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いつも君がいた  作者: 遙香
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008:お買い物・1


 午後になり、すっかり足の痛みがひいた零は一人でガランとした部屋を見まわし、足りないものを買いに行こうと思い立った。かおるが巻いてくれた包帯をとって見るとすっかり腫れもひき、歩いてみても痛くない。だが、みんなに、特にかおるに見つかると、まだ歩いてはいけないと叱られそうだったので一人で出かける準備をしていると、携帯が鳴り出した。

「もしもし?」

「あ、健だけど、」

「うん、」

「あのさ、今日何か用事ある?」

「あっ・・・別に、ないけど・・・」

何となく罪悪感があり、一人で買い物に行こうと思っていた、と言えずに口ごもる。

「何かあるのか?」

零の口調から何かを感じたのか、健が問いかける。

「いっ、いろいろお部屋に足りないものがあるから、お買物に行こうかと思ってたんだけど・・・」

おずおずと切り出すと、健の声が弾んだ。

「俺もさ、街へ行かないかって誘おうと思ってたんだ。買い物なら付き合うぜ?」

「あっ、ありがとう。でも、いろいろ買わなくちゃいけないし・・」

「じゃあなおさら荷物持ちも必要だろ?」

一時に一階集合な、と声を弾ませた健の電話は一方的に切れてしまう。

 ・・・健君なら、叱られることもないよね?

零は健の笑顔を思い出して、ふんわりと心が暖かくなる。元気いっぱいな健と一緒ならきっと楽しいだろうと思うと、自然と笑顔になった。

 荷物を運ぶこともあると思い、ボトムは7分丈の細身のデニムをロールアップにして、トップスは春らしく淡いピンクの花柄のシフォン生地のチュニックを選ぶ。足元はヒールのないグラディエーターサンダル。いくつかある腕時計の中からお気に入りの物を選んで部屋を出た。

 ・・・スリッパ、欲しいよね?

寮の中では靴は履かず、基本全員はだし。廊下も部屋もフローリングで、はだしでも違和感はなかったが、なんとなく、素足で歩くのはためらわれる。

 買い物リスト、作っておけばよかったな。とりあえず、家具屋さんへ行ってソファーとラグとセンターテーブルを見て、電気屋さんでテレビと掃除機を見て、雑貨屋さんへ行って・・・

 頭の中で、必要と思われるものを整理しながら階段をおり、寮の入り口で部屋から持ってきたサンダルを履いていると寮母の倉口さんが部屋から顔を出した。

「零ちゃん、足はもういいの?」

「あ、ハイッ!もう大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみませんでした。」

頭を下げると、かしこまる必要はない、と倉口さんはおおらかに笑う。

「今からお出かけ?」

「はい、いろいろと必要なものが出てきたのでお買い物に。」

「そう、俺とデート。なっ?」

そこへ2階から健が降りてきて、後ろから零の肩を抱く。少しスパイシーな柑橘系の香りにドキっとさせられる。

「たっ、健君ッ!」

「行こうぜ!」

健は待ちきれないと言った風で零の手をとって走り出す。身長差もあり、借り物競争に借り出されて引っ張られる子供のように見える二人を見て倉口さんは笑い。部屋に戻った。



「たっ健君っ!ちょ、待って!」

寮から校門までまっすぐに伸びる路を走りきったところで、健はようやく走るのをやめ、零の手を離す。ぜぇぜぇと呼吸を整える零にを見て、ごめん、と謝った。

「寮の窓から見えるところを二人で歩いてて、他のやつらに見られたら面倒だしな、

そう言って照れたように笑う。

「じゃ、行こうか。」

自分よりもずいぶん背の高い健の背中はとても大きく見え、これまで男の子と二人で出歩いたことなどなかった事を思い出し、零は昨日からの異常事態で感覚がすっかり麻痺しているな、と苦笑した。

「零ちゃんは、どこに住んでたの?」

歩きながら健が問いかける。

「愛知県・・・って知ってる?父が海外赴任になって、母親がついていくって言うから、一人になっちゃって、」

「愛知かぁ。知ってるよ、金のシャチホコがあるとこだよな。」

後はキシメン、ミソカツ、エビフライに手羽先!と健は次々と有名な食べ物を並べる。

「よく知ってるんだね。小倉トーストは食べたことある?」

「ん?ナニそれ?」

「バターを塗ったトーストにあんこと生クリームをつけて食べるの。おいしいんだよ?」

零の言葉に、健は食べてみたいな、と笑顔になる。

かおるの、少し大人びて綺麗に整った笑顔とは違う、少年のような笑顔。鍛えられたスポーツ選手のような体つきに整った顔。面倒見が良くて優しくて、さぞ、女の子にモテるだろうと思う。

 寮から市街までは歩いて30分程度。途中までは緑も多く、森の中を散策しているような気分になれる。遊歩道も整備されていて木漏れ日が心地良い。

「あ、そういえば、」

「どした?

「足が治ったら一緒に買い物に行こうって、昨日かおる君と約束したんだった・・・」

「かおると?あんなヤツのことほっときゃいいさ。調子いいことばっかり言って、おいしいとこ取りしやがって、」

「おいしいとこって何を?」

「えっ?!べっ別に何がって、そんなのどうでもいいだろっ!」

急に赤くなってそっぽをむく健を不思議に思いながらも、零は話の流れとはいえ誘ってくれていたかおるに声もかけずに出てきた事を少し後悔する。せめて今からでも連絡しようかと思ったが、携帯を部屋においてきたことに気付く。

「あぁ、また忘れちゃった・・・」

「ん?

「携帯、置いてきちゃった。私よく置きっぱなしにしちゃうの。」

「別に一日くらい持ってなくても大丈夫さ。俺とはぐれなきゃ、問題ないだろ?」

全開の笑顔がまぶしい。こんな風に歯を見せて笑ってもかっこよく決まる人って珍しい、と零は内心思う。少女漫画の主人公の彼氏役がはまりそうなさわやかさに思わず見とれてしまう。

「それはそうと、さ。」

歩きながら、いつもはっきり物を言う健が珍しく言い出しにくそうに口ごもる。

「何?

健の方を振り向くと、一瞬目が合い、瞬間目を逸らされてしまう。

「前の高校で、彼氏とか・・・いたの?」

質問の内容で、健が口ごもった理由が分かり、かっこいい人でもそう言うことは聞き辛いんだな、と零は思う。

「いないよ?私、人生で一度もモテたことないし、前の学校ではあんまり・・・」

いいことがなかった、と言いかけてやめる。

「マジで?!じゃあ・・・好きなヤツとかは?」

「・・・それも・・・なかったな。」

「そっかぁ。何か安心した!零ちゃん可愛いし、もう絶対彼氏いるって言うと思ってたけど、」

健は少し赤い顔で照れたように笑う。

「けど、モテたことがないってのは、零ちゃんが気付いてないだけだと思うぜ?みんな気になって仕方ないと思うけどな。」

「そんなことないよ?だって本当に何にもなかったし、」

前の高校のことはあまり思い出したくないくらい、と付け足すと、健は驚いた顔をしたが、すぐに満面の笑顔になった。

「じゃあ、この高校で最高に楽しい思い出、いっぱい作ろうぜ!俺も手伝うし!」

健の笑顔に零もつられて笑顔になる。

「ありがとう、健君といると何だか元気になれちゃう。」

自分に向けられた零の偽りのない笑顔に、健は顔が熱くなるのを感じ、零に悟られないように上を向いた。

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