが席を立つと、無表情のカヤがそう口を開いた。


「だいじょうぶなのか?」


 それはなんの心配だと、ギアは苦笑する。


「堅氷は無闇に優しいな」

「違う。いやなだけだ」

「陛下の弟君だから?」

「おれたちはふつうには生きられない。それが、いやなだけだ」


 カヤが言うこともわからなくはない。魔導師は、万緑に囚われて生きる者だ。


「魔導師を辞めたくなるだろう」

「辞められないと、わかっている」

「その官服を脱ぐことはできる」

「……堅氷。これが、わたしたち魔導師だよ」


 魔導師の官服を着ていようが着ていまいが、ギアは魔導師だ。魔導師であることを辞めることはできない。その力に目覚めてしまっている限り、力は使われ続ける。国が魔導師の立場を確立してくれているおかげで、魔導師は人間の生活を忘れずに生きていられる。

 ギアは、魔導師である自分を否定しようとは、思わない。なんて厄介な生きものだ、と思うことはあるけれども。


「その台詞、わたしも聞いた」

「楽土?」


 くすくすと笑ったアノイが、近くの椅子に腰かけて、意味ありげな視線をカヤに投げた。


「わたしも、レムに出逢って、堅氷に言われた。その官服を脱ぐことはできる、と」

「おれは言われたことねぇな」

「雷雲は縛られているものがわたしたちとは違う」

「まぁな。ま、言われても、おれもあんたらと同じ答えだ」


 魔導師である自分を否定しようと思わないのは、ギアだけではない。アノイも、ロザヴィンも、言った当人であるカヤも本当のところは、魔導師だということを否定しない。自らが、厄介で面倒な生きものであることを、理解している。

 魔導師は皆、そうやって、葛藤しながら生きているのだ。

 ギアは肩を竦めて笑う。


「ラハルのお茶しかないが、それでいいか?」

「あ、おれ珈琲。挽いた豆は持ってきた」

「楽土と堅氷は?」


 皆の答えに納得がいかないのか、それでも場を立ち去る気はない様子でカヤはため息をつき、「珈琲」と簡素に答えるとロザヴィンのいるほうへと足を進め、紙煙草をもらう。


「わたしはラハルのお茶がいい。手伝おう」

「ありがとう、楽土。雷雲、珈琲の淹れ方は?」


 任せる、と言うロザヴィンから挽いた珈琲豆の小袋を受け取り、アノイに手伝ってもらいながら人数分の飲みものを用意する。茶器から湯気が立ち上ると、思い出したようにカヤが指を鳴らし、卓に茶菓子まで並んだ。


「用意がいいな」


 とアノイが言うと、紫煙を燻らせながら「押しつけられた」とカヤは無愛想に答える。


「それ、陛下があんたとお茶したくて用意したんじゃねぇの?」

「風詠に。話をしに行くと言ったら、押しつけられた」

「ん? それってつまり……あんたがふらっといなくなったりしねぇように、風詠に監視しろってことか」


 え、と目を丸くしたら、その通りだったのか、カヤは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「もう行くつもりだったのか、堅氷」


 カヤには放浪癖がある。しょっちゅう行方不明になっては、なにかの拍子にひょっこりと帰ってきたり、息子たる王子アリヤに見つけられて帰ってきたり、昔からそれを繰り返していた。


