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いつも君がいた  作者: 遙香
130/139

130:消せない想い


 遠くで誰かの話す声がする。

耳に心地良い声、この声はきっとかおるだ。もう一人は誰だろう、と意識の底で零は思う。

目を開きたかったが自分の体が自分のものではないかのように重く、指先さえ動かすのが億劫だった。

ものすごく暑いような、寒いような、不思議な感覚に囚われながら零は再び深い眠りの闇に落ちた。


 「零ちゃん、僕にその風邪をうつして早く良くなって。」

零の部屋のロフトから抱きおろし、自分の部屋の寝台に寝かせたかおるは40度近い熱を下げるための薬と、脱水症状を防ぐためと処方された点滴の繋がれた細い腕を優しく撫でながら囁く。

時折苦しげに眉根をよせて深い呼吸をする零の姿は見ていて痛々しい。

 少し前、零が大怪我をした時にも感じた苦しいような感情に、かおるはため息をついた。


「ねぇ、早く目を覚ましてくれないと、狼に攫われちゃうよ?」

囁きながらかおるはそっと零の手を握り、その甲に口づけを落とす。

いつだって全力で頑張っていて、それでいて自分の事よりも周囲の事ばかり気遣って、誰に対しても優しく開かれた彼女の心が誰かに傷つけられるのではないかと心配でたまらない。

「僕はいつだって、零ちゃんの事だけを想っているよ。零ちゃんさえ幸せなら、他の誰が不幸になっても構わない。たとえそれが僕自身だったとしてもね。」

握っていた零の手を返してその手のひらに唇をつけたかおるは自分のその行為に対して苦笑した。

「僕はどれだけ零ちゃんに夢中なんだろうね。」

手のひらへのキスは懇願のキス。自分の物になってほしいと願う気持ちの現れだという。

眠っている零を見つめながらかおるは思う。

零に出会ってから、自分でも気づいていなかった自分自身という存在に気付かされた。

演じ続ける「月島かおる」という現実と、そこから自由になりたいと願う気持ちの間にある真実を彼女に惹かれるにつれ直視するようになったからかもしれない。

目をそらせ続けてきた叶うはずのない夢をもう一度掴もうとしたり、思い通りにならない事に苛立ったり、そんな感情が自分にまだ残っていた事に驚きもした。

手に入らない物を欲しがって泣いたり怒ったりする事も、心から大切と思える人を守る事のできる喜びも、零に出会わなければ忘れたままだっただろうと思う。

「僕は零ちゃんの事を好きでいられる事を誇りに思うよ。」

かおるは小さく呟いて、目が覚めたら電話をするように、と書置きを残して立ち上がる。

「やっぱり僕は、零ちゃんへの想いを消してしまう事はできないみたい。想いを押し殺せば押し殺すほど、余計大きくなって・・・もう僕の手におえないくらい大きくなってしまったんだ。」

誰かを本気で想う事で感じる痛みも怒りも幸せも哀しみも、零に出逢わなければ知らずに通り過ぎていた感情だ、とかおるは思う。

「僕にとって幸せな結末が何か、もう僕にもわからないんだ。でもきっと・・・」

かおるは目を伏せて、その先の言葉を飲み込んで部屋を後にした。

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