131:伝えられない想い
いつもの朝食の時間にいつものメンバーが食堂にいない事、教室を覗いても零の姿がない事、零が携帯に出ない事、それらから推測される事態はいくつか思い当たる。
伊織は内心ため息をつき、一切表情を変えずに心にもない事を言える駿ではなく、嘘がすぐ顔に出て隠し事のできない健の教室に足を運んだ。
「おい、健」
教室の入り口からクラスメイトと談笑している健を呼ぶ。
伊織に気づいた健は一瞬気まずそうに視線をそらせ、小さくため息をついて席を立つ。
「何か用?」
伊織の心の奥を見通すような鋭い視線を避けてうつむいて健は伊織に近づいた。
「零の体調はどうなんだ?風邪ひいたんだろ。」
伊織は”いくつか思い当たる事”のうちの一つでカマをかけてみる。案の定、というべきか健は驚いたような、後ろめたいような表情で小さく首を振った。
「寝込んでるよ。かおるが医者を呼んで診てもらってたけど、今日は学校は休み。」
昼休みに様子を見にいくつもり、という健を伊織は鼻で笑い、お前に出る幕はない、と言い放つ。
「そもそも諸悪の根源のお前がどのツラ下げて会いに行くつもりか知らないが、行ったところで何が出来る?零に心配かけてごめんって謝らせたいのか?」
伊織の言葉はもっともで、健は言い返そうとした言葉を飲み込んでうつむく。
「お前が罪滅ぼししようとしているのは、自分の後ろめたさを慰めるためで、零のためじゃない。本当に零の事を考えるなら、無駄に近づくんじゃねーよ。」
伊織はそう言って踵を返し、校舎を後にして悠然と寮へ戻って行った。
寮へ向かう途中、寮から校舎へと歩いてくるかおるとすれ違う。
「零ちゃんはいま眠っているから、伊織に出来る事はないよ。」
すれ違いざま、立ち止まる事もなく投げかけられたかおるの言葉に、伊織は小さく笑う。
「お前たちに出来る事がなくても、俺にはある。俺は零の恋人だからな。」
ひらりと手を振ってまっすぐに寮へと歩いていく伊織の後ろ姿を、かおるはただ黙って見送って小さくため息をついた。
”眠っている”と聞いた零の部屋に入った伊織はそこに零の姿がないことに舌打ちし、主のいないかおるの部屋に入る。
案の定、かおるの寝台で眠って、否”眠らされている”恋人の寝顔に伊織はひとつ大きく息を吐く。
「俺の恋人は、少し目を離すとすぐにさらわれるんだな。」
薬が効いているのか、穏やかな寝息を立てる零の寝顔をしばらく見つめて、起こさないようにそっと寝台から抱き上げた。
「理由はどうあれ、他の男の部屋で寝ちまうのは感心しないな。」
零をロフトの上から抱き下ろしたのは間違いなくかおるで、その時零はどうしていたんだろう、と思う。
自分がそうするときのように恥ずかしがって暴れるのか、熱に浮かされておとなしく抱かれていたのか、
と想像すると苦い痛みが胸の奥に広がった。
「ずっと俺のそばにいろよ。俺のいないところで誰かに触れられたりすんな。」
見苦しい嫉妬、だと思う。どうあがいたところでずっとそばにいることなどできないことも、
この先の未来に離れてしまう時間があることも理解していた。
そのことを思うたびに胸の奥に広がる痛みを誤魔化すように歩く速度を速めたのだった。