「まだ、行かない。イチカが戻ってこないからな」

「ああそういえば、瞬花に逢った。奥さんと幸せそうにしていたが……戻ってくるとは、瞬花は王都に?」

「あれはアリヤの侍従だ」

「……引き離すのか」


 魔導師を伴侶と引き離すなど、と顔をしかめながら淹れた珈琲を差し出すと、カヤは受け取りながら「仕方ないだろう」とため息をつく。


「あれは、アリヤの力の、器でもある」

「そのことだけどよ、堅氷。アリヤ殿下の魔導師の力、あんたほどじゃねぇよな?」


 なにに疑問を抱いたのか、ギアから珈琲を受け取ったロザヴィンが、怪訝そうな顔をする。


「それがどうした?」

「器が必要だってんなら、あんたも必要になんじゃねぇの?」

「おれは要らない」

「じゃ、なんで殿下だけよ?」

「ユゥリアとの子だから」

「陛下との子だから? なんだよ、それ」


 意味がわからない、と肩を竦めたロザヴィンのそれには、ギアも頷く。アノイもそれは疑問に思っていたようで、「この際だからはっきりさせろ」と言った。


「わたしも聞きたいな……瞬花の眼が渦を巻いたような模様になっているのは、堅氷の呪いだと聞いた。アリヤ殿下の力を、瞬花に移すためのものだと。確かにアリヤ殿下の力は強いが、堅氷ほどではないだろう?」

「はっきりとしたことは、言えない。ただ、ユゥリアが王族で、おれが魔導師だから、アリヤはそうなった」

「そうなった、とは?」

「力に耐性がない」

「耐性?」

「負荷を、往なせない」


 魔導師の力は、万緑の力を借りることのできるものだ。それは万緑を強制的に操るということではなく、語りかけて理解を求めるということである。本来なら自然であるものをねじ巻けることも、語りかけることで理解してもらうのだ。だがそこには、当然だが歪みが出る。本来そうではないものを望んだものに変えるわけだから、その歪みは大きい。魔導師が力を遣うことで発生する歪み、それが負荷だ。負荷は、呪具を遣うことで回避したり、詠唱や錬成陣を遣うことで負担を減らしたりする。ギアが詠唱して風を操るのも、負荷が詠唱によって軽減、或いは回避されるからだ。

 カヤの息子アリヤは、その負荷を自らの力で回避することができない、ということらしい。それなら負荷がかからないよう、力をどこかに封印してしまったほうが、身のためになる。


 なるほど、とギアは頷きながら椅子に腰かけた。


「呪具では間に合わないのか」

「受け入れられるほどの呪具は、おれでも作れない」

「雷雲は? 雷雲以上に呪具創作に長けた魔導師はいないだろう」


 ロザヴィンが創り出す呪具はすべて一級品だが、当人は「遊びみたいなおれの趣味で無理だって」と、己れを過小評価して取り合わない。


「試しに作ってみたら?」

「どれだけ時間かかると思ってんだ」

「……どれくらいかかる?」

「まず死ぬ」


 生きている間には無理、ということらしい。つまり、それくらい難しいことでもあるわけだ。


「いろいろと……大変だな、堅氷」


 言葉も尽きてそれくらいしか言えなかったが、カヤは気にした様子もなく軽く肩を竦めただけだった。


「堅氷だけじゃねぇだろ。あんただって、これからいろいろ大変だろうが」


 と、ロザヴィンに言われた。


「わたし、が?」

「あのシゼさまの、嫁になったんだぞ」

「あ……まあ、それは」

「幸せぶち壊すようで悪ぃけど、あのひと、けっこういろんなもん抱えてっから、面倒くせぇと思うぞ」


 それはわかっていることだ、とギアは苦笑する。ただ幸せに浸る、なんてことが、できるとは初めから思っていない。


「奇跡だと……わかっている」

「そういうことじゃねぇんだけど……まあ、ただ暢気に笑っていられねえって、わかってんならそれでいい」


 心配してくれているらしい。もしかしたら、だからロザヴィンもカヤも、アノイも、今こうしてギアのそばに集まったのかもしれない。

 優しい人たちだ。


「心配してくれて、ありがとう」

「べつに。魔導師ってのは、そういう生きもんだ」


 魔導師は、魔導師にしか、理解できないものを抱えている。だからこそ、同胞を思う気持ちは強く、幸せになってもらいたいと願う。ギアが願うように、願われながら、同胞を想う。


「風詠」

「ん?」

「もう、苦しくないか?」


 アノイからの問いに、ギアは微笑んだ。


「うん」







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