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雨降る天に涙した。  作者: 津森太壱。
【雨降る地に風は詠う。】
12/18

11 : 愛を疑わない。

*シィゼイユ視点で始まります。





 幼い頃、淡い恋心を抱いた。とても淡いものだ。好きなのかな、と。

 それは初恋、だったかもしれない。

 いや、あれは初恋だったのだろう。

 淡い心が、幼いながらも、凍りついたのだから。


「エルティ……」


 夕焼け色のさらさらとした髪が、いつも風になびくたび綺麗だと思った。

 風に流れる髪を押さえて、心地よさそうに微笑む姿が綺麗だと思った。

 にこにこと、嬉しそうに子どもたちを眺める優しい瞳が、綺麗だと思った。

 彼女はいつも笑っていた。

 どうしていつも笑っていられるのだと訊いたら、彼女はやはり笑いながら、幸せでいたいからと答えた。彼女は幸せの中にいたのではなく、いつまでも幸せでいようとしていた。

 そんな彼女を嫌いに思うことなんて、一度としてなかった。


「こんなときでも、あなたは笑っているんだね……エルティ」


 白い棺の中で、眠りについた彼女は微笑んでいた。

 彼女の最期の言葉が、耳に焼きついて離れない。


「そうだよね、だいじょうぶだよね……おれが、いるんだから」


 眠りにつく間際まで、彼女は子どもたちのことを案じていた。自分のことよりも、子どもたちのことを考えていた。特に、彼女と同じ力を持ってしまった末の子を、彼女は心配していた。


「だいじょうぶ、殺させやしない。おれと、姉さんと、シャンティンが護るから」


 両膝をついて、棺の中で眠る彼女に、彼女が好きだった白い花を添える。だいじょうぶだから、と囁き、彼女の冥福を祈った。

 そうして。


「浄化の白炎を」


 棺の蓋が、ゆっくり閉められる。姿を隠された彼女は、移動した場所で青白い炎に包まれた。


「おやすみ、エルティ」


 彼女が愛した家族ではなく、彼女と同じ力を持つ者たちに見送られて、彼女は天へと帰っていく。ときおり晴れ間を見せる空から降った雨は、まるで彼女を迎えに来た光りのようだった。

 エルティエン・ゼス・バルセクト。

 彼女ほど慈悲深く、そして容赦ない力を揮う魔導師は、もういない。

 若くして病に侵され伏した魔導師が、今、天に召される。


「さようなら、エルティ……」


 またどこかで逢えたなら、きっと次こそは、この想いをあなたに伝えよう。

 だから今は、おやすみなさい。

 そして、さようなら。


「エルティ、慈光の魔導師よ」


 涙は要らない。

 あなたはきっと、笑っていて欲しいだろうから。

 悲しまないで欲しいだろうから。

 微笑んで、あなたを見送ろう。

 彼女を天へ返す白炎が消える前に、背を向けた。

 泣かないと決めたから、微笑んでいようと決めたから、彼女が消えた悲しさや寂しさに押し潰される前に、彼女が最期のときまで気にかけていた子どもたちのところへと向かった。











 彼女は魔導師としての力がすごかった。強いのではなく、その使い方がすごい人だった。だからだろうか。彼女の息子も、力の使い方が極端だ。彼はまるで彼女の生き写しで、彼女が亡くなってから寂しくて悲しい気持ちでいっぱいだったのが、今ではそれもいい思い出になっている。


「アサリちゃんをかまっていたのは、エルティに少し似ているからだよ」


 笑って思い出を語ると、ギアがほんの少しだけ、不安そうな顔をした。言うまでもなく、思い出を語るシィゼイユの心を疑っているのだろう。


「なに、その顔?」


 わざとらしく訊ねると、ギアは表情を読まれまいとするように俯く。


「すみません……」

「なにを謝るの?」

「いえ、あの……わたし」

「ギア?」


 少し意地悪だろうか。それでも、どんな表情でも、見逃したくはないからギアを追いかける。

 涙目のギアは可愛いと思う。エルティは人を泣かせたくないと思わせる人だったけれども、シィゼイユはギアなら泣かせたいと思ってしまう。たぶんそれは、真実いとしいと想うギアだからだ。

 どんな涙も、ギアが流す涙はわたしのものだ。それがいとしいと想う心の答えで、エルティには抱かなかった想い。

 疑わなくていいのに、とシィゼイユは笑う。けれども、存分に疑うといい。その心もシィゼイユのものなのだ。


「慈光さまのこと……お好きでしたか?」


 上目遣いにシィゼイユを窺いながら、ギアは漸くその疑いを向けてくる。笑みを深めてやった。


「好きだったよ」

「そ……ですか」


 明らかに落ち込んでみせるギアに、笑いを抑えられない。きっと今頃、自分とエルティを比べているに違いない。

 可愛いなぁと、想う。


「趣味悪ぃよ、あんた」


 よい頃合いだが、その言葉はひどい。


「余計なお世話だよ、ロザ」


 ギアの表情を楽しんで見ていたのに、その趣味を悪く言われたくはない。けれどもエルティの息子は、そのあたりが彼女によく似ている。


「おい、風詠。あんましシゼさまの言葉、鵜呑みにしねぇほうがいいぞ。てか、八割は遊んでるから、信じるほうが阿呆くせえ」

「失礼な」

「ほんとのことでしょ」

「全力だよ」

「遊んでること否定しろ!」


 ギアもそうだが、ロザヴィンを揶揄するのもなかなか楽しい。


「あんた、風詠に嫌われたいんですか?」

「ギアがわたしを? はん、あり得ないね」


 シィゼイユはギアの想いがどれだけのものか、知っている。魔導師とはそういう生きものだ。ロザヴィンはエルティがそうだったように否定するが、否定しようなく自分がそうであることは自覚している。

 魔導師は愛することに直線的で、そして臆病で、けれども純粋だ。

 だから。

 シィゼイユは、ギアからの愛を疑わない。

 それがシィゼイユを、この世界から救っている。


「ところでロザ、ギアになにか用?」

「風詠じゃなくてあんたですよ」

「おや、わたしかい」


 てっきりギアに仕事を持ってきたものと思っていたのだが、ロザヴィンの目的はシィゼイユであったらしい。


「病み上がりをすぐに働かせるほど、今は困窮しちゃいねぇですよ」

「わたしは魔導師の伴侶だよ?」

「残念でしたね。あんたが王都にいるうちにって、そっちのほうが優先されて」


 今すぐ帰ってやろうかと思ったが、女王である姉ユゥリアに王族の義務すべてを押しつけてしまったという罪悪感は、少なからずシィゼイユの裡にある。ユゥリアはまったく気にしていないが、それでもシィゼイユのことで随分と骨を折ってくれているのだ。


「姉上にギアのことも頼んでしまったしね……仕方ない」


 ユゥリアの伴侶もまた魔導師、シィゼイユは激しく奴が気に喰わないが、姉の気持ちは理解できる立場にある。

 ギアで遊ぶのはこれまでにして、シィゼイユは腰を上げた。







楽しんでいただけたら幸いです。


